069:素材狩り

 シャリテイルの実力は、情報として知っていただけだ。

 ソロであちこち回れるらしいとか、高ランク者に課せられる魔泉への遠征に参加できる中ランクの上位陣の一人だとか。へぇと思いつつ、自慢げな本人談に、眉唾物で聞いていたところはある。


 こうして戦いぶりを間近に見ると、確かに強い。

 さきほど倒したハリスンも、俺がいるからゆっくりと相手してくれたような配慮を感じた。それからのシャリテイルは、魔物を発見次第倒していたからだ。

 マグ感知できるのだから、敵が襲ってくるのを待つ必要はないんだよな。俺が姿を見る前に杖が藪にぶち込まれていった。


 それより杖。見た目は枯れて、すかすかになった軽そうな木の枝にしか見えないのに、そんな粗雑な扱い方して大丈夫なのかと不思議なんだけど。


 なんの問題もなく坂を上っていく俺たちだが、時おり叫びがこだまする。


「や、ばいってええっ!」


 とか。


「ふぁー!」


 とかな。

 俺だよ。


 ハリスンも潜んで待機しているだけかと思いきや、仲間が多ければ気が大きくなるのか、突然飛び出してきやがる。ハリスンが何匹も飛び交う光景は、四脚ケダマなど可愛く思えるほどのおぞましさだ。

 それだけではなく、山面の魔物が次々と現れていた。


 岩の下や密着した木々の狭間などの隙間に潜む、真っ黒で平べったいヒソカニという蟹もどき。羽が動物の皮っぽい蝉もどきのカワセミだ。

 どいつもレベル20以上で、体格もケダマの倍はある。ハリスンが一番の雑魚という難易度の場所だった。ゲームと同じと言えばそうなんだが……。


「本当に、俺が来ても良かったのか?」


 いや良くないはずだと心で付け足す。

 強引なシャリテイルにつられてだったが、発端は俺の言葉だと思うと正面から文句は言えない。

 魔物に触るどころか走ってさえいないのに、どっきりし過ぎで汗がひどい。変えるまで気力が持つだろうか。


「そうねえ。なんの変哲もない場所よ」

「ここが、なんの変哲もない場所なんだ」

「タロウでも安全かなって」


 いま思いっきり目を逸らしたよな!


「まあ良かったじゃない。この辺は素材持ちの魔物ばかりなんだから。あっ、ほら素材あるわよ。拾いましょ!」

「へぃへぃ」


 シャリテイルは魔物が消えた辺りを指さした。わざとらしい誤魔化しっぷりだが、大人しく道具袋を取り出して地面に手を伸ばす。シャリテイルにとっては低難度の場所の素材など、必要とは思えないんだけど。

 以前も似たようなことがあったよな。あー、ケダマ草採取に連れて行かれたときだ。

 ならこれも、実地で体験させてくれてるつもりなのか?

 いやいや敵が無理すぎだろ。素材自体の知識にはなるから、こっちが目的か?


 カワセミが残したのは、どう見ても皮にしか思えない羽で、どういうわけかスエードのような手触りだ。加工済みかよと突っ込まずにはいられない。

 そのビジネスバッグが作れそうな大きさの、不気味な素材を丸めて道具袋に詰めこむ。


 ヒソカニの素材は、殻素材でも上等の部類らしい。中途半端な半円の板に、大きな平たい黒い爪やら触覚やらがくっついている。カニ成分の強い頭部分が丸っと別パーツというのも、これまた不気味なやつだ。液晶モニターのような薄い体だし、これで補強するためかもな。

 こっちは硬くて丸められないため、さっそく道具袋が一つ埋まってしまった。一つ丁度良いサイズの予備袋があって助かった。


 拾い終えると周囲を見回しながら、また移動する。

 しかしここでこの難易度なら、この先にあるという洞穴なんてどうなるんだ。

 大問題じゃないか……考えるだけで気が遠くなる。




 飛び出た枝葉が行く手を阻んで歩き辛い。無意識に払いながらシャリテイルの後を追う。

 なんで俺はこんなところを歩いているんだよ。


 そういや、俺を探して来たようなことを言っていた。通りすがりに冗談で言っているのかと思ったが、まさか初めからこんな危険地帯に連れてこようとしていたんじゃないだろうな。


「ていうか、なんで草刈りなんか見に来たんだ?」


 いくら暇でも眺めて楽しい光景ではないだろ。

 暇といえば、遠征代休とかあるんだろうか。魔物取り扱い業を営む会社のサラリーマン。冒険者の名実が俺の中でどんどんかけ離れていく。

 俺なんかはビル内の清掃に雇われたパートみたいなものだろうか。

 ……仕事がないよりはいいよ、うん。


「なぁに暗い顔して。草のマグ吸い過ぎて緑色になっちゃったの?」

「なるか! 草だろうとマグは赤いはずだろ」

「そうだけど。妙なところで真面目なんだから」


 楽しそうに言うな。


「遠征中に街で起こったことの情報収集中なの。一通り聞き込みが終わったからタロウにも聞こうと思って」

「聞き込み?」

「なるべく、ちょっとした変化も見逃したくないもの。大した事件はなかったようだけど、街周辺にタロウの出現率が上がったとか、ギルド長やビオちゃんとの、ぎっとぎとの確執とか聞けたわ!」


 確実に現実が捻じ曲げられてるだろ!


「もう、タロウの面白い話をたくさん聞けたわよ? 今回は街に居られなくて運が悪いわね!」

「絶対脚色されてるからなそれ。信じるなよ」

「ああ残念! 一枚かみたかったなー」


 悔しそうに拳を固めて身をよじるシャリテイルに、千切った草をペシッと投げ付けたらササッと躱された。

 さすが強者。いい動きしやがる。


「何が情報収集だよ!」

「あはは」


 それで、この話は終わりとスルーしても良かったが、これまでのことを思い返すと、シャリテイルもただの残念なやつではないと判明したはずだ。


「他にもあるだろ」

「妙なところで鋭いわね。タロウが低ランクになったお祝いよ。せっかく堂々と組んで出かけられるようになったんだから」


 にんまりと笑うシャリテイルには裏があると思える。

 ただ今までだって陥れようとしていたわけではない。ある意味そうかもしれないが、非道なことはなかった。


「案内役をかって出たんだもの、本当はあちこち回りたかったのよね。でも、冒険者としてどうなるかなあって思っていたんだけれど……続けてくれて嬉しいわ」


 案内役と呼んじゃったのを、気にかけてくれていたのか。

 それは、ありがたいことだけど。


「へぇ、そうだったん……騙されないぞ。なんでそれが、気が付けばここにいる理由と繋がるんだ」

「やだ、どうせいずれは来るかもしれないでしょ? タロウから面白い話を聞くついでに見回り。機会は逃さずこまめに巡回しないとね!」


 ちゃっかりしてるよ。シャリテイルの善意はただの善意ではないと心に留めておこう。いや女の子ってこんなもんかな。


「軽く言ってるが、俺は足手まといだろ?」


 案内がてら、ぶらぶら移動する分には構わないんだろうが、俺には戦闘の連携なんか無理だし。

 多分、お荷物がいたところでシャリテイルが対処可能な範囲ではあるんだろうけどさ。


「危ない場所だらけだけれど、魔物の数が少ないところに行くから平気よ」

「平気じゃねえ!」


 絶対に気を抜かずにいこう。




 傾斜が緩くなり、木々もまばらになると、魔物の気配もなく静かになった。緩やかな道筋の先には、小さな丘が見える。


「あの上に洞穴の入り口があるの。あの丘までは魔物も少なくて暇よ」


 暇でいいです。

 距離的には、十分もすれば到着しそうだ。少しは落ち着いて話も出来るかな。


 ずっと魔物について聞きたいなと思っていた。

 遠征についていくくらいなら実際に見た数も多いだろうし、考えれば、これほど魔物について聞くのにふさわしい相手はいない。


 正直、魔物の種類というより、俺でも戦いやすいとか逃げやすい場所と相手の情報がないかということなんだけど。


「シャリテイル。魔物について聞きたい……いや、ちょっと相談したい」

「あら、どうしようかしら」


 振り向いた顔は輝いている。何か弱みが掴めそうだラッキーって顔だ。


「やっぱりいい、とか言ったら気になってしょうがないだろ?」

「まあまあ、ひっこめる前に対価を聞いてよ」


 ほんとにちゃっかりしてるな。


「私が居ない間に街であったことを、もう少し詳しく知りたいだけよ? もちろんタロウ面白物語ね」

「面白くねぇよ」


 さっきの雰囲気からして、ビオが来たときの様子が気になってるのか。シャリテイルのおかしな行動を再現してやったことでも話してやろう。

 というわけで、どうにか話を切り出すことにした。


「俺でも逃げ易い地形で、中ランクの魔物が少しだけ出る場所を知らないか?」


 相談したい。

 それを言うのに言葉が詰まってしまったのは、気恥ずかしいからだ。


 今までだって思いつくままに質問しまくっていたが、俺の知ってる魔物と違うとか大体あってるとか、好奇心を満たしたかっただけなんだ。

 実際に攻略しようなんて気持ちは、人族やこの街やギルドの現状を知った時に頭から消えていた。それはもう自然に消滅していた。大怪我をしてからは余計にだ。


 でも、これ以上のレベルアップを、急いで目指すなら取り繕っても仕方がない。


「四脚ケダマが一組くらいなら、どうにかついてけるようになった」

「おっきい方のケダマよね。そう、あれくらい……」


 シャリテイルの声が困ったように小さくなる。


 速さに対処できてるとは言いづらいが、現在あいつを倒すことが俺の精一杯だ。

 自分から挑んでという意味であって、運よく倒せちゃったノマズなどを含めるほど見栄は張れない。

 ただでさえ敏捷値にマイナス補正がかかってるんだ。逃げやすいとか、なるべく一対一で対処できる場所。それに一匹ずつ引っ張ってきながら戦えるような立地があればと思って、相談してみようと思ったわけだ。


 前方から考え込むような呟きが聞こえ、期待に鼓動が高まる。


「……難しいわね」


 はい。淡い期待でした。

 そんな場所があるなら、すでにギルドが推奨してるよな。


「そうね……急には思い出せないかな。数日はあちこち状況を見て回るつもりだから、意識に留めておくわね。条件に合いそうな場所があったような気もするのだけど」


 なんと。今すぐには思い出せないってだけ?

 おおお、希望がここに!


「次までに調べておくわ」

「ほんとうに助かります。ありがとう!」

「お礼は見つかってからね」


 無茶な相談を考えてくれるだけでもありがたいことだ。

 あまり期待し過ぎず待つことにしよう。


「それじゃ、次はタロウが話す番よ。ビオちゃん事件の真相を話してちょうだい」

「なんの話だよ!」


 俺がビオに撲殺されたとかそんな事件になんか発展してないからな。

 どちらかと言われればギルド長の方が胡散臭いこと企んでた。あ、そっちでいいか。

 ギルド長の怠けたい故の企みに陥れられ依頼を募集する羽目になったことを、ギルド長の悪者成分マシマシで話しておいた。

 シャリテイルが窓口で大枝嬢とお喋りしているところを、運悪くギルド長に聞かれることがあっても構わないぞ。大げさだが真実しか伝えてないからな。


「あーあの依頼書ね、見た見た! あなたに代わって小さな恨み晴らしますだったかしら? 物騒よねー」

「何を見たんだよ!」


 ひどい勘違いだ。

 シャリテイルは、うきうきと杖を振りながら歩き出した。満足してくれたんなら良かった。

 話してから思ったが、大枝嬢との駄々洩れ会話を思い返すと、ギルド長から大枝嬢への無茶ぶりを、シャリテイルが知らないはずはないような気がする。

 ……というより、まさか企みに参加してる側?

 い、いや、考えるな。今は心の平穏の為に落ち着こう。すーはー。




 無駄話に話が逸れている内に、小山のそばまで来ていた。

 土の崖を刳りぬいたような見た目だが、穴の内壁は灰色の岩だ。岩山が土でコーティングされてしまったんだろうか。


 やや屈まなければならない入り口の暗がりを、息をのんで眺める。

 魔物に気を付けながら、こんな細い穴を通らなければならないのかと思うと、緊張してきた。


「平らじゃないから、足元に気を付けてね」

「あ、ああ。灯りは、いらないのか」

「手が塞がるのは困るわ。私は魔物の位置が分かるから大丈夫だけど、タロウは必要かもね」

「じゃランタンを使わせてもらうよ」


 マグ感知、羨ましいよな。学んで身に付くスキルでもないようだし、隣の芝生を羨むのはやめよう。


「待たせた!」


 ランタンを手に、気合いを入れる。


「じゃあ行くわよ」


 頭を低くしながら進むシャリテイルに続いて狭い穴をくぐった。

 そう遠くない道の先は曲がっているように見える。入り口の光が届いているのか、ランタンでは届かない範囲まで見えている気がする。

 なんで見えるんだと壁を凝視するも、光る苔などで明るいなんてことはない。


 曲がり角に着き穴を出ると、広々とした空間と天井があった。思わず見上げる。

 岩肌に自然が描いた天井画だろうか、本物のように日が差す青い空が見える。

 本物だったわ。


「明るいじゃねえかよ!」

「あら? そういえばそうね」


 本気で今気が付きましたって反応はなんだよ。いつも第三の目しか使ってないのかよ。


 天井は穴だらけで光が差し込んでいるが、しょせんは穴倉。隅の方には暗がりもできる。崩落した岩だろうか、ごろごろと転がっていて、言われたように地面は平らでもない。


「ああっと……一応、点けたままで行くよ」

「そう? この先から魔物がよく出てくるから行きましょう。足元にだけは気を配ってね」

「分かった」


 手が塞がるし、体勢を崩さないよう注意しなきゃな。戦闘で役に立たないんだから、せめて離れないようにしないと。


 意味はないだろうが、息をつめて出来る限り静かに移動する。シャリテイルの方は危なげなく普通に歩いているのに、足音は静かだ。


 実はさ、森葉族ってものすごくハイスペックなんじゃないか?


 ふとまたゲームの説明書が浮かんだ。

 種族の特徴だと、攻撃の炎天族、守りの岩腕族、命中の首羽族などの特徴がある中で、森葉族はバランスが良いもののいまいち魅力が感じられなかった。そもそも人族の特徴がバランスよくなんでもできることだったから、余計にだ。

 マグは多めだが魔技は石で代用できたし、基本はレベル上げて殴った方が速いしで、後半のボスの特殊攻撃対策で一人は確保しておきたいから育ててるみたいな程度だったんだ。


 それが、現実にみるとこうも羨ましいものだとは。


「どうしたの溜息なんてついて。つまらない?」

「いや、とんでもない」


 こんな恐ろしい場所で、つまるつまらないが問題になると思うなんて、感覚が麻痺してっから。なんて言えるはずもない。


「何もできなくて、悪いなと……思っただけだ」

「見物しにきたんだから、何もしなくていいじゃない」


 そんな軽く言われても。

 人族は簡単に連れ出せないし、自分の身くらい自分で守れる奴じゃないと困るはずだよな?

 これまでの他の奴らに言われたことを蓄積しながら基準を作っていってるってのに、この苦労はなんだと思えてくるだろ。


「まあ、今日は、お言葉に甘えさせてもらうけどさ。明日は鉱山に行くから、何か対策でも練れるかなと思うし」

「なんだ面白そうな話をまだ隠してるじゃないの。山に興味あるの? 採掘仕事も大変よ……って、まさか護衛の方をやるなんて言わないわよね?」


 俺は面白話製造機じゃねえよ。


「そうじゃなくて、さっき話した依頼受けるやつ。初めの依頼が鉱山入り口周辺の苔草取りなんだ」

「あっそう。確かにあれも邪魔なのよね」


 それからジェッテブルク周辺の山で、苔草がいかに邪魔かを聞かされた。


「でも、たまに魔物が跳ねて楽しいわよ」


 邪魔だが苦労はしてないようだ。さすがだよ……。

 メタルサたちが聞いたら泣くと思う。


「そうかよ。洞穴って結構あるんだな」

「全部の山にあるわけでもないけど、ほとんどあるんじゃないかしら」


 まさか、苔草取りのために全部を回るってことはないだろうな。一日で済ませたいと言っていたし。巨大化した奴の除去だから、一カ所だけのはずだけど。

 その内に追加依頼はあるかもしれない。

 洞穴か。


 ゲームのマップで言えば東北の端にあるはずの洞窟面って、ここなのか? それとも、連なる山の内の一つなんだろうか。

 位置的には、ここはジェッテブルク山のすぐ東といえるから違うと思うが。シャリテイルから今聞いたのも、周囲のこんな山の話だ。

 数がありすぎるからゲームでは、よっぽど特徴的な場所だけピックアップした、とか?

 試しに聞いてみようか。


「そういえば……放牧地側の方は特に山が連なってるな。東の方は周辺の山並みより高いし、あの辺にも洞窟があるって聞いた気がするんだけど」

「そこはちょっと危ないかもね。カイエンにでも聞いたの? あいつの言うことは聞いちゃダメよ。強さの感覚がおかしいんだから」


 それシャリテイルが言っても説得力ないからな。

 でも、当たりか?

 高ランクのカイエンが何気なく行けて、シャリテイルには危ないレベルなら、特徴的と言えそうだ。




 広間を突っ切ると、また細く短い通路がある。

 再び頭を下げて進み、次の間が見えた瞬間。


「えいっ!」


 軽い掛け声と共に、シャリテイルの目前で何かが粉砕された。


「今朝は誰も来てないみたいね。少し魔物の数が多いわ」

「げっ!」


 シャリテイルの肩越しに見た広間に、いくつもの蠢く影が集まろうとしていた。

 なんで、ここも明るいんだよ!

 お陰で気味の悪い姿がはっきりと見えた。


「ヴビヴヴヴゥ!」


 天井からの光で姿を確認するまでもなく、俺はその音を知っている。


「カラセオイハエ……こんな大群、さすがに無理だろ」


 杖や蹴りが殻に当たり、ポコンポコンと良い音を立てて落ちているが、それで倒せているわけではない。とっさに殻の外羽で攻撃を受けているだけだ。転がって下がると、また飛んでくる。

 シャリテイルは器用にも、閉じようとする外殻の隙間に鋭く杖を突き入れて片付けていくも、数が多く一匹を倒す間に横から跳び付かれてしまう。

 俺もこれくらいならと脇から殴り落としてみるが、キリが無いのは変わらない。


「仕方がないわね」


 諦めるらしいシャリテイルに、ほっとして後退しようとした。


「一気に片付けるわ!」

「ヤメテ!」


 シャリテイルは杖を思いっきり横に薙ぎハエもどきを払った。前列にいた何匹かは、羽を閉じるのが間に合わずに喰らって消えたが、その背後の奴らは無事だ。ただ、それだけでもすごい威力だったようで、一斉に落ちたハエもどきは丸まったままプルプル震えている。俺が崖に叩きつけたときのように、目を回しているんだろう。でも、それだけではすぐに復活してしまう。


「魔技を使うから、下がって動かないで」


 なるほど、それで距離を取ったのか。

 シャリテイルが巨大な杖を垂直に立てると、丸く膨らんだ杖の先端、そこに埋め込まれた赤い石が淡く輝いた。

 集中する時間が必要なのか無防備に立つ姿に、緊張が増す。剣を握りしめ、起き上がったハエを見逃すまいと地面を凝視する。

 そして、魔技の掛け声――。


「マグの雨!」


 そのまんまだ!


 叫びと同時に、何十もの赤く小さな塊が天井に射出される。


「天井!?」


 花火のように展開された粒は、ごくわずかに静止したように見え。


 ジャキン――瞬きした後に、殻が一斉にぶつかり合う音が響いた。


「ぁぶヴェブッ!」


 細く伸びた無数の赤い針が、ハエどもを串刺しにしていた。


「やった。全部命中するのは久しぶりよ!」


 拳を振り上げて飛び跳ねて喜んでいるシャリテイル。

 久々という不穏な言葉は聞かなかったことにして、俺はその背を密かに拝んだ。

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