064:当てがあるということ

 餅は餅屋。

 俺はその真理に近付いた。

 なぜもっと早く気が付けなかったのか。


「ふっ……これも人生の経験値さ」


 防具だったものから布だけ回収する。

 木屑となったが、薪にするなら綺麗な甲羅型である必要はないだろう。


「一応持って帰ろう」


 こっちに来てから、すっかり貧乏性になってしまった。


 日が暮れかけた道を歩きながら、直面した問題に悩む。

 失敗した防具のことではない。

 組み立てた予定がいまいち上手くいかないことに気が付いたからだ。


 しばらく慎重に動きすぎていて、これほど身体能力の向上があったとは気が付けないでいた。

 南の森の魔物を一掃しても、時間が余りすぎる。

 かといって、欲しいだけの数が足りない。


 さて、夜はどうするか。

 夜の方が危険だし、楽な南の森手前は残しておいて、昼間は奥の方だけ片づけるしかない。

 そううまくコントロールできるかは難しいところだ。


「あ、遠征組が戻ってきたんだった」


 なら、もうすぐ行商団は帰り、俺にはギルド長からの雑用依頼が入る。

 多分だが、砦の兵士の依頼が優先されそうな気はするな。

 坑道入り口付近で苔草退治だったか。

 移動時間も増えるだろうし日中は時間を取られそうだ。


 明日か明後日か。

 自由に動けるのはそれまでと考えたら、予定もあんま意味なかったかな。




 行商団が帰る。そうだ……ビオが、帰るのか。


 伝えなきゃならないんだよな。

 王都に戻る馬車に、席を空けておくという話。

 ギルド長から聞いただけだが、本気だったら、その分の準備もあるだろうし。


 ギルド長の思惑もあるから、伝えてくれているとは思うが……。

 ぽんこつコントローラーに気を取られて忘れかけていた、ビオとのやり取りを思い返す。

 あんな風に言われたら、自分の口で挨拶しないわけにいかないじゃないか。


 そういや、どこに泊まってんだろう。

 どれも似たような二階建ての長屋が続くこの街に、豪華そうな宿なんてない。

 異様なお付きの鎧兵士たちがいれば、嫌でも目に付くと思うんだ。ガッチャンガッチャン音がするし。

 不思議なことに、見た目ほど大きな音ではないけど。

 金属とはいっても、魔物の不思議素材だからなのか、もしくは魔物対策で何か加工でもしてるんだろうな。


 まあ、そんな姿だというのに食事時さえ通りで見かけたことはない。

 いや、あんな金属鎧着こんだまま飯は食わないか?


「はぁ……ギルド長、はやめておいて、コエダさんに聞いてみるか」


 戻ったばかりというのに、シャリテイルは現場検証やらに付き合わされるんだろうか。

 後処理もあると言っていたのに。

 強くなるってのも、大変なことだよな。




 ギルドの扉をくぐる。


「よっ、カメタロウ! いい獲物持ってんな。あっ背中の防具か? 頭いいな」


 俺が防具にしようとしたのを知っているかのような発言。

 ドキッとさせんな。


「いや防具じゃないだろ。冒険者ってより猟師みてぇだぜ。どっちかというと亀かな?」


 仮装じゃねんだよ。なんで猟師から獲物になるんだ。

 毎度のことすぎて、心ん中でのツッコミも勢いがなくなってきた。


「あー依頼募集中だったな。その予行演習か!」

「そういや、そんなこと言ってたな。なるほどね」


 勝手に納得すんな!

 なんの予行演習にツタンカメンの甲羅が要るというんだ。

 あの雑用依頼受けるよって話のことだろうが、募集ってなんだよ。


「依頼ってのは大げさだ。ちょっと手伝ってもいいかなというだけで」


 さすがに、ギルドを通さず勝手に仕事を請け負うなんてイレギュラーはまずくないか?


「ははは。依頼がないかもって不安だったのか。安心しろよ。今朝、依頼書拾っておいたからな!」

「へぇ、依頼書を……なん、だと」

「信じてねぇな。ほらよ」


 目の前の男は懐から折りたたんだ紙切れを取り出して、広げて見せた。


『あなたの小さなお手伝い。山の手入れならお任せを。魔心まごころこめて承ります!』


「なかなか洒落が利いてるよな」


 利いてねぇよ妙なもん込めるな!

 ギルド長の野郎……密かにどころか大々的に言いふらしてやがるじゃねえか。

 職権乱用しすぎだろ!


「ちょうどいい。細かいところ聞きたかったんだがよ」

「そ、それはまた今度!」

「おっと報告前だったか。今度な。頼むわー」


 疲れた。何しに来たんだっけ。窓口だ。窓口に逃げるんだ。




「コエダさん……タグ、お願いします」

「おかえりなさい、タロウさん。お疲れですネ?」


 こんな穏やかに見える大枝嬢も、こう見えてフロアマネージャーというやり手ウーマン。しかもあの腹黒ギルド長のお仲間だ。


「どうされましタ?」

「いえ、なにか俺が依頼書を出してると聞いたもんで」


 大枝嬢の目の端が、ぐにゃりと下がる。

 困り顔だ。


「ああ、あれですか……一応は止めたのですけれど、ドリムはああいう人でしテ」


 どうしようも出来ずと、大枝嬢は溜息をつく。

 疑ってすまない大枝嬢。

 敵はギルド長、ただ一人。


「私も承認した責任はありまス」


 なんだと、共犯か!


「その代わりといってはなんですが、なるべくタロウさんに無理がかからないように、調整させていただきますヨ」


 困ったように微笑む大枝嬢からは、苦労がしのばれた。

 やはりギルド長から、いつも無理難題をふっかけられているに違いない。

 そりゃ、大枝嬢の方が人望あるだろうさ。


「助かります」


 俺もノリノリで引き受けちゃったからな。

 大枝嬢には申し訳ないけれど、調整とやらは是非お願いしたいです。


 おっと忘れるところだった。

 報告するとすべて終わった気がしてしまう。


「コエダさんに聞いていいのか分からないんですが、ビオ……聖者様ってどこに泊まってるんでしょうか」


 おや、といった表情だが、大枝嬢は何も言わずに答えてくれる。


「ハゾゥド様なら、砦の客室に滞在中ですヨ」


 砦か! それは頭になかった。


「ですが、それなりの理由もなく、一冒険者や職員が時間を取ってお話しすることは難しいかと……よければドリムに言付けましょうか?」


 う、それもそうか。

 ビオは対等の立場なんて言っていたが……現実には、誰もそうは思わないよな。


「いや、ギルド長には伝わってると思うんで。ただ、俺が挨拶したかっただけなんです」


 仕方がないかな。

 あとは、運よく外で通りすがった時にでも考えよう。

 何事かを考えている風だった大枝嬢から、いつもならお疲れさまでしたと声がかかるはずが、違う言葉が投げかけられた。


「タロウさん、そろそろ彼らも王都へ戻りまス。お見送りする予定ですので、日をお知らせしましょうか?」


 俺が報告に来たときに伝えてくれるということで、こまめにギルドへ寄ることに決めた。

 お願いしますと残して、逃げるように立ち去った。


 また他の奴らにつかまって、あれこれと質問攻めにされそうだったからな。

 俺の与り知らぬところで出された依頼のことになんか答えられるか!




 宿に戻りながら、依頼の文言に文句をつける。


「せめて、もうちょいマシなキャッチコピーはなかったのか」


 何が魔心だ。異世界でまで親父ギャグかよ。俺のセンスにされるだろうが。

 小さなお手伝いとか、余計なお世話だっての。


 頭を切り替えよう。

 予定の消化だ。

 飯食ったあと、出られるだろうか。

 今晩はもう、南の森の復活は厳しい気もする。


 もうちょい待てば増えるとは思うが、あまり遅くなってもな。

 その間にどこかで時間を潰せればいいんだって……草原側があるな。

 考えてみりゃ、草原に危険な印象が強まったのは、いきなり繁殖期にぶちあたったせいだ。

 南の森から畑の外側付近は、視界も開けているし、森の藪をつつくよりは遥かに安全だろう。


 分裂したい魔物が現れるとしても、あの辺なら近付けるのはケダマくらいのものだ。

 よっしゃ、今度こそ完璧!


 あ、俺は馬鹿か。

 予定こなすことに気を取られて、コントローラーの確認をしてない。

 飯食ったら、部屋で一度確認だ。




 甲羅を渡すと嬉しそうなシェファとおっさんを見て、役に立ってるようだと安心する。

 ついでに、魔物の増え具合から数は拾えないことも伝える。


「魔物が増えるよりゃいいがな」

「不人気な場所だから集まらないのかと思ってたぜ」


 そんな風に、おっさんとシェファは頷いていたから、あれば本当に助かるんだろうとは思う。

 ちなみに割れた甲羅も問題ないと受け取ってもらえた。


 食堂では、ここのところ真面目に依頼を受けて疲れ果てたハンツァーら四人が、ぐったりと項垂れたままくだを巻いている。

 酒場くらい行けばいいと思うが、どうやら貸し切り状態のここが気に入っているようだ。

 飯を食うと、話に巻き込まれないようにして部屋へ戻った。




 外で確認を怠ったのは、下見やらの移動が多かったこともあるが、道具袋は紐で縛ってあるのが面倒くさい。


「まともな鞄でも買うか」


 物欲を振り切ってコントローラーを取り出した。


「そろそろ五千は貯まったよな」


 貯まれよと念じて数値を確認する。


『レベル24:マグ10074/59725』


「貯まってるよ!」


 試したい。

 さっそく試したい!


「くっそ、なんで夜なんだよ!」


 ランタンの暗い光でよく見えない中で、カピボー相手だろうと上手く当たるとも思えない。

 いや、当たるだけでも駄目だ。

 確認できないとさ。


「どう考えても、捕まえやすいホカムリかキツッキあたりがいいよなぁ……」


 まあ、マグが増える分には秒数も伸びるはずだし、今晩はおとなしく普通に狩りしておこうか。



 ◇



 ひとまず定めた目標の、一万マグ回収を早くも達成した。

 うずうずする気分を抑えつつ、まずは安全確保に南の森を一掃し、道標の側に立つ。

 途上でキツッキを捕獲済みだ。

 でかい嘴とケダマ胴体の間をがっちり抱えていれば、短い脚の鉤爪は俺の体まで届かない。

 道具袋が開け辛いため、地面にキツッキを置いて膝で固定。


「ぐキュ」


 コントローラーを取り出し、腕を伸ばして自分の体と距離を取った。


「おい謎コン、今日こそ貴様に引導渡してやる」


 一万で起動するのかも怪しいが、刃が出たとして切るのが間に合うか?

 初めから下に向けておこう。


 立ち上がってキツッキを片足で踏みつけ直し、前に見た光の長さを思い出しながら、地面との距離を調整する。

 すごく、残酷な構図だ。


「許せキツッキ」


 一部始終を見逃すまいと息をつめる。


「……ヴリトラソード!」


 言葉を発するや走る、わずかな振動。

 来い。


「きたっ!」


 風切り音と共に光の刃が形を成し、同時にキツッキの体は霧散した。

 まるで砂が崩れるように、悲鳴すら上げる間もなく。


 不気味なほどに、なんの手応えもなかった。


「これ……やばくね」


 キツッキが消えた地面には、なんの跡もない。

 見たまんま、光なのか?

 確かめるべく刃に触れようとして、手が止まる。

 俺も、粉々になる?

 柄に見える方を枝で触ろうとした寸前で、光はかすかに点滅して消えた。


「また、やっちまった……」


 うっかりしている暇はないと分かっていてもこれだ。いやだって、びびったし。

 ま、まあ、武器として使えるかどうかは確認できたし、失敗じゃないから。


「よし、ミッションコンプリート!」


 そういうことにしておこう。




 実際、幾つか分かったことがある。

 見た目通りの光で、実体のある剣ではないらしい。

 キツッキは崩壊したが、地面に刺さった跡はないことから、切るというよりはマグによる破壊なんじゃないか。

 例えば結界のような……。


「これが、聖質の魔素の効果?」


 そんなわけ、ないよな。取り込んでいるのは魔物のマグだぞ? しかも複製してるような偽物っぽい感じの。

 出てくるときに青くなってるってことは、聖質に変わってるからということになるが……。

 邪質の魔素を、聖質に変換するだ?


 だって、なんて言ってた?

 ビオやギルド長にシャリテイルの話を、懸命に思い返す。


 世の中に聖質の魔素は少なく、聖質の魔素を扱える者は、国に数人しかいない。


 ただ、ビオたちの話から、加工できるとは聞いた。

 でも魔技石作製の技術を結界石作成に応用するとかで、変換できるなんて話は一切なかったはずだ。


 変換に、言い換えられるようなことを言われてないかと記憶を探ったが、思い当たらない。

 そもそも、何かから変換できるなら、ビオのように国から強要されるわけない。


「ま、ますます知られたら、まずそうな気がしてきた……」


 これは、俺が扱えているわけではない。

 加工どころか、そもそも取り出すこともできないものだ。


 キツッキが消えたあたりの地面をよく見るために、しゃがみ込む。

 どうも、なにかもやもやとするんだけどな。

 あんま、細かいことは気にすまい。


 これなら危険なやつにうっかり出会っても、起死回生の一撃を放てるラッキー!

 そんくらい軽く受け止めておこう。

 タイムリミットのような制限が厳しいところとか、本気で必殺技っぽいし。

 いざという時のために、こつこつ集めておけばいいだろう。


 それなら検証には、もう十分かな。

 五千から一万マグの間で起動するかは確かめなかったが、維持時間を考慮すれば起動するだけ無駄だろう。


 あ、柄の確認があった。

 思ったより速く一万マグ貯められることが分かったし、そっちを試したらおしまいにしよう。


 一応、数値も確認しておくか。


『レベル24:マグ0/61479』


 見事に空っぽなのは分かってた。

 それより気になっているのは、最大値の方。

 こっちが集めるだけ増えていくと考えたら自然と口元が緩む。

 必殺技レベルの威力を持つ武器が無制限に、いや長時間でも使えるようになったら。


「くくく、可能性は無限大……」


 目が眩んでるところ悪いが、思い出せタロウ。今のナイフ並みに使えるだけのマグを貯めるのに、一体どれだけかかると思ってる。南の森を制圧できるようになったくらいで、いい気になるな。現実を見ろよ?


 そんなツッコミをいれる理性が憎い。

 ちょっとくらい夢を見たっていいじゃないか!


 よし、移動だ。北を攻める前にケダマ草退治しよう。

 あれこれ渦巻く煩悩を振り切るように、草原側へ向けて走った。




 ケダマ草採取は三袋くらいで止めて、北の森へ移動がてらギルドに納品する。


「タロウさん、ここのところ物凄い勢いで働かれてますネ」


 あまり根を詰めないようにと大枝嬢の気遣いを背にギルドを出た。

 昨日の今日だし、ビオの予定はまだ分からなかった。


 午前中には東の森沿いを片づけようかなと、なんとなく予定を決めると、コントローラーに考えが移る。

 考えるほどに、興奮してくるのを抑えられない。


 奥の手がある。

 それは戦闘する者にとって、生死を分ける重要なことじゃないか。

 もしかしたら、これが俺に残された活路かもしれない。


 強くなれる、唯一の手段なのかもしれない――。


 これなら、ノマズだろうがカラセオイハエだろうが、それどころかアラグマだって倒せるに違いない。

 もっとレベルアップできれば、ステータスによって人族補正を覆せるはずだ。

 そうすりゃ俺だって、並の中ランク冒険者になれるかもしれないだろ!


 頭の中が、そんな叫びに埋まっていく。

 大きく息を吸って、吐き出すように言葉にしていた。


「馬鹿な考えは、捨てろ!」


 熱くなった頭を冷やすよう深呼吸する。

 宝くじなんか当てて人が変わるような気分って、こういった状態なんだろうな。

 自力で手に入れたわけでもなく、使う当ても身についた感覚もない癖に、なんでもできるような気がしてさ。手段が目的になって、周りが見えなくなっていく。

 俺にも、こういったことがあるとは……調子に乗りやすいから別におかしくないか。

 なんだか、恐ろしいもんだな。


 別のことへ意識を移そうと、コントローラーの数値の中で、現在のレベルに目を向けることにする。

 レベル24。

 ステータスにするなら、体力216、魔力216、生命力216、腕力192、敏捷192、集中192、幸運192。

 ゲームと同じように計算すると、十分に中盤を戦える数値だ。装備が整った上にパーティーを組めばだけどな。


 これで俺が最底辺なら、クロッタたち低ランクはもっと上ってことだ。

 魔物のレベルがおかしいことを考えたら当然なんだろうけど。


 中ランク冒険者は幅が広いから分かり辛そうだが、レベル40あたりが低ランクとの区切りだとしっくりくるかな。

 中ランクでも上位らしい宿にいるハンツァーや、西の森のまとめ役たちは、倒してる魔物の話を合わせて考えると60辺りだろうか。

 シャリテイルもソロで動くのは中ランク指定の場所だけと言っていたから、そんな感じがする。


 高ランクの奴なんて、どんだけのレベルなんだか。

 仮にカイエンがレベル80だとしたら。

 体力720、魔力720、生命力720、腕力640、敏捷640、集中640、幸運640。


 満遍なく割り振った俺の基礎ステータスで計算してどうする。

 これに種族補正を加えるなら、体力が減って腕力と敏捷がもっと上がるだろう。

 あ、これは俺もだ。補正を俺に加えたら、もっと悲惨なことになるな……。


 これは俺自身のあわよくばといった下心に止めを刺すだけの、無意味な計算だ。

 ため息が出る。

 これまでの生活で、この伸び。届くわけないんだよ。


 俺自身が、コントローラーの強さに見合わない。

 振り回されるのは目に見えている。



 まあ、切り札になるのは確実だ。

 目先の強さのためではなく、保険としておくのが無難だろう。

 それでも何もない俺には、その事実があるだけで安心感が違う。


 そう決めると、もやもやした気分も晴れたようだった。

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