124:兆し
森から出て、全身に浴びた葉屑を払う。運悪く、ケダマが木々の上に固まっていた下に突っ込んでしまった。
あいつら、よっぽどキグスの攻撃でビチャーチャが潰れた爆音に驚いたらしい。
俺だって飛び上がったからな。
「はー、ひどい目に遭った」
そりゃ散々通い詰めた南の森と敵だから、危険というほどはなかったけどさ。さすがに上空から大量に降ってこられるとキモイ、じゃなくて焦る。意識外のことを唐突にやれと言われても困るって。
いや冒険者たるもの、とっさの危機に対処できなくてどうする。
まだまだ心構えが足りないようだ。
一度、報告に戻ろう。
前回もキグスは軽く伝えただけっぽかったからな。トキメがやきもきしてるかもしれない。
それにしても、高ランクか。
カイエンとキグスしか会ってないけど、みんなああなのか?
どっちも面倒くさそうな奴だが性格のことじゃなくて、魔物に対する反応が大らかすぎるというか……それは俺が怯えすぎなだけかもしれないが。
それに、キグスもカイエンと同じく、魔物の位置を把握できるようだった。カイエンが言ってた、人の力量の見極めがすげえらしいのも、本当にただ見て分かるような感じだった。マグを見てるということだと思う。
マグ感知の能力が伸びたら、ああなるんだろう。
ビオの様子を思い出せば、どことなく捉え方に違いも感じられるが、それは元々その器官が発達した種族か否かというのにも関係しそうだ。
機会があるか分からないが、会ってない三人を見れば、違いも分かるかもしれない。後は岩腕族、森葉族、首羽族が一人ずつだ。
比較的人口の少ないらしい首羽族の高ランクなんてすごそうだな。
森葉族の性格とか考えたら怖さも鬱陶しさも倍増しそう。
岩腕族は……特に面白いことは浮かばない。強面な感じだが、どこか堅実そうな印象もあるせいかな。
他に高ランク個人の情報なんかは思い出せない。細部で何気なく聞いたような気がする情報の大半は、シャリテイルからだろう。
「シャリテイルか……」
もう、晩と言わずに伝言を頼んでおこうかな。
初めもそうだったが、用があって向こうから来るまで俺が延ばし延ばしにしてばかりだ。
よく考えたら、この忙しいときに私用で伝言とは、シャリテイルだけでなくトキメにも申し訳ないけど。電話もネットもないんだから、気が引けるなんて遠慮していたら何もできないだろう。
ギルドへ着くと、報告ついでに精算をお願いする。
「キグスから報告はあったと思うけど、念のため報告に来たよ」
「助かるよ、誘導ご苦労さま!」
やっぱり気になってたらしく、トキメはホッとしたようで表情も緩んだ。
トキメは手元に書類を引っ張り出しつつ、キグスからの報告を聞かせてくれる。確認の意味もあるのかもな。
「どうも手ごたえが少なかったそうだね。おかげで街の中を泥まみれにせずに済んだな」
手応えないって、あれでか!
意外というと失礼だろうが、キグスも前回よりはマシな報告をしたようだ。ただの感想のような一言だけだったようだが。
「それも、タロウが早めに知らせてくれたおかげだ。こんなに早くビチャーチャが片付くなんて、これまでなかったよ」
それって、南の森に人を回してないからだよな。
いいだろう、俺が最弱の森の番人になってやろうではないか。すでにそうだよ。
「では臨時報酬だ。ここに署名してくれ」
すっかり忘れてた。
俺はビチャーチャへの攻撃で幾ら入ったか知りたかっただけなんだ。もちろんありがたくいただきます。
依頼書を見ると前回と同じく、誘導臨時報酬がプラス5000マグ。ボロい商売だぜ。
だが、今回はダメージ量も増えたはず!
あいつの場合、攻撃できても弱らせることができないから無意味だが、少しは貢献できる見込みがあると思えただけでマシな気分だ。どうだ前向きっぽい理屈だろう。
思ったよりダメージ量も増えてなかったら、俺の心がダメージを受けるからな。回避思考もお手のものだ。
また余計なこと考える暇があるなと思いトキメを見た。
やっぱり難しい顔をして、マグ読み取り器とタグを睨んでいる。
「タロウ、このタグは……問題ないんだったね。タロウのことだから、おかしくはない。おかしくないはずだ……」
本人を前にして、ぶつぶつと呟かれても怖いんだけど。
「そんなに増えた?」
「ビチャーチャから得たマグが、おびき寄せる程度にしては多い。まるで普通に攻撃したようなんだ」
あ、はい。攻撃しました。
それでも普通に攻撃した程度だったか。
ヴリトラソードは使いどころが難しいな。いつか時間ができたときにでも、なにか特訓メニューを考えてみよう。
「それで、このマグ量なんだけどね……そうだな、前回はシャリテイルが何度か杖で叩いたと聞いたが、それと同じくらいあるんだよ。どんな無茶をしたんだい?」
なんと、シャリテイルが泥がつくからと嫌々殴りつけた攻撃並みとは。
そう言われるとすごく微妙に感じる。
「ちょっと試しに斬りつけてみたんだ……全然ダメだったから逃げてきたけど」
シャリテイルにも攻撃方法を確認したらしいなら、多分報告書とかにまとめるんだろうな。誤魔化し笑いで言ってみたが、トキメはさっさと何かを書き留めて紙切れを脇へ追いやった。
「なんてことだ……人族が、ビチャーチャと戦えるとはなあ……」
「つっついてみただけだからな!」
意味なさそうだが、反射的に牽制しておく。
そこでようやく俺もタグを確認した。
ビチャーチャから得たマグは――25689マグ。
えらい半端だな。
いや、半端ねえな!
肉まんの皮を削っただけだろ。身は幾らになるんだよ!
タグを受け取ろうとして、思わず取り落としかけたじゃないか。まだまだ五桁の収入には慣れない。
ふらふらと出て行きかけて、もう一件の用事を思い出して戻る。
「トキメ、あのー、伝言を頼みたいんですが……」
「なんだい、いきなり改まって。もしかして、利用したことがなかったかな? こんなことに手数料はないよ。誰宛か伝えてくれればいい」
言いながらもトキメは既にペンを手にしている。今度の紙切れは、木の板にくっついているらしい。
これは頼まないわけにいかないが……どうしよう用件を考えてなかった。
「ええと、シャリテイルに話をしたいなと」
「面会だね。伝えておくよ!」
「え、はい。忙しいところありがとう」
他はないのか。それだけ?
ちらとボードに張り付いた紙を覗けば、トキメは俺からシャリテイル宛と名前を書いただけだった。その紙切れは上から名前で埋まっている。
人も連絡も多いのに、一々細かく内容まで聞いたりしないか。緊張して損した。
大仕事の達成にほっとしつつも、礼をすると気まずくてギルドから走り出た。
そのまま宿に戻って、持って出るのを忘れていた工具袋を手に取り、ストンリに返してから再び大通りへ戻る。珍しいことに今日は他の職人の姿もあって、かなり忙しそうだった。
いつも半分愚痴りに行ってすまん。
それで……俺は何をするべきなんだろう。
どことなく哲学的な問いではなかろうか。
そんな余計なことを考えながらも、機械的に足は南へ向かっている。
ギルド長クエスト発生以前は何をしていたかと、ぼんやり考えていたら、冒険者街ガーズ一周草刈りツアーをやっていたことを思い出した。
続きでもやるか?
確か、最後らへんは奥様生息地を過ぎて……その辺も女子寮やらの住宅地で、祠のある崖とも近い。住人も手入れしてるから、そんなに俺の獲物は無かったはず。
南街道入り口に立って東側を見る。
ぽつぽつと生えた木々が、すぐに森へと連なるため草地自体は広くないが、それ以前にさっぱりしていた。俺が刈った覚えはないから、この辺までは近所の人がやってるのか。それとも、街の入り口くらいは整えておこうといった配慮?
それはともかく。
「気が付かずに、一周してたのかよ……」
謎コンの検証も特に気になっていたことは終えてしまったから、稼ぐのとは別にしてマグ収集を急ぐ必要もない。いきなりすべての予定が宙に浮いたようで途方に暮れる。
「違う。これは区切りだ」
今よりも、やれることのないときに決めた課題だもんな。
次は少しハードルを上げようじゃないか。
といっても、すぐには何も浮かばない。
謎コンの高出力モードは再び封印したが、やっぱりこいつを使える程度にマグを集めておくか。
ちょうど南街道にいることだし、たまには最弱洞穴の方でマグ集めしよう。
ヒソカニとの実戦を経験した今、まともにカワセミとも戦える気がするんだ。四脚ケダマを排除して分離するのは、ちょい難しいけど。
「やれるやれる」
考えながら、すでに祠方面へ走っていた。
こう躊躇なく、自然に行動できると気分がいい。
体より心が軽い。
今まで、あんまりな縛りプレイだったところから、どうにか抜け出せたような解放感が湧いていた。
洞穴通路のカラセオイハエも、洞窟内の壁に張りついている内に殴りつけて、飛ぶ前に倒す。
そいつらの綴じれば胡桃のような殻の羽を、転がして出口脇でバリケードにし外の魔物をおびき寄せる。
もう出口が詰まるほどではないが、そこそこ渋滞していた四脚ケダマを一匹殻に詰めて確保しておき、他を殲滅。
ばっさばっさと、隙を窺って飛んでくるカワセミもケダマを利用し潰していく。
場は整った。
思い切り弾き飛ばして距離を離しておいた一匹のカワセミが飛んできて、目の前の木に取りついた。
そいつがこっちへ跳ぼうと羽を震わせる直前、一歩を踏み出し腰を捻って左腕に力を乗せて振り抜く。
「落ちろぉ! ヘアリーシールドバッシュ!」
「ケャッ!」
ぐにょんとした衝撃が拳に走る。
楯が不気味な声を上げたが、破損は免れた。
四脚ケダマ楯は弾力が強いお陰か、格上相手に殴っても丈夫だな。
打ち落とされたカワセミは腹を上にしてぐるぐる回っているため、羽を毟るため片側を踏みつける。羽さえなければ、急に飛んで驚かされることもない。
身動き取れないだろうとナイフを取り出し刺そうとしたとき、尻側が持ち上がるように見えた。とっさに横へ重心を傾け、手にしたままのケダマを前に翳す。
「キェャ……ッ!」
「ぐわっ!」
四脚ケダマが弾け、掴んでいた指が痺れた。
赤い矢が貫いたような……分かってる、マグだ。ただのマグだけども。
「て、てめぇ……物騒な尿鉄砲放ってんじゃねえぞ!」
すかさずナイフを振り下ろしていた。
「やったか……?」
額の汗を拭う振りをしつつ、洞穴通路の出口から周辺を見渡したが、静かになってくれたらしい。だからって、目の前にある傾斜した崖を上るつもりはない。
あっちはシャリテイルのような奴が行く先だ。
でも、一つくらいは違う行動を取りたいよな。
というわけで、この短い洞穴通路内部を戻るのではなく、外側伝いに祠側の入り口へ回り込んでみようと思う。ここが、他の奴らが通る際の抜け道っぽいからな。
以前から出入り口周辺の草は刈っておいたので、中間辺りを払えばもっと通路らしくなるだろう。
洞穴通路の壁は婉曲しているため祠側の入り口は見えないが、すぐそこだ。案の定、途中は木々に絡んだ蔦草のカーテンで視界が断たれている。まるで干した布団のように分厚いそれを抱えると、手触りの良い革が包まれており。
「カワセミ死ね!」
ふ、ふぅ……危ない危ない。
よし、レベル20台の魔物は問題なく相手できるな!
帰ろっと。
そのまま街道を横切り、沼周辺でも殲滅戦を繰り広げると、すっかり取り戻したマグにホクホクしつつ一日が終わるのだった。
◆
またしても、夢を見ることなくぐっすりだったが、すっきりと良い寝覚めだ。気分は悪くない。やっぱ、テンション次第だな。
未だ薄暗い通りを、欠伸を噛み殺しつつ歩いていると、昨日以上に通りは騒がしい気がする。
まだ滞在しているはずの行商人たちも、昼頃しか店を出していない。食べ物は速攻で売り切れたらしいのは、この街にいれば納得できる。
今は煤通りで素材の買い付けしたり、他の店舗の手伝いだとか商談だとかを理由に、お喋りして時間を潰しているようだ。
多分、出ようにも出られないんだろうな。
長屋の幾つかから冒険者たちが出てくる。どことなく恰好が違うし、宿から出て来たから行商人の護衛のやつらだろう。そいつらも、状況が状況だから現場を手伝っているらしい。せっかくの人手だし、ギルドも依頼を出してるようだ。
そいつらが働く主な理由は、暇で体がなまるといった理由らしいけどな。そんな話がたまに店先から聞こえてきたんだ。
通りの騒がしさは、道を進むとはっきりした。
多くの冒険者と、見覚えのない人族も数人走っている。恰好からして鉱山の奴らだ。もっと早出のはずだし、この時間に街にいて、しかも走り回ってるなんて見たことがない。
繁殖期は終わりが見えた頃だろうし、魔震にしてもなんで鉱山の人族?
……山で、なにかあったのか?
考えるまでもないはずだが、疑問に思ったのは、異様な雰囲気のせいだ。
心なしか、皆の表情は明るいんだ。
必死に走る人族の後を、のんびり追う冒険者の一人が、俺と同じように不思議に見ている外からの冒険者たちへと叫んだ。
「聖獣が、見つかった!」
内容を理解した奴らは、顔を輝かせて、一斉に後を追いかけて走っていく。
俺の心にも、日が差したような気がした。
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