低ランク冒険者活動編

町内クエスト

062:気持ち新たに

 掲げた愛用のマチェットナイフが、日差しを受けて鈍く光る。


「今日から俺は、誰に恥じることもない正真正銘の低ランク冒険者!」


 ただし特殊な条件下のもとによる。


「こまかいことはいいんだよ」


 ギルド長に認められたからには、いっぱしの冒険者だ。堂々と名乗ってやる。

 当分は他の駆け出しの奴らに追いつけるとは思えないが……。



 それでも俺は、まだ――最弱だろうと、冒険者として生きていく!



 目の前には万の軍勢。

 だが今の俺は負ける気がしない。


「次のラウンドを始めようじゃないか、緑軍団」


 腰をかがめ、敵と向かい合った。


 ギルド長の条件をのんだからといって、さっそく何か事が起こるでなく、俺は相も変わらず草退治に励んでいる。ガーズ一周耐久草刈りレース続行だ。

 今は北東側へ進んでみているが、森と牧草地で人通りはないからか、あまり真面目に整えているようには見えない。これ幸いと叩き切ってはまとめていく。


 はっきり言われたわけではないが、これまで通り自由にしていいらしい。自由業とうそぶけば、自立できた感が増してかっこいいような気がしないでもない。自由人と言えば途端に胡散臭いし、自由とはなんと変幻自在な言葉だろうか。どうでもいいわ。つい、意識が遠くへ向かってしまった。


 放置の理由は単純なことだ。

 まだ、国から派遣されてきた奴らがいるからな。余計な口を出されたくないなら、ビオたちが帰ってからになるんだろう。


 ギルド長に示された、正式に低ランク冒険者として扱うという、その条件。特に明言はされていない。

 ただ協力してくれと言われ、俺は頷いた。それだけだ。

 要はあの、勝手に周知された雑用依頼が来たら断るなということだ。

 そもそも勝手にあれこれ進めてんだから、俺には言質を取りたかっただけだろうしな。


「……まったく、今までのランクは、なんだったんだよ」


 俺が使えそうか判断するのに、わざわざ依頼を調整しつつ様子を見たのも本当なんだろう。でもどっちかといえば、囲い込もうとされてないか。


 これまでの制限といえば、通常はなされる手続きがなかったことくらいだ。

 まず新規登録者にされるだろう説明がなかった。受けられる依頼は、低ランクの最低難度の案件に限定されていた。討伐も南の森のみお勧めされていた。パーティーを組むよう手配をされなかった。まあ、それは俺が討伐の邪魔だからだろうけど。

 とにかく全ては、続かないと思われていたための対応だった。


 それが低ランクに仮認定されたときは、ケダマ草採取という、わずかに難度が上がる程度の依頼を受けさせられた。しかも、わざわざシャリテイルに安全な範囲を案内させて。


 どうも安全に気分よく仕事をさせることで、足抜けの機会をなくされていったような気がするんだよ……なんか居たたまれなくなってきた。

 職員の雑用を割り振りたいのも本心のようではあるが。


「くそっ……まさに真の低ランク冒険者だな!」


 ギルド長め。

 いいように使われてるのに気が付いてるかだって?

 んだよ、あのおっさん。


「てめえが一番こき使うつもりじゃねえか!」


 今さら気が付き、ムカつきを草に叩きつける。

 少しおだてられただけで調子に乗る方が悪い。誰がチョロタロウだ!

 この怒りで以って全力で草と雑念を断つ!


 斬――といった擬音を頭に浮かべて気合い一閃。


「おお?」


 久々に体中に活力がみなぎる感覚が広がった。


「なんでだ。カピボーすら倒してないのにレベルアップ?」


 しっかりと手にしていた草を見た。草だって生きている。生きているから魔物ほどでなくともマグを持っていたな……。


「草でレベルアップって舐めてんのか!」


 思わず全力で草を地面に叩きつけていた。




 つい気合いが入りすぎて、早々に北側の森沿いは刈り尽したため、いったん結界柵まで戻って休憩がてら、東の森沿いはどのくらいかかるかと考える。

 東の方は地面が木の根やらでガタガタしているから、背高草も綺麗に生えそろってなかったんだ。倒れて枯れかけていたり、浮いた木の根の下をくぐるように飛び出ていたりだ。


 そのせいか知らないが背高草と背の低い雑草も混ざりあっていて、その辺りまで、遠目には牛にも羊にも見える家畜の姿がある。


「あの辺の草は食ってんのか? 勝手に刈るのはまずいかな」


 視線を近くの建物沿いに向ける。

 結界柵の外を囲うように小さな畑が連なり、放牧地との間は植木と呼ぶには乱雑な、塀替わりの低木がぽつぽつと並ぶ。

 あの牛もどきなら簡単に突き抜けてきそうだが、作物に被害はないなら、近付かないように躾けているんだろうか。

 その眺めていた垣根から人が抜け出てきた。


 すぐそばに道があるのに、なんでそんなところから出てくる。農地の人間はみんな似たように見えるが、どこか見覚えのある姿だ。

 シェファ?

 ちらちらと後ろを振り返りながらの不審な動きは、ああ、また目当ての女の子に会うための脱走か。ちょうどいい。

 腰かけていた柵から飛び降り、小走りに近付きながら声を掛けた。


「おおい、シェファ!」

「うわっ馬鹿、でかい声出すな!」


 馬鹿はどっちだ。

 自分で大声出すから、すぐにシェファの背後から枯れたような声が追ってきた。


「なに叫んでるシェファ。おぅどこに行こうってんだ!」

「見つかっちまった!」


 いい歳して、どんだけさぼってんだよ。


「おっさん、ちょっとシェファ借りるぞ!」

「あん? なんだタロウか。ちょっとだぞ!」

「助かった。じゃあ俺っちはこれで」


 逃がすか。


「手助けしてやったのに、それはないだろ」


 とっさに首元を掴み、来いと目線で促す。


「ぐえっ分かったから首根っこ掴むな! つか、タロウおめぇ力つええな……」

「えっそうか? すまん」


 慌てて離した自分の手と、シェファが首をなでシャツを伸ばすのを見比べる。

 腕力がそう上がったとも思えないが、握力でもついたのかな。

 まああんだけ一点特化してんだし、それくらいは鍛えられていて欲しいもんだ。


「んで、なんだよ」


 不服そうながら好奇心の方が勝ったらしい。シェファは俺に並んで歩きだした。

 柵沿いを北の森へ向かいながら、気になる場所を指差す。


「あの辺の草でも刈ろうと思ったんだが、こっち側の知識がなくてさ」

「あぁ餌を気にしてんのか。森のほうにゃ、あんまウギは近づかねえぞ」

「ウギ?」

「ウギの居ない村もあんのか……まあでけぇから狭いと飼いづらいかもな。あの、草をもしゃもしゃ齧ってるやつらのことだよ。おめぇも毎日食ってるだろ」


 ウギ……ウシとヤギを合わせたような名前なのは偶然ですよね。

 なるほど、あれがこの世界で一般的な食肉なのか。


「あの干からびた謎肉の素が身近に……」

「謎ってなんだよ。俺っちも唯一真剣に取り組んでる仕事だぞ」


 唯一って、おい。いや気持ちは分かる。

 宿の飯には圧倒的に肉が足りないもんな。


 でも、こうして眺めてみれば、家畜を飼うのも難しそうな場所だ。安いからというだけでなく、文句は言えないよな。


 肉談義を交えつつ、ウギとやらの移動範囲を大まかに教えてもらった。

 放牧地を囲む森の向こうは、すぐに小高い丘というか小山が連なっている。こっちは誰もいないんだなと話すと、シェファはなぜか、その辺の魔物事情も話し始めた。


「こっち側は南より危険ってこった。だから放牧地にすることで、人家を離したんだとよ」


 シェファは意外と物知りだった。

 冒険者と違って、住人は防衛的な話には疎いと思いこんでいたせいもある。

 学校のようなものは存在しないようだが、子供を集めて年寄りが読み書きを教えているらしい。ときに歴史の勉強といっては、昔話から現在話題の事件までお喋りが始まるらしいから、嫌でも街の成り立ちや現状にも詳しくなるとシェファは顔をしかめていた。


 各々が家の中に引っ込んでいても済むような、現代日本とは違うよな。

 毎朝の、言葉通りの井戸端会議がニュース速報な時代なんだ。

 良いことも悪いこともあるだろうが、俺も妙なことを口走らないように心がけねば。


「それでって、聞いてんのか?」

「うむ、耳には入ってる」

「おめぇな。呼びつけておいてなんだ。警備がいないって言うから教えてやってんのに。ほらこっちだ」


 シェファは背高草の網の中へとずかずかと入り込み、鬱蒼とした木々の狭間へと指先を向ける。


「ほっそい獣道みたいなのが見えるだろ」

「先生分かりません」

「ふざけてんのか」

「いや、本気で」


 じっと眺めて、どうにか通れるように繋がってみえる線を認識した。

 道、ね。

 下生えの葉が擦れ合う狭間で、地面なんか見えないじゃねえか!


「なんとなく、分かった」

「そっから魔物のよく出る山方面に抜けるんだと。冒険者たちの通り道だ」


 あー、それで教えてくれたのか……。

 悪いなシェファ。どうやら俺には関係のない道だったようだ。


 急な傾斜で遮られるお陰か魔物は出てきづらいだとかで、森沿いに警備を置かず、念のため小山の上に人を集中させているらしい。当然というか、中ランク冒険者が入り込んでいるようだ。

 多分だが、西の森の浅い場所は低ランク冒険者の修行場所なんだろう。




 今のところ必要なことは一通り話を聞いた。礼を言うと、引き返そうとするシェファの近くで、草むらが激しく揺れる。


「シェファ!」

「おぅ?」


 気楽にしてたが、ここは草むらの中だ!

 叫んだときにはカピボーが跳びだしていた。

 武器を取る暇もなく、飛び出そうと足に力を込めた俺はつんのめる。


「キェピッ!」


 シェファは、カピボーを手の平で叩き落した。


「そんなハエたたきみたいに!」

「一々おかしな反応すんなよ」


 そして足元に転がったカピボーを踏みつぶした。

 まるで部屋の隅をカサカサと蠢く黒い物体を丸めた雑誌でつぶすかの如き躊躇のなさで!

 え、えええ?


「いやだって人族で最弱が冒険者にもなれない厳しい土地だろって……」

「タロウ、支離滅裂だぞ。幾ら腕っぷしが弱いからって、カピボーくらい駆除できなきゃ仕事になんねぇだろが」


 ……今までの、俺の苦労は一体なんだったんですかね。


 シェファが素手で、小蠅を潰すかの如く無造作にカピボーを叩きのめした。

 その光景が思ったよりショックで混乱している。


 考えろ。冷静になれ。どう考えてもカピボーは弱い。人族でも鍛えた成人男性ならば、簡単に倒せなくもないはず。鍛えた……?


「なんだよその疑わし気な目は」


 子供の頃から力仕事ばかりだろうし、人は見た目じゃない。


「少し……驚いただけだ。てっきり戦えないと思ってたんだよ」

「戦いなんて大げさな。あれに苦労すんのは子供の内だけだぞ」

「子供の内……そんなもんなのか」


 俺は、散々苦労したんだぞ!

 くそが、やっぱりか。当初俺は赤子レベルだった説に信憑性が増した。

 思えば防具を買ったときに、ストンリも子供用だとか言ってたもんな……。


「まさかよ、タロウ。こいつで大変がってるなんて言わねぇよな? さすがに好きで冒険者になろうって奴が、そんなわけないか」

「は、はは……そんなわけないだろ。周りの話を信じすぎてただけだ」


 しどろもどろの俺をどう解釈したのか、シェファはため息交じりに言った。


「言い方、悪かったな。人の職に文句つけるつもりじゃねんだよ……悪かったからしゃがみ込んでないで用事を済ませてくれ」

「そうだった」


 思わずへたりこんでいたが、気を取り直して立ち上がる。


「思ったより時間とって悪い」

「なぁに気にすんな。おめぇがこの辺を整えてくれるってみんなに話したら、俺っち表彰ものの活躍だかんな」

「実に分かり易い理由だ!」


 なんにしろ改めて礼をして、急いで離れていくシェファの背に釘を刺す。


「今日は西の畑は諦めろ。おっさんに怒られるぞ」


 ぎくりと体を揺らしたシェファは、一度空を見上げた。太陽の位置を確認したんだろう。それからがっくりと肩を落として、自分ちの畑へと方向を変えた。

 ふぅ危ない。俺も後でどやされるところだった。





 放牧地側の倉庫管理人に証明をもらった後、改めて森沿いを眺めながら歩いた。


「おっ、ケダマ草があるじゃん」


 開けていて日が当たるからか、西にはなかったケダマ草が生えている。いそいそと千切っていた。


「まずっ」


 がばっと体を起こして辺りを見回す。あまり入り込むのはまずい。

 穏やかな景色を見ていると、訳もなく大丈夫だろうと思ってしまう。散々危険な目に遭っているというのに、懲りないな俺も。悪い方に慣れるのはよろしくない。

 ああ、それだけじゃないな。

 話を聞いて、中ランク冒険者が回ってるなら大丈夫だろうと信頼してしまっていた。


 この世界の情報が増えるごとに、己の弱さを自覚するたびに、より一般的な冒険者の強さが確かなものに思えてきていた。実際に戦う姿を目にした機会はわずかだというのに。

 思い込みかもしれないが、どっちにしろ委縮して努力を怠る理由にしちゃ駄目だよな。


 木々からやや距離をとって、どの辺をどれくらい刈ろうなんて予定を立てつつも、先ほど受けたショックが頭を離れない。

 シェファの動作は自然で、そのことで逆に俺自身の違和感が浮き彫りになった。


 初めて草刈り依頼を受けたときに、指導してくれたおっさんは草の根元をがっちり掴んでいた。俺は無理だったがコツが掴めてないからだと思っていた。実際、気が付けば掴めるようになってたし。それもおっさんよりがっちりと。

 でも、力だけの話じゃなくて。なんというか、シェファにしろ、ごく自然な動作に見えたんだ。子供の頃から繰り返して身についたんだろうと思うような……。


 そうだ、カピボーを叩き落した腕の動きは、素早いと言えるほどには見えなかった。


 俺もレベルらしきものが上がったおかげか短期間に力はついたが、体力といった基礎の力だけのように感じる。それさえ、急に筋肉がついたなどの変化はない。ただ、前の段階で負担を感じながらもできていたことが、少しスムーズにできるようになるだけだ。

 そう考えれば元の世界でも、難しかったことを続けていたら、ある時ふと出来るようになっていたというのと変わらない。

 もちろん、それよりも差を感じるから未だにレベルなどと呼んでいるわけだが。


 そういえば、やけにレベルが上がるのが早いと感じたのは、洞穴から出たときの俺は生まれたての状態だったというのが答えとしては最も腑に落ちた。急に上がり辛くなったのは20を超えたあたりだっけ。22に上がったのは、無理して泥沼まで行ったからだし。

 だとすれば、成人した人族の平均レベルは20ちょい?

 なんとなくシェファからも、それくらいの感覚を受けた。


「とにかく、なにも種族補正だけが、鈍足の理由じゃないってことだよな……」


 繰り返した動作は、俺もマシになっていってる。蟹避けとか。

 それは以前、砦兵に言われた「剣も振ってりゃ様になるだろう」というのが答えの気がする。要は、現実の経験値が必要ってことだ……。

 多分それが、レベルよりもシェファの動きを機敏に見せた理由なんだろう。


 レベルは、俺だけじゃなくて、誰にもありそうだと感じた。ここで暮らしている人々は、生まれたときからレベル上げの機会があるわけだ。

 そのレベルと思うもんだって、各個人にパラメーターがあって完全に数値に依存するようなもんではないはずだ。大人のまま、いきなり一桁の数値なんて、肉体を保てないと思うんだよな。風船じゃあるまいし。

 基本は元の世界にいた頃と変わらず普通の肉体があって、それにマグという要素が加わってるんだろうと思える。


 戦えるはずのない赤ん坊が魔物を倒せるなら、そりゃレベルだってがんがん上がるよ。けど、何も身に着けていなかった時期だと分かり、冷や汗が出る。

 今さらながら、知れば知るほど青くなる状態だった。


 おのれ邪神。

 そんな奴がいるなら、足の小指を打ち付ける呪いなど生ぬるい。


 ――満員の通勤快速の中で、急に腹が痛む恐怖を味わえ!


 どうだ、これは強烈な呪詛だろう。

 人を呪わばなんとやらだが、倍返しにあったとしても後悔しないだけのことをされたよな。




 ひとしきり想像上の邪神へ悪態をついたあと、俺は南の森へ向かった。


 状況はマシになっても、仕事やレベル上げで大したことはできない。

 ならば地道にと言い訳して、楽にできる範囲のことをやろうとしていた。

 いくら単調な作業だからって、ぼやっとしてたらなにも進まないのにさ。


 文句を言いつつも、邪魔臭いコントローラーは相変わらず腰の道具袋に入れて下げたままだ。

 大きく動く度に腿に当たるのも無関心になっていたが、わけの分からないもんだからと気にしないようにしていただけだ。

 なんの検証もできない、か。


「そんなことはないだろ」


 相変わらずしょぼいが、変化はあった。進展は進展だ。

 過度な期待さえしなきゃ、がっかりすることもない。


「遊び道具と思えばいい」


 コントローラーのケーブルがあった場所から、青く光る刃が生えた。

 剣に見えたのは、反対側の取っ手の間からも同様の光ながら、やや細めの柄が生えていたからだ。

 俺はコントローラー部分を掴んだまま呆然としていて、どっちにも触れてすらいない。

 剣の形だったのは一分程だったと思う。

 三万マグちょいが、その程度ってコスト高すぎ。


 まあ本当にマグを燃料としているのかとか、武器なのかどうか確かめるだけなら、何も満タンにしなくてもいい、はずだ。

 数秒でも維持できる時間があれば試し切りくらいはできる。


 こいつに期待をしてもだめだ。

 そうは思えど、できれば見た目通りに剣であってほしい。


 もしも。

 あんな見た目でLED松明だったら、もう容赦しない。

 今度こそ確実に心折れてみせる。




 殻の剣を手に、南の森を突っ切る。


「仕切り直しだ!」


 例えマグが擬態しているんだとしても、動物もどきを葬るなんて嫌な気分だが。

 そこは、それだ。

 これは無意味な憂さ晴らしなどではない意味のある行動。


 一際木々が密集した場所の前に立つ。

 多くのカピボーやケダマが潜んでいる場所だ。

 殻の剣を顔半分が隠れるようにして眼前に掲げる。


「貴様らはマグの塊にすぎない。俺の必殺技完成のための燃料となるがいい!」


 漫画などで格好よさげだったポーズを思い出して真似てみたが、非常に視界が悪い。現実でポージングなんぞ意識してたら死ぬな。


「タロウ、ジェノサイドっ!」


 俺は南の森を蹂躙した。




 荒くなった息を整える。敵を殲滅したせいではない。移動を焦ってつい走り回ってしまったからだ。

 急いでいるときは、駅の階段なんかを無意識に駆け上っていた。ああいった癖はなかなか抜けない。


「どうだ。二千は超えたろ」


 固く結んだ道具袋の紐をもどかしく思いながら解く。

 袋の縁に引っかかるコントローラーに苛立ちながら取り出し、アクセスランプに触れた。


『レベル24:マグ2077/53012』


 思惑通り、すぎる!

 大体こんくらいって出した数字は、もっと上を想定していたりする。

 ああ、やっぱり前に確認したときより元の数字の方も増えてるよな?

 マグの総獲得量を示す数字って予想が外れてないなら、新しく増えた数字が利用できる残量というのも合ってるんだろう。


「これで、確かめられるよな?」


 念のために周囲を見回す。

 魔物はしばらく発生しないだろう。あの恥ずかしい言葉を言わなきゃならないから今の内だ。分かっていながら、まずは心で唱える。

 出でよ、ヴリトラソード。

 出ろ、ヴリトラソード!

 来いってんだよ!


「……駄目か」


 ここは低ランク採取地だ。なんの資源も立ち寄る理由も特にないはず。

 他に人は来ないんだ。恥ずかしかろうと、ばれなければ平気だ。

 効けよ自己暗示!


「くっ……ヴリトラソード!」


 どうにかつっかえずに口にした途端、手の中のコントローラーは反応して振動する。やはり融通は利かないらしい。

 そして振動は一瞬で止まり、何も起こらない。


「は?」


 慌てて状態を確かめたが、マグ量に変化はない。

 まさか、起動に最低限必要な量が決まってるなんていうなよ?

 もう一度試したが同じだ。震えただけで何も起こらなかった。


 無駄打ちしたわけではないんだ。がっかりする必要はないが肩透かしっぷりがひどい。何度、こいつにはこんな気分を味わわせられてきたことか……。


「喋り損じゃねぇか!」


 物は大切に扱うべきだが、やり切れなくなって、つい投げ付けてしまうのは許してほしい。

 いかん。木を無駄に傷つけるし空しいだけだからやめるんだ。

 ゲーム遊んでて、開発者の不条理な挑戦にキレたときならともかく、うまくできないからってコントローラー投げたりする奴は嫌いだったろ。


「ふぅ……落ち着け落ち着くんだ深呼吸」


 最近、怒りっぽくなっている気がする。カルシウムが足りてないのか。

 時々クリームスープのような野菜汁が出てくるが、あれは牛乳のはずだ。牛乳、多めにもらえるか聞こう。違うな。ウシとヤギを足したようなやつだからウギ乳。言いづれえよ。


 思考が逸れて気持ちが落ち着き、改めてコントローラーをにらむ。

 まったく、ろくでもないもんをよこしてくれたよ。


 とにかく、もう少し集めて確かめるしかないな。

 と思ったがケダマたちは全滅させてしまっていた。


 しばらく奥の森へは近付くまいと思っていたが、久し振りにヤブリングループでも相手にしようか。

 最近は樹皮甲羅を持ち帰ってなかったし、シェファに世話になった分と思おう。

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