110:レア湧きと恐ろしいもぐもぐ

 おやつ用にと白身を二つ道具袋にしまってから、残りを宿のおっさんに渡すと満面に笑みを浮かべた。


「ああ、行商が来てたな。また衝動買いか? ありがとうよ!」


 ぐう、その通りだよ。


 さっそく晩飯に一皿追加されて、変わった切り身が乗っていた。

 以前買った赤身は見た目がナラ漬けだったのに、味は酸味の強いリンゴで噴き出すところだった。

 だから今回も果物に違いないはずなのだが、こちらもやはり見た目はベッタラ漬けだ。切り方の問題?

 ああ、シャリシャリ感がなく、へたってるからそんな風に見えるのかな。

 しかし今度は騙されない。お前は果物だ!


 覚悟して口に放り込む。

 果物ではあった。


「んご、この味は……桃じゃねーか!」


 見た目は和梨の癖に、味はさっぱりとは程遠いこってり系果物。しかし残念なことに、桃をすり潰したジュースを水で割ったような味だ。

 こっちの世界で、これほど甘いものは食べた記憶がないから、まあ喜ばれた理由は分かった。

 この街の畑で果物らしきものを見かけたのは、奥様方の楽園くらいだもんな。そこにあるのも、外見は玉ねぎでメロンとスイカの皮に近い部分の味だった水玉くらいのものだ。比べれば身が甘いだけ上等だろう。

 ぼやき風になってしまったが、久々にデザート付きの食事だと思えば贅沢な気分だ。


 食べ終えて食堂を出てから、違和感に振り返る。

 他の客がいない?


 ちょうど出て来たおっさんに尋ねてみた。


「今回は国の行商団じゃないからな。あれだけ大所帯の時なんざ、滅多にないもんだ」

「それは残念だったな。稼ぎ時かと思えば、こんな端のボロ宿まであぶれてくるほど護衛も居ないなんて……」

「タロウ……おめぇ」

「い、いやぁ、にぎやかになるかなーと思ったから、それが残念だっただけで!」


 この宿はさ、中は綺麗なんだよ。おっさんはマメだし。

 でも古そうな建物だから、ボロさ加減は掃除くらいじゃどうしようもない。素人考えだけど、建て替えるしかないと思う。


「俺は味があって気に入ってるから!」


 これは本心だ。家具置いたり、もう住んでるようなもんだから愛着が湧いてる。

 おっさんが困惑したようなひょっとこ顔になったが、どんな心情なんだそれは。

 そのとき奥の壁がひっくり返って、おっさんと俺はビクッとした。顔を出したのは女将さんだ。


「なんだ、あんた居たのかい。あら、タロウ! 白身ありがとうね! 明日の朝食は期待してちょうだい、うふふ」

「あ、ありがとうございます」


 女将さんの、おっさんに目を留める仕草で、わざとらしく声をかけたのが分かった。声は丸聞こえのはずだからな。

 おっさんの仕事の邪魔をしたようだ。俺も用事を済ませよう。


「さて、洗濯洗濯……」


 裏手に回ると木桶に水を張り、石鹸を手に草染みと格闘する。今日はシャツを破らない。ゴワゴワした方のシャツだから大丈夫だいじょ……メリッ。

 セーフ。縫い目の穴が広がった気がしなくもない程度だしセーフ。


 ふっ、軽く絞るだけで布を破りそうになるなんて、俺も随分と成長したものだ。

 成長に犠牲はつきものだぜ。

 そうさ雑巾が一枚や二枚増えたところで、なんてことはないのさ。


 それよりも今晩の予定だ。

 せっかく依頼をまとめて終えられたはいいが、夜にスリバッチを相手にするなんて俺には十年早い。大人しく南の森へ行くしかないよな。

 だったら装備は拭うだけにしておこう。戻ってから洗えばいいや。昼は結構頑張ったし、今日は俺も早めに切り上げて休もうかな。




 森に行こうと思ったが、ふと思い立って先に装備屋に寄ることにした。

 今朝受け取った鉢金もどきは素晴らしいと褒めたたえておこうと思う。無理を言って作って貰ったのに、不満のようなことを言ってしまったし、今後も無理を言うだろうしな。

 今日は早めに看板がしまってあったが、どうせ働いてるだろう。灯かりの漏れる店の扉を遠慮なく開ける。


「ストンリー、今日さあ……あ、これお土産」


 ベドロク装備店内に踏み込み、カウンターまで来てから違和感に気付く。

 目の前に腕組みをして立っていた相手が、俺が差し出した白身を受け取るのを見上げた。


「……一日で、やけに背が伸びたな?」


 背が伸びたなんてもんじゃない。なんだこの人相の悪いストンリは。あの純粋に素材に萌えていた少年の面影はどこだ。

 俺の混乱に、聞きなれた少年らしさの欠片もない野太い声が降って来た。


「そりゃ、息子の方だ」


 なっ!

 なんというレア湧き!


「親父さん、やっと帰ってきたのか!」

「お、おぅ」


 そうか、行商団と一緒に戻ってきたんだ。

 作業場の奥にある扉が開き、本物のストンリが姿を現すが、手元の何かに夢中らしい。


「なぁクソ親父、これでいいだろ、ってぇ!」


 ストンリの頭に親父さんの拳が落とされた。

 うわぁ、涙目で頭をさすってるけど、あんな岩みたいなゲンコツを頭に喰らって無傷とは……もしかして頭皮まで岩なのか?


「客らしきもんの前でなんて態度だ」

「らしき? なんだ……タロウか」

「なんだってのは、なんだ。お前の友達か? 見たところ、随分と面白い装備してるが」


 ストンリはぎくりと首をすくめ、親父さんはストンリをギロリと睨む。


「ぐぇ!」


 やっぱりゲンコツを貰っていた。

 痛そうで俺も首をすくめてしまう。


「ちょっといいか? 確認したい」

「ひゃ、ひゃい!」


 親父さんは俺の自慢の鉢金もどきに手を伸ばし、首で留めてあるベルトの端をつまんだ。


「失礼する」

「ぐえ」


 思わず引っ張られる形になったが、親父さんは不思議な顔をしたから、強く引っ張ったつもりはなかったんだろう。さては俺の弱さを甘く見たな?

 というかただの職人の癖に強いとか反則だ。いや装備屋なんて力仕事ですよね。


「やはり、うちの印が入ってるな」


 ぼそりと言って手を離した場所を、俺も探ってみたが分かるわけないな。グローブを外して探ると、微かに溝があるようだった。硬いから焼き印かなにか?

 知らなかった。今度他の装備の方も確認してみよう。


「なるほどなあ、人族の冒険者か……」


 親父さんが、やや目を丸くして呟いた。

 なにかと思ったが首元にあるといえばマグタグだ。


「いやだなあ親父さん、マグタグを見なくとも、俺のいでたちはどこからどう見ても冒険者じゃないですか」

「とうとう、この街もそこまで来たんだなあ」


 親父さんは俺の声が届かないのか、しみじみと頷いている。そしてシャクッと白身を噛み砕いた。

 くそう無視しやがって。

 親父さんは白身を飲み下すと、頭を回し背後に声をかける。


「いいだろう、ストンリ。この白身に免じて合格にしてやる」

「俺の腕はどうなんだよクソ親父!」

「そうだよ、なんで俺じゃなくて白身に免じるんだよ!」


 ついストンリと一緒になって喚いてしまった。

 ん、合格?


「それって、革装備を作れるとかいうやつか? やったじゃないか、ストンリ!」

「ああ、まあ、そうだけど……ぐがっ!」


 ストンリ大の方は苦笑すると、ふてくされるストンリの頭を鷲掴みにした。

 ぐりぐりと首が揺れて怖いが、撫でてるんだろう……多分。


「俺の息子だ。腕が悪いはずねえだろう」


 親父さんがぱっと手を離すと、ストンリはカウンターの向こうに消えた。が、すぐにカウンターを、よれよれの手が掴む。酔って吐きそうな顔したストンリが顔をだした。


「腕は悪くないが、もちっと体を鍛えろ。体力仕事だからな」


 そんな問題なんだろうか。余計なことは言うまい。

 立ち直ったらしいストンリに、残りの白身を渡した。


「行商団で衝動買いしたんだ。食ってくれ」


 思わぬ新キャラの登場で俺のおやつは消えたが、それも構わないくらい面白い光景を見てしまった。どうせ食事についてくるし。


「ありがとう……革装備だけじゃない。これで全ての素材を扱えるようになった」

「一人前ってことだ。一応な」


 ストンリも白身を齧って笑顔を浮かべた。

 いつも眠そうだから、まともに笑ってるの初めて見た気がする。

 親父さんによると一応とはつくようだが、一人前か。そりゃ、何年も頑張ってきたんなら嬉しいだろうな。


「タロウ、約束したよな。これで自由に作れるぞ」


 あー、そうそう、親父さんの許可が下りたら装備依頼すると言ったな。

 喜んでいた理由ってそっちか!

 絶対なにか企んでるだろ。


「も、もちろん、約束だからな……」


 やべぇ、もっと先の話だと思っていたから何も考えてない。急ぎ面白装備を考えなければ……違う、まともな格好いい装備!

 でも次こそ武器か?

 しかし、それよりも重要なのは……お財布の中身!


「そう、もうすぐ臨時の依頼が終わるんだよ。俺、その報酬が入ったら、何か頼むんだ……」

「それは良かった。俺にも案がある。今度時間があるとき話したい」

「ははは、身をもって実験台になってくれてるとは、ストンリもいい友達を持ったなあ!」


 この親父さんひどい。

 冷や汗をかいたが、ストンリになら俺も頼みやすいし真剣に何か考えようかな。

 それ以上いると職人談議に巻き込まれそうだったため、慌てて逃げ出した。



 ◇



 ああ、なんて幸せな朝なんだ。

 俺の眠りを妨げる憎たらしい鳩もどきが窓際に張り付いて囀っている光景さえ、想像で焼き鳥にしつつ笑顔で眺める精神的余裕がある。


 あと一つ依頼を終えれば、俺は晴れて自由の身!


 こんな言い方だと、悪いことしてお勤め中のようだ。

 どちらかといえば、悪いのはギルド長の方。

 そうだ、戻ったら忘れずに文句……じゃなかった、今後の相談しに行かないと。


 足取りも軽く古い階段をきぃきぃ鳴らして階下へ向かい、食堂の扉を開く。


「もぐ?」


 先客が居た。

 頬を膨らませた、もぐもぐ星人が。


「タャロウ、おっぱよー」

「シャリテイル……おはよう」


 昨晩の話から客はないものと思っていたから驚いた。と同時に、気が抜ける。

 パンくずを指の隙間からこぼしているシャリテイルの向かいに、おずおずと座った。


 ずっとばたばたしてたから、随分と久しぶりに思える。

 シャリテイルが、わざわざ朝食を摂りに来たはずはない。

 こんな朝早くからということは、何か連絡だろうな。


「ヒャロウ、きにょうはミミズちゃんと遊んだって、聞いたわよ?」

「また、どこからそんな大ぼらを仕入れて来たんだ」


 そんな噂話をシャリテイルは披露してくれる。

 当人が聞くことのない情報だから、どんな風に広まっているか知れるのは俺としては助かるけど。


「ふぅ、お腹いっぱい。それで、なんだったかしら」

「俺に何か用があったんじゃないのか」


 俺が食べ始めてから、シャリテイルは用件に移った。


「今日の依頼、私も一緒に行くわ。よろしくね!」


 にっこりと浮かべた笑顔に裏表は感じない。

 大した人生経験のない俺に人の裏表なんぞ見破れるとは思えないが、どこか身構えてしまうのはどうしてだろうか?

 いつも、こうして訳も分からないまま流されて、気が付いたらとんでもないことになっていたからだ。ただの経験則だった。


「ええと、たしか引き受けた依頼は、残り一件だよな?」

「ええ、思ったより早かったわね」


 これも西の森方面という、いい加減なものだ。

 ただし、西の森内でも難易度が高い方面。

 シャリテイルが付き添うよう、ギルド側が指示したのかもしれないと思えば、理解できる。

 前と同じようなことのはずなのに、とてつもない不安が俺を襲う。


 昨晩はギルドでも急いで出てしまったけど、大枝嬢からは、いつものように西の端倉庫で待ち合わせの指定を受けたような。


「なんで、わざわざ迎えに来たんだ?」


 シャリテイルは、ぽんと手を打った。


「おお、そうでした。予定に調整があってね、準備をお願いしたいの。タロウが早起きで良かったわ」


 そんな重要なこと忘れるなよ!

 鈍器パンをむしって野菜汁につけると口に放り込む。急いで食べよう。


「それで、俺にできる準備って?」

「保存食と水を多めに持ってもらいたいの。傷薬やマグ回復の魔技石とか、あっ、下着も予備で持っておくといいと思うわ。長時間出かけられそうな荷物をまとめてくれる?」


 へえ、随分と本格的な準備内容だな。


 いや、長時間って……一日中出かけたって、そんな荷物を持ち歩いたことはないし、見たこともないぞ。


「なんで、そんなことを……?」


 パンが喉に張り付きそうになり、水を飲む。


「そりゃあ、遠征だもの。当然じゃない? きゃーっ!」


 ブフーッ!

 俺は、盛大に水を噴き出していた。


 このもぐもぐ族、とんでもないことを言ったぞ。


「もう、服が濡れちゃったじゃない」

「ご、ごめん」


 シャリテイルが布を取り出して、ぽんぽんと服を叩くようにして水を拭う。

 白いワンピースはプリーツ入りで折り重なっているはずだが、心なしか胸元が肌色に見える気がする。

 いや今注目すべきはそこではない。そこではないから視線を外すのだ。シャリテイルがジト目になって杖を手に取ろうとしているから。


「それよりも! 遠征……遠征、だと」


 口にしてみれば、より重く感じられる。


「……それって、主に高ランクを中心に、中ランクの上位者で固めた人員が本気装備でやっとこさ立ち向かわねばならないような高難度地域の魔泉を巡って凶悪な魔物たちと熾烈な縄張り争いでくんずぼぐれつとそりゃもうあれやこれやの大騒ぎで……どこの低ランク冒険者がそんなもんに参加するってんだ!」


 事実を確認する内に動揺は強まり、ついドンとテーブルを叩いていた。


 シャリテイルはジト目のまま、焦る俺の顔に向けて無慈悲にも人差し指を突き立てる。その指先から逃げるように頭を傾けるが、小癪にも指先は追尾する。これが指向性ってやつか。

 俺が頭をまっすぐ戻すと、その指はぱたんと横向きになる。

 さらには、くねくねと波のように揺らされた。


「はい、ケムシダマ君ー」

「遊ぶな」


 ふぅ、とシャリテイルは溜息を吐く。

 溜息つきたいのは俺の方なんだけど?


「これ、タロウには、とっても良い話なのよ?」

「どこが! なんで低ランクが遠征なんだよ!」

「あら、低ランクだって遠出する機会はあるのよ?」


 えっ、そうだったのか……おや、そんなことを最近、小耳に挟んだ気がするのはなぜだろう。


「いやいや、そりゃ普通の低ランクだろ」

「タロウだって、普通の低ランクとして認められたーって喜んでたじゃない?」

「ぐっ……」


 その通りだ。


「まあまあ、落ち着いてタロウ君」


 落ち着けるはずがない。歯を食いしばり唸りそうになるのを堪えながら、シャリテイルが何を言うのかと、どうにか意識を集中する。


「ちょっと距離があるから、仕事を終えて戻る頃には日が暮れちゃうの。だから念のためよ。夜に森の中を移動するのは嫌でしょ?」


 西の森の、しかも奥地を夜に歩くだ?

 そんなの絶対嫌に決まってる!

 あれ、でもそれじゃ。


「へっ、一晩?」

「もちろんよ」


 シャリテイルはきょとんとし、俺の肩はぐったりと落ちた。


「驚いただろ、遠征なんて大仰な言葉を使うのはやめてくれよ」

「えぇ? 泊りがけになるから遠征で間違いないと思うのだけど……」


 シャリテイルは不思議そうに呟いている。ま、まあ、そう言えなくもないか。

 俺は一度見ただけだから、冒険者と砦兵とギルド職員も合同で出かけて行った大がかりなのが、ここの常識でいう遠征というものなのかと思っていた。


「うぅん……だったら、いつもとあまり変わらないのか?」

「もちろん。タロウだって毎晩のようにカピちゃんたちと遊んでるじゃない? その経験を活かす時よ! それが、少ぉしだけ長くなると思えばいいわ」


 遊びじゃないんだが……。


「そうそう、同行者も普段の倍だから下手したらいつもより暇かもね」


 さすがにそこは考えてくれてるのか。

 ただし暇になるというのは俺のことではなく、シャリテイルの倒す魔物が減るという意味だろう。人員が増えたところで俺の仕事を手分けしてやるはずはない。

 あーもう……。


「分かった。準備してくるよ」


 その前にと急いで野菜汁を掻き込んだ。肉が喉を通り、野菜を噛みしめ、肉、今日は二きれの日か。残った汁を飲み込んだら肉。最後に水を流し込み、口を拭って立ち上がる。


「すぐ戻る」

「なるべく急いでね」


 階段を駆け上りながら気づいた。


「肉ぅ! 三きれ、あったじゃねえか!」


 ああぁ! 女将さんの白身のお返しってこれだったのかよ! くそっ!


 なんでエクストラボーナスの日に限って、無残なことになるんだ……。

 消沈しつつ箪笥を開いた。


「準備ったって、俺にまともな道具なんかないぞ」


 まあ、どうせ翌日には戻ってこれるなら、食べ物があればどうにかなるか?

 でも保存食、になるよな。

 おっさんに弁当を頼んでも昼の分しかないし、洗えないとやばそうだから断った方がいいかな? うーん、明日の分はどうしよう。他の奴らは確か、干し肉とか肉を挟んだパンとか肉を漬けたようなやつとか食っていた。この時間じゃ総菜屋も開いてない。俺にそんな買い置きは何も……あったわ。


 残り少ないが謎な木の実が余ってる。抑えながら食べれば三食分にはなりそうだし、こいつを片づけてしまおう。

 中身は、嗅いでみた限りでは悪くなってないし、虫がついてる感じもない。箪笥の隅に置いた虫よけが効いてるのかもしれないな。


 後は着替え。念のため他に入れ物を用意しようか。

 肩に斜めがけできる小さなバッグを久々に取り出す。着替えのパンツとシャツは一枚でいいよな。


 そうだ寝床もどうなるんだろう……テントは、ありそうもないよな。山小屋とかあるかなあ。岩場方面にあった連絡拠点くらいのもんでもあれば助かるが、すごく不安だ。色々な意味で。

 野営するとして俺に用意できるのは、元々持っていたひざ掛けサイズの布くらいのものだ。洗って衣類の段にしまっていたため、それも取り出して詰め直す。


 他には……外といえば、虫に食われるかな?

 シャリテイルは気にしてないようだが、メタルサのようにやけに気にする奴もいる。俺がどちらの陣営かは明白だ。うん、虫よけも試しに持って行こう。


 虫よけは少量ずつ別の袋に分けて箪笥の段ごとに置いていたが、余ったのも持ち歩くことはなく置いたままだった。その余りの分だけ取り出して鞄に詰めた。

 元々、衣類の虫よけに興味本位で欲しかっただけだったし、外で使う日など来てほしくはなかったよ。


「ま、こんなもんだよな」




 階下へ降りると、シャリテイルは戸口で待っていた。


「おっさんに弁当を断ってくる」

「もう伝えたわ」

「あ、そうなんだ。ありが……」


 俺はじろりと睨んだ。

 シャリテイルは口笛をふく真似をして顔を逸らした。


「じゃ行くわよー!」


 逃げるように宿を飛び出したシャリテイルの背を見て溜息を吐きつつ、俺も通りへと踏み出した。


 うっすらと明るくなりつつある大通りを速足で歩いていると、すでに通りで開店準備を進める人たちがいた。行商人たちだ。

 随分と早起きだな。あの果物売りのおじさんもいる。

 あ、これだ!


「シャリテイル、ちょっと待っててくれ」


 ゴザを取り出して敷き始めていた、おじさんの側に駆け寄った。


「もう買い物できますか」

「いらっしゃい、もちろん構わないよ! ああ昨日の兄ちゃんか。白身はどうだったかい?」

「あ、美味かったです! それで、木の実は余ってませんか」


 売り物の木の実は手のひらに収まる程度の量だが、十食分にはなるだろう。それで千マグなら、すごく安いはずだ。


「ええと、高いがいいのかい?」

「その、すいません。勘違いでした」

「ははは、いや意地悪で言ったんじゃないんだ。運が良かったね。一袋だけ残っていたよ」

「買います!」


 干し肉や堅パンらしきものを売る店もあるが、ただでさえ動きに難があるのに荷物が嵩張るのは不安になった。お値段もな。

 でも、せめて空腹感なく過ごしたい。やっぱり食べ物がぎりぎりというのは、精神的に良くないもんな。


 千マグをタグで支払う。

 そういえば、いつものようにタグで支払ってたけど、外はマグ硬貨が主だったはず。ここに来るような行商人は、街の特徴も把握してるんだろうな。


「毎度ありがとう。今度来るときは、多めに持ってくるよ!」


 そ、それは他の冒険者が買ってくれると思います。


 買い物を済ませると、端で待っていたシャリテイルに並んで歩き始めた。


「朝食についてた白身は、タロウが買ってきたものだったのね。いい日に来たわ」


 しっかり添えられていたのか。俺は朝食自体、食べた気がしなかったよ……。


「それより木の実とは考えたわね。確かに荷物は減らせるし、その分お邪魔草を刈るのもはかどるでしょうし嬉しいわ!」

「……そうだね」


 一体、どんなところに連れていかれてしまうんだろうか……はっ! そんなことも聞き忘れていたとは。


「どの辺に行くか分かるか?」


 なんせ、はっきりとした目印があるわけでもない。長時間移動するなら、説明も大変だ。地図を見たって『森』としか書かれてないし。実際に歩いても、そうとしか書けないのも分かる。


「そうね、川沿いに進むわ。それから湖の向こうよ」


 だから意外だった。

 まさか答が返ってくるとは。


「はああぁ!?」

「あはは、目を剥いたらコエダさんみたいね。面白いわ」


 み、湖の向こうって!


「か、考えなおそう?」


 縋るように呼びかけたが返事はない。

 そこにシャリテイルの姿はなく、随分と道の先を進んでいた。


「何してるのタロウ? 急ぐわよー!」

「なにをいきなり速度増してんだよ! 待て!」


 超速スキップを余裕でかますシャリテイルを、本気小走りで追っていると、畑を超えて西の森に近い倉庫に到着していた。


 くっ、なんで追ってきたんだ俺は……逃げれば良かったのに!


 遠目にも分かっていたが、すでに人が待ち構えている。野郎どもが四人も。

 シャリテイルをいれて五人って、倍じゃないだろ。約、倍だ。


「ねっ、私たちも入れてパーティー二つよ。心強いでしょ?」


 シャリテイルは暢気に言うが五人だろ。一応はパーティー二組分にはなるか……私たち? 俺を数に入れてんじゃねえよ!

 この際それはいい。


「なんで、お前らが?」

「なんで、タロウが?」


 待ち受けていた野郎どもが、俺と同じ疑問を口にしていた。


「昨日の今日じゃねえか。俺たちの遠出に、なんでタロウが加わるんだ?」


 困惑しながら答えたのはウィズーだった。

 重なるような声は、ウィズーのパーティーメンバーの二人、デープとダンマだ。


「えぇ? まさか、これもタロウの依頼?」

「そんな、じゃあ、俺たちが昨日の依頼の引率を無理に引き受けたのは……」


 ウィズーらは顔を見合わせたかと思うと、膝を折り地面に手を付いた。


「クソッ、なんてことだ! こんなことも見抜けなかったとは!」

「多めに出した小遣いの意味は……!」

「あれがあれば、もう一杯飲めたのに……!」


 握りしめた拳で、ちくしょーと呻きながら地面を殴っている。

 こいつらが引率で大丈夫なのか心配になってきたんだが。


 放っておくことにして、苦笑して見下ろしている残りの一人に目を向けた。

 そいつも俺の視線に気づくと、にかっと笑う。


「よっ、草タロウ。久しぶりだな!」


 一人朗らかに笑う面を見て、俺はあることに気付き青褪める。


「バカイエン……」


 高ランクが、同行だと?

 そんな奴が必要な場所なんぞ、いくら護衛がパワーアップしたところで、ええと、なんか余波で消滅しそうじゃねえか!


「タロウどこへ行くんだ。そっちじゃないぞ?」


 無意識に全力で帰ろうとしていたが、振り返ればシャリテイルがいた。

 にこっと、悪意のない笑顔が返ってくる。ズルイ。

 項垂れつつ西の森へと向き直った。


「ほら行きましょ。デープ、先に先頭をお願いしていいかしら」

「おう、任せとけ。こうなったら意地だ!」


 先に魔物を片づけていくためだが、デープの後をウィズーとダンマは鼻息も荒く続いた。失った小遣いの痛みは魔物退治で晴らすのだろう。

 渋々と俺も歩き始めた。俺の近くをシャリテイルが歩き、やや背後をカイエンがのんびりと歩く。

 俺は動揺を誤魔化すように、ナイフで枝葉をはらいながら行くことにした。


「はぁ……最後に、でかい依頼が待っていたもんだ」


 俺の呟きは、パキッと枝の折れる音にかき消えていった。

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