066:聖者去る

 まだ薄暗い早朝だが行商団が帰る日で、護衛の冒険者四人組とは宿を一緒に出ることになると思っていた。

 けど食堂に降りると、あいつらは既に宿を引き払ったと、おっさんから聞かされた。俺も朝飯を腹にかき込むと宿を飛び出す。


 南街道入り口には、何台もの馬車が縦列に並んでいた。幌馬車の周囲には積荷を手に、せわしなく動く人々の姿がある。どう見ても乗れる人数より多いし、商店の人間が手伝ってるようだ。昨晩に戻る日を決定されて積み込む時間がなかったのかもな。


 馬車の列に近付きながら、見知った姿はないかと辺りを見回す。

 偉い人達だし、見送りはもっと先の方か?

 人の合間を抜けて足を進めると、横から声がかかった。


「よっタロウ」


 振り返ると、列の最後に付く幌馬車にもたれて、人相の悪い顔が覗いている。


「ハンツァー。他のやつらは」

「もちろんいるぜ」


 馬車の後部まで戻ると、他の奴らは荷台に腰かけたりして集まっていた。軽く手を上げ気だるげに挨拶してくるが、久々に早起きしたからと疲れは見えない。

 みっちり木箱が積んである荷台の中は、ものすごく狭く見える。討伐よりも、これで何日も移動する方が疲れそうだ。

 リーダーである岩腕族のハンツァーが代表で口を開く。


「宿では世話んなったな」

「こっちこそ、色々教えてもらってばっかで世話になったよ。でも、楽しかった」


 最後で変なこと言ってしまったから、申し訳ない気持ちになる。

 ハンツァーは妙にすました顔だ。


「覚えてるか。気が向いたら王都へ来いっての」

「ああ、まあ」


 そんな話もしたな。お決まりの社交辞令だと軽く受け止めていた。


「俺たちゃ点々としてるが、一応は王都を拠点にしてっから」

「安い宿紹介してやっからってのは本気だぜ」

「飯もな」


 コルブ、バルフィ、メドルと口々に続ける。


「中ランクになったら来い」


 最後にハンツァーが言った。

 お前には無理だろうけど、などといった意地の悪さはなかった。

 ――それは、お前次第だろ?

 なんとなく、そんな風に問いかけられてるような気がした。

 だから俺も半ば本気で答える。


「数年計画だから。時間かかるけど忘れるなよ!」


 ハンツァーは馬鹿笑いしながら俺の肩を叩いた。

 俺は挨拶できたことに安心し、四人に手を振って別れた。

 周囲から人が減っている。急がないと。




 走って列の端に到着!

 先頭に並ぶ二台は他より頑丈そうな箱型の馬車だ。その周囲には警戒に当たるらしい兵が何人か、馬の手綱を掴んだまま待機している。そういえば、ここの馬は、遠目には俺の知ってるイメージそのものだが、近くで見ると細部が違うというか、足の節々が太かったり、顔や体つきも違う気がする。

 曖昧なのは、本物の馬を間近に見たことが無かったからだけど、まあ興味もなかったしな。

 せいぜい競馬ゲームの、唐草模様とか金ぴかとかショッキングピンク色など、謎な馬もどきぐらいで参考にならない。


 とにかく間違いなく、これがビオや兵達の乗るやつだろう。

 馬車の箱の背面下部に、丸に囲まれた山のような刻印が入ってるから、どこかの所属だってことだと思う。二台とも同じ模様だから国章かもしれない。

 その一台目の側に、見覚えのある面々が立っていた。


「タロウさん、お早うございますス」

「きたか」


 ギルドからの見送りは、ギルド長と大枝嬢の二人だけらしい。職員の数は多くないし、手が離せないんだろうな。

 他には砦の兵も三人いた。装備のせいで皆似たように見えるけど、一人だけ青い布を首に巻いていて歳も上に見える男が、雰囲気からして偉い人だろう。


 なんだか場違いな気がしつつ大枝嬢の後ろで待っていると、二台目の馬車からビオが降りてきた。

 なんだ、来てたのか。

 ビオとお供の兵がこちらへ近づく。

 そこへ俺たちも近付いたのだが、走る足音が聞こえたかと思うと視界に飛び込んだ。


「遅れてごめんなさい! ビオ、ちゃあぁん!」

「わっお前は、ち、近付くな……むぐっ!」


 何か言いかけたビオの口は、不意に現れた謎の物体シャリテイルによって塞がれた。


「ビオちゃん、もう帰っちゃうなんて! また遊びに来てね!」

「くっつくなと言っているんぐぅ!」


 また、シャリテイルは……聖者だろうとお構いなしか。

 あの堅物とすっかり打ち解けるなんて、ものすごいコミュ力だ。一方通行に見えるのは気のせいだろう。


 それにしても、この光景は……。

 シャリテイルの方が頭一つほど背が高いから、抱き着いてビオの頭に頬ずりする格好だ。そのため顔に押しつけられることになった二つの山に、ビオは困惑して真っ赤になっているじゃないか。

 そんなぐいぐいと胸の形が変わるほど押しつぶされるなんて、周囲のいかつい兵達も手ごわい相手に身構えたまま声すらかけられないようだし、ここは引いているビオを助けに俺が挟まるべきだろうか!


「ぷはっ……離せというに!」

「そうよね! 寂しいけど、私もいつか遊びに行くわ!」


 くっ、機を逃したか。


 そんなことを考えていたら、ビオと目が合う。

 途端にビオの目は鋭く細められた。

 や、やましい考えは何もありません。


 無駄に空気を読んで、シャリテイルはビオからぴょんと離れた。

 ビオもシャリテイルから数歩距離を置いたのは別の理由だろうが、それから俺を見る。


「タロウ、お前が見送りにくるとは思わなかった」


 緊張が戻ってきた。

 先に用件を伝えてしまおうと手を握りしめる。


「返事を、してなかったから。俺は、ここで冒険者やります。だから席は必要ありません」

「うむ。ギルド長からそう聞いた」

「自分の口から言うべきだと思ったんです。それと、ありがとうございました!」


 俺が礼を言ったのが不意打ちだったんだろうか。

 きょとんとした顔には、年相応の女性らしい柔らかさが浮かんだ。


「私は、厳しいことを言ったと思ったが」

「正しいことを、言ってくれたと思います」


 はにかんだ表情が可愛いなんて言ったら、殴られるだろうな。杖で。


 横から兵の一人が踏み出した。


「ビオ様、そろそろ」


 気が付けば、慌ただしく荷を詰めていた商人らも、ほとんどが馬車に乗り込んでしまっている。

 兵に分かったと頷いたビオは、いつもの顔に戻って俺を見上げ、そうして言われたことに驚いた。


「お前を見かけたとき、なぜかその気配に首をひねった。おかしなことだが、お前から聖質の魔素の臭いがしたような気がしてな」


 俺からって……まさか。他に思い当たるものなんかない。

 思わず手が道具袋に伸びかけたが、ぐっとこらえてビオと目を合わせる。


「人族にしては、よくやっていると聞いた。他の冒険者らが口々にお前の活躍を知らせてきてな。ふっ、私の姿を見るなり逃げ出していた奴らがだぞ? まるで私を責めるように言ってきたよ」


 あいつらが……壁に貼りついていたくせに、俺をからかいたいだけじゃなかったんだな。

 知らず胸が熱くなった。


「お前は他の街にいる人族の冒険者とは違う。この冒険者街ガーズで、不利と知っていてなお冒険者になったと聞かされた」


 一区切りして、ビオは俺を真っ直ぐに見据える。


「それで気が付いた。他の人族冒険者よりも、力強い魔素の流れを感じるとな。人族にしては強い脈動だ。かすかな違和感は、それだろう」


 そう、なのか?

 農地のおじさん連中よりは向上してるはずと感じたが、実感はなかった。

 まだ会ったことはないけど、鉱山の奴らには負けるんじゃないかと思うし。

 いや、力が強いんじゃなくて魔素? マグだよな?

 何かすごいことを聞いたような。


「人のマグが、分かるのか?」


 それってステータスが認識できるってことなのではと期待したが、違った。


「ふふん、これは森葉族の秀でた特性だな。邪質の魔素……魔物のマグを感知できるが、敏感な者だとより多くの生物から感じ取ることができる」


 なるほど。そっちか。

 あ、話の腰を折るようなことをしてしまった。


「ごめん」

「かまわん」


 気まずくて身をすくめる俺に、またあの射るような視線を向けられる。


「私が言ったのは、人族にしては肉体に恵まれているようだな、ということだ。それで自信を持ったのだろうが、無論、他種族とは比べるべくもない」


 持ち上げておいて、あっさりと無慈悲な宣言!


「一つ聞こう。それでも、続けるのだな?」


 これは、最後の試練なんだろうか。

 大きく息を吸って背筋を伸ばす。


 マグの値が高ければ、多くの技を使える。

 マグが多い方が、傷を負っても生き延びる率は高い。

 俺も、平均的な人族冒険者よりは、魔物退治に向いてるってことじゃないか?

 ……小さなことを拡大解釈してすがりつくのは、間違っているだろうか。


 だけどさ。

 カピボーで苦戦していたのが、モグーを倒せるまでになった。

 他の冒険者から見れば、スローモーションのような戦いぶりだろう。


 それでも俺は、確実に成長している。


 どれだけ、時間がかかるんだろう。

 だけど、強くなる可能性は、あるんだ。

 強くなってやるさ。


「続けます。強くなります」


 迷わず、真っ直ぐにビオの目を見て言い切っていた。

 そう口にできたのは、結局のところ、コントローラーの謎機能を当てにしてのような気がした。

 そういったものに寄りかかろうとして、自分を見失う怖さも垣間見た。四苦八苦しながらも、気を抜けば怠けてしまう。


 だけど、そんなときには、叱って励ましてくれる声がある。

 記憶の両親の声だ。

 俺が投げやりになっていると、いつだって目ざとく声をかけてくれた。


 心のツッコミも、大抵はそこから来ているのだと思う。

 今、俺が自分の足で立っていられるのは、自分の頑張りだけではない。

 これからも、誰かの手を借りるだろう。


 そんなことも含めた、力だけではない強さを、身に着けたい。

 助けられた分、俺も誰かの助けになれればと思うんだ。




 ビオは笑みを浮かべていた。

 意外だった。


 冷笑ではなく、温かなものでもない。

 ただ、答えを受け入れた。

 やってみろ――そう、語っているようだった。




 ビオ達が乗り込むと、辺りは静かになった気がした。

 先頭に立つ警戒任務にあたる兵が、馬上から後方へと合図を送ると、馬車はゆっくりと動き出した。

 馬やガタガタとした車輪の音も、人間の存在感には負けるようだった。


 また、会えるかな。

 今回は、祠の異常があったから派遣されただけだった。

 だとしたら、もう会うことはないかもしれないんだな。


 短い時間で、色々と教えられた。考えさせられた。

 自分自身と向かい合う機会を貰えたんだ。


 いくら素朴な世界だからって、普通は、あんなに面と向かって色々と言わないだろう。人の口だけが主な情報となり得る時代なら、なおさらじゃないか?

 立場の助けもあるのかもしれないが、実直な人柄なんだろうと思う。


 ビオだけでなく、あの四人組には冒険者の別のあり方を見せてもらった。


「本当に、感謝しないとな」


 こんな機会でもなければ、深く考えることなんかなかっただろうから。

 外の世界と交流する機会は大切にしなくちゃなと思いつつ、遠くなる馬車の列を見送る。

 いつもの静けさが戻っただけなのに、いつもの光景が寂しげに見えた。

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