111:巨大ふわふわと滝の拠点
前方ではウィズーら三人は猛烈な戦いを繰り広げている。
昨日と打って変わって熱心な様子だ。出かけるとなれば即座に動いたから、いつものように立ち直りが早いと思ったが、それだけ小遣いの恨みは深かったようだ。
そんな恐ろしい情景などものともせず、背後からはカイエンがのんきな声を上げる。
「初めて見たときも思ったが、タロウの装備は面白えな。その頭のやつ、ホカムリに変装する案には脱帽だ」
大きなお世話だ。
シャリテイルも警戒役のはずだが、辺りを見回すでもなく欠伸まじりに歩いている。そりゃマグ感知があるんだろうけど、川沿いなんて楽な仕事なんだろう。
ふと目が合った。
「なに、いじけてるの?」
「いじけてない」
変なところで鋭いよな。
「ところで、俺の仕事はどうすりゃいいんだ?」
「まずは滝の向こうにある拠点まで移動するわ。それまではナイフでお邪魔草と戦ってくれていいわよ」
「邪魔なところは、ついでに刈れってことだな」
てへっと、シャリテイルは現金な笑みを浮かべると、拠点とやらの位置を説明しはじめた。
滝の向こうというが、湖の奥に見える大きな滝の上ってことらしい。水飛沫で周囲が白く霞んでよく見えないが、滝の両端は岩の段差が続いていて、それが上部まで壁のように生えているらしく、その岩陰にちょっとした拠点を設えてあるということだ。
山並みと街、魔泉と魔泉の中間辺りで位置的にもちょうど良いらしい。
俺が知っていても、怖いだけの知識だ。
つい、うげっとした表情をしてしまい、シャリテイルはぷうと口を尖らせる。
「遠征が面倒くさい気持ちは私も分かるけど、ここを乗り切らないと中ランクに上がれないわよ?」
「面倒くさいで済むか! って、ランク? それが遠出となんの関係が?」
「そりゃ最後の研修だからね」
「へー研修か、結構しっかり色々とやるんだな」
あ?
どこかでそんな話を聞いた気がしたと思ったのは、気のせいじゃないな。
低ランクから中ランクに上がったやつらが……ああ、クロッタたちだ。
ものすごく、げっそりしていたよな。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。話し合おう。極普通の低ランク冒険者たちから、とってもとっても苦労したような話を聞いた気がするんだが………」
「ふふ、懐かしいわね。私も初めて上のランクの場所に出かけたときは、とっても疲れたわ」
俺は疲れたですまねぇだろ!
シャリテイルは、にこにこしている。
「だから言ったでしょ。タロウにとって良い話だって」
食堂での話は、このことだったのか。
「な、なるほど。魔物が常に街の近くをうろついているはずもなく、冒険者たるもの野営の経験も必須……」
まさかこんなに早く俺にもランクアップの希望が見えるとは。
「どうした不安か。まあ、そうだよな、オレたちの背後で大人しくしてるんだぞ」
なんてカイエンは軽く言ってるが、こんなガチガチに守られてるような状態で、合格判定して意味あんのか。
あくまでも研修だから、参加さえすりゃいいってことなんだろうか。
どっちにしろ、腑に落ちない。
「あら、もっと喜ぶかと思ったのに。もしかしたらタロウには、初めて見る魔物がいるかもしれないじゃない?」
はぁ、喜ぶだあ? いったい俺をなんだと思っている!
「たしかにそれは、嬉しいかなー」
くっ、自分に嘘はつけなかったよ……。
気が付いたら、一段落したらしいウィズーらが、すぐ前を歩いていた。
「心配すんなって。滝の向こう側だが、野営地周辺の敵は山の麓と大差ない」
「そうだぞ。山も近くて上りになるから、日帰りだと厳しいというだけでな」
「いやタロウなら日帰りも軽いんだろうが、ぶっちゃけ俺らが辛いんだよ!」
ウィズーらは俺を元気づけるように言う。辛いのは本音なんだろうけど。
そうじゃないんだよ。
「それはよく分かったし、休憩は好きにとってくれていいから」
「やったぜ!」
だって、他のやつらはこんな好条件のはずないだろ?
先輩冒険者の後をついていくだけでいいといったって、普通は戦闘だって参加させられるはずだ。
そもそもシャリテイルが急に思いついただけじゃないのかこれ。
「初めはみんな緊張するもんだ。タロウ、安心しろ。そのためのオレたちだぜ?」
カイエンは、ニカッと筋肉まとめ役なみの胡散臭い笑みを浮かべる。
俺は顔を背けた。
「え、ええぇ……? タロっちさ、なんかオレには冷たくない? こう見えて高ランクだよ? 信頼に値するよマジで?」
「暑苦しいから近寄んな」
本当に遠くまで出かける遠征とかは、大変な任務ご苦労さんとは思うが、こうしてカイエンと同行するのは不安でしょうがない。
草原での所業を誰が忘れるか!
「ほお、見たかウィズー。また一つタロウ伝説を見てしまったな」
「ああ、デープ。ただの低ランクじゃねえとは思っていたが、まさか高ランクにあんなぞんざいな態度を取れるとは見上げた根性だ。なあ、ダンマ」
「うむ。俺も同じ炎天族だが、あいつは高ランクの中でも、ぶっちぎりに力加減がおかしいからな」
こら解説要員。それっぽいことを話しながら、しれっと俺から距離を取ってんじゃねえ。
怖くなってカイエンを振り返れないじゃないか……。
「そっか。なんか、さっきからオレ一人で話しかけてんなあって思ってたのは、気のせいじゃなかったんだ……」
ちょっと背後に重い空気を感じる気がして冷や汗が流れる。
そんな空気を壊してくれたのは、やはりシャリテイルだ。
「あータロウ、拗ねるからやめてあげて? けっこう面倒くさいやつなの。でもカイエンが居ないと、お邪魔物が多かった場合は、ちょっと疲れる道だから」
「いいんだシャリテイル。いつもみんなはオレを、つごうよくつかうだけなんだ……」
「ああっ、言ったそばから、ほら!」
思わず振り返ってみたら、がっくりと肩を落としたカイエンが、ずるずると歩いていた。
重い空気って、そっち方面かよ! マジで面倒くさいな!
「あのさ、カイエン」
のっそりと顔を上げ俺を見たカイエンの目は、威圧感はすごいのに、半べそで気が抜ける。
「オレはただの高ランク冒険者でしかないし? 聖草伝説を打ち立て、ご近所で大評判のクサタロウには、オレの力なんか必要ないかもしれないけど?」
嫌ないじけかたすんな!
「ええと……いいか。繁殖期の草原で、ケムシダマで遊んだようなことをしないでくれたらいい」
「オレ……なにかしたっけ?」
カイエンは、不思議そうな顔で見ている。そういうもんだよな!
「俺に無理めの魔物をけしかけたろ」
「倒してたじゃん。あんな弱っちいの、タロウの敵じゃなかったろ?」
おかげさまで今はな!
でもな。
「あんときは厳しかったんだよ!」
「ううむ、そうだったのか? 分かった、悪かったよ。オレって、その辺の見極めスゲーって言われてたんだけどな。ちょっと自信喪失だよ……」
ああ、また項垂れ始めた。
「とにかく俺は草担当、カイエンは魔物担当。こういうのって分担は大事だろ?」
カイエンは、ぱっと顔を上げた。
「もちろんだ、今はパーティー組んでるもんな!」
「た、頼むから」
「おう、任せろ!」
カイエン改めチョロエンな。
また偉そうに戻ったが、「ふふ、オレは魔物ブッ殺す担当か。強いからな」とか呟いている。
よし、もう話しかけないぞ。
しかし見極めって、もしかしてカイエンはレベル的なことが分かるんだろうか?
炎天族でマグ感知できるのも少ないというし、実際に森葉族が担当しているのばかり見て来た。こいつ人間離れしてそうだな。
うーん確かに、レベルが多少でも上なら、人間の方が強そうな感じはある。
でもそれは、ただし人族を除くってやつだ。
気分は重いまま、道を通りやすく枝葉を払う作業を気まぐれにしつつ、湖へ辿り着いた。
このまま湖沿いを進むのかと思ったが、時間はかかるが迂回するようだ。そもそも行き止まりは、遠くからでも見える滝だ。森葉族の感覚でこの道が早いから進むと言われても困る。
まあ、湖沿いは狭いし俺にはミズスマッシュを避けつつ進むなんて難易度が高すぎる。
どのみち奥に行くにつれて崖が高くなっていくから、森の中を通ってくれるのは助かる。
そうして南周りに上り始めた急斜面は、土混じりの岩の段に木の根が絡まり合っている大変な道のりだった。
人が並んで歩ける幅はないから、先頭にシャリテイル最後尾にデープと森葉族で挟んで、今は縦列で進んでいる。
滝壺を叩く水の音と振動が感じられる。滝周辺の霧のせいなのか土は黒っぽく、湿気の多さを感じられる。足を滑らせないように気を付けなければ。
木々は低めで、さらには幹から枝までうねって絡み合っており視界も良くない。
垂れ下がっている枝葉を打ち払いつつ、一歩一歩を確実に進んでいく。
そんなわけで、ついつい俯きがちになっていた。
ただでさえ翳りかけの道が、さらなる陰に覆われる。
そのときシャリテイルの声が上の方から聞こえた。敵がいるという知らせだ。続いて下の方からも、似た声が上がっていた。
同時に金属音や慌ただしく動く音も重なる。戦闘開始だ。
ゆらり――大きな影が頭上にかぶさった。
「あ?」
なんとなく森の方を見上げると、木々を跨いで浮かぶ、ふさふさとした丸い影があった。
人間サイズにしたようなケダマに、その何倍も長い脚。
「あ、ああ……あれ……」
俺は、木の根っこの間にへたり込んで尻が挟まっていた。
こいつら、こんな枝葉の密集した中にいて、まるで気配がなかった。
「ケキュウ」
低い声が頭上から降ってくる。
「ひっ……!」
なんてやつだ。見ているだけで戦意がそがれていく……。
無理だ。
無理無理無理。
こいつは、無理!
ゆらりと六本の長い足が、見た目の割に滑らかに動く。
足の細い蜘蛛を思い出す動き、これは生理的にダメすぎる。
「ろ、ろろ六脚ケダマ……!」
でかい、きめぇ!
そいつの向こう側を見れば、あろうことか木々の合間には幾つもゆらゆらとしたものが見える。
ひ、ひぁあああああぁ!
ここ、こんなやつの群れなんて聞いてない!
周囲から、幾つも赤い煙が漂ってくる。みんなは戦って倒しているんだ。
六脚ケダマは、ゆらゆら本体を揺らしながら、長い脚の一本を俺が座り込んだ木の上へと伸ばした。
そのまま、本体を引き寄せ近付こうとしてくる。
ぎゃ、ぎゃあ、おあー!
「タロウ、敵から目を背けるな!」
カイエンの声にハッとして顔を上げた。
同時に黒い長剣が、頭上のケダマを煙にする。
そのままカイエンは狭い木々の狭間に飛び込んでいった。
カイエンの言う通りだ。立たなきゃ。
弱くて戦う役には立たなくとも、せめて足手まといにならないようにしなきゃならないのに。足は、勝手に震えている。
お、おち、落ち着け。
何か手はある。あるはずだ。
深呼吸しつつ、おぞましい六脚ケダマに、どうにか焦点を合わせる。
打開策はないか、よく見るんだ。
俺は六脚ケダマの最も気持ち悪い部分を、薄目を開けて凝視する。
「あれだ……なんで気が付かなかったんだ」
蜘蛛は、八本脚。
こいつは六本脚。
「お前は、ただの昆虫だ!」
俺は道具袋に手を伸ばす。
目的の小さな袋を取り出せば、足の震えも治まった。
立ち上がると、袋に手を突っ込む。
そいつを掴んだまま木々の狭間に踏み込み、下方にいた六脚ケダマへと思いっきり投げ付ける。
――タロウダストエクスプロージョンッ!
舞い散った緑の粒々は虫よけだ。
「げケキャキャギャーッ……!」
なんと一匹だけでなく、周囲のケダマは木からドスドスと落ちた。
ケダマ本体は地面を背にし、六本の足を縮めてピクピクと痙攣している。
そいつらをカイエンが叩いていくと、俺にも薄っすらとマグが流れて来た。
「えぇ……? マジで、効いたのか?」
恐怖を克服しようと思っただけで、本気で効くとは思ってなかったんだが……。
ドスッと側に何かが降り立ち、背を叩いた。
「ひぃ!」
「ハハハ! なにが草担当だよ、考えたなタロウ!」
カイエンだった。脅かすんじゃねえよ!
下の方からデープたちも上って来たが、ウィズーだけなにやら咳き込んでいる。
「ゲハッ! た、タロウ、驚いたじゃないか、虫よけ使うんなら言ってくれ!」
「うわっゴメン!」
慌てて水を渡した。
鼻の奥に刺さるような刺激を思い出して身震いする。
もっと冷静にならないと、迷惑かけっぱなしだ……本当に申し訳ない。
「ゲキュルゥ……」
「ひぃ……」
叩き落された六脚ケダマが、俺の足元に転がって消えた。
カイエンの野郎、よそ見しながら何気なく斬りつけてんじゃねえ。大道芸か。
どれだけ六脚ケダマはいるんだよ。そりゃ最弱ケダマサイズにしたら、そう多くはないんだろうけどさ。
大体な、ケダマから四脚ケダマは体積四倍程度のサイズアップだったろ。それが四脚から六脚では、十倍で済まないほどでかくなってるじゃないか。卑怯すぎる。
誰か山の麓の魔物と大差ないとか言ってませんでしたっけ?
俺をその辺までは近づけなかったんだろうが、今はその親切が恨めしい。前もって知っていたら今回は逃げていただろう。どうにか恐怖は退け、殊勝なことを考えはしたものの、不気味なことに変わりはない。
俺はな、巨大蜘蛛に襲われるパニック映画とか、大嫌いだったんだよ!
巨大なケダマたちは次々と目の前で消えていくが安心感はない。こんなトラウマもんの討伐は嫌すぎる。すでに精神力ゲージは危険域に達した。まだか、拠点はまだなのか!
六脚ケダマ第二波を退けたものの、俺の虫よけはもうゼロよ。
「ここまでか……」
とうとう俺は地面に膝をつくと、両手で顔を覆ってうなだれていた。
「しくしく」
うう、もうやだ。おうちかえりたい。
「……草でつつくな」
本気で泣いていたわけではないが、途方にくれて我を見失っていたようだ。
草の攻撃を察知して顔を上げたら、シャリテイルだけではなく全員が草を手にしていた。じろりと見上げる。
「い、いやぁほら、草を補給すれば元気になるかなって?」
気が付けば、襟首や頭の布やら隙間のあちこちに草が生えていた。
おもむろに俺が立ち上がると、シャリテイルたちは、びくっとして後ずさる。
「さあ進むぞ。こうなったら野営地点まで休みなしだ」
「え、えええぇ! そんなむごい!」
こんな場所に留まる方がナンセンスッ!
情けない声が背後から追うが、さっきまでの恐怖心はどこへやら、俺はずかずかと先を歩き始めた。なにか悟りの境地にいたった気分だ。
砦兵のメタルサだけが、やたらと虫よけに拘っていた理由を身をもって知った。
フラフィエが大変なものを欲しがるんですねと言った理由も、俺がこんな場所になにしに来るんだと思えば驚かれて当然だな。もっと買っておけば良かった……。
二度と来ることはないから、もう必要ないのは実に残念!
休みなし宣言をしたが、歩き始めて間もなくシャリテイルから声がかけられた。
「元気出して。もうすぐ野営拠点が見えるわよ?」
おお救いの神よ!
やっぱり、これ以上は巨大ケダマを見たくないんです。
以前、湖まで来たとき、川側の畔までは昼前に到着した。湖は大きいが、回り込むだけなら、そう時間はかかってないと思う。
滝の側では急斜面を上りつつ、戦闘も多くて時間を取られたが、それでも昼を過ぎたくらいだろうか。
随分と早い。たしかに休まず歩けば日帰りできる距離だろう。
まあ、まだ仕事は何もしてないけどさ。
「ほら篝火が見えたわ。あそこが、この辺の拠点なの」
急な傾斜だし頭上は木々に隠れている上に昼間だから分かり辛いが、枝葉の向こうに火が揺れたようだった。
以前、湖で金たわし草を討伐したときに、篝火用の燃料にすると聞いた。その場所に違いなさそうだな。
岩場方面に向かう途中にも、しょぼいけど掘っ立て小屋や櫓があるくらいだし、一定の間隔で拠点を築いてるんだろうか。というか、こいつら頻繁に休憩とってるくらいだし、そうしないと大変だよな。
無造作に積まれたような岩の階段を黙々と上って、ようやく到着だ。
土よりも岩の地肌が多い場所に踏み入る。滝に流れ込む渓流脇に目をやると、やや高い岩場に拠点はあった。見晴らしの良い場所の確保と増水対策とか?
「やっほー交代に来たわよ」
シャリテイルが篝火に近付きながら手を振った。
また交代だとか、とんでもないことを言ってるが、もう落ち着けるならどうでもいいや。
手を振り返す冒険者たちのいる場所は、滝の上というか裏側というか。
転落防止に作ったのか天然なのかは分からないが、滝の方に人の高さほどの岩の壁が半円状に囲んでいる。湖は見えないが向こう側には青空が広がっていて、ジェッテブルク山も街から見るより少し小さい。
岩壁の手前には丸太で四角く組んだ枠があり、その中に火があかあかと燃えていた。その周囲に野郎どもが八人ほど。これまで見た中では結構な大所帯だ。
しかし岩に腰かけていたり、地面に座り込んでいたりと随分とリラックスした様子が恐ろしい。これが強者の余裕か。
よくもこんな場所で暢気にしていられると思うが、知らずほっとして顔が緩む。
「ようやく来たか!」
「今回は長めにお願いしちゃって大変だったでしょ? 助かったわ」
「いや理由は分かったし、逆に運が良かったぜ! なあ?」
そう言った男が俺を見て顔を輝かせ手を振ってくる。俺も引き攣り気味に笑顔で返した。
篝火の側まで来ると、待機側の奴らは俺を見て笑い声をあげた。
「一瞬、森に馴染み過ぎて分からなかったぜ!」
そういえば草を挿したままだったな……。
「いやー、すげえな。タロウがここまで来るとはなぁ」
「いずれは他の街みたいに、人族の冒険者も当たり前になるかもしれねえのか」
「わくわくするぜ!」
お前らの目は節穴か? それとも能天気細胞は俺と大差ないのか。
俺を囲む面々をよく見ろ。
毎回たかが人族冒険者一人に上位陣を連れ立っていたら大赤字だろうが!
「じゃなー」
そいつらは待っていただけらしく、シャリテイルと幾つか報告を交わすと、荷を担いで去っていった。
さっそくウィズーらは、いつもより多めの荷物を降ろして空いた岩に座り込む。
「遅くなったけど、お昼ご飯にしましょ」
「わーい!」
シャリテイルの呼びかけに、みんなそこらの岩に座って嬉しそうに荷物を漁りだした。
俺も篝火に近い適当な岩に腰かけて、小さな袋を取り出す。初期装備の余りの方の木の実だ。
腹はふくれるが、わびしい食事だな。
野菜まみれでも、おっさんの弁当の方が食べた実感あるし、まだ楽しみがある。
「タロウは木の実か。金持ちだな!」
ウィズーの意外そうな声に少しムカついた。
そりゃ金とは縁遠い生活してるよ。いやいや僻むようなことではない。
「ふっ、食べ物にはこだわるたちでね……」
「ああ、なんか仕事も細かいもんな」
自嘲気味に言ってみただけだ。
「信じるな。色々混ざってて飽きないけど、やっぱり普通の食事の方がうまいよ」
「はぁ?」
なぜか手を止めて、全員が俺の手のひらを覗き込む。
なにをビックリしてんだ。寄るな怖い。
「それ、七種種(ななしゅだね)じゃねえか……」
「軍の遠征でも上層部くらいにしか配られない完全食と聞いたぞ」
「まさか、タロウって実は人族の偉いやつ?」
えっ、これってそんな良いもんなの?
なんだその情報。俺の方がビックリだよ。
「そんなんじゃない……街にくる途中で、譲ってもらえたんだ」
まあ、嘘ではないよな。
「なんだそういうことか! いい行商人に乗せてもらえたんだなあ」
「ええと、食うか? もう残り少ないし、新しいのも買ったから構わないけど」
「食う! いや交換だ! 普通の肉しかないけど、これでどうだ?」
「肉だと? 頂こうか!」
なんと、木の実長者になってしまった。
無料で手に入れたものと交換なんて気が引けるけど、手のひらにある赤茶色い塊に感動していた。
肉だ……本物の肉だ。拳ほどの肉が幾つもある。憧れの、ぺらくない肉の塊だ!
きっと今朝の肉を味わえなかったのは、この運を引き寄せるためだったに違いない。
ありがとう、お肉の神様。
齧ってみるとビーフジャーキーほどは硬くない。
ウィズーたちは何種類か持ってきているようだし、水気が多いものを先に食べているようだ。そこらの枝を拾って刺し篝火に突っ込んでいるのを見て、俺も真似する。
落ちてる木の棒ってのに抵抗感があり、少し炙ってから肉を刺した。
改めて肉を炙っていると、なんとも食欲をそそる匂いが漂ってくる。ふと篝火の横に、カップ麺のような塊が置いてあるのが目に入った。あれ、金たわし草の成れの果てか?
「そのくらいで、いいんじゃね?」
「よっしゃ食おう食おう」
肉の準備ができると、岩に座り直す。
俺以外は、一つまみずつ配った種を嬉しそうに齧り始めた。
「おお、本当だ。色んな味がするな!」
ウィズーやダンマが普通に齧る横で、森葉族二人は一気に頬張っていた。
こいつら、分かってやってるのか?
「おい、デープ、シャリテイル。それ腹で膨らむからな? そのくらいでも結構な量あるぞ。気を付けろよ」
「なんぐぁと!」
「さきに、ひっへよ!」
どんな経緯で、こいつらはもぐもぐ族になってしまったのだろうか。
むぐむぐしながら、二人は水で流し込んでいた。余計やばくない?
まあ、あれくらいなら大丈夫か。
「久しぶりに食ったけど、やっぱりこいつが一番うまいよな。街にくる行商から買えるやつは、味気なくてうんざりしてたんだ」
一人だけ、にこやかに余裕な発言をかますのはカイエンだ。
へえ、木の実にそんな違いがあるんだ。
おい。
慌てて新しく買った木の実の袋を覗いてみた。
言われてみれば、全体的に茶色っぽくて見た感じカラフルさが足りない。
俺の持ってる方も全体的にピーナッツっぽい茶色なのは同じなんだが、もう少し目に付くものがあった。白いカシューナッツっぽいのや、ソラマメっぽい緑色やら、ひまわりの種に似て縞々っぽいものなどだ。
ためしに新しい方を一つまみ齧ってみる。
ポリッ――なんてこった、マジで味気ない。
そうだよな、普通はなんにだってグレードがあるよな。どうりで安いわけだよ……それでも俺には高価だというのに。
いいんだ肉が食えたし、美味いし、肉のうまみが引き立つし……。
今晩から味気ない食事のみになるとしても、今はこの至福を堪能しようではないか。
あ、やっぱり肉は晩飯用に少し残しておこうっと。
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