112:大砲鳥と弾倉

 食事を摂り終えると、みんな緩みまくっていた。

 大丈夫なんだろうか本当に。

 こだましてるのか距離感はよく分からないが、妙な鳴き声が聞こえたりしてるんですけど。

 大欠伸しているシャリテイルを、思わず半目で見てしまう。


「にゃふあぁ、いい陽気で眠くなっちゃうわね。って、タロウどうかした?」


 鋭い。

 だらけているように見えて、警戒はしているに違いない多分。


 やっぱさ、俺思うんだ。

 俺の依頼は、ついでにやっちゃおって魂胆なんだろうって。

 だってそうでなけりゃ、なんでカイエンたちが俺の同行を知らないんだよ。

 そうだよ。なんか突然、朝っぱらからやってきて予定に調整が入ったと言っていた。

 みんなはシャリテイルのことを待っていたから、遠出自体は予定通りだったってことだ。


「予定調整って、本当は俺の予定とは関係ない気がしてさ。どういう意味だったのかなあと」


 つい恨みがましく言ってしまったせいか、シャリテイルは狼狽えたような様子を見せる。


「それはぁ……タロウがいけないのよ? サッサカサーっと秘めたる草力を発揮して依頼を片付けちゃうんだもの。予定が狂っちゃったんだから」


 十件以上も依頼を用意すれば、しばらく時間を稼げるだろう。その間に用事を済ませておこうではないか……ククク。

 などと、まるで初めから別の目的のために用意されたように聞こえるんだが。

 さすがに被害妄想が過ぎるか。

 よく分からないが、とにかくもっと時間がかかると思ってたわけだ。


「あ……なるほど、そうか」

「分かってくれたのね? そういうことよたぶん!」


 単純なことに気が付いた。

 比較的楽な場所から始めたのは俺に、ここらの環境に慣れてもらうためだとして、徐々に厳しめの場所へと移行するはいいが、後半の場所ではそれなりの人員が必要だ。しかし人手は余っているわけではない。ギルドとしては独占契約らしいシャリテイルに頼みたいため、予定を合わせようと調整していた。

 だけど俺が勝手に依頼日をずらしたり早く終わらせてしまって、この泊りがけの日に重なってしまったのだ!

 それなら、この危険な遠足を招いたのは俺自身だったか……。


 だからって、なんでこんな場所に俺を付き合わせようなんて考えるんだよ!?

 そう叩きつけようとした言葉は出なかった。


「ケダマちゃんみっけ!」


 シャリテイルはすでに俺が納得したと思ったのか、そこらをうろついていた。今はケダマはケダマでも草の方を見つけて喜んで摘んでいる。

 こんなとこに来てまでケダマ草採取かよ……俺も見習った方がいいかな?


 なんとなく立ち上がって、周囲を見渡してみた。

 半円状に囲んだ岩壁の向こうには、竦むようにダイナミックな光景が広がっている。滝壺を叩き日差しを受けてきらきらと輝く水飛沫の狭間に、ときに黒い点々が物凄い速さで飛び交う。

 ミズスマッシュの滝登りかよ……。


「ああ、湖のやつらは、あがってこれないぞ」


 俺が見ているものに気付いたらしいカイエンの言葉に少しだけほっとする。


「そうか。ここらの川は何が出るんだ?」

「何も出ない。流れが速いだろ?」


 ああ、すぐ流されちゃうもんな。拠点にするくらいの場所だから、考えてはいるだろう。結界からも結構離れているように見えるが、魔物の分布が変わるなら、ここらもカバーしてるんだよな。


 そういえば、強い魔物が結界に急に近付いたらどうなるんだろう。すぐに分裂?

 魔物が痛い目に遭うと言ったのはビオだっけ。

 などと逸れる思考は引き戻された。


「だから森側だけ気を付けてればいいぜ」


 森側って、すぐそこから木に囲まれてるんだが。


「危険じゃねえか!」

「交代で番すっから、へーきへーき」


 カイエンの平気は、まったく信用ならない。


 それよりも、俺が辺りを見回していたのは、別に魔物を警戒してではない。小屋らしきものが見当たらないのが気になっていた。

 ぼろくてもいいから、あってほしかった。

 だが、あるのは篝火の近くに作られた、腕ほどの丸太を並べた囲いのようなものだけだ。余裕で人ひとりは入れそうではあるが、その用途はすぐに知れた。


 ウィズーが近寄ると、囲いの天井をぱかっと開いた。上部は蓋かよ。

 木製のゴミ置き場のようだ。中は底も丸太で、そこへウィズーたちは余分な鞄を置いていった。


 みんな体格いいから大きな道具袋一つ増えたところで邪魔そうには見えないが、食べ物のようだし重そうではある。

 俺も布きれしか入ってない鞄を置いてみた。大して意味はないだろうが嵩張るよりはいい。失くして困るようなものでもないし。


 それだけだよ。

 テントがないどころじゃない。

 聞きたくはないが、もっとも必要なことをウィズーに尋ねる。


「どうした? ああ、用を足すのは森の、そっちだ。こういった丸太の囲いがあっから。行く前には必ず誰か呼べよ」


 そんな絶望的な答えが返って来た。




 ふと現実逃避で、遠くの空を眺める。

 街からはほとんど意識したことのない周囲の山並みが、より近く感じられる。


 ゲギャー、ゲギャー……ゲギャー……。


 そんな声も微かに空に響き渡っている。数羽の飛ぶ鳥のサイズも、街道で見たときより大きい。落ち着かねえ……。

 俺の不安を気にかけたわけではないんだろうが、ウィズーパーティーが立ち上がった。


「腹も落ち着いたし、先に一仕事してくるぜ。あいつら邪魔だろ?」


 ウィズーがシャリテイルに伝える。

 あいつらとは、視線から察するにペリカノンらしき鳥のことらしい。離れて見えるが、すぐに飛んでこれそうだもんな。

 ペリカノンが結界のどこまで近付けるのかは知らないが、この辺りで食い止めるようにしてるはずだ。

 岩場方面の小屋も境目らしき位置にあると感じたから、そう思っただけなんだけど。まあ安全度の目安というよりは、巡回の引継ぎとか仕事の都合だろうけどな。


「お願いするわ。私たちは少し待って後を追うからよろしくね」


 ウィズーらが沢を離れて森に分け入る背を、複雑な気持ちで見送りながら、力なく呟いた。


「後を追うんだ……」

「私たちの仕事もあるでしょ? ペリちゃんがいるとちょっと面倒だものね」


 すっかり旅路はここで潰えたと思おうとしていた。

 俺の仕事はこれからだったよ。





 出かける準備を終えて森を振り返ると、鳥の姿が大きくなっていた。

 結構、近くまで来るんだな。当たり前か。というか、これからその危険区域に向かわなきゃならないのかよ……。


 近付いていた三羽は、旋回し何かを追って戻っていく。無論、ウィズーたちだろう。

 そう思ったら、地上から鳥に向かって赤い棒状の何かが飛んでいき、貫いた。デープの魔技だ、よな?

 あっさりと一羽は落ちたが、もう二羽いる。


 鳥は魔技らしきものが放たれた地点の上空へスピードを上げ、高度を下げつつ飛んでくると、頭から黒い物体を次々と落としていく。直後に、ズズンといった振動が俺の足元まで伝わった。


「ひぇ! だ、大丈夫なのかよ」

「平気だろ。見ろ」


 カイエンに示されて空を見上げる。


 あいつら、マジかよ。


 小さな影が木々の間から飛び出した。体格からしてダンマ?

 ダンマは鳥を直撃し赤い煙が弾ける。ぶつかった勢いで二羽目の背へと飛び乗ったように見えるが、そのまま落ちていく。

 すぐ後をもう一人が飛び出して二羽目の首を落とした、ように見えた。多分、ウィズー?

 二人と鳥のマグ煙が森に突っ込んだとたん、激しく木々が揺れる音も、ここまで届いた。


 う、うわぁ……なにあれ。本当に人類?

 昨日のあいつらは本気出してなかったってこと?

 思わず、ちらっと横を見た。


「おぉ、あいつら強くなってるなあ!」


 カイエンは、わくわくしながら眺めている。

 お前は高ランクだろ!

 思わず全力チョップでツッコミを入れたくなったが、軽く反撃喰らっただけでも俺が塵になるだろうからやめておいてやる。


 こいつは、あれ以上ってことか。

 いったいどれだけ強いんだ……いや知りたくない。俺とは別世界別世界。

 しかし無慈悲な森の女王が宣言する。


「さっ、私たちも進むわよ!」


 俺は最大の盾を構えることにした。

 思考放棄という名のな。




 森の中へ進むと、外から見たほどは鬱蒼としていない。そこそこ整えられているのか、進んでいる道のりは見通しがきく。

 山頂に向かっているように見えて恐ろしいが、今のところ上り坂は緩やかで助かる。


 ウィズーらが進んだ先へと、のんびり歩いているはずなのだが、たまにドカンドカンと激しい音が響いてきて体が硬直してしまう。

 突然に、どこからともなく空爆されるのに怯えながらの移動ってのは、地上で物陰に怯えて歩く何倍も神経が磨り減るんだが……。まだペリカノンいるのかよ。ウィズーは、あいつら少ないって言ってたよね?

 あああ考えたくない。


 離れていても分かるほどの黒い塊が、頭上から降ってくることを考えると肝が冷える。


「ちょうどいい位置だ」

「そうね、ここで待ちましょう」


 カイエンとシャリテイルが慣れた会話を交わす。

 目的地が近くて良かったと喜ぶには、おかしな発言ですね?

 二人の暢気な視線の先を追えば、ものすごい勢いで飛んでくる鳥がいた。


「なっ、なんでこっちから!?」


 あろうことかウィズーたちではなく、俺たちへと別方向から飛んできた。一羽を先頭に二羽が続く編隊を組んでいる。

 先に片づけるとはなんだったのか。


 頭上に広がる枝葉の間を見上げれば、白い十字が横切った。羽を広げたペリカノンだ。低空飛行で木々のすれすれを掠り、しなる枝から葉屑が散ってくるのを呆然と眺めた。

 でけえ……空港の近くで見た飛行機の離着陸場面のような圧迫感を思い出す。


「タロウ、そこの岩の向こう側へ行ってろ。次は攻撃が来るぞ」


 カイエンの指示に辺りを見回すと、木が密集した間に黒っぽい岩が見えた。あわあわしながら、その膝の高さほどある岩を乗り越え、悲鳴をあげた。


「ひぁっ!」


 裏手は段差で、しかも低くなってやがった。


「いたた……なんだこの塹壕」


 転げて起き上がってみれば、木と岩に隠れるような狭い溝だ。底は柔らかな土だったおかげで、手足を振るが怪我はないようだ。危うく捻るところだったけどな。


 よじ登って岩陰から空を見上げれば、ペリカノンは旋回したところだ。かと思えば急降下を始める。そんな状態から、真っ直ぐに伸びていた首を一瞬引き、筒のような嘴を勢いよく突き出した。それぞれから吐き出された三つの黒い塊が、ばきばきと木々を割って落ち、重い地響きが周囲から響く。


「ひいぃ!」


 驚きの余り手を離してしまい、また転げ落ちた。頭を庇うように丸まったまま、見たものについての記憶を探る。


 ああこれがペリカノンの特殊攻撃で、大砲鳥とかいう名前の急降下爆撃かぁ。一ターンの間は画面外に消えてしまい、戻ってくるのを待ってるのが面倒だったよなぁ。奴より敏捷値が上がってからは、飛ばれる前に真っ先に倒す雑魚だった。ゲーム画面だと、ただの間抜けた面したアホ毛が特徴の鳥だったのに、こんなに怖いもんだとはなぁ。


「げ、現実逃避している場合では、ない……」


 MPを使用する特殊攻撃なら、何度も続けては無理だ。というか、あの落ちた黒い塊が金属素材のクロガネだよな? だとすれば弾数に制限がありそうだけど。


 恐る恐る頭を出してみると、再びペリカノンが急降下してくるところだった。首は伸ばしたままだ。もう弾切れかと思ったが、その下にはカイエンが立っている。


「な! なにやってんだよ、カィ……ひいぃ!」


 カイエンは突っ立ったまま空に向けて剣で弧を描く。一瞬で振り切られた剣の後には、うっすらと扇状の赤い面が残され、それが上空に飛んだように見えた。ごくわずかな時間に消えてしまったが、目を見開いていたから見間違いではないはず。

 ほぼ同時に頭上の三羽は分割され、空気を裂く音と共に周囲の木々を激しく揺らした。

 今度は転げ落ちないように岩にすがりつく。そのまま赤い煙がカイエンに降り注ぐのを凝視していた。


「……さ、さんびきが、いぃ、いちげき」

「あ、タロっち呼んだ? 風が強くて聞こえなかった。もう出てきてもいいぜ!」


 なにもなかったかのように、カイエンは手を振っている。その背後で、シャリテイルは口を押えて笑いを隠しつつ俺を見ていた。

 くそぅ、俺が驚くのを分かっていたのかよ。


 塹壕から這いだしながら、前にも見たようだと思った。あのカイエンの特殊攻撃は、繁殖期のケムシダマの大群を消したときに見せてもらったのと同じだよな?

 あの時は周囲を見回していて気が付けなかったが、前も赤い軌跡はあったんだろうか。

 そういえば他の奴らも、度々似たような技を使っていたと思うが、気が付いたことはないな。まあ洞窟のように暗いだとか、大量の敵に囲まれたりで、よく見ていたとは言えないが。目で追って感じる以上に、すごい速さだろうし。


 ゲームでは別の扱いにされていたが、マグを利用する技なら、結局のところ魔技の応用なんだろう。たしかに威力が違いすぎて別物に思えるほどだけど。草原で見たときも、かなりショックを受けたが、こっちのインパクトの方がでかすぎる。あれこれ忙しく考えているのは、未だバクバクとうるさい心臓を落ち着けるためだ。

 はい深呼吸深呼吸すーはー。


「ちょうどいい位置ってのは、戦い易いとかじゃなくて、そこの溝のことだったんだな」

「その通りよ……ぷふっ」


 珍しく俺が隠れていられるように配慮してくれたのはありがたいよ。でもそこで笑ったら台無しだ。


「シャリテイル、泥団子食いたいか」

「わーごめんなさい、投げないで!」


 ポンチョから土を払うついでに、シャリテイルに向けてやった。


「なんだよ、楽しそうじゃないか。オレも……」

「まざらなくていい。もう済んだ」


 残念そうなカイエンから、シャリテイルに質問すべく目を向ける。

 よくよく見れば、この辺はかなり手入れされているのは分かった。拠点からの視界の確保や、塹壕の用意にしろ、この辺の敵が敵だからか他の場所よりも真面目にやってるんだろう。


「俺の手が必要そうな場所なんてあるのか?」


 意外なことにシャリテイルは、良い質問だな小僧というようにニッと笑う。


「そりゃもう、とっておきの草がタロウを待っているわよ?」


 カイエンが何かを思い出したように手を打った。


「ああ、あれか。確かに俺たちには面倒だが、タロウにとっては他愛もないだろうな」


 さして危険だとも邪魔くさいだとも思えない反応なんだが。元々こいつらに、その辺りの危機感を求めるのは無意味だったな……。

 諦観の溜息を吐きつつ、ぼちぼち歩き出すと、ウィズーたちが戻って来た。


「そっちにも、行っちまったな」

「先に気を引いてくれたおかげで一組で済んだわ。ありがと」

「んじゃ、俺たちは拠点で待機してる」

「おう、頼むぜ」


 なんて会話をして通り過ぎて行った。


「え、あいつら戻るの?」

「火を見ていてもらわないと困るからね」

「なるほど」

「それに、オレたちが戻る時に拠点周りが魔物まみれだったら困るだろ?」


 ああ、なるほど。考えたらそうだ。

 いや、なるほどじゃねえよ。こんな人数で平気なのかよ。

 実質、カイエンとシャリテイルの二人組じゃねえか……。




 その後、俺たちはペリカノンに襲われることなく目的の場所に到着した。

 ウィズーが言ったとおり数が少ないか、元から出現頻度が低いんだろう。南の森でさえ、種類別の数に偏りがあることだしな。

 ここらでは、キツッキやホカムリ枠がペリカノンで、カピボーにケダマ枠は、六脚ケダマ?

 可愛げも何もあったもんじゃない。


 それはともかく、どうして俺が山頂近くまで来なければならなかったのか、はなはだ不本意である。

 しかし目的地の塹壕もどきにて、それを見た瞬間に、俺は全てを理解した。


 なんだこのエイリアン。

 どこの宇宙からやってきた繭なんだよ。


「この大変さが分かってくれたみたいね?」


 シャリテイルは嬉しそうに、杖でそいつを指し示した。こくこくと無言で頷く。


「この、貼り草はりそうの討伐をお願いしたいの」

「……ああ、うん」


 全体的に灰色に薄汚れた生成りの布といった見た目のそいつは、菱形で人の胴体くらいの大きさだ。木の幹やら岩やらに貼りついているものもある。

 ただし菱形に見えるのは大部分の密集して絡んだ繊維質の部分で、端からほつれたような糸部分は、さらに伸びて壁を這っている。

 しかも壁を這う糸は他の繭の糸と絡まっており、辺りを見渡せば、菱形の模様が点々とあるではないか。


 なによりも、こいつが滅殺されるべきものだと主張するのは、膨らんだ菱形の中心が、まるで呼吸をするように、ゆっくりと脈動しているからだ。

 俺は無言で、ナイフを握る手に力を込める。


「ぬっ、これがタロウの本気か……恐ろしいほどの殺意だ!」

「うん、やっぱりタロウを連れてきて正解だったわね!」


 どこまで恐ろしい魔草が生息してるんだ、この界隈。マニアックすぎんだよ。


「一応聞くけど、この中身って動物だったりしないよな?」

「いやね、ただの草なのよ? 動いて見えるだけで動物じゃないわ」


 いや動いてるだろ、どう見ても……。


「ええと、じゃあ中は?」

「種子だったかしら。それを飛ばして増えちゃうみたい」


 俺は身震いした。

 なんておぞましい魔草だ。

 そういえば、地球にも実が弾けて飛ぶような植物があったような。

 だからって無駄に巨大化したり蠢く必要はないだろうが。


「よし、オレたちは下がって見てようぜ」

「あっ、そうよね」


 などと言って二人は、こそこそと下がっていく。

 あの様子だと、他にも何かあるだろ絶対。

 念のため布で鼻と口も覆っておこう。


 布っぽい部分の隙間にナイフをいれ、思い切って剥いだ。

 結果的に言えば、口の布は意味なかった。



「いててててて、ててっ、いてっ!」



 なんだよ、こいつはああぁ!


 布を剥いだ場所には、蓮根状の板が貼りついていたのだが、その穴から順次何かが撃ち出されてきた。とっさにキャッチした一つ以外は被弾。攻撃はすぐに終わり、手の中のそいつを確かめる。緑の菱形っぽい物体でイチジクほどのサイズだ。


 これが種子かよでかすぎ!

 これを毎回、八発も喰らわなきゃならないのかよ。

 さっと背後に首を回せば、同じくさっと二つの頭が岩陰に隠れた。半分見えてっからな。その頭めがけて種子を軽く投げたが、どこからともなく生えた杖がカコンと弾いた。高性能種族め。


 道具袋を広げて、跳ね返ってきた種子や初めに落ちたやつを拾う。

 改めて、つついても動かなくなった貼り草を、まじまじと眺めた。蓮板の縁から布っぽい糸が覆っているらしい。線状の花びらなんだろうか。貼りつくための線は、蓮板の裏から伸びているように見える。こっちは根っこなんだろう。

 ……どこに蠢く要素があったよ。


「ええい、気持ち悪い魔草ばかり育ってんじゃねえぞ!」


 やけだ。

 こいつらを死滅させて自然のバランスが崩れたとしても構うか。俺の目についたことを後悔しろ。一つの種子さえ逃しはしないからな!


 次からは撃たせはせんぞ。

 大きめの道具袋の口を開いて被せるようにして、貼り草の横から布部分を剥ぎ取っていく。

 結構な勢いがあって初めは袋ごとふっ飛ばされたが、慣れると全弾をキャッチできるようになった。

 袋が重くなると被せるのが難しくなったから、空袋で受け止めて中身を移していく。


「おぉー、器用に拾うわね!」

「ほほぅ、色んなこと考えるな」


 お前らは、これまでどんな工夫をしてきたのかと聞いてみたくなったが、多分、力任せに剥ぐだけなんだろう。

 ……そりゃ、皆の身体能力なら避けられるだろうし、避けられるなら力任せの方が速いだろう。その場合は、拾うのが面倒だったのかもな。


 種子は、篝火で焼くのかな。いや、さらに弾けて危険じゃないか?

 まあ、それも試せばいいか。


 幾つか落ちてしまった種子を拾いながら、ふと思った。

 こいつら、剥がなきゃ攻撃してこないなら、何が邪魔なんだ?


「なあ、シャリテイル。こいつらを放置したって、討伐に関係ない気がするんだけど」

「なにを言うのよ! ペリちゃんの攻撃を見たでしょう? もしドッカン攻撃がそこに落ちて掠ったりしたら、上から横から痛いじゃないの」


 痛いで済むのかそれ。


「そうでなくても、時期が来れば勝手に弾けるんだ。運悪くかち合ったら、すんげえビビるんだぜ?」


 カイエンの指摘には納得。そりゃ種まきの前に、取り除いておきたいよな。


「なら、ひとまずは、こういった場所を中心に片付ければいいんだな?」

「うん、頼むわね!」

「背後は任せておけ!」


 と、シャリテイルとカイエンは岩陰から俺を応援した。

 俺は無意味と知りつつ恨みを込めた目で威嚇しながら、黙々と貼り草殲滅に励むのだった。






 すっかり日の落ちた暗い拠点を、篝火が赤々と照らす。

 岩を積んで高めに作られた台座は、さらに岩で囲まれ、中には四角く組まれた丸太があるが、その中心には円錐状に組まれた丸太があって、隙間からは丸焦げのラーメンもどきが覗いている。乾燥した金たわし草は優秀な燃料のようだ。


 俺は昼に貰った残りの肉を大事に齧り終えると、火の側の岩に背を丸めて座り、貼り草の種子を投げ入れていた。

 菱形の角をナイフで切り取ってから焼けば弾けることはなく、もともと乾燥気味なことに加えて油分が多いのかほどよく燃えてくれる。


 この成功も当然、初めに投げ入れて失敗した教訓によるものだ。そのままだと案の定、弾けて物凄い音が響いて、魔物が反応するし肝が冷えた。これぞ失敗は成功の元!


 ハァ……げっそりする一日だった。

 他のみなさんは晩飯を済ませて寛いでいたが、ウィズー組は物置きの鞄から大きな敷き布を取り出し、地面に広げたり肩から掛けたりし始めた。場所が場所だけにか、じっとしてると冷えてくる。


「番はどうする」

「そうね、いつものように二人ずつは難しいから、ちょっと大変だけど半々にしちゃいましょうか。先にウィズーたちお願いできる?」


 ウィズーの言葉に、シャリテイルが答えていく。

 やっぱり、今回のキャンプはシャリテイルの立案なんだろうか。俺の件は偶然重なったのだとしても、元々ギルド側の仕事なんだろう。


「じゃあ、私たちは先に寝るわよ」


 シャリテイルが俺を見て言ったため詳細を確認する。


「深夜に交代だな?」

「タロウは眠ってていいだろ。助っ人なんだし」


 余計な気をつかってくれたのはウィズーだ。


「む。俺も起こしてくれ」


 そりゃ番をしたところで防衛できないから、本当にただ見てるだけになるだろうし意味ないかもしれないけど、さすがに気が引ける。なにより、それだと研修にならないだろ。


「タロウも頑固だものね。時間が来たら起こすから、寝ちゃいましょ」


 なんだか適当にあしらわれた感じだが、無駄に言い合うよりも、さっさと寝て疲労回復した方がいい。ウィズーも肩をすくめて持ち場に下がったため、俺もそれ以上は何も言わず鞄を漁る。ちらとシャリテイルが移動するのを見た。

 いつもと変わらない格好だし、大した荷物も見当たらないしで寝床をどうするのかと気になった。

 あのケープに仕掛けがあった。

 首の辺りで結んでいる紐をほどいて広げると、なんと裾まで届く長さになったのだ。折りたたんでたのかよ。


 それと、なんだその寝方は!


 シャリテイルは頭からケープをかぶり、全身を覆って空気をはらませながら勢いよく地面に転がると一瞬で丸まっていた。ムササビ?

 丸くなった頭のあたりから杖の先端だけが生えている。

 あれ枕にしてんのかよ。器用な。


 カイエンの方は岩の隙間に挟まって、頭のそばにある岩に鞄を置いて枕にしただけだった。寝違えそう。


 ものすごく疲れたし俺もぐっすり眠れるだろう。疲れは精神的な方だけど。

 俺もポンチョの袖口の紐をほどいて大判の布にする。持ってきた布の方は畳んだまま枕にした。無意味なようだが、硬い場所で寝た翌日の頭の痛さは嫌な物があるから、ちょうど良かったと思おう。


「ではおやすみなさい」


 誰にともなく呟いてポンチョにくるまり目を閉じる。


 ギキィー……ジ、ジジ……カタタ……ンゴォ。


 気が滅入る虫の音は南の森と同じ種類のようだ。最後は誰のイビキだ。


 眠れねえ……心なしか寒い気もしてくる。さっきまで何も感じなかったのにさ。

 こんな場所で眠れるようになれば一人前なんだろうか。

 目を閉じているだけでもマシというし、余計なことを考えず無心になるのだ。


 そう思ったところで、どうにも落ち着かず、ごろごろと寝返りを打つたびに体が痛む気がする。そもそも嵩張る装備を身に着けたままってのも初めてだ。寝苦しくてしょうがない。

 別に周囲に人がいるからと寝れない性質じゃない。学校の合宿なんかでも真っ先に眠ってしまい、顔に落書きされる方だった。


 そういえば、南の森でうたた寝しそうになったこともあった。

 あの時との違いといえば……やっぱり、場所の難易度のせいだよな。寝てるときに急襲されたらと思うと怖い。


 冒険者たちも夜の間は活動を控えているから、朝には魔物が吹き溜まっているんだ。森葉族なら夜でも動けるんだろうだけど、彼らにばかり押し付けるわけにもいかないだろう。そもそも休みがてらであれば、交代要員も足りないか。

 こうして考えると、無理に押し込まれたバカげた俺の依頼も、意味があるような気がしてくる。心身共に負担のかかる余計な仕事を俺が片づければ、それだけ休憩時間を取れるかもしれないもんな。


 つらつらと、そんなことを考えるが寝付けない。

 睡眠の敵は他にもあった。

 ようやく眠気が襲い、うつらうつらとする度に、誰かが森へと入り何かと戦う音が届く。


「ケキュウ……」


 そんな低い声が聞こえた気がして悪寒が走る。

 聞こえない。俺は何も聞いてないぞ。

 どうしても周囲が気になったが、ぱちぱちと火の爆ぜる音に集中していると、次第に気持ちは落ち着いていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る