065:案内役きどり
コントローラーの新機能を試すことができ、心にも一区切りついた。
また余計なことに惑わされる前にと、北から東の森沿いに差し掛かり、面倒な生え方をしている背高草を刈りつつ、目に付くケダマ草やカピボーも片っ端からむしる。
ようやく自分自身の置かれた状況が見えてきたように、さっぱりした気分だ。
今まで読んだ物語なんかだったら、到着したその日にでも判明しておかしくないことの数々。
知ってりゃすぐに身の振り方を決められるから、話を進めるのにそう持っていくんだろう。
「それに比べて俺のひどさよ」
手探りすぎる。
これがレトロRPG世界なら、ダンジョンの入り口から十歩目の壁に階下へ進むための鍵が隠されているとかなんとか、方眼紙に手書きマッピングしたものが十数枚生まれる程度の手間で済む。必ずクリアできると思えば、全マス踏破する根性を出せなくもない。
しかし何かの鍵となるイベントが始まるわけでもない現実で、魔物のいる広大な世界を伊能忠敬さんごっこなんぞしたくないわ。
「もう袋一杯か」
愚痴ってる内にやけになって、すぐにケダマ草が集まっていた。
嵩張って邪魔だ。ちょうど昼飯時になったことだし休憩がてら戻るか。
仕方なく、またギルドへと走った。
「コエダさん、これお願いします」
「もう、ですか?」
獲物を窓口に置くと、大枝嬢は目を丸くした。一度持ってきたばかりだし、働き過ぎじゃないかと言われたばかりだったな。
何か指摘されるかと思ったが、別の言葉が返ってきた。
「ちょうど良かったでス。お見送りの件は、明日になりそうですヨ」
「そんなに早く?」
慌ただしいことだが、いつでも動けるように準備はしているだろう。
「まだはっきりとは分かりませんが、今朝は早くからシャリテイルさんらと出ていまして、そのような話題があったようでス」
遠征から戻った翌朝から、祠の検証か。シャリテイルには、本当にご苦労様だ。
戻ったその晩でなかっただけましか?
なんにしろ、大枝嬢がシャリテイルから直接聞いたというなら、すぐに開放されたんだろう。
それに、大枝嬢の態度も特に変わりないなら、結界に問題もなかったようだな。
俺の報告に齟齬があったなら、とっくにすごい剣幕で連行されてそうだし。
「通常、午前中には街を出立しますから、今晩には予定もはっきりするでしょウ」
なら、今日は好きにできるな。明日の朝は近場で過ごそう。遠出できる場所なんかないけど。
大枝嬢に礼を言ってギルドを出た。
また一つ憂いがなくなったことだし、集中して東の半ばまで進むぞ。後はケダマ草に気を取られたりしない。
シェファたちも助かるらしいとなれば、頑張りがいもあるというものだ。晩飯の干し肉が一枚増えるかもしれないからな!
その前に、柵の北端辺りに来ると腰かけて昼飯のパンを齧った。
柵は人家に近いし、結界が張ってあると知ってからは特に、安心できるせいか定位置になっている。
水で流し込むように食べ終えて立ち上がると、左手に見える砦の影にある狭い通路から、人影が現れた。
「珍しいな。珍しいのか?」
そういや畑側と違って、森の方で他の奴らを見たことないな。シェファの説明もあり、そういう場所かと思っていた。
向こうもこっちに気付いて何やら手を振りだした。
「タロウじゃねえかあ!」
驚いてよく見ると、見覚えがある冒険者の姿だ。いや、ほとんどの奴らが見覚えがあるようなないような感じだが……。
とにかく驚いたのは、まともな名前で呼びかけられたからだが、宿の四人組で納得だ。
こいつらは俺の草伝説がどうのは知らないはずだからな。知らないままでいてくれ。
野太い声で叫んだのは、炎天族のコルブだ。
こいつら、こっちに来たってことは、山に入るんだろうか。すぐに合流し、声をかける。
「今日の仕事は午後からか」
「ああ、ちいっとばかし楽なところで過ごそうかと思ってよ」
だらだら過ごすのも飽きたから本気で毎日通ってるとか言ってたはずだが、短い期間だったな。こいつらが楽な場所といえば俺には地獄に違いないが。
「案内は受けたが、初めてきたからさ。どこから入ったもんかと思ってね」
「どうも、道があるようには見えんな」
昼でも気だるげな森葉族のバルフィが、かったるそうに話すと、パーティーのリーダーらしい岩腕族のハンツァーが、肩をすくめて続けた。
これが、中ランクでも上位者の風格というものか。
ぱねぇな。道に迷っちゃったというのに、悪びれることすらしない。
っと、茶化してる場合でもないな。
あちこち巡ってたら、こんな地元の人間しか分からなそうな場所は幾らでもあるだろう。
「案内するよ。こっちに道がある」
「おお、さすがは地元冒険者!」
「助かるぜ」
昨日、知ったばかりだがな。下見をしておいて良かった。
俺は木の根元を見ながら歩いた。昨日の内に、入り口あたりの枝葉を払うついでに下調べして、目印にと枝を刺しておいたのだ。
「ここから縫うように歩くと、すぐに上り坂が見えるから」
先に進みながら振り返ってビクッとした。
森に踏み込んだ途端に、四人から食堂でぐーたらしてる雰囲気が消えた。
危険な場所は、まだ先なんですが。ビビらせないでほしい。
……強くても、普段からこうして警戒するもんなんだろうな。俺も見習おう。
「待て待て、タロウ。ここでいい。中ランク中難度の場所だろ」
「さすがに低ランクの奴を連れていくわけにゃいかん」
なんと律儀な。
「いや、この辺は低ランクの森で、鬱陶しいのはケダマくらいのもんだ。そこの小山で、急にランクが切り替わる面倒な場所らしい」
「ほーん、そんな場所があんのか」
もちろん話に聞いただけだし、その先は知らん。
坂の辺りで、分裂したい魔物が渋滞起こしてそうな場所だなとは思う。
「ジェッテブルク山に繋がってっから、思いっきり魔脈が浮いてんだろうなあ」
「魔脈が、浮いてる?」
あ、渋い顔された。知ってて当たり前のことを聞いてしまったらしい。
「……まあ、いいか。魔脈が魔泉を開こうとして、地面を押し上げるんだとよ」
「だから、この周辺一帯の山は、魔脈によるものだろうと言われてる」
「この周辺ってか、王都との中間にある山脈も、魔物が出る山は全部そうだな」
ペリカノンらしき魔物が飛んでいた山並みを思い浮かべた。あの辺も距離はあると思うが、あれだけでなく、何日も距離があるらしい山脈までも、全部?
……そりゃ、とんでもない規模だ。
あれ、山脈を越えるといえば、こいつらも帰るんじゃないか?
「そういえば行商団の護衛だよな。いいのか、もうすぐ帰るのに、危険な場所に入り込んで」
怪我したら困るのも当然だが、疲労が抜けないまま旅に出て大丈夫なのか?
「おっなんだ、やけに情報が早いな。俺らも今朝聞いたばっかだぜ」
「だから、そのために難度低いところに来たんだよ」
そうですか。中ランク中難度が、低いところ。感覚が違う!
油断しない奴らだってのは、振る舞いで分かったし、俺に心配されるまでもないだろう。聞いた限りでは中ランク上位者だし。
外のやつらで、俺の評判をよく知らないはずの冒険者たちか。それも明日にはおさらばする……これって、山の魔物や、人の仕事ぶりを見るチャンスじゃないか?
「あのさ。もし、余裕があるなら、少し見学させてもらえないか」
言ってから、しまったと気付いた。さっきより、さらに呆れた顔が見下ろす。
「そういったことはな。地元の仲間とやれや」
つい人が好さそうだと甘えすぎた。
今までも、迷惑かけそうだからと避けてきたことだ。それを、よく知らないやつに頼もうとするなんてどうかしていた。
「そうだな。悪かった」
「いいってことよ」
口を閉じて、道なき道を歩き、傾斜が強くなりだした場所で足を止め、振り向いた。
「ほら、見えるか」
密集した木々と垂れ下がった蔦やらで、ほぼ見通せないが、低木の隙間には黒々とした土が見える。
まるで壁かというような角度の斜面で、ここからはよじ登らなければならないように見えるが、木の根っこが階段のような段々を作っているらしい。俺が見ることはないが。
「うわ、こりゃ大変だな」
前もって、目的地までの道だと聞いていたのでそのまま伝える。
「よく見ると道筋が見えるから、歩いて登れるはずだ」
「そりゃいい」
早くもうんざりしているのは炎天族の二人だ。
シェファだって入り込んだことはないはずだし、事実と違ったらどうしようか。
今さらながら注意してくれと念を押す。
「俺が来れるのは、ここまでなんで」
下見の場所よりは進んでしまったけど、走って戻ればすぐに出られるし大丈夫大丈夫。
狭い場所だ。傍の木に張り付くようにして道を譲る。
最後尾を歩いていた炎天族のメドルが、俺の前で立ち止まった。
「焦んなよ」
前を行く奴らも振り向いて、同意するように頷いた。
あいさつ代わりに笑みを見せると、さっさと歩いていきやがった。
数歩離れるだけで、姿は枝葉に紛れて見えなくなる。
とっさのことに何も言えず、馬鹿みたいに頷き返しただけだ。
残された地面を踏みしめる音を聞いていた。
「……情けない」
やっぱ、経験者との行動は、学べることが多い。
「経験か」
みんな、何年もかけて磨いてきたんだろう。
今すぐどうにかできる裏技なんかないんだ。
気楽にいったほうがいいけど、楽しようとするのは駄目だよな。
踵を返して走り出し、木の根に躓いてこけかけた。
すかすかの南の森を基準にしてしまって、危うく転がるところだった。
全く整備されていない道なき道だ。走るほうが危ない。
こけずに済んだのは、密集具合のおかけで掴むものがあったお陰だ。
道なりに歩くだけとはいえ、一人で、慣れていない森の深くにまで来てしまい内心焦る。
案内役きどりで、見栄を張るからだ。
他に利用する奴もいるかもしれないしと、ついでに目に付く枝葉を切り払いながら、慎重に歩いて戻る。
大きな茂みを越えて放牧地の草原が見えてくると、ほっと胸をなでおろした。
安心したのも束の間、明るい視界を遮る茂みが、唐突に生えた。
地面から伸びる、茶黒い山のてっぺんに、でかい葉っぱが一枚。
「ゲゥ?」
「ぉわっ!」
モグーかよ!
首だけひねって背後の気配を確かめている今の内だ!
「ぅおらああぁっ!」
物音に気が付き全身をこちらに向けようとするモグー。その背、どこが首だか分からないが、うなじ辺りを狙って上段から叩きつけた。
ナイフは首半分まで食い込み、モグーの体は引き摺られて地面に倒れる。
その勢いで、ナイフはさらに食い込んでいた。
ころんと、頭の葉が落ちた。
モグーはヒレのような短い腕を震わせて葉っぱへと伸ばしたが、届く前に力尽きた。
「なんで、そこまで葉っぱにこだわる」
謎な習性だよ。
前拾ったやつよりは小さめだが、一応拾っておこう。
葉っぱを拾って、そそくさと移動した。
「はぁ……ナイフ持ってる時で良かった」
魔物は数組で移動が基本じゃなかったのかよ。
考えれば、モグーは毎度変なところに現れる。
初めて会った時が一番ひどいが、結界が近くて居心地が悪いはずの南の森の外まで出てきた。
どう考えても、昼間だったし分裂行動のためにはぐれてるとも思えない。
もう一つ理由があるとしたら、今思えば、繁殖期の直前だったな。
繁殖期前も、夜間のようにやや興奮状態になってたと思う。
それに加えて、特性か?
目が退化していて音で判断しているはずだが、それが行動に影響してるんだろうか。
目で獲物を狙えないから、わざわざ土から頭を出して音を探るとか。無理して結界に近付いてでも狙うとか、あるのかもしれない。
モグーの生態はどうでもいいか。
それより、素早く倒せた。それを喜ぼう。
以前は掠り傷をつけられる程度だったモグーだが、ステータスアップの恩恵だろう。一撃、といっていいかは微妙だが倒せたんだからな。
あんなに殴りあった
俺は一足先に次のステージへと進んじまったみたいだぜ。
腕力値が上がったところで、武器自体の強度が変わるわけではない。
俺がナイフの扱いに慣れてきたから、うまく力を乗せられるようになったってことなんだろう。
それにしても、話に聞いていたように手のヒレ以外は柔らかいというのは本当なんだろうか。
「それでも硬かったぞあいつ」
ただの薬屋にすぎない森葉族の男が、ノマズごときに怪我したのかと呆れていなかっただろうか。
あれで倒しやすいというなら、モグーなんて軽いもんだろう。
冒険者ならなおさら、濡れ手で障子に指を突くようなものだろうか。
解せん。
魔物の硬さも、変だよな。
レベルの有無はおいておくとしても、濃度がどうとかいったって中にマグを詰めたぬいぐるみのようなもんだろう。
ぬいぐるみであれば、サイズが大きくなったから丈夫になるというわけでもないはず。丈夫な生地は使うかもしれないが、ともかく。
その外側の強度は、なんで決められてるんだろうか。
ツタンカメンやカラセオイハエのように、素材として残るなら理解もできる。
でも、致命傷を受けると全部マグになって消えるわけだ。
種族補正に関わる持久力のような裏パラメータがあるのか。
そもそも持久力と呼ばれているのだって、たんに体力値と生命力値の高さなんかの影響をそう呼んでいるだけなのかもしれない。
呼び方はなんであれ、削れば減る体力とは、また違うものだし、仮に耐久値と名付けてみる。
人間でいえば生命力に該当するもののような気はするし、ゲームの魔物にも生命力値はあった。
生命力の働きは、HPが0まで削られたときにHP1で蘇生することだ。値が高いほど、その確率が上がるというものだった。
だけどこの世界には蘇生どころか回復魔法はないんだから、耐久値と呼ぶ方がしっくりくると思ったんだ。
見たことはないし見たくもないが、人間が致命傷を負っても煙のように消えたりはしないだろう。
それはケダマ草や動物の肉なりが残ることを見て、同じだろうと判断できる。
純粋にマグだけで出来ているのは魔物だけというのも、シャリテイルと話していて聞いた気もするけど。
そんなことをつらつらと考えながら、気が付けば北の森沿いの草殲滅ミッションを終えていた俺だった。
まさか、終わるとは思っていなかった。
仕方なく早めにギルドへ戻る。
「タロウさん、明朝だそうでス」
大枝嬢から聞かされた情報に驚かされた。
昼にまだ分からないと聞かされたばかりだったし、早くとも明後日になるだろうと思っていたのに。
本当に、ビオたちはシャリテイルの報告だけ待っている状態だったのか。
晩飯を食おうと宿に戻ったが、早めだからか、四人組はまだ戻っていない。
変に気を使わせてしまったし、朝に挨拶できればいいが。
晩飯を頼んで食堂で頬杖をついた。
「いよいよか」
また何かちくちくと言われるのかと想像するだけで、気分は落ち込む。
それよりも、気にしなければならないのは、面と向かってきちんと伝えられるのかだ。途中で遮られたりしたら、言い切る自信がない。
言わねばならないことを考えると、今から緊張してきていた。
そんな緊張を断ち切るおっさんの声。
「北の森の方まで片付けてくれたんだってな。ありがとよ」
「他にできることもないし」
おっさんから盆を受け取ると、頭を切り替えた。
礼儀正しくとか、小難しい言い方考えたって舌噛むだけだ。
率直に、俺はこの街で暮らすと言えばいい。
ぼんやりとしていたら、口の中に違和感が走った。
ジューシーな違和感だ。
おかしい。
いつも俺は、野菜汁の底に沈んでいる肉を真っ先に食うはずだ。
「ぬぅ……これは、二切れ目!」
おっさんから、北のお礼か。
考え事に没頭していたせいで、せっかくのエクストラボーナスを味わい損ねたというのかよ!
ショックに、残りをのろのろと食べながら予定を考えた。
明日からは東の森区域へと突入する。
区域といっても、木々はまばらに生えてるところもあるし、緩やかにカーブしているから、遠目から見て北と東の中ほどから勝手にそう決めた。
東の森も北と似たようなものだが、より結界から離れる分だけ、警戒した方がいいだろう。
恐らく、西の森に近い。
魔物も四脚ケダマが、森の浅いところにもいそうな気がする。
ま、警備の兵を置いてないんだから、北の森と大差ないだろうけどさ。
もちろん入り込まないけど。
木々から離れて、背高草だけ狙うのは変えない。
さっさと一周して、目的を一つ達成したいからな。
今晩こそは、南の森が狙い目。
魔物も十分に復活しているはずだ。
飯を食い終えると、ランタン用のロウソクの残りや予備を確認し、南の森へと向かった。
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