067:砦長対ギルド長

 見送り一同は、ぞろぞろと街道を歩きながら街へと戻っている。

 俺が長話してしまったせいだろうな。砦の偉い人やギルド長は、ビオとの別れ際の挨拶に、せかせかと何事かを伝えていたのを見て気まずい。


 せめて、これ以上は目に付かないようにと彼らの後ろを歩いていると、シャリテイルが大枝嬢から俺へとターゲットを変えたのが分かった。

 ちらっと横目に見たが、その口をわざとらしく尖らせていた。


「なぁにタロウったら、一人だけビオちゃんと仲良くお別れの挨拶するなんて。ずるいわよ」


 ずるくないです。

 どこが仲良く見えたんだよ。手に汗握る水面下でのバトルだったろうが!

 だいたいな、シャリテイルが居たら俺も突き上げ喰らわずに済んだ、かもしれないんだ。


「それにしても長かったよな、遠征」


 正面から責めるわけにいかず、ぼやきとなって漏れてしまった。

 こんな言い方はよくない。


「遠征って定期的にやってんだろ? 山ん中で長期間野営って、そんなに物資も持ち運べないし、大変だよな……」


 愚痴めいた物言いを誤魔化す意図もあったけど、体一つで野宿とかお疲れさんと、労いの気持ちを込めたつもりだった。


「あははやだー、山を越えながら近くの村に寄ってるに決まってるじゃない。そうしないと、手荷物だけの遠征なんて無理よ」

「あ……ああ、なるほど。それもそうだよな」


 いつも人を笑いやがって。仕方がないけど。

 突然、別の声が遮った。


「ようやく面倒がなくなったな」


 振り返ったのはギルド長だ。しめしめといった表情を隠しもしない。やけにくだけた雰囲気だが、それが素かよ。一応、ビオ達に対しては外行きの態度だったんだな?


「それじゃ俺はこれで……」

「そう、これで依頼に専念できるな!」


 くっ、先を越されたか。


「ついでだ。少し話を詰めようではないか」


 嫌です。

 とは言えない。

 ならば先にリアクションしておこうか。


「なんなんすか。あの勝手な依頼は」

「ふむ。気が付いたか」


 嫌でも依頼されたら気が付くだろ!


「でも、予定で伝えてなかったでしたっけ。砦から頼まれたのが一番早いと思いますよ。誰かさんが知らせを広めてから真っ先に聞かれたんで」

「時期は伝えていなかったと思うが、別に急ぎではないだろう。正式に依頼書を発行したのだから、それから受け付けてもらえばいい」


 うん?

 どうなるのかな。


「砦の兵も、ギルドの依頼を受けるんですか?」

「そりゃあそうだ。ギルドの依頼は公平にと規定されている。身分にあかして順番を無視するような真似はさせんよ」


 それなら、なおさらのような。

 依頼書はギルド長が出したものだから、いつから募集したのか知らなかったが、俺がそれを承諾した時は、すでに話を受けていたからな。


「ビオたちが帰ったら頼みにくると言われてるんですよ。ええと、たしか、メタルサとヴァルキだったかな」


 そう口にしたとたん別の顔がこちらを振り返り、野太い声を響かせた。


「ほう! メタルサ・アーガとヴァルキ・プロルか。さすが行動が速い」


 炎天族のおっさんで、青マフラーの砦兵だ。鍛えてゴツゴツとしているが、整えた口ひげを生やしているし、兵隊というより雰囲気は偉い指揮官だ。西の森警備のまとめ役のように荒っぽい感じはない。

 そのおっさん兵が声をかけてきたとき、ギルド長は思いっきり顔を歪めた。

 ギルド長、あんた今、舌打ちしかけたろ。


「一々口を出すな、フロンミ。こちらの話だ」

「砦の者の名が聞こえたぞ、ドリム。またぞろくだらんことを思いついたんだろうが、今回は面白そうじゃないか。わしが気に入らんからといって、無視したりはせんよな?」

「気に入らないなどと、人聞きの悪い言い方をするから嫌われるのでは?」


 だ、駄目だこの人たち……。

 そうだ一応、兵の勝手なお願いなのかどうかくらいは確認してみよう。


「あのー、依頼のことはご存じなんですか」

「おお、タロン君だったな。わしはフロンミ・ショーン。ガーズ防衛拠点に配備された隊を任されている。通称で砦長と呼ばれている者だよ」

「タロウです!」


 既に名前を知られまくっているのはまだしも、なんで伝言ゲームになってるんだよ。間違えるような長い名前じゃないだろ!


「予算の問題があるから当然、報告は上がっている。ただし詳細は知らん。予算の枠内ならば、必要なことは各自が判断して行わせる方針だ。依頼者と冒険者の間で汲々とする、どこかのギルド職員とは違うものでな」

「ならば部下から話を聞くといいだろう」

「今は貴様にではなくタロリ君に話しているのだ」


 このおっさん、叩いていいだろうか。


 それはともかく、二人の会話が神経を削りすぎる。

 俺だって予定をまぜっかえされるのは嫌だし、ここはギルド長には納得してもらおう。


「ただの雑用なんで、受け付けた順にぱぱっとやりますから。まずはメタルサさんからの依頼でいいですよね」


 有無を言わせないように言い切ったつもりだが、俺の威嚇なんて効くとは思えないから様子を窺う。

 睨み合っている二人のおっさんに挟まれ俺のことで争ってほしくなどない。挟まれるならビオとシャリテイルの谷間で頼む。


 短い沈黙の後、ギルド長が引いた。


「……では、砦の顔を立ててやるか」

「いつもいつも気を使っていただいて、申し訳ないなあ」


 ギルド長と砦長は、向かい合ってにこりと笑い合った。

 目はまったく笑っていない。

 派閥争いっておっさん連中にはつきものなのか?

 こんな世界に来てまで、そんな現実は見たくないよ。


 ふんと互いに鼻を鳴らして、足早に去っていくギルド長と砦長。

 大枝嬢は、呆れた顔でギルド長の後姿を見て溜息をついていた。そんな大枝嬢の姿に、なんとなく同情して話しかける。


「なんかギルド長って、冒険者らしくないですね」

「一応、あれで爵位持ちですカラ、立ち居振る舞いは品があるように見えるかもしれませんネ」


 いや品がどうとかいう話は今の光景には微塵もないし、じゃなくて……シャクイモチ、新手の餅だろうか。


「へぇシャクイモチですか。って、え?」


 しゃっくりもち、しゃくとりむし……爵位、持ち?


「ハハ、たしか、貴族とかそういった身分の人が、そんなものを持っていると噂には聞いたことがあるな。まさか、そんな立場の人が冒険者なんてヤクザな商売やってないですよね」

「ヤクザ? それは売っておりませんが、貴族の出ですヨ?」


 バカな!


「いやだって、俺……結構、失礼なこと言った気が……それより態度。まずい態度とっちゃってたりしてるよ! まさか急いでたのは打ち首獄門計画のためか。街の入り口の看板を俺の晒し首でデコってみたりとかするために!」

「お、落ち着いてください、タロウさん。おっしゃっていることは理解できませんが、そのような厳しい罰則はありませんヨ」

「えっ、そうなんですか」


 そ、そうだ。何も階級制度の全てが、厳格なものとは限らない。

 制度ごとに違いがあったり、時代や地域でも変わるだろう。


 ゲームの話だと、この国の王様なんか周囲の貴族に方針を押し切られるくらいだから、頼りなさそうだし。


「コエダさん。タロウは、そういった知識の方は頭でっかちで、現状にそぐった感性は持ってないと思うわよ?」


 大きなお世話だ。


「そうでしたねシャリテイルさん。人里離れて暮らしていれば、必要のないことかもしれませんネ」


 大枝嬢も俺の頭を越えて納得し合わないでくれ。


「はっきり言えば、ドリムは私たちとなんら変わりないですヨ」


 いやいや、さすがにそれはないだろう。


「王都の東に位置するジェネレション領がありまス。ドリムは、領主様の三番目のご子息にあたるのでス」

「やっぱり本物じゃないか!」

「で、ですから。当主ではないのですヨ。タロウさん顔が近いでス」

「あ、すみません」


 思わず緊張に姿勢を正してしまう。前倒しの死後硬直だろうか。


「ドリムの兄、お二方が健在ですし、お子様にも恵まれてらっしゃるので、万が一のために残してあるだけの肩書きと話してらっしゃいましタ」

「誰が」

「ドリムご本人の談でス」


 自称!

 俺大したもんじゃねぇからぁ、なんて信用できない筆頭だろ!

 もしかして影で暗躍しちゃってたりなんかするんだろうか。


「もうタロウは大げさね。そういった家の事情なんて、すぐに広がるんだから、隠してもしょうがないのよ?」


 そりゃゴシップ好きは、どこにでもいそうだけどさ。


「シャリテイルさんたら、そんな曖昧な噂ではないでス。そもそも、そういった地位の者から辺境に派遣されまス。国から正式に任命されているのですヨ」


 じゃあ、ご栄転ってやつなのか?

 窓際貴族。

 おかしい……うだつの上がらない単語を、こうも優雅な響きに昇華せしめるとは……。


 それにしても、これは後で困ったりするんだろうか。知っていても身近でないから実感が湧き辛いことの一つだ。


 お貴族様か。

 地球だったら西洋のものに近いんだろうな、王様いるし。

 あれ、でも、生まれはともかく。


「それなら、まだ爵位はないんじゃ」


 いや、幾つも所領があったらどうなんだろう。肩書だけというのもあった気がするけど。

 人種だって違いすぎるのに、すでに一緒に暮らしていたりするし、地球の制度と同じとは思えないが。


「いえ、このガーズを治めていますヨ?」

「ああ、なるほ……」



 えええええ!



 そうだ、この世界は単純だった。






 まさかの、ギルド長が領主様?


 でも、ここは冒険者街ガーズ。

 周辺は、かなりの範囲にわたって荒野と山しかない僻地、のはずだ。


「街ですよね。ただの」


 しかも、ちょっとでかい村って規模の。


「そりゃ名目上でしょ。このジェッテブルク山周辺一帯にあるのは、魔脈の山だらけ。人が住んで税を納められるような土地なんかないもの」


 シャリテイルにしては真面目くさった顔で言っている。

 なんでそんな単純ながら、ややこしいことを。

 それもこれも、しがらみってやつなんだろうか。

 ギルド長の親父領主さんが有力な貴族で、他の有力貴族と鎬を削っているとか妄想が膨らむ。

 それから、ええと……妄想を膨らませるにも知識がいるよな。

 それ以上は何も思い浮かばない。


「上の人から逃げ出されちゃ、困るじゃない?」


 シャリテイルの言い方は、いつも簡潔だ。

 無神経なようだが、そんな理由という気がして頷いた。


「元々、接する国から押し付けられているような場所ですしネ。他の貴族らから放棄すべきだといった意見が上がっていたといった噂を聞いたことがありまス」


 大枝嬢はそう言って頷いている。


「なにもかも、特別な場所なんだな」

「そういうことね」

「興味があるのでしたら、直接ドリムに聞くといいですヨ。あれで話好きのようですカラ」


 すごい遠慮したい。

 視界の端でシャリテイルが空を仰いだ。


「いけない。のんびりし過ぎたかしら」

「ああ、私の足が遅いせいで、ご迷惑をおかけしましタ」


 そういえば。

 ギルドまでの道のりが、やけに長いなと思ったら、大枝嬢に合わせていたからだったのか。


 人族より足が遅いというか、動き自体がぎこちない。

 すでに木が動いてるような不自然さなんだから、当然か。

 樹木の世界であれば、間違いなく世界最速だろう。


 人によるかもしれないんだから、決めつけは良くないな。

 でもな。こんなこと考えるのは失礼だとしても……それでも人族は、この樹人族より弱いの?

 どうも腑に落ちない。


「タロウったら、そのいやらしい目つき。さては、コエダさんに不埒な感情を抱いていたわね?」

「ねぇよ!」


 疑うような目で見るのはやめろシャリテイル。


「私は騙せないわよ。今のは俺より弱いんじゃないか、なんて思ってた目ね」

「だったら変な言い方するな!」

「シャリテイルさん、そこまでに。ほらギルドにつきましたヨ」

「そうだったわ。タロウをからかってる場合じゃないわよね。出かけていた間に溜まってる仕事がたくさんあるもの」


 なんてやつだ。


 ギルドの扉を大枝嬢がくぐり、その後をシャリテイルがくぐらず、俺を振り返った。

 にやけている。


「ふふ。コエダさんは後衛の切り札なのよ。誰よりも魔技をたくさん使えるんだから!」


 どう驚いたでしょ? と言わんばかりに威張っている。

 癪に障るが、頷くしかない。


 身体能力は、頑丈さを除いて人族より下かもしれないが、マグ量が馬鹿みたいにあるってことか。

 マグ砲台か。

 イメージにぴったりだよ。

 く、悔しくなんかないぞ。




 足取り重くギルドの階段を上る。

 機嫌悪いままだったら面倒だなと、静かにギルド長室の戸をノックした。


「足を運んでもらって悪いな。さっそくだが、この依頼書に署名を頼む」

「は、はい」


 ギルド長は普段通りに戻っていた。

 ほっとして、依頼書に目を通そうと手に取り……なんじゃこりゃ!


「なんで束!」


 落ち着け、紙が分厚いから束に見えるだけだな。

 詳細の分からない胡散臭い依頼書を見て頼みたいやつが何人もいてたまるか。


「十二件だな」

「十人超えていた!」


 俺の反応にギルド長は呆れた顔をするが、呆れるのはこっちだ。

 冷やかしか。冷やかしだな?

 ここの奴らなら、面白そうというだけの理由も驚きはしない。


 目を皿にして内容に目を通す。

 ほとんど西の森内の草むしりじゃねぇか!

 こんなに場所が集中した理由は分かった。

 そう望むやつがいるからだ。


 犯人は、お前だ――ギルド長!


「面白い顔してないで、署名を頼むよ」


 ほっといてくれ!


「こんなことしなくても、直接行けと言われた方が速い気がするんですが?」


 どうせこいつが調整しているはずだ。

 だったら、初めからそう言えばいいじゃないか。


「誰かに言われてやるより、自ら依頼できた方が楽しいだろう?」


 楽しさは必要なのか!


「まあまあ、まずはこの辺から慣れた方がいい。まだ出会ったことのない魔物も多いだろう?」


 なんで、俺はなだめられているんだ。

 俺は落ち着いている。おかしいのはギルド長の方だ。


「はい、終わりましたよ」

「ご苦労さん」


 ぶつぶつ言いつつ署名を終えると、ギルド長はほくそ笑んだ。

 なにか、俺を貶めるような文言を見落としたか?

 いや……何度か読んだが、ただの草刈り依頼だ。


「まあ、まずは砦に行くといい。こっちの予定はその後順次進めてくれ」


 件数は多いが、期限が緩いのは救いだな。

 数が多く失くしても困るし、ひとまず依頼書は預かってもらうことにして、俺は部屋を出た。

 署名はあれだな。確約したかったんだろう。


 もっと他に相談という名の丸め込み話でもあるのかと思ったが、すでに準備も出来ていたとはな。

 お陰でおっさんと長話せずに済んだのは良かった。

 今日はもう疲れたよ。





 大通りを歩いていると、朝から詰め込まれた話があれこれと浮かんでくる。


 俺から聖質の魔素の臭いがした、か。


 ビオのマグ感知能力の高さに飛びついたけど、こっちの方が大問題だ。

 色が同じだけのポンコツコントローラーかと思いきや、まさかの関係大ありかもしれないんだ。


 もちろん全く無関係なんて思ったりはしてない。

 聖質の魔素に守られた祠から俺は出てきたんだし。


 ただ、質が違うのかと漠然と考えていた。

 コントローラーが魔物のマグを吸い込むが、マグそのものではない。

 それと同様に、聖質なんだけれどパチモンなのかなと漠然と思ってただけだ。

 実際に効果はあるようだし、偽物というのもおかしいけどさ。


 それも、おいおいと分かる時はくるかもしれないし、置いておこう。



 もう一つのびっくりは、ギルド長とか街の関係か。


「む? 変だな」


 たしか、貴族らがこの街の維持に金を出したくねえってごねたから冒険者ギルドが出来たんだろ?

 国がしがらみまみれの手駒を派遣するって、結局は国が仕切ってるってことかよ。


 その割に、ギルド長は砦のおっちゃんと仲が悪そうだが。

 まあ、やってる仕事は似たようなもんだし。

 いわゆる部署が違うだけというなら、派閥争いもやむなしか。


 仕事のやる気はある。

 あるけどさ……。


「そういうのは面倒だよなぁ」


 知らないところで勝手にやっててほしいと思ってしまう。

 まあ、いいや。

 俺が気にしてどうにかなるもんでもないし。


「行くか」


 俺の日常はこれからだ!


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