095:余興

 あのでかい草はなんなのかと気軽に聞いてしまったばかりに、気が付けば俺は木に吊るされていた。

 枝に括りつけず、巻いただけの縄の端をオトギルが持っていただけなのは、すぐ真下にある流れ草に俺を下ろすためだ。


 そのはずが、先に周囲の魔物を徹底して片付けようぜと、カマィタとマチが言い出した。すぐに済むと思いきや、どうも数が多かったらしい。朝の見回りが手を抜きやがったとか、上流から流れて来ただとか、ぶつくさ文句を言っていたが、吊るされる前に思いついて欲しかったよ。

 その間、無防備に待つことになってしまったというわけだった。


 オトギルが俺の恨み視線にびびって、うっかり手を離し絶体絶命の危機に瀕することになるとは、。

 地獄で会おうぜオトギルうぅ――ッ!

 人生最後に浮かべるのが、そんな恨み言なのかと思うと悲しすぎ……べぶっ!




 はい、草の上に尻餅ついて跳ねて転がっただけです。

 柳のように頼りない葉っぱに見えたから川に落ちると思ったが、意外と弾力がすごかった。跳ね返りすぎて川に落ちそうになったものの、川に頭からドボン寸前で縄が引っ張られて助かっただけでなく、その勢いでさらに跳ねて転がった。懐かしいなあトランポリン。


 ようやく引き上げられて、だらんと力なくぶら下がり、俺はゆっくりとクルクル回る。

 その側をオトギルの奴は、縄の反対側の端を持って優雅に下りてきた。ヘリから縄梯子にぶら下がるどこぞのエージェントみたいに格好良く。俺を重りにしてんじゃねえよ。


「いやあ、すまんすまん! ごめんな! しかし見た目は何処にでもいる普通の人族って感じだが、結構暴れん坊だな!」


 お前には言われたくねえよ!


「もう魔物も見えないし下ろしてくれ」

「おっ、本当だ」


 こんな時でも周囲を把握できるようになるとは、俺も成長したではないか。

 ようやく草に足がついた。安定した足場を確かめるついでに、軽く踵で足元を蹴る。感触は想像以上に硬い。

 オトギルが飛び乗っても、俺が跳ねても揺れた感じはなかった。これ、刃が通るか?


 屈んで中心らしき場所の葉っぱを掻き分ける。もう普通の巨木と言って良いほどの茶黒い幹から、みっちりと細長い葉っぱだけがワッサワッサと伸び放題だ。

 真ん中だけやや盛り上がっているが、なんとなく木に葉っぱを刺してるような観葉植物を思い出す。

 中心のでっぱりを手で探ると、薄皮が何枚も重なったようでタケノコみたい。そのせいか、弾力があるような……。


「どうだ、難敵だろ?」


 俺と同じく暢気に足元の感触を蹴って確かめているオトギルにむかつくが、こいつが命綱だ。思い出せタロウ、お前が成すべきことを。そうだ俺の前には、巨大な敵がいる。すべての怒りを叩きつける相手は、この流れ草だ。

 渾身の力を込めて、ナイフをタケノコ頭を狙って振り下ろせ!


「でりゃあ!」


 サクッ――硬そうな外観とは裏腹に、意外にも手触りふわっふわな新触感だよ?


「あれ?」


 一突きで、中心から外側に向けてヒビすら入ってるぞ。


「おいおい、タロウ……まじで、お前何もんだよ。俺らだってちぃっとばかり殴るけるの暴行に加えて、ありとあらゆる武器での応戦に魔技をぶち込むなど、うっかり本気出して殲滅しようとして返り討ちにあった相手だぜ?」

「……さらっと聞き捨てならない事実が入ってなかったか」

「こりゃ大事件だ! おぅい集まれぇ!」


 失言へのツッコミを無視したオトギルは、肘から直角に曲げた両手を頭上に上げて、腕をブンブンと交差させる。手振り信号というやつなんだろうが、普通にすぐ戻ると声が返ってきた。


 その間に切れ目を調べてみよう。

 うわぁ、ざっくり、いってますねえ。いやいや、こいつらが全力で討ち取ろうして失敗した相手なんだろ?

 別に俺のナイフが特別だとかストンリから聞いたことはないし、なんでだ?


 拳で幹の外側を小突けばゴンゴンと重い反応を返すが、ひび割れの方を触ると、ぺろっとめくれた。

 柔らかいじゃねえか!

 真ん中から、かき分けるように広げていくと、内側は白っぽい。どうもスポンジの拡大図のようだ。


 試しに中心からナイフで軽くつつきながら、徐々に外側へとずらしていく。ほぼ縁まで行くと、全く刃が通らない。

 なんと流れ草は外骨格植物だった!?

 そんなわけないな。


「外側だけ硬化してるようだな」

「マジでか。俺達のこれまでの苦労はなんだったんだよ……」


 無理矢理飛び乗ってきたカマィタとマチも唸る。


「このガワが硬いんだな。わっ本当だ」

「うおお、こっちは柔いな!」


 狭苦しい……。

 頭上で唸るな。試しに殴ろうとするな。


「とりあえず二人は、下から這い上がろうとしてる魔物を片付けてくれないか。外からな」

「俺らに囮になれと言うのか……いいだろう、やってやろうじゃないか!」

「来いよミズスマッシュ、てめぇの仇は俺達だぜ!」


 お前ら、普通に処理できないのか。

 いや、どうも気が付けなくて悔しかったらしい。


 まあいい、俺は俺の仕事だ。これなら分割しようという案も、実行できそう。

 割ろうと考えたのは、別に撤去するためだけではない。取り除くのが駄目そうでも、どうにか割れたら、その内腐るんじゃないかなとか思ったんだ。

 でもこれって、薄皮部分が剥がれかけていたのは、盛り上がってたし芽が出るところだったんじゃないか?


 それなら、あいつらが悔しがるのも仕方ない。多分、以前は本当に頑丈だったんだろう。こんな変化があったから、たまたま俺でも切れたんだろうな。

 芽が生えるところじゃなかったらナイフが欠けてたかもと思うと、そっちの方が冷や汗もんだよ。

 今も手荒に扱ってはいるけど。なんだかんだで、手放せないし新しい武器なんて手が出ないし……思考が逸れた。

 よく考えたら、それだけ頑丈だと初めに教えてくれれば良かったじゃないか。


「な、なんでまた、怖い目で見るんだよ!?」


 そうだった。人の話を鵜呑みにしてはいけないと言いながら、情報収集を怠ったのは俺だよな。


「ここまで連れてきてくれて助かったなあと思っていたんだ」

「目が笑ってないぜ」


 さてオトギルが怯えてくれたし満足だ。作業に戻ろう。

 裂けたところから、さらにスポンジ面を割るように縦にナイフを刺した。そのまま腕が届く限界まで体重をかけてみたら、面白いほどサクサクと切れていく。

 このままだと、真ん中からパカッと割れてセルフ股裂きの刑になりそう。


 ナイフを戻して切れ目に手を突っ込む。掻き分けながら感じる手触りは、やっぱり、下の方が硬くなっていくようだ。


「ここまで来たら、オトギルの剣の方がいいんじゃないか」

「おう、やってみるぜ」


 石の楔みたいなのを打ち込んで、ハンマーで叩いたら完全に割れそうだけど、ちょっとでかすぎる。

 オトギルには、たんに頑丈そうな剣持ってるから、より下まで裂けるんじゃねと思っただけだった。ナイフより長いし、俺より力はあるし。


「タロウは少し下がってろ」

「下がる? 分かったふああああああっ!」


 もう場所ないんだけどと思ったら飛んでいた。

 縄、くっついたままだったよ……。


 オトギルが縄を引いて俺を吊り上げると同時に、特殊攻撃っぽいものを放った。

 眼下で大きな音と水飛沫があがり、流れ草はパカッと綺麗に割れて、四方に倒れていく。

 愉快な薪割り大会があったら間違いなく優勝だろう。


「ひゃっっっほう!?」

「ぅおっしゃあああああっ!」


 川原から喜びの雄叫びも聞こえる。

 激しい音に釣られて、狩り損ねていた魔物も炙り出せたようだ。雄叫びに魔物の断末魔も加わる。


「さっすが、タロウ。お前は狩場の救世主だな!」


 攻撃の反動で戻ったのか、気が付けばオトギルは頭上の枝に屈んでいた。

 因みに俺は今、枝のすぐ下に吊られているが、水飛沫をもろにかぶって項垂れ気味で、ゆらゆらと揺れている。

 外から見たらヤバイ絵面だと思う。


「……俺の仕事は済んだ。戻ろうぜ、皆のところへ」

「ああ、そうだな。でかい仕事だったぜ」


 だからさっさと岸に戻してくれよ!




「いやぁ疲れたな」

「これだけで一日分は確実に働いただろ」

「心地よい疲労ってやつだな。実に清々しい気分だ」


 奴らが座って水を飲んでいる横で、俺は服の水を絞る。

 もう勘弁だ。こいつら……というか、ここの冒険者に迂闊なことを言ってはならないと学んだ。


「まだ、仕事は終わってないからな?」


 ちょっとした意地悪のつもり、というか本来の依頼を放って来たから思い出させてやったんだが。


「泣きそうな顔すんな!」

「いやだって、タロウは疲れてないか? 慣れない大物を刈っただろ?」


 俺は吊られていただけだ。疲れる要素ないだろ。


「もうちょっと休憩させてくれよお。頼む!」

「分かったから」


 他の種族の疲労具合が分からないのは、結構困るかも。個人差だってあるだろうし。こうして色んな奴に連れられていれば、なんとなく分かるようになるんだろうか。

 他の奴らは、なんとなく人族のことも把握してるみたいだし、単純に経験なんだろうか。


 そんなことを考えながら休憩終了を待ち、改めて道草刈りの続きに出かけた。

 ほとんど午後も半ばを過ぎてたから、キモかろうと全力で刈りまくってやった。

 終わらなかったら、ただでさえない面目が立たない。


 日が暮れるころには、久々に腕がだるくなっていた。なぜか三人も、ぐったりとして森を出る。そんなに予定外の力使ったんだろうか。


 余計な仕事をしたため、依頼書の訂正というか新規に作成しなければならない。

 四人はへろへろとギルドに戻った。


 目を丸くした大枝嬢に依頼の修正と精算をしていただき、誤魔化し笑いを浮かべた俺達は顔を見合わせる。全員が、いつ逃げ出そうかと考えているようだ。

 させん、貴様だけを逃がしはするものか。

 そんな牽制が仇となり、大枝嬢のぐんにゃり笑顔が消え、ただのウロのように変わる。


「では、よろしいですカ」

「は、はぅい!」


 ちらと横目に見た三人も表情を消していた。俺達は背筋を伸ばして整列する。


「ところで、私も依頼内容についての注意を怠ってしまっていたようで……もう一度、説明にお時間をいただきまス」

「はい、ごめんなさい」


 この後めちゃくちゃ怒られた。


 などということはなくて、依頼内容と達成可能な内容をよくよく吟味しましょう等々、いつも通り大枝嬢は根気強く懇切丁寧に、俺達のような愚か者にも理解できるように噛み砕いて解説してくれたのだった。

 俺は心の中で正座しながら聞いていた。

 そんな文化はなさそうだけど、多分オトギルたち三人も同じ気分だろう。しゅんと俯いて聞いていたし。


「今後は気を付けます」


 何度目かの誓いを胸に、ぐったりとしてギルドを出たのだった。




 ギルドで大枝嬢の説明会を聞き終えるや逃げ出した俺とモブ三人は、ギルド前の通り道でぐったりしていた。


「ふぃーコエダさんは、おっかねえな」

「いや優しいんだけど、俺たちがやり過ぎちまって居たたまれないっていうか」

「ハハハ、いつものことだな!」


 俺みたいなやつが、たくさん居たのか。大枝嬢は悟りを開いてしまったのかもしれない。ただの諦めの境地かな。俺も居たたまれなくなってきた。


「というわけでだ。でっかい仕事を終えたなら、祝うしかない!」

「突発依頼の立て替えで懐は痛いが、行くしかねえな!」

「おう、この先十日は小遣いなしとなるが構やしねえ!」


 構えよ。


 飲むぞ! おお!

 といった会話が眼前で繰り広げられ、三人はしゃきんと背を伸ばす。

 森からの帰り道はあんなにうなだれていたのに、急に元気になりやがって。


 まあ見たところ、駄菓子屋のように懐に優しい店は存在しそうもないし、気晴らしっていったら飲むくらしかなさそうだ。

 俺の気晴らしといったら、カピボーらと真剣にたわむれることくらいだし、それよりマシだな。

 一旦、宿に戻るか。


「って、え、なにこの腕」


 両側から、俺の腕ががっちりホールドされている。


「なにって、飲みに行くって大きな声で宣言したじゃないか」

「いや、俺はそんな……」

「ハハハ、金なら俺たちもない。やっすい店だから心配すんな」

「そっちの理由じゃねえよ!」

「おぉそうか、今晩の話題はタロウだもんな。低ランクで活躍して目立つから照れてんのか?」


 話題にする気なのはお前らだろう!


「は、離せええぇ!」

「謙遜すんなよ今日の主役じゃないか。いやぁ飲みに来た奴らに話しまくるの楽しみだぜぇ!」


 こいつら、やっぱり禄でもないな!




 狭い店内は、八畳もあればいいくらいだろうか、すごく狭い。宿の食堂よりははるかに広いけど。

 店内に合わせて無理やり作ったような、小型のテーブルを囲んで、これまた小型の背もたれ無しの椅子を並べて、ぎゅうぎゅうと四人で囲んでいる。

 もちろん、周囲も依頼討伐帰りの野郎どもが押しかけているから狭い。

 そして当然のように、よく知らないお兄さんたちから声がかかる。


「おぉ、タロウじゃねえか。珍しいな!」

「ここじゃ初めて見たんじゃないか?」

「そうだっけ? 話題になるたびに、そこに居た気になってたなぁ!」

「お前、飲み過ぎなんだよ」


 逃げ出したい、このむさくるしい空間。


「ほい、麦酒四人前ね」


 ドンと置かれた木のジョッキは、居酒屋のものよりもでかい。

 中身はビールっぽい黄色の液体だ。ビールと違い濁り気味だけど。


「痛ぇ!」

「飲むより先に払うもんがあるでしょ」


 そうだ、前払いなんだよな。

 小型のマグ読み取り器を出した女将さんらしき人に、カマィタが手を叩かれていた。ざまあみろ。


「おっと、タロウの分は俺に出させてくれよ。今日の礼だぜ」

「いやだよ」

「はい、まいど」


 さっさと自分の分を払ってしまうと、言いだしたマチが顔を歪めた。


「ぁええぇ!? なんでぇ? 俺の酒が飲めないってのかよぉ!?」

「きもいから泣きそうに言うな! 俺だって働いた後の一杯くらい、自分の金で飲みたいんだよ!」


 そもそも、お前らのお小遣いから出た金だけどな。


「タロウも頑固だな」

「それより飲もうぜ」

「喉乾いたな!」


 立ち直り早い。


「依頼にお祝いだ!」

「祝い酒!」


 などと言ってモブたちはジョッキを打ち付け合っており……乾杯って言い回しじゃないのかよ。それくらい、そのまんま翻訳すりゃいいような。いや俺の認識の問題か。


 そんなことはいい。

 俺だって誘われて飲みに来てみたかったし、誘われなくとも見物がてら来てみたいとも思ってた。どことなく冒険者といえば酒場が似合うイメージあるし。

 ただ、アルコールの影響がどう出るかとか分からないから、まずは一人で試してみたかったんだよ。宿の飯に酒なんて使われた形跡はないし、この街に洋酒入りの菓子なんて洒落たもの……かどうかはともかくありそうもないし、酒で漬けた漬物なんかも見た覚えはないから不安で。

 そのうち余裕ができたらと。余裕……た、多少は出来たし丁度良かったのか?


 ええい、これもいい機会。少しだけなら大丈夫だ。

 よし、飲むぞ!


「ぶぼっ」

「おいおい、嬉しいからって興奮しすぎだぞぉ」


 なんじゃこれ……。

 苦いっていうか渋みというか、麦の灰汁臭いというか。生ぬるさが、より一層えぐみを引き立てお口に広がり、鼻腔を突き抜け臭みを増す。しかも、ぬるっとした細かな泡がしつこく口の中に留まり、味蕾にまとわりつくという余計な仕事をしてくれる。


 体が若い分、舌もお子様なのだ。そうに違いない。

 あ、よく考えたら俺、ゼロ歳児?

 この世界に飲酒に関する法など存在しないとしても大丈夫なんだろうか。なんて理由を捻り出そうとしたところで、外見年齢はどうみても成人です。

 うっわぁ、でも飲まないともったいないし……くっ、もちろん飲むさ。


「ぐぼぇ」

「ハハハ、独特な飲み方するなぁ!」


 なんでも良い見方するんじゃねえよ。

 風味を誤魔化すように店内に目を彷徨わせると、壁に額縁のように打ち付けられた板きれに、巨大な稲穂が飾られていた。作り物かと思ったが、萎びて垂れ下がり汚れのような茶色のまだら模様は自然に枯れたように見える。


「あれが、これの元?」

「おう、そうだ。見たことねえのか?」

「俺たちだって作ったりはしないだろ」

「それもそうだな!」


 まさかと思ったら、まじか。粒の一つが卵くらいありそうなんだが……。

 毛がもさもさしてケムシダマを思い出して気持ちが悪い。

 花畑といい、この世界にはたまに比率のおかしい植物があるな。


 見なかったことにして、なるべく早く飲み切ろうとジョッキを傾けた。

 オトギルたちも、ようやく落ち着いて飲み始めたかと思えば、話もそこそこにカマィタが立ち上がった。


「諸君、聞くがいいぞ!」


 ざわついていた周囲が、胡散臭げに注目する。


「今日は素晴らしい一日だった。このタロウが、バッサーと退治したんだ! あの巨大流れ草をだぜ!」

「ヒョッホー! す、すげえええぇぇ!」


 始まったよ……。

 こうして俺の活躍とやらが日々捏造されていたんだな。

 今度はオトギルが立ち上がり、不敵に笑う。


「つうわけでだ、お前らにも小遣い出してもらうからな」

「ええええぇ……!」


 ああ、なるほど。そんな意図があったのか。


「だが、チャンスをやる。俺に腕で勝ったら、無しにしてやろうじゃねえか!」


 突如、うおおおと総立ちで騒ぎ出した。


「汚ねぇぞ! 勝ち続きのくせに何言ってやがる!」


 盛り上がりじゃなくて怒りの声だ。

 オトギルはどんだけ必死に腕相撲やってんだよ。


「お前らだって、邪魔草いって言ってただろ。これまでも、共に総攻撃した仲じゃないか、え? それでも打ち倒せなかった相手だ。それが、今日この日に、叶ったんだぞ!」

「そうだ小遣いを惜しむ男なぞ、西の森にゃ必要ないぜぇ!」


 また暑苦しい雄叫びが響き渡る。耳栓しておこう。

 おかしいな。こうも熱くなれる話題だったのかよ、あれ。


「そこまで言われて無視できるか。ほらよ、払ってやるさ!」

「俺もだ、受け取れよ!」

「あ、ち、ちょっと……そんな素直に払われたら、余興が台無しじゃん?」


 そっちが本命かよ。


「ハハハッ、ちょっとばかり煽りすぎたかな!」

「あーええと、ともかくですね……挑戦者は誰だぁ!?」


 ぐだぐだだな。


「俺がやる」


 立ち上がって宣言したのは、この俺だ。

 ただの余興だし、腕相撲で力試しなら死ぬこともない。

 強さの違いを知る良い機会だと思ったんだ。


 どっちかっつうと、いっぺん、こいつにはぎゃふんと言わせたい気持ちの方が大きいが。ぎゃふんって何語だろうな。


 あれ、指の耳栓は外したのに静かだ。

 なんで静まり返って、目を剥いて俺を見ているんですかね。

 俺が挑戦者だよとアピールを込めて、片手を上げてみる。


 うおおおおおおおお……!


 酒場は割れるような歓声に包まれた。

 テンション上がりすぎじゃないか……なんか、おかしいな。

 そして即座に、真ん中のテーブルを残して他は端に寄せて積まれていく。


「まぁた、あんたら勝手なことして!」

「まあまあ」


 女将さんらしき人が鍋を振り上げて怒っているが、旦那らしき人が宥めている。

 大変だよな、酔っ払い相手の商売。率先して騒いですみません。


 瞬く間に整えられた簡易の会場。その小さなテーブルを挟んで、オトギルと俺は向かい合う。

 オトギルは腕まくりして、挑戦的な笑いを浮かべてこちらを見、俺は背を丸めて縮こまった。


「俺は、強いぜ?」


 モブ顔の癖に格好つけやがって。つか、それしか語彙がないのか、好きな言い回しなのか?


「肘とケツは上げるなよ。テーブルに甲がついた方が負けだ」


 レフェリー役らしいカマィタに促されて座りなおした。足をしっかり地面につけて力を入れる。


「よぉし、オトギルに一小遣い!」

「手堅すぎるだろうが、そんなもん賭けになるか」

「仕方ねぇ奴らだな。じゃあ、俺タロウに二小遣い。この前勝ったからな」


 待てよ、それ単位かよ。

 それと俺に賭けた奴。勝ちの分負けてもいいって意味かよ!

 くそう、見てろよ。ただでは負けないからな。


「いい目になったな。そうこなくちゃあ、張り合いがねえ」


 張り合う気はねえよ。だけど真剣にやる。

 テーブルにつき肘を乗せ、手を組む。


「用意はいいか」

「いいぜ」

「おっす」


 気合いだけは込めてオトギルを睨む。

 肘の真横に、ジョッキの底が打ち付けられた。

 掛け声じゃないんだと思いつつも、スタートの合図と理解し全力を手に込める。


「いてててて、待った、待ってタロウ。それ反則」

「えっ、反則? なにか他にあったか」


 俺をたばかろうという作戦かと思い、一応レフェリー役を見上げる。


「あぁ指、食い込ませちゃだめだな。腕で勝負しないと」

「うわ、ごめん。つい力んで」


 なんと。俺の握力は、低ランクの魔物だけでなく冒険者にも通じるほどになっていたのか?


「なんだよ。なかなか強ぇじゃん。さすが人族で冒険者になるだけはあるな、ハハハ!」


 腹立たしいオトギルの笑い声が上がると同時だった。

 バターンとテーブルを叩きつける大きな音が響いた。俺の手から。

 俺の力、通じてなかった!


「いたたたた! ひじ、肘が曲がる! 変な方に曲がるって!」

「オトギルの勝ちぃ!」


 オトギルが椅子を蹴倒して立ち上がり、両腕を振り上げると周囲が湧いた。

 うをおおおおおおおおお!

 といった歓声の中に、やっぱりなとか、いや結構引っ張ったのはすごいぜ、とか聞こえてくる。

 引っ張ったのは会話だよ!


 見た目はごついが、冒険者たちの中では、特徴のない普通の体格に見えるというのに……くそ。マジで強いじゃないかあのモブ。


「いやぁ、タロウ。人は見かけによらないな」

「勝ったお前が言うな!」


 後の挑戦者はなく、立て替えたお小遣いも戻ってきたようで、オトギルたちはご満悦だった。

 そんな様子を渋々と、えぐ酒を啜りながら眺めていた。

 遅れて訪れた冒険者客らが、場に居合わせられなかったことを心底悔しがっていたりする光景を眺めつつ、どうにか飲み終えたときには脂汗が浮いていた。


「楽しかったな、タロウ!」

「お、おぼえぇ……」

「うわっ、どうしたタロウ……ハッ! そうか巨大流れ草との戦いで負った疲労が、今頃噴き出したんだな!」

「しっかりしろタロゥォ! 傷は浅いぞおぉ!」


 そんな壮絶な戦いは微塵もしてないだろ。


「いや、ちょっと酒が合わなかっただけで……」

「なんだ、弱いのか。珍しいな」

「えぇそうなの? だから渋ってたのか。そりゃあ悪かった」


 聞く耳持たない行動力を発揮する癖に後でオロオロするなら、もう少し考えて行動しようよ。


 ついでに酔った際の行動をそれとなく聞いてみたが、千鳥足になるとか記憶が無くなるとか吐くだといった不調が出る奴はいないらしい。アルコール度数が低いのか、耐性が高いのかは知らないが、そんな程度のものなら先に知りたかった。


 俺の場合は悪いが酔ったからではない。妙な渋みに耐えられなかっただけだ。

 でも、もう、二度と飲まないって決めた!

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