山道整備クエスト

076:穴場

 ギルド長はシャリテイルへと書きたての紙切れを渡した。南方面へ、中ランク冒険者増援の指示書だ。


「あら? 私がタロウの引率を受け持つなら、後の見回りはもういいのよね」

「街の周囲だけなら確認は十分だろう。魔物が若干増えたとなれば、外側の方が問題だ」


 それから二人が現状の確認するやりとりを、俺は横から聞いていた。

 外側とはどうやら、街と周囲の広大な森のさらに外側。囲むように連なる山並みから、その向こう側のことらしい。特に北や東方面は山並みの外が隣国へと続くため、そちらも気にかけているようだ。


 俺が小遣い稼ぎしている南の森の魔物も、周辺の山並みから流れてきているらしい。山並みはドーナツ状になってる?

 そういえば街道は南側にしかないな。他より手薄なのは、魔物が弱いこともあるが、その環境を作っているのは聖なる祠に近いおかげか?


 あ、この前、魔泉について引っかかったのはこれだ。


 気にかかっていた事柄の断片が、再び頭に浮かぶ。

 魔泉から魔物の大元が生まれること。結界などに阻まれれば魔物は分裂して数を増やすこと。そいつらが街の周囲へと日々押し寄せていること。なのに、たまに繁殖期が起きた辺りになってからようやく上位陣が、わざわざ大所帯で遠征し『魔泉を探索しに行く』こと。繁殖期は魔素が活性化したことによること。魔震は、魔脈の外側に行くほど多いらしいこと。魔震は魔素を放出しようとするものであること――それは、魔泉が開く兆候なんだ。


 遠征は、新たな魔泉を探すのが主な目的なんだろう。

 湧きポイントがそんな遠くにあるなら、なんで毎日こんなに湧いてんのか、そんなに増殖速度が速いのかと不思議だった。

 たんに魔泉は、そこらの山にもあるってことじゃないか……。


 以前聞いた話では、王都とこの街の中間辺りにも山脈があるらしい。魔脈の巡り方がどうなっているのか気になるな。


「ならば、今日は北側がいいだろう」


 二人の話は終わったようで、ギルド長は紙の束を取り出して机に広げた。


「んー今から回れそうな場所は……これね」


 俺の依頼書だ。さっそく今から?

 シャリテイルは思案気に依頼書を順に眺め、紙の上を滑らせた指を止めると一枚をつまみ上げた。シャリテイルが決めるのかよ。


「近いし、この北の東の山にしましょ」

「この前行ったところか?」

「あの向こう隣ね」

「大ざっぱだな」


 俺のなんとなくの呟きに、ギルド長が解説する。


「時おり、魔脈の活発化によって通路同士が繋がる。可能なら塞ぐが、無理なら統合されたままだ。幾つかの洞穴は、同じ魔脈から別れてできたものだ。そこは二つの山が繋がっていてね。周辺の山も魔脈に沿って瘤のようにそびえている。それである程度の区画ごとに番号を振って管理し――」


 大枝嬢が言っていたっけ。この人意外とお喋り好きだとか。

 これ以上迂闊なことを言わずに、どうにか切り上げられないだろうか。


「小賢しいことに、何番道だとかギルドの資料にはびっちり書いてあるけど、要するに、面倒だから大ざっぱに方角で呼び分けているのよ」


 シャリテイルが説明を遮ってくれた。ナイス!

 面倒だからってのも、あれだが。まあ、日常的に巡っているなら呼びやすい方がいいだろうけど。いざというときに混乱しそうだ。


「細かいことはいいのよ。目に付いた魔物を片っ端からぶちのめせばいいんだから!」

「もう数日は討伐を徹底しよう期間とするが、十分に注意を払ってくれよ」

「はーい!」

「はい……頑張ります」


 ただの草むしり依頼のはずだというのに、この緊張感。

 場所がどこだろうと、安全第一は大切なことだな。

 ギルド長室を辞して階下へ降り、また窓口へ向かうとシャリテイルは増援指示書を大枝嬢に手渡した。




 ギルドを出て、通りを歩きながら手荷物を探る。特に忘れ物はない。

 シャリテイルを見ると、いつものように身軽な恰好だ。

 しかし、こうも頻繁にいいのかね。

 俺に付き合うってことは、割に合わない仕事ってことだろ?


「シャリテイルにも、本来の仕事とかあるんじゃないのか」

「いいのいいの。どうせあちこち見て回るだけだったし。同じよ」


 ふぅん。まだ魔震の確認作業の続きなのかね。

 ビチャーチャの出現にはすぐに駆け付けたから、今日はシャリテイルも待機組とやらだったのかもしれないな。


「もしかして、疲れた? 大変な魔物から街を守ったばかりだものね」

「あんなんで疲れるかよ」


 気疲れはしたが、のんびり歩いていただけだ。


「なら心配ないわね。これから行く洞穴はちょっと長いから」


 洞穴……だと?

 依頼書にはどこの山としか書かれてなかったよな。やけに洞穴や魔脈がどうのと語ると思ったら、また穴倉かよ。

 気が滅入る。昨日の苔草刈りでは大変な目にあった。あんな嫌なキノコ狩りはもう勘弁だ。


「疲れてないなら、どうして辛気臭い顔してるのよ?」

「いや、昼から暗い穴倉で過ごすのかと思うとな。どこも天井に穴だらけってことはないだろ?」

「そうね。魔震で崩れたところもあるから、逆に広がったわね」


 広がったのかよ。


「それはそれで危険だな」

「ええ、だから内部の崩落個所を確認するのに、みんなに手を貸してもらってね。ギルド長も走り回っていたのよね」

「そう、なんだ……」

「壁が崩れたところから魔物がわきゃーって飛び出して大変だったな。あっでも、魔物がギルド長の頭に取り付いて、髪が千切れて飛んでった時の顔ったら見ものだったわよ!」


 未だ、何も知らされない立場だってことに、ちょっと胸が痛むな。

 自力で身を守れないんじゃ、洞窟内での仕事に参加できるわけもないけど。


「でも、崩れた土砂を運び出さなきゃならない場所もあるから。人族の手も借りる予定よ」


 シャリテイルは俺の気持ちを読んだかのように言った。


「魔物の数を減らし終えたら、タロウに頼むこともあると思うのよね。優先箇所を決めてからだから、まだ数日はかかりそうだけど」

「そうか……ありがとう」




 大通りを北へ抜け、ジェッテブルク山を東に回り込む小道を歩いていく。

 採掘場へ上っている最中に上から見た、崖の下にあたるところのようだ。道は、ゆるやかとはいえ上り坂だ。魔物の気配もなく、ひんやりとした風に吹かれて疲労を癒しつつ黙々と歩いた。


 牧草地側から入り込むのとは違い、あの急な斜面もなく山に入り込めた。

 砦から幾つか道が延びていたから、道がありそうだなとは思っていたが。ああ、こんな楽な道があったとは……。

 知らなかったとはいえ、案内をした四人組には悪いことをした。


 山道に差し掛かってから、痛恨のミスに気付く。


「洞穴ってことは、苔草取りだよな? 道具がないぞ」


 竹編みのカゴとゴミばさみ。

 なんとなく恥ずかしいが、あれがないと取り除いたものを持ち運ぶのは大変だ。洞窟周辺ともなれば、歩きやすい登山道もないし。


「大量にゴミが出たらどうするんだ」

「早く整備を進めたい現状だから、障害物の除去を優先ね。近くに埋めるわ」

「分かった」


 まるで、シャリテイルが企画者のようだ。

 西の森のまとめ役のように、シャリテイルにも何か肩書きがありそうだな。




「着いたわよ」


 今回は暗い場所もそれなりにあるとのことで、ランタンに火を点した。

 洞穴に踏み込む。魔物はあらかた片付いているのか、姿を見ない。


 シャリテイルは止まることなく、どんどん歩いていく。

 苔草を発見しても無視で進んでいるのは怪しいな。

 広い部屋のような空間もなくなり、ほぼ暗い通路が続いている。

 そして道は、下り坂になっていることに気付いた。ちょっと歩くと言っていたが、危険区域に行くとは聞いてないぞ。


「どこまで行くつもりだ。なにか物騒な雰囲気が漂っているんですが」

「まだまだよ」

「結構奥に来たろ」

「うふふ、ついでだからタロウに頼まれたことも、遂行しておこうかなと思ったの」

「頼んだ。俺が?」


 何か頼んだっけ。依頼できるような金はもってないぞ。


「ほら、一匹ずつ魔物を引っ張ってきて倒せそうな場所を聞かれたじゃない? ここなら、どうかと思って」

「めっちゃ洞窟の中ですやん」


 不安しかないが、よくよく詳細を伺ってみようか。


「それは、一体どういった風に。で、どんな場所なんだ?」

「よくぞ聞いてくれました!」


 シャリテイルは、満面の笑顔になった。

 ますます不安は増した。



 洞穴の中、俺とシャリテイルは立ち止まっていた。

 歩くほどに道幅は狭く天井は低くなっている。

 奥からは空気が吹き抜けるような音や、コウモリだろうか、羽ばたきや甲高い鳴き声が聞こえてくる。

 未知の魔物ではないと思いたい。


 そんな不安な場所で立ち話なんて勘弁してほしいが、そうもいかない。

 どうやらシャリテイルは、俺の無理難題を覚えていてくれたんだ。

 有利な立地から攻撃可能で、一匹ずつ魔物を引っ張ってこれそうな場所。しかも俺が対応できる限界である、四脚ケダマ以下の素早さの魔物だ。


 どうせなら硬さはモグー程度でお願いしたかったが、贅沢はいえない。

 忙しい中で場所を選定してくれた。

 それだけでも感謝しなければならない。

 そう素直に感謝したいところだが!


 暗い空間に、俺の子供用ランタンの小さな灯りが揺らめき、シャリテイルの笑顔を邪悪なものに見せる。 


「この先を見て。道が分岐しているのが見えるかしら」


 言われて、ランタンを掲げてみる。

 灯りはぼんやりと周囲の壁を浮かび上がらせ、届かない場所が暗く強調される。


「確かに、分かれているように見えるな」


 どこを見て、自分の居る位置を確認してるんだ?

 辺りを見回すと即座に注釈が入った。


「低い位置に目印があるでしょ。毎回形を変えてあるし、適度な距離で彫ってあるから覚え易いわよ」


 なるほどと思い探ったが、蹴りを入れただけんじゃないかという窪みだった。

 足跡だろこれ。

 しかも、そこからヒビが入っているし。危ないことしやがる。


「じゃあ、この場所の説明をするわね。ここは広い場所がないでしょ」


 促され、顔を上げると改めて周囲を見た。


 入り口付近にあるような、穴だらけ天井のドーム部屋のようなものはない。

 それどころか、ちょっとした広さの空間も見当たらなかった。この奥のことは分からないか知らないが、この通路が続くなら囲まれる心配はなさそうだ。


 けど、狭ければ少なくとも回り込まれる危険は減るが、その分追い詰められるんじゃないだろうか。


「背後を気にせず戦える、ということか? しかも逃げて間合いを稼げるだけの距離もあると」


 まずは誰かが片づけてくれている前提の気がするんだけどな……。


「ううん。ここからは、あちこち分岐があるのよ」

「ああ、そっちか」


 曲がり角から対象を捕捉しやすいし、距離を取っての待ち伏せもしやすいとか?


「そう、窪みのような分岐があちこちあってね。すぐに行き止まりよ。これなら敵を追い込んでぶちのめしてもいいし、自分が隠れて不意打ちするのもバッチリ!」

「バッチリ! じゃねえよ!」


 追い詰められて穴だらけにされるイメージしか湧かないだろうが!


 いかん。せっかく探してくれたんだ。落ち着こう。


「ええと……とにかく、一応見てみようか」

「もう着いてるわよ? そこ、今タロウが立ってる場所もそう」

「は? どこにそんな通路が……」


 振り返って壁を見た。

 全体的に歪んで、わずかに抉れたような、いかにも洞穴壁面だ……って。


 俺が背を付けてどうにか隠れる程度じゃねえか!

 いや隠れるのかこれ。ポンチョの裾がはみ出そうだ。


「物音の具合からいって、魔物の数は戻ってきてると思うのよね」

「なら急いで戻りませんか」

「タロウだってビチャーチャと相対できるんだもの。この辺の魔物くらい平気よ」

「平気じゃねえ!」


 文字通り相対しただけだろうが。

 大体な。シャリテイルだってビチャーチャは倒せないじゃねえか。

 そんな恐ろしい相手がうようよしているなんて、言わないよな?


「届くといいのだけど。動かないでね。――棒線!」


 なんだよ棒線ってと言う間はなく、シャリテイルが杖を掲げる。赤い線状のマグが、先端から一瞬にして伸びた。

 槍にしては細く、矢と呼ぶには長すぎる。

 その生み出され固定化されたマグの棒は、杖から放たれ、一直線に闇の中へと消えて行った。


 ……なんてことをしやがる。


 魔技の属性はどうなってるんだとかいった疑問も渦巻いたが、次の言葉に思考は止まった。


「うんー、いそうかな? じゃあ、そっちに追い込むから待ってて」

「なに言ってんだよ!」


 瞬く間に、シャリテイルは奥へと走り去った。


「おい、灯かり無くて平気なのかよ! こんなところに置いていくなよ……剣、剣はしっかり握ってるよな」


 ランタンは足元に置いた方がいいだろうか。逃げることも考えたら、持っておくべきだろうか。

 文句は言ったが、不安になって壁の窪みに背中を押し付け息を殺す。

 そもそも、灯りがあったらバレバレじゃね?


 ここは、いつもの通りに乗り越えるしかないか。

 呆れて窪みを出ると、通路の真ん中で剣を前に構えた。

 そのとき足音が聞こえてきた。


「あはは。こっちよ!」

「ブンヴブーッ!」


 楽しげに追いかけっこしてくるんじゃねえよ!


 落ち着け。

 あの羽音はカラセオイハエ。

 倒せなくはない。

 しかも、羽音は一匹?


 どうやって群れから分離したのか。

 やっぱり他のは倒して、わざわざ一匹連れてきたんだうろか。


「タローゥ! ブンブン君、そっち行ったわよー」


 一々気が抜けるな。


「分かった!」


 ともかく、カラハエなら剣は囮にしかならない。

 強化してもらったとはいえ、元はあいつの羽と同じ素材だ。また割れるんじゃないかと気が気ではない。


 ランタンを持ちなおした手を、掲げた剣の下に添える。

 来た。

 薄暗さで距離間は掴みづらい。

 けどな、夜の森で鍛えたんだよ!


 姿が見えたと同時に踏み込み、上段から振り下ろす。

 いつものように、カラハエは反射的に殻を閉じて丸くなった。

 すぐに持ち上げ壁に叩きつける。


 カラハエは意外にも、羽を開いてすぐに飛び上がろうとした。

 ここの壁は土交じりで柔らかい。思ったより衝撃を与えられなかったのか。


「チッ、くたばれ!」


 飛び上がりかけて低い位置にいたカラハエに膝を入れる。

 ハエの眉間、と呼んでいいのか分からないが、真っ黒で巨大な複眼の間にヒットした。


「ぎャヴッ!」


 また叩き落され怯んだところに、剣を突き入れる。

 前より、容易く貫けた。

 殻の羽を破れるか試す気にはなれないが、剣の性能差を実感できたのは嬉しい。

 吸い込まれる煙を眺めつつ、止めていた息を吐きだした。


 残った殻の羽を隅に寄せていると、ため息が聞こえてきた。


「お疲れさま。でも、なによタロウったら。隠れてないんだから」


 それ、本気で言ってるんだよな?

 シャリテイルだもんな。


「俺は灯かりなしじゃ戦えない」

「ああっ! そういえばそうね……良い場所だと思ったのだけど」


 今さらだが、俺は声を上げて返事もしたんですが。

 初めから隠れる意味はなかった。


「うっかりしてたわ! さすがに私も真っ暗じゃ戦えないものね」

「今までどうやってたんだよ。ずっと手ぶらじゃないか」

「そのランタンの灯りがあるじゃないの」


 えらい高感度だな!

 森葉族の印象が、どんどん恐ろしいものに変わっていく……。

 腕力値が低めでなかったら、この世は森葉族の天下だったんじゃないだろうか。


「ちょっと遊んでから行こうかと思ったのだけど、しかたないわね。仕事しましょう」

「問題発言すぎる」

「どのみち、仕事はこの先からよ」

「えっまだ進むの」

「まだ半分も進んでないわよ。もちろん、奥までは行かないけれど」


 またさっさと先へ進んでいくシャリテイルの後を追った。



 幾つか分岐する通路を通り過ぎると、やや広い場所に出た。

 壁面には湿気があり、どこから伝ってくるのか、水が滴る音も聞こえる。


「こりゃまた、うようよ居るな……」


 ここも、苔草に埋もれていた。

 昨日の奴とは違い、巨大化はしていない。

 代わりに、足元一面が苔草の床だった。


「どうして、こんなに放っておくんだよ」


 誰にともなく文句を呟きながら、苔草狩りをはじめる。


 ――苔草軍団よ。グラスキラーと呼ばれた一騎当千の力を見るがいい!


 気分を盛り上げるための中二ごっこも忘れない俺だった。

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