096:冒険者らしい依頼
今朝の目覚めは良くなかった。酒のせいだろうけど、二日酔いではないと思う。
どうも胃がもたれた感じがするというか……あの酒とは根本的に反りが合わないようだ。いいんだよ二度と飲まないし。
のそのそと起き上がる理由は、もう一つある。
本日の予定はフリーなのだ。いつもフリーダム草刈りばかりしているが。
昨日は勝手に大物……巨大草を退治してしまったために、大枝嬢から明日の依頼をこなしたことにしましょうと、やんわりながら咎められたわけだ。
いや、大枝嬢は肉体疲労を甘く見るなと語っていたから、少しは休めということだろう。
悲しきかな低ランク冒険者に休みなどない。獲物がしょぼい俺だけだろうけど。
それにしても勝手に依頼を作って受けてこなして大枝嬢に絞られて、見た目のモブ具合に騙されたトンデモ野郎どもと、えぐい酒飲んで。友達との悪ふざけを思い出した。
「初めての飲み会だったんだよな」
そう思うと少し嬉しさも込み上げてくる。女っ気がないのは残念だったが……華のない光景を思い返すと気が滅入ってきた。そろそろ起きて飯食おう。
荒んだ胃に、おっさん特製の野菜汁が染み渡る。さらに、家賃まとめ払いの交渉で勝ち取った二枚の肉を見れば、嫌でも笑顔になるというものだ。
腹が温まって落ちつくと、ようやく昨日の成果を思い返すことができた。
なんと、この俺がミズスマッシュを倒してしまうとは……オトギルのお陰とは決して言いたくないが、でも、お陰だよな一応。心の中だけで感謝しておこう。
それと感動は薄れたけどレベル27に上がった。
「ふへ」
ま、まあ、嬉しいことに変わりはない。他に楽しみもないし。
どうもピンとこないのは、この前、上がったばかりだからかな。なぜか巨大流れ草のマグも結構あったが、上がったのは直前にミズスマッシュを倒した時だ。また草でレベルアップしなくて気分的には良かったよ。
感動してみたものの、相手はレベル14だったと考えると、倒せたのも納得できる気がする。レベル19のハリスンや20のカワセミを、運良くとはいえ倒せたんだし。
もうちょいハエもどきを倒していれば上がりそうだなぁとは思っていたけど、早すぎない?
そんなにハリスンの経験値が余っていたのか、その前のカワセミ分も結構大きかったのかも。
決して、草のくせに意外とマグを持ってた転草は含めないぞ。
またハエもどきに挑んでみようかと考えていると、いつもは静かな食堂に、おっさんとシェファの声が入り込んだ。
「おい、どうにかならんかシェファ」
「どうもこうも、先に約束しちまったし、母ちゃんに話しておいたんだけどな」
珍しいこともあるもんだ。
決められた仕事があるようで、番のおっさんを残して、毎朝さっさと出かけているようなのに。
飯を食い終えて食堂を出ると、腕組みをしたおっさんとシェファは記帳台を挟んで立ち、俯いていた。台の上には紙切れがある。
農地の住民同士でも依頼のやりとりなんてあるんだ。
「……ごちそうさまー」
小声で呟き、そっと宿の出口へ向かう。
タロウの背に二人から声がかけられる、なんて気がして目を合わせないように、こそこそ扉に向かったのだが。
「待った、タロウ!」
やっぱり。
「な、なにかな? これでも俺は忙しい身でして……」
「そうみたいだな。昨日はでっかい仕事を終えたって聞いたぜ」
「そんなタロウに、都合のい……ぴったりの話があんでぃ。ちょっとこいつを見てくれ」
いつの間にか受付スペースから出たおっさんに腕を掴まれ、引きずられる。しかも無意識な様子だ。まだシェファはどこか頼りないが、やっぱりおっさんは安定感がある。
俺、レベル上がったばかりだぞ? なんで拮抗してんだ。単に、おっさんもそこそこレベルが高いんだろうけど。いや、どうやってだよ。
カピボー倒して云十年と経てば、そんくらいなるのか……?
希望と見れば良いのか絶望すればいいのかと複雑な気持ちでいると、台の上の紙切れを見下ろしていた。
「放牧地外れの家畜小屋で、清掃と配達の補助……補助?」
内容を読み上げて二人を見ると、視線を逸らされる。
なんでだよ。
まぁ見るからに汚れそうな仕事というか、辛そうだ。でも普段から二人とも畑や家畜の相手をしてるわけで、今さらじゃないか? 人の手伝いが嫌なんて人たちでもないし。そもそも、なんで二人が依頼書なんて持ってるんだよ。
胡散臭い気持ちを込めて、じっと睨んでみる。
「あぁその、なんつぅか、補助ってのはただの力仕事じゃねんだな」
「で、詳細は?」
シェファの方に詰め寄ると、口早にまくし立てた。
「ち、力仕事の手伝いつうより、ほぼ護衛なんだよ!」
ごえい、にんむ……!?
「森沿いだからケダマが出るんだ。俺っちも畑のカピボー退治くらいはすっけどよ、ケダマなんかだと大変でさ。ここは本業の冒険者に頼むべきだって、いつも言ってんだけどよ」
「あいつは頑固でなぁ。こんくらい農地のもんでやんないでどうすると聞きやしないんだ」
なんと、このおっさん以上の頑固オッサンが存在するのか。考えてみればみんな頑固だな。
それはともかく、この最弱冒険者と名高い俺に、護衛依頼を頼もうというのか。
なんと豪胆な……。
「なんでも任せてください、おやっさん」
「妙な呼び方するな」
そんなわけで、いそいそと放牧地すみっこの、こ汚い小屋にやって参りました。
この辺も刈りに来たのに気が付かなかったのも納得。森沿いというより、木の中に半分隠れるように建っている。奥には入らないようにしていたというのもあるが、俺が下ばかり見ていたせいもありそうだ。
そして、シェファが嫌そうな顔していた理由も分かった。
大き目の小屋に小さな小屋がくっついているような作りで、それなりのサイズはあるが、木々の狭間へ無理矢理捻じ込んだように建っている。出入りするたびに脇からケダマが飛び出して来そうだし、ちょっと驚いてしまうだろう。荷物を抱えていれば、なおさら面倒くさい。
そう考えている間にも、飛び出してきたカピボーを摘み取る。
小屋の周囲で何か作業していた男が物音でこちらに気付いたようで、大きい方の扉の前で立ち止まった。目つきの悪いオッサンだ。腕を組んで俺を睨んでいる。
他に人はいないし、あの人が依頼人だよな……来るのが遅いと怒ってる?
依頼書を盾のように構えて近付き会釈すると、かれて野太い声が降りかかった。
「おう、タロウか。まさか、おめぇさんが来てくれるたぁ思わず驚いたぜ。ああ、なるほど、エヌエンのとこに住み着いてんだったな」
「ハイ、タロウデス」
驚きの視線だったんだ。怖いよ。
それにしても、ごつい。でかい。おかしい。
頭半分ほど俺より背が高いだけだというのに、幅もあるせいか仁王立ちする姿は、とても人族とは思えない。
「普段は、おら一人でも問題ないんだが、ちぃっとばかし今日は量が多くてなぁ。時間もかけらんねぇから、周りを見てくれるのが欲しかったんだ」
いつもは一人で十分なんだ。そんなこったろうと思った。
そういえば、西の畑の冒険者は畑仕事も手伝ってたよな。護衛のはずなのに急に魔物が出たらどうすんだと思うが、俺基準で考えてはいけない。
来がけに小屋の位置を確認したところ、東の森沿いでも南寄りだ。結界効果のある崖から、そう離れていない。生活に必須な作業場なんだろうに、安全と言い切るにはギリギリの位置だ。あからさまに、ぽつんと他と離れているのが気になる。まあ、今までおっさんたちで対処できたんだから問題ないんだろうけど。
ここなら少しくらいカピボーやケダマにまとわりつかれたって、俺でも依頼人を守りながら十分対処できるだろう。
魔物から、依頼人を庇いつつ戦う?
……な、なんて冒険者っぽいんだ。
「俺も手伝いますよ。早く終われば危険も減るし」
やっぱり不安だから、早めに済ませるに越したことはないな。
「おぉ、冒険者みてぇなこと言うじゃねえか。頼むぜ」
「冒険者だよ!」
「おっと、そうだったな。仕事を始めるぞ。ほれ、こっちだ」
「ヒュォ……!」
唐突にオッサンは背後の扉を開いた。その奥、暗い壁沿いに縄で吊るされているものを見て固まる。
「どうした、妙な声だして。さっそく魔物が来やがったのか?」
薄暗い室内から溢れ出す異様な臭いと光景が、俺の足を止めていた。
部屋を埋めるように大きな作業台や、床のあちこちに、こびりつく染み。壁の一面には大小様々な刃物。そして、ある壁沿いには、縄で吊るされた肉塊。
それは、ごっつい骨に赤黒い肉をまとった、ウギの開きだ……。
ギャーッ……手伝うなんて嘘! 言葉の綾ってやつ! ひいぃもう堪忍してくださいぃ!
思わず後ずさると、ガシッと肩を掴まれる。タロウはにげられない!
「おい、タロウ。体調でも悪いのか」
「ヒッ! いえ、その、ちょっと痒くなって……」
「なんだと? 虫なんか湧いてないと思ったが」
「いやいや、枯草がちくちくとしただけです!」
「なんだ、そっちかい」
何事もないように室内へ入るオッサン。思わず俺は、助けを求めるように剣の柄を掴みながら、息を詰めて部屋に踏み込む。黒ずんだ染みを見つけてはビクッとなってしまう。
ああ肉は大好きだよ。それでも食うよ。でも、その過程には微塵も興味はないんですぅ! いつも感謝してるけど解体現場なんて見たくないんだ住宅街に住む軟弱で平凡な一学生に過ぎない俺には現実はあまりに厳しい!
「手伝いを買って出てくれたのは嬉しいが、後は荷物の移動くらいのもんなんだけどよ」
「そ、そうなんですか。それなら得意です」
「がはは、だろうな。まずは後片付けすっから、待っててくれ」
オッサンは台の下に置いてあった木のバケツを取り出した。そこには、幅広で重そうな刃物や、長細い刃物やらが乱雑に包まれた布から顔を覗かせている。
「裏に井戸がある。ちょっくらこいつを洗うから、周囲を見張っていてくれるか」
汚れの色を見て視線を泳がせつつ、こくこくと頷いた。
肉片の掃除とかさせられなくて良かった。ほっとして息を吐きつつオッサンの後を追う。
外へ出ると、さっそくキャシャシャと声が聞こえてきた。
「お、ちっこいのが紛れてきたな」
言いつつもオッサンは、足に飛びついたカピボーに手を伸ばすと、指先で軽く捻りつぶした。
俺、必要なさそう。
いや、数が来ればのんびり動いてはいられない。
裏に回ると、オッサンは水を汲んでバケツに注ぎながら言った。ここには便利なポンプはないらしい。
「こんな場所で悪いな。血肉の臭いでウギたちも嫌がるんだ。離して建てるしかなくてよ」
確かに、ウギだってこんな未来など知りたくないだろう……って、もしかして、気を遣われてしまったんだ。こんなことで怯んでる場合じゃない!
「ちょっと待っててください」
井戸を回り込んで森の奥を向いて立ち、やや離れた木々の狭間へと全神経を集中する。目を見開き、怪しい藪をサーチだ。分かる、分かるぞ。何か居そうって感じが。
剣を手に取ると、一息に踏み込んで突きを放った。
「そこだ!」
「ケきャッ!」
「もう一匹!」
「ンケャッ!」
特にレベルアップの恩恵などは関係なく、よく見れば葉の揺れ方が違うってだけなんですけどね。
お休み中のケダマも、人が近付けば様子を窺うように葉の陰で動き出すが、隠れきれてると思って油断するのか覚醒が遅いのか、飛び出すのがワンテンポ遅れる。
その間に思い切り突けば簡単に仕留められるのだ。
他にも仲間がいれば横から飛びかかられるが、初めの一匹が片づいているため即座に対応できる。
どうせ見つけられなかった後は、地道につついてまわるんだし、手間が省けるってものだ。そうして何匹かのケダマと、一緒に出てきたカピボーを倒していく。
「敵を殲滅した。安全確保完了」
わずか数分といったところだろう。ふっ、日々南の森で鍛えた成果だ。
振り返ると、オッサンは目を丸くしている。
「ほぉ、こりゃ驚いた。機敏に動くもんだな」
「俺が……機敏!?」
「おう、冒険者みてぇだったぞ」
だから冒険者なんだって!
「こほん……これでしばらくは作業に支障はないと思います」
「ありがてぇ。さっさと済ませるか」
本当にさっさと済ませたオッサンは小屋へ戻り、刃物を綺麗な布で拭って壁に掛けると、部屋の隅を指した。
「そこの袋を隣の物置きに運ぶのを手伝ってくれるか」
人が入りそうなほどでかい袋の中身は、においだけなら大鋸屑のようだ。それを抱えて隣の小屋に荷物を運び入れると、代わりに木箱を外へ出す。こっちは数がありそうだ。抱えてみると頑丈で重い上に、一人掛けソファというくらい大きな箱で持ちづらい。持ちやすいよう一部に隙間があり、そこを掴む。
「後は、この荷物を街まで運んで終わりだ。ま、終わりっつっても、何度か戻ってこなきゃならんが」
説明しながらもオッサンは軽々と運び出していく。そして、難なく両肩に木箱を二つずつ担ぐと悠々と歩き出した。
よし俺も、ぐぬ……二箱だけにしておこう。とっさに戦えないとまずいからな。
二つとはいえ積んで両手で抱えると前が見えず、斜めに体を向けて歩くことになる。これで街まで歩くと思うと気が滅入るが、道がないから仕方ないんだろう。ギルドが使っていた台車もどきは、まがりなりにも均した道の上だから、辛うじて使えるレベルだもんな。
放牧地に出て視界が広がると安心する。カピボーも出なくなるし、草原を吹き渡る風が心地よく、草っぱの香りも気持ちがほぐしてくれる。
それにしてもと、隣を見上げた。
ぺかーと降り注ぐ日差しに箱の塔が浮かび上がっているのだが、オッサンの顔には、まったくつらそうな気配がない。身体の芯がまったくぶれないというか、足取りは危なげなく、荷物が不安定に揺れることもない。
どんなバランス感覚と力してんだよ。親父より年上に見えるけど、すごいもんだな。
何か、違和感がある。慣れだけで、ここまで身体能力……と言っていいか分からんが、身につくもんだろうか。これまでの短い体験による判断でしかないが、頭の中で「無理」と答えが返る。
そう、シャリテイルも言っていた、一般の住人は冒険者ほどの身体能力は向上してないということ。俺はそれをレベルと呼び、それにはマグが必要ということ。
遠目に見えるウギの群れから、野太いブモブモメェメェといった鳴き声が届く。
「やっぱり、この辺でウギを育ててるんですか」
「おうよ、あの大きな塊がそうだ」
この前、シェファんとこと比べてしまった中でも、一際多い群れだ。
「すごい数ですね」
「そういやぁ、街に来てから随分と経つ。大抵のもんより長いな。あいつらも増えるはずだ」
「この仕事、長そうだと思いました」
「いや、そこそこだ。こっち来てからだから、二十と数年くれぇかな」
経歴が俺の歳と変わらないとか、十分長いよ。どこか主っぽい貫禄があると思った。
「まぁ、今じゃおらは、ほとんど肉を捌くのが仕事になっちまったよ。この街も昔と比べりゃ、随分と人が増えたからなぁ」
えぇ、だとすると、この街のほとんどのお肉は、このオッサンが供給源ってことか。
「いつも世話になってます」
日々数枚の肉とはいえ、貴重な楽しみの時間だからな。
「なに言ってる。さすがに、おら一人じゃ全部は賄いきれんよ。エヌエンも結構長いぞ」
ああ自分とこのもいるんだし、やっぱりおっさんも捌いてんのか。
いや、それに加えて手を貸すって、あのおっさんはどれだけ働いてんだよ。
「みんな主な仕事は持ってるが、ちっこい街だ。毎日どっかが足りなくなる。手が空いたら誰かんとこに手を貸すから、なんでもそこそこ出来るようになるわな」
だからこそ、うやむやにならないように依頼書にしてるのかもしれないな。
それはいいとして、このオッサンの驚きの安定感は、どこから来るのかの答えは目の前にあるじゃないか。
主な仕事は肉を捌くこと……もしかして、このオッサン、すげえレベル高い?
宿のおっさんも、俺がぶつかったくらいではびくともしない。マグは生物に多く含まれるというし、共通点は屠殺……なのか?
つい猟奇的なことを色々と想像してしまった。排除排除。
基本的には動物の方が、植物よりマグが多いんだよな。魔物の姿に動物が多い理由らしいし。あ、だとすると。
「じゃあ、ウギのマグだけでも結構貯まってそう」
「マグ? ああ、マグか!」
なにがツボだったのか、オッサンはガハガハ笑い出した。野太いだみ声が腹に響く。
「マグ水晶もな、兄ちゃんの首に引っ掛けてるそいつみたいによ、小っこくなったのはここ十年くらいの話だ」
「えぇ?」
思わずマグタグを見下ろした。確かに小さいし丈夫だし便利だ。よく考えたら結構すごいものだし、開発の歴史なんかもあるよな当然。
「俺がガキん頃は、この箱くらいでけぇもんだったんだぞ? しかも、まだ使えたもんじゃなかった。街に来た頃にゃ多少はマシになってたけどよ。それでも小脇に壺を抱えて歩くようなもんで、邪魔だったもんだ」
「へぇ!」
なんだったっけ、そうそう電話の歴史とかテレビで見たときと似た感動だ。抱えるサイズだから、仕事の邪魔で持ち歩くことはなかったし、現在のように器材が揃っておらずマグの移動も楽ではなかったらしい。
「マグが統一貨幣やらなんたらになったのも最近だ」
「え、最近!?」
「この街に来る前くらいだったかなぁ。今でも住人の間じゃ、物々交換の方が楽ってなもんよ」
最近じゃねえ……オッサン連中の時の流れとは感覚が違うものだったな。
物々交換というが忙しい時に手を貸すといったことも含んでるようだ。話を聞いていると、貨幣に関する価値は、あまり高く聞こえない。だから、あの投げやりな値段設定文化が育ったようだ。
それだけ長く居るってことだよな。こんな普通の世間話ができる機会は滅多にない。
「邪竜が封印されたときのこととかも、知ってそうですよね」
言ったとたん、穏やかだったオッサンの眉間に皺が寄り口は閉じられた。
あれ、そんな禁忌的な話題だった……?
でもシャリテイルは気軽に話していたよな。ビオにしろ、ギルド長にしろ……いや冒険者ギルドの存在意義みたいなもんだし、冒険者にとっては当然かもしれないけど、他は違うんだろうか。
びくびくと見上げると、オッサンは困ったように笑う。
「そん時ゃ、おらは居なかった。その後、街を立て直してる時に来たもんでよ。ただ、酷いありさまでな」
「そう、だったんですか」
「悪ぃな。あの時期に、あんまり良い話はないんだ」
「すいません……」
「いや、気ぃ遣わせたな」
オッサンはすぐに大笑いして、別の話を始めた。
そんな昔話に感心させられたり感動している内に、街の肉屋兼総菜屋に荷物を運びこんで、また戻ってケダマ退治して運んでと繰り返し、一段落ついていた。
街から空の箱を小屋へ戻して、依頼書に署名をもらう。
「がはは、よく頑張ったな。おかげで魔物退治するのに時間を取られず、往復回数も減って助かったよ」
「こちらこそ、今日はありがとうございました!」
「手伝わせたのはこっちなのに、礼を言うのか。変な兄ちゃんだな」
失礼な!
「また都合がついたら頼むぞ」
「是非」
そうして午前中も半ばに仕事は終わってしまった。
俺も人族の端くれだ。荷物運びくらいで疲れはないが、なんというか、こんなにのんびりとした気分は久しぶりの気がする。
初めから農地に行ってダメだったら、後がないと思って冒険者になったわけだけど、こっちの仕事も良さそ……あ、いや、気の迷い。今のなしで。お肉製造は、俺の精神力では無理だ。
やる気も出て来たし、今日もハエもどき退治しよう!
最弱洞穴へ足を向けると、オッサンの足運びを思い出していた。
間違いない。あのオッサンが、この街で人族最強だ。
多分、レベルでは。
人族がレベルだけ上げ続けた結果が、あんな感じだと思えるんだ。
実際の戦闘では、俺の方が勝ってるらしいという実感が湧いた。
というか俺は、人族にしては機敏らしい。人族の特性に逆らい、無駄にケダマたちの素早さに対抗して頑張ってきたもんな。そうじゃないと泣くよ。
でも、これまでのレベルと実際の訓練に関する考察風愚痴の内容も、あながち的外れではなかったということだ。
魔物相手に戦い続ければ、俺でも冒険者っぽくなれる!
鼻を膨らませて意気込んだところで、物凄く嫌な気分が込み上げた。
「う、生臭い……やっぱ先に宿に戻って体を洗おう」
あんな短時間だというのに、生臭さが染みついているとは。
ほんとオッサンや、宿のおっさんにも、足を向けて寝られないな。
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