097:カスタマイズアーマーコンプリートエディション・低
とうとう正体を現したな。
いずれ貴様とは決着をつけねばならないと思っていた。いつもいつも、こそこそと付いて回りやがって。だが、今度こそ逃がさん。
そこを動くな……よし、捕まえた!
「ふがっ! いってぇ……」
クソ鼻毛が。
最後のあがきは何度でも俺を苦しめるぜ。
こんなむさい街に汚れ仕事だし、外見なんか気にしなくてもいいんだろうが、時々狙ったようにムズムズするんだよ。戦闘中だと命にかかわる。命に……えー、命にかかわる熾烈な戦いを繰り広げているとも。
引っこ抜いた一本を、葉っぱで作ったゴミ入れに放る。折り紙の箱を作る要領で作成した小さなものだ。
ゴミ入れの横に並んだ鏡を見る。少し歪んで曇っているが、あるとないとでは大違いだ。鏡もあるんだし、鼻の方の道具も何かないもんだろうか。
ふと手元にある、ひげ剃り用に使っている小さいナイフが目に入る。
「お、あるじゃ……むりむり」
指ぐらい幅あるじゃん。
まあ、くだらないことと言っていいのか、意外と死活問題と言えなくもないような……ともかく、こんな些細なことで悩めるとは俺も良いご身分になったもんだ。
「……仕事行くか」
さて、午後はどんな顧客が森から飛び出してくるのだろうか。まずはカピボーさんだろ、それからケダマさん。顔なじみばかりかよ。もちろんお得意さんへのご挨拶は大切だね……はぁ。
お肉製造現場から、いったん体を洗いに戻ってきたわけだが、気が抜けて目蓋が重くなってきた。目蓋をこじ開けるようにして階下へ向かい、おっさんの言葉に目が覚めた。
「おぅタロウ、戻ってたのか。ちょうど良かった。ベドロク装備店から伝言だぞ」
「ストンリから?」
おお、ついに来たか!
「やけに嬉しそうだな」
「新しい装備ができたんだよ!」
「ほぅ、順調に頑張ってんな。嬉しいからって無理するんじゃないぞ。気を付けて行けよ」
「分かってる!」
そわそわと落ち着かない気持ちだが、昼飯を食って出ようと思っていたこともあり、慌てて掻き込んで咳き込む。味わうのもそこそこに、急いで宿を飛び出した。
「ストンリ、伝言聞いたぞ!」
「狭い店なんだ、大きな声出さなくても聞こえる」
またストンリは半開きの眠そうな目と覇気のない声で出迎えた。俺を確認すると商品棚の側に置いた大きな木箱へと手を伸ばし、次々と中身を取り出しては台に並べていく。
「まさか、その装備作るのに夜更かししたんじゃないだろうな」
俺如きの装備、なんて言うと虚しいが、そこまで無理してもらうほどの額でもないというのは、すっかり知ってしまっている。
「別件。タロウのは、頼んでた部品さえ届けば組み合わせるだけだったから」
「だよな。知ってる」
改めて台に乗ったものを見おろした。茶色い艶のない革製で、いかにもイメージの防具そのものだ。
これが俺の物になるのかと思うと、ちょっとした感動が湧いた。
「ありが……」
礼を言うのにストンリの顔を見て思い出したことがある。正確に言えば、顔の真ん中。
「ないな鼻毛」
「なんだ藪から棒に」
あ、こめかみがやばい。
「いやそのぉ、除去する便利な道具があるのではないかと思いましてね……」
「初めからそう言ってくれ」
睡眠不足の人間を怒らせてはダメだ。
言いつつもストンリは、既にカウンター隅の道具箱の中からアイテムを取り出していた。さすがはストンリえもん。
手渡されたのは、綿棒サイズの黒い棒だ。手のひらに乗せて、まじまじと見れば、棒は縦に割れており先が開くようになっている。トングのような形状だが先端まで半円に丸まっているから、鼻の中に突っ込むとしたら粘膜を痛めない親切設計だろう。
挟めそうなのは分かったが。
「これは……毛抜き?」
「挟むと切れる」
なんと鼻毛鋏か!
こんなに小さくて精細な道具まで作れるとは、実は大した技術がある世界なのではないだろうか。見た目の生活水準的に何百年と昔っぽい雰囲気に惑わされてしまうが、忘れてはいけない。ここは異世界なのだ多分。
「すごいな、試していいか。もちろん買うから。いや待った、お値段はお幾ら万円で……」
「500でいい。まんえんってなんだ」
ストンリは嫌な顔をして箱の底から鏡を取り出した。
ではさっそく、ちょきちょきと。
「おお、切れる……簡単に切れるぞ!」
「そんな魔物素材だけのもんで喜ばれても」
「え、魔物素材?」
「ヒソカニの触覚を割って加工しただけ……なんで投げ捨てる」
「すまん、つい」
いかんいかん。魔物素材だらけなのは当たり前じゃないか。盲点だったな。
「お買い上げありがとう」
「嫌味っぽく言わないでくれ。ごめんって」
無駄にテンション上がって損した気分だ。
「本題」
「そうだった」
苛立ちはじめたストンリに促され、慌てて鼻毛鋏を道具袋にしまった。
試着すべくポンチョや肘当てなどの部分装備を取り外して、まずは革のベストを手に取った。シャツの上から腕を通し、ダブルベストのように合わせが脇に寄っている部分の小さなベルトを留める。
ベストと言っても、肩が隠れそうな幅がある。元々他の装備と組み合わせることが前提のような作りなんだろうか。肩口にも小さなベルト通しがあり、そこに肩当てを装着するらしい。俺の場合は樹皮甲羅の肩当てだ。最低品質の革素材と比べても樹皮素材は見劣りするが、相乗効果はあるだろう。あるはずだ。
後は葉っぱブラにならないかと不安だったモグーの葉っぱだが、表からは全く分からない。胸部は分厚いが、内側にも革が重ねて縫い合わせてあるようだから、その間に挟まれてるんだろうな。
安心して腕を覆うカバーを手に取る。肘の内側に切れ込みがあり、二の腕の内側のベルトを留める。これと似た構造の膝下と腿を覆うカバーを最後に装備。
それらの上から、元々あるグローブやら肘当てやらを装着し直していった。
「お、おぉ」
思わず手を握ったり開いたりしてみるが、手の平には関係なかった。
薄く柔らかめの革と聞いていたが、上半身を捻ったり腕の曲げ伸ばしをしてみると、厚みのある革が全身に貼りつくような、引っ張られるような感覚がある。フィットしてるってことでいいんだろう。
革特有の臭みさえ気にならないどころか、プロっぽく思えて嫌でも気分が盛り上がるというものだ。
これは、すげえ嬉しいな。
「見たところ問題なさそうだ。着心地はどうだ」
ストンリの確認の言葉に我に返り、即座に最高だと答えようとした。
「お、重くるしい……」
「笑顔で言うことか?」
ぺらい装備と舐めていた。
全身に分散した重みは実際に重量を感じさせることはないし、別に動きを阻害するわけでもない。なにより人族の体だし大差はない。
「これまで薄着だったから」
ポンチョだって丈夫なものだし身を守れている気になっていたが、こうして本物の防具を着込んでみると、これまでいかに無防備だったかと思い知らされる気分になる。パンツ一丁で魔物に挑んでいたような錯覚を覚え、体が震えた。
「まずい部分が?」
「い、いや、着心地はいい。調整の必要はないと思う」
ストンリは安心したようだ。
しかし俺は一つ、問いたださねばならないことがある。
浮かれて着込んでしまったが、肘から手首までの部分と脛と腿の前面に、黒くざらついた板が取り付けてあるのだ。軽く叩くと鈍い音と共に、硬い感触が手に伝わる。
この色艶といい、筋肉まとめ役のグローブなんかと風合いが似ている……ま、まさか、金属素材で強化とかじゃないだろうな?
もしクロガネなんて高級素材だったら……そんな余裕ないぞ俺。
血の気が引いてストンリを睨む。多分睨んでいる。涙目ではないはずだ。
「お、おい、なんの加工しちゃってんだよ。オプションは無しだったよな?」
「もちろん。ああそれ、殻」
「は? 殻ってこれが? まるでクロガネみたいじゃないか」
「大げさな。そんな強度はないよ」
確かに触ったことはないが、カラセオイハエの殻が軽く思える重量感がある。これで殻なのかよ。
「この前、珍しい持ち込みがあった。それはヒソカニ殻だ。殻の中では最高品質の素材だが、そう値段に差はないから安心しろ」
「そ、そうか……良かった」
「たまたま手に入ったから加工してみた……じゃなく、金額内でのおまけだ」
ストンリの趣味だというのは、よぉく分かった。
しかし、これがヒソカニの素材なのか。それも珍しいとは……どうも、ものすごく身に覚えがある。
それって、俺がシャリテイルに拾わされたやつだろ。
「上質で珍しいのに安いって、所詮は殻だから誰も拾わないのか?」
「いや、そこそこ拾う。食器に使われることが多いから、装備屋への持ち込みは珍しいんだ」
食器! そもそも装備用でもないじゃねーか!
そんなオチだと思ったよ!
「かなり使える素材なんだぞ」
俺が嫌がっていると思ったのか、ストンリはふて気味に殻素材の有用性を解説し始めた。さすがは素材フェチ。
「こいつは丈夫でキメが細かい。頑丈さでは金属素材に劣るが、大抵の中ランクの魔物を相手取るのにも不足はない。軽いし水漏れの心配がない上に、革製の水袋と違って皮臭さもない優れものだ。加工のしやすさから汎用性も高く……」
終わりそうもないので諦めて聞くことにし、水を飲ませてもらおうと断りを入れ水筒を取り出した。
「なんだ、活用してるじゃないか」
「あ、なにが?」
途端にストンリは機嫌を直したようで、厳しい表情を緩めた。どれを指してるか分からんが、初期装備?
そういえば、こっち来て役に立ってるのって、ほとんど初めの装備だ。今は見た目ほどしょぼくはないと知っているものだが……殻装備ってどれだよ?
「その水筒は、ヒソカニの中でも最も丈夫な鋏部分を……おい、店ん中で水を飛ばすな」
水筒かよ!
なんてこった……俺は呪われた装備を身に着けていたようだ。
「それで、特に問題はないんだな?」
腹立ちを通り越したのか呆れ声のストンリに、俺は大きく頷いてみせる。
「後は、実際に動いてみなくちゃな」
「そうだな。違和感があれば、すぐに持ってこい」
商談成立だとストンリはマグ読み取り器を取り出し、俺はタグを押し付ける。
防具は注文時に前払いしているから残りの代金と、本日追加の鼻毛鋏代、しめて八千マグ。この程度の出費では、びくともしなくなったぜ。
「くくく」
薄気味悪いといったストンリの視線をスルーして、俺は上機嫌でベドロク装備店を後にした。
新しい装備の重みを全身で感じ、生まれ変わったような気分で大通りを歩いていると、道行く人々の視線を集めているような気がしてくる。
行きつけの店となりつつある雑貨屋の店員と目が合って挨拶をするが、その後に客と話している様子に余計なことを想像してしまう。
「やだ、あれ見て。防具なんて着込んでるわよ。人族のくせに」
「あら本当。ぷっ、着てるっていうより着られてるわよね」
なんて言われているのではないかと考えて落ち着かない。そわそわしながら全力小走りで南の森へと急いだ。
予定のない日で良かった。
まずは体を慣らさなきゃいけないが、それだけではない。防具を手に入れたことで、いくつか確認したいことが出てきた。
「おい、出て来いカピ師匠」
「キェシャ!」
「なになに、我が弟子よワシを超えてみろだと? 吠え面かくなよ!」
飛びかかるカピボーを正面から受け止める!
「キャピャー!」
「なにか、鳴き声が普段と違わない?」
それは気のせいだが、ぶつかり方に違いがある。
よく見れば齧ろうとしているのだが、ちっこい牙だ。さすがに革は通らないらしい。いつもなら服に噛みついてぶら下がるのに、掠ってバランスを崩しては転がっていく。
さすがはカピ師匠。
間抜けた行動ながら、これまでとの違いを浮き彫りにしてくれた。
「ほほぅ、これがまともな防具の効果なのか。助かったよ、もうお前に用はない」
「シャぴェ!」
カピボーを叩き落して、次はケダマだ。
森の奥へと分け入り、横から飛んできたケダマに左腕を掲げる。カピボーの牙よりは長く鋭い爪が腕を掴んだが、こっちも通らない。そのままケダマが取り付いた腕を木の幹に叩きつける。
「キぷャ!」
あっけなくケダマは潰れたが、ヒソカニ殻かカワセミ革のお陰か、腕に伝わる衝撃も軽減されていた。
本当に安物かよ。俺には上等過ぎる気がする。
それにしても重苦しいような感覚は、なかなか消えない。
別に動きを阻害するなんてことは一切ないんだが、ここまで存在を主張するものを着たことがなかったから気分的に引っかかる。
「すぐには馴染まないよな」
ちょっとばかり厚みがあるだけの服で、革ジャンみたいなもんだろうと思っていたが、かなりの存在感だ。柔軟性は低いし、通気性も悪いせいで気になるのかもしれない。元の世界でも兵の装備とか重いと聞いたが、こんな気分なんだろうか。
これまでポンチョ程度で邪魔臭いなんて言って悪かった。こんなんで他の奴らは動き回ってると思うと感心する。シャリテイルは除く。
嵩張るパーツ付けてる奴も多いし、見た目よりずっと重いんだろうな。確かに、これは疲れる。俺にとっては気分的なもんだけど、他種族にとって、なるべく身軽でいたいってのは結構シビアな問題なのかも。
だから泊りがけで討伐するときくらいしか、まともな装備は持って行かないんだろう。この辺の危険度も、あいつらには低めだろうし。
ともかく検証は済んだ。
マグ回復の魔技石はある。回復薬も取り出しやすいポーチに放り込んでる。
敵に挑む準備は万端だ。
今の俺なら、あいつを……あいつを
そう、ノマズに雪辱戦だ!
目指せ、奥の森の奥――沼地へ。
「やっぱりキモケダマが面倒だから迂回しよう」
草原側から入り込んで、こそこそと森の中を移動する。途中で四脚ケダマ数匹に見つかってしまったが、随分と戦いやすくなった。背後に回り込まれても、身体に穴が開く心配をしなくていいのは大きい。
徐々に湿った土臭さが漂いだした。柔らかくなりつつある地面の上に、ゆっくりと足を運ぶ。
ノマズ戦がトラウマになったのかは分からないが、俺は本当に、この世界に生きていて、死んだらおしまいだってことを実感した出来事だったのは確かだ。
現レベル以下の相手なら戦えるはずだと思いつつ、あれからレベルが上がっても、ずっと再挑戦を避けてきた。さらには山道整備の依頼を受けたのを良いことに、考えないようにしていた。
慎重になんて言い訳して尻込みしてたんだと気づいても、だからと言ってそのまま突撃するのも馬鹿だしと、思い切って装備を注文した。
最近、急にレベルが上がりやすくなった気がしたのは、やっぱ気のせいだ。ほぼ一桁レベルの魔物ばかり相手にしていて、たまにレベル20ほどある魔物を何匹か倒したんだ、そりゃ上がるよ。
もうちょい生活が安定してからなんて逃げそうになるのをこらえて、防具を揃えて良かった。
レベル差が縮まったこともあるが、今は腿がカバーできている。四脚の重さで取り付かれた感覚からも、抉られる心配なく十分に戦えると感じた。
さらにケロンやハリスンの手応えと比べれば、やれる気はしている。
足が沈む感覚のある場所まで来て、木を背に立ち、暗い地面を睨む。
土が盛り上がったような筋が幾つか見える。魔物が移動した名残りだろう。
ヤツが居ると思うと、手に力がこもる。
ノマズはぬるっとしているのと、弾力があるせいで殻の剣は通り辛いだろう。マグ強化で切れ味は上がっているが、レベル差を考えると心もとない。
ケロンを相手にしたとき、手にしていたのはナイフだった。
もし、あれが殻の剣だったら、ぬめった口内に滑って弾かれたか、折られていた可能性もあると思えた。
やはり、ここはマチェットナイフがいい。
あの時よりも、手はしっかりと柄を支えられているのが感じられた。
レベルが上がったお陰か、ようやく扱いに慣れたか、やたらと集中しているせいか。いや、それだけじゃない。
俺は余計なことに気付いてしまった。
これは、草を刈り尽した手応えなのだ。
握力がかなり上がっている。思えば異様なほどだ。握力だけではない。ナイフを持つ腕がぶれない。
砦兵のヴァルキに言われたことが頭を過る。
剣の練習でもすりゃ様になるだろうと言われたことは、ぼんやりと頭にひっかかってはいた。
笑えてくるよな。
野宿したくない、食っていかなきゃならない、明日の事は分からないしと不安で必死に刈っていた。それが、ずっと素振りをしていたようなもんだったんだ。
何千、何万と振り続けてきた、この力を解放するときが来た――。
「あ、フナッチが出る可能性もあったな……えー気を取り直しまして、ノマズさん、どうぞ」
咳払いして、適当な土の盛り上がりに石を投げた。
ねちょ。
そんな音を立てて地面はひび割れ、泥が跳ねあがる。
姿を現したのは、丸く巨大なオタマジャクシ。
「当たりだ!」
ノマズの正面に立ち、その鼻面から伸びて、にょろにょろと揺れる憎き髭をにらむ。まずは特殊攻撃を封じる必要がある。
怯えるな。草のようなもんだ。
ノマズはのたのたと歩いて近付きながら、ゆらりと髭を持ち上げる。
「二度と、串刺しにさせるかよ!」
ばいーん。
意気込んではみたが、一瞬でノマズの頭が迫っていた。
ナイフを振り下ろす前に跳ねたノマズは、その勢いで髭を伸ばす。
とっさに腕を広げて、腹に巨体を受け止めた。
「ぐげっ!」
汚ぇぞ、なにを変態的な跳躍かましてんだよ、お前と感動の再開での抱擁など望んでいない!
ノマズの勢いと重みに後ずさり、木に背中をしたたかに打ちつける。
ま、また、喰らってしまった……無念。
「まだだ、前とは違う……!」
ぶつかって落ちたノマズは、勢いで転がり体勢を立て直す。
その隙を見逃さず、上体をひねって力を乗せたナイフを薙ぐと、今度こそ髭を断ち切っていた。ノマズは、激しく転がり身を捩る。そのたびに切れた髭の根元から、赤いマグが飛び散った。
ぬめって掴みづらいし、尻尾からの攻撃を警戒して隙を伺う。
間もなく気を取り直したノマズは、さっと正面を向き、頭を引いた。
突進の予備動作だ。距離は近いし素早いが、ハリスンを見た後では以前ほど脅威に感じない。
見切った!
ノマズは身を捩ると再び、だばーんと跳ねた。同時にささっと横移動だ!
「でぇ!」
避けたのに、足に食らうってどういうことだ。
でかいノマズの頭の向こうで、平べったく長い尻尾がしなるのが見えた。
そいつのせいかよ。
「く、くくく……その程度かノマズよ」
腹に喰らった髭と体当たり攻撃など効くはずもない。なぜなら、今は防具があるからだ。しかもモグーの葉っぱ入りのな!
そして脛に受けた攻撃も、ヒソカニ殻のお陰で切り傷など皆無。
とはいえ当たり前たが、装甲が硬かろうと重量物を受け止めた衝撃を軽減はできない。
「げべっ」
ノマズは大きく飛んできた後、足元の地面からびよんびよん跳ねて頭を腹にぶつけてくる。
くそっ鬱陶しいな!
一度組み合った相手だ、重量は覚えているぞ。
ノマズの勢いを抑えるべく、巨大な頭だか胴体を抱え込むように腕を回す。そのまま後頭部に手を伸ばして尻尾の根元から生えているヒレを掴むと、そのまま足から力を抜き、自分の体重を利用して体を傾け地面へと落とした。
「おらぁ!」
ぼよんとノマズの体が地面を跳ねるが、それを膝も使って抑え込み、掴んだヒレは意地で離さないまま振り切られる前にナイフを突き立てる。己の鍛えた腕力と握力を信じた行動でもあった。
何度か組み合って切りつけるか、前と同じく突き刺したまま息絶えるのを待つことになるのか――そう、考えていた。
「はへ?」
ノマズの眉間に深々と刺さったナイフは、あっさりと頭を縦に引き裂いていた。
これまで自力では意識して見たことのない量の赤い煙が、体にまとわりつく。
「い、いちげき……?」
手応えも、思ったより軽いものだった。前は、あんなに押し返されるような弾力を感じていたのに。
「おぉ……う、うおおおぉぉ!」
思わず場所を忘れて叫ぶも、すぐに振り上げた拳が宙で固まる。
「って、冷静に考えたら、レベルはそこまででもなかったな」
それでもレベル14で、ミズスマッシュと同じか。
ミズスマッシュは虫だから外殻が硬いのもありそうだが、ノマズの弾力もなかなかのものだ。
レベル10を超えると、いきなり手応えが増す。例外はカラセオイハエだが、あいつは殻に栄養が行ってるせいだろう。
手応えはともかく、そう素早くはないと思うが手こずった理由はなんだ。
ふと足が重く感じて視線を落とす。
ああそうか、泥だ。
足元を見れば靴は泥まみれで、半ば地面に沈み込んでいる。そりゃ、踏ん張ろうにも加減が狂うだろう。
こういった場の影響もあるのが、ゲームと違って面倒なところだな。
森葉族なら気にせず動けそうで羨ましいことだ。
でも岩腕族はちょっと苦手そうだな。
お、もしかして、この感覚。他の奴らが、なんとなく他種族の得手不得手を考える時って、こんな感じって気がする。
「おっと、まずい。戻ろう」
ノマズ一匹に勝ったと喜んで、他の奴らに沼に引きずり込まれたら笑い話にもならない。
泥で、すっかり重くなった体を引き摺り、のろのろと歩き出す。
「ギャー」
そう思ったそばからフナッチに食いつかれて倒したりしつつ、沼地を後にしたのだった。
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