060:一人きりの戦い
聖なる祠を探検し終えた聖者様ご一行と、おまけの俺は、街へ戻るために南街道を歩いている。俺は上の空で結界のことを考えていた。
俺が中から出てきたから、結界の形を変えた可能性は高かった。
ただの推測だが、結界石がなんか邪魔なもん湧いてきたと、穴開けて異物を吐き出した感じだ。誰が異物だよ!
まあ、複雑な気持ち半分、ほっとしたのも半分だ。実は俺の記憶は、妄想から出たものじゃないかとか、ちらっと不安にもなったんだ。コントローラーがなければ本気でそう思っていたかも。怖い怖い。
前方に揺れる金髪を見る。
怖いのはこの姉ちゃんの方だ。微に入り細に入り説明させられたのによ。最後は結局、シャリテイルが戻ったら俺の話が正確かどうかも確認するから、もういいと言われた。じゃあ何のために俺は連れて来られたんだ。ギルド長との取り決めに必要そうだというのは分かるが、ただの愚痴だ。
そんな言い訳はあるが、それでつい横柄になって余計な話をしてしまう。
「聞き忘れてたんですが、祠の中は調べないんですか」
さっと振り返ったビオに、ギロリと睨まれた。
ああ、来てすぐに調べ済みだっけ。今回は発見時との違いを検証だったな。納得しようとしていたら、やや遅れて返事があった。
「簡単にできることと思うな」
人にも聖質と相容れない魔素が含まれるのだから、と冷たく言われた。
別の魔技、それも大技が必要ってことだろうか。
「その、聖者は、体の魔素が聖質なのかと思っていたもので」
言いつくろってみたが、アホかといった顔で見られた。よせばいいのに、さらに誤魔化すように言った。
用が済んだなら他に聞く機会はないからと言い訳を連ねるが、妙な緊張感に耐えかねたからだ。そんな時は黙っているに限るのにな。
「あの、呪文のようなものを唱えたら、素質があれば魔技を使えるんでしょうか」
「呪文だと? ものを知らん奴だな!」
まずい、違ったらしい。
今度こそビオはヘソを曲げたようだ。大きな声で一言残すと、速足になった。
隣でギルド長も足を速めつつ、苦笑を漏らす。
「シャリテイルからは、偏ってはいるが物知りだと聞いていたのだが」
シャリテイルの残念発言を信じないでくれ。
「魔技を使用の際は、言葉にする慣例だ。周囲への安全のためにな」
「あ、あぁ安全のため、そうでしたか。今までは、もっと分かり易い技名だったから、文章のようなのは初めて聞いたもんで……」
語尾がかすれたが、ギルド長は頷いていた。
「確かに、聖者の魔技を見る機会は滅多にないものだな。だが、呪文なんて怪しいものと結び付けられれば誰だって気を悪くするぞ。人里へ降りてきたばかりなら、なんでも物珍しいだろうが、まずは好意的な解釈を試みてほしいな」
勝手に納得してくれて助かったが、人を仙人みたいに呼ぶな。
好意的に云々は、心がけている方だと思っていた。つい漫画とかゲーム基準で考えてたけど、呪文なんて本来は怪しいものだよな。気を付けようと思いつつ、どうしても価値観の擦れ違いは起こるんだろう。あとは項垂れたまま黙っていた。
街の看板が見えてきたところで、ビオはお付きの兵達を制止し立ち止まった。それから俺を振り返る。
祠を立ち去る時は険悪な雰囲気が少し和らいだと思ったのに、また気配が変わっていた。
ビオが誇りに思ってるらしいと感じたことに、俺は失礼な言葉を吐いたんだと気付いた。謝っておこうかと口を開く前に、猛烈な勢いで問い詰められる。
「まったく、そんな体たらくで冒険者でいようなどとは信じがたい。ここがどこだか分かっているのだろうな!」
「ぼ、冒険者街ガーズ、です!」
「そうだ。冒険者と結界で固めなければならないほどに危険な街なのだ。なんの常識も身に着けず、今まで何をしていた!」
草刈りです……。
さっきまでの、どこか遠くから場を見ているような気持ちは消えていた。ビオの声は畳みかけるように強まる。
「人族の冒険者がいなかった理由を考えたことがないのか。ここは周囲を魔脈が密集した山脈に囲まれた、過酷な地だ。安穏と暮らしていけると思うな!」
真正面から怒鳴られて、呆気にとられる。正しいことを言われている。でも、今まさに危ないことをしているわけでもないじゃないか。
そう反感を抱くのは反射的なものだ。せめて口に出さないようにと歯を食いしばったまま、力なく頷いた。
それほど危険な場所だと痛感したのも、最近になってからだ。そんな俺の自信のなさも伝わってしまったに違いない。ビオの視線の厳しさは増した。
「精々、他の冒険者たちのお目零しで生きながらえるといい」
今までの嫌な態度に、そう不快感を感じなかった理由が分かった。敵意が、なかった。だけど今は、はっきりと込められている。
ここは、分をわきまえない輩が生きていていい場所ではないと。どこよりも厳しい場所だと、少しずつ知り始めていた。俺自身、この街を知る程に、気後れを感じていた。
全部を見透かされたようだった。
「ビオ殿。お言葉ですが、戦があれば、大事なものは前線で戦える力を持つ者だけでしょうか。兵站は大切ではないとお考えですか。ですが私は、後方を守備する者も重要だと考えます。そこに少しでも戦える者があれば、後方で支援を続ける他の者にとっても心強い」
反駁するようなギルド長の言葉に驚いて、つい腕を掴んだ。
やめてくれよ、余計に無様だろ。
言葉には出来ずに首を振って否定した。
「お前のためではないのだが」
そう言いはしたが、ギルド長は口をつぐんだ。代わりにビオが続ける。
「粋がって他の冒険者の邪魔をせず、農地や鉱山で働きなさい。それが嫌なら別の街に行くがいい。なんなら我らの馬車に席を用意してやろう。王都ならば受け入れる余地はある」
そこでビオは背を向けてから、一言残した。
「出かけるまでに声をかけろ!」
込み上げるものを抑えつけたまま、柵の向こうへと進む後姿を見つめていた。もの言いたげだったギルド長も呆れたように立ち去るのを、俺はただ見送った。
俺は一人、街道の真ん中で立ち尽くしていた。
ビオの言葉は、胸の奥に刺さった。
とても言い返すことはできない。ずっと気が付いて、思っていても、生活があるからどうしようもないと追いやっていたことだ。
それなりに大変な思いはしても、最近はすべてに慣れきってしまって、このままでやっていければいいと思っていた。受け入れるのと諦めるのは、違うんだろうが、よく分からなくなっている。無暗に出来もしないことをするのは馬鹿だけど……いつの間にか俺は、考えることすらやめていたように思う。
言葉が鉛になって、胸の奥につっかえてるように消えない。
多分、ずっと、消えないんだろう。
これまでだって、きっぱりと誰かに言われてもおかしくはなかった。
役立たずだってさ。
自分でも、分かってるよ。
みんないいやつばかりで、弱いままの俺を受け入れてくれた。
それは、身体能力が明らかに違う様々な人種が、一緒に暮らしていくために育った価値観なんだろうと思う。
俺は、ただ、それに乗っかっていただけだ。
居たたまれず、街から目を背け、南の森へ踏み込んだ。
「……クソが」
「ぷキィッ!」
慎重に行動をと決めたことなんかどうでも良くなって、ずかずかと森に入りこみ、襲ってくるカピボーを片っ端から斬りつける。
八つ当たりだ。
こいつらはただのマグの塊で、動物とは違うと考えても、気分は悪い。
「人に近付くために分裂するくらいだ。お前らだって、自分が弱くなってるくらい分かってるだろ」
「キェキィ!」
「なんでさ、弱いと分かってて、なんにも考えずに飛び出してくるんだよ」
「キュぷシェーッ!」
四方からカピボーやケダマが飛びかかってくる。背中にも取り付いている重みを感じる。周囲の様子に構うことなく、前方から来る目に付いた魔物だけに集中して攻撃していく。カピボーらの動きが、心なしか遅く思えた。少しずつでも、強くなってるのかもしれない。
「分かってんのかよカピボー。お前らはガキに倒せる程度なんだって。そんなんで、人に敵うと思ってんのかよ。そんなヘボい魔物をさ……幾ら、倒せるようになったからってさ……その程度強くなったかもしれないだ? どれだけお前らを倒したって、俺は、俺は何の役にも、立たないんだよおおおおおぉぉぉ!」
また無理に動いて息を切らし、その場に座り込んだ。馬鹿馬鹿しくなって、自分に呆れる。
魔物は狩り尽したとはいえ、森の中だ。そんなことはお構いなしに、気が抜けたまま地面に座り込んで、ひんやりとした黒い土を眺める。
人生の岐路に立たされるって、こんな状況のことなんだろうか。
農地に行くのが嫌なんじゃない。どちらかといえば、俺には鉱山の方が向いてる気がするけど、そういうことではなくて。
なれるもんならと冒険者になって、それから思い直すには、少しばかり時間が経ち過ぎたんだ。
「執着心なのか……結局は、ただの、わがままじゃねぇか」
もう少し頑張ってみて決めたい。そうやって先延ばしにしようとしていた俺のお気楽さが、ビオの気に障ったんだと思う。
ビオの立場だからでなく、何か問題が起きれば他の奴らもそう思うはずだ。生半可な気持ちでやるなって、砦の兵たちも言ってたじゃないか。
多分、こういうことなんだ。
土の表面を這うように生えた雑草を毟る。
俺は、背高草ほどの利用価値もない。この雑草と同じだ。
ふと、クロッタやデメントたちの顔が浮かんだ。
あいつらも、まだ冒険者歴の浅さで右往左往しながら頑張っていた。そんなところは、身体能力がどうとか関係なく、俺もあいつらも似たようなもんだった。
俺が……この世界の外から来た人間だとしても、生きていかなきゃならないことに違いはない。
笑えるよ。
俺の身には特別なことが起きたはずなのに、特別なことなんか何もない人生を送ってるんだもんな。
なんだか最近は、元の生活のことをあまり考えなくなっていた。記憶や知識は連想するが、そうではなく。本来あった未来への道が途絶えたことへの、不安や怒りや惜しさとかが消えて、自分のものだったのが不思議になりつつある感覚というか。
海外に長期滞在することになった人の、そんな話を読んだことがあったな。外国で長く暮らしていると、日本にいた頃の感覚や友達との反応などに隔たりを感じるといった内容だったっけ。厳密には違うんだろうが、そんな感じかなと思った。
今はまだ何を見ても物珍しさはある。
それが段々と、日常として浸透し、新鮮さは薄れて当たり前になっていく。慣れるってのはそういうことだし、だからってつまらないということはない。
毎日同じ日々を送る。
一言にまとめようとすればできるだろう。仕事して帰って一日が終わる。それだけだ。
けど、その日々に、一日だって全く同じ日なんかない。寿命を迎えるまで、毎日進み続ける。
元の世界で、将来はどうするかと思い悩みながらも未来に希望を持って生きていた。それがリセットされてしまった。悩んでいようがいまいが、俺自身が作り上げてきた人生で代わりなんてないもんだった。それが突然に奪われたんだ。なのに急に用意されたこの世界で、過去から今の自分に続く道のない地点に放り出されてさ、進む先を決めろと突然に言われても、どうしろっていうんだよ!
もちろん、ビオが俺に起きたことを知るはずがないから不条理な怒りだ。
俺にしては不思議と落ち着いていられたのは、せめてこの世界だったからだ。
「……忘れてしまうのかな」
何もかも、昔のことだと。俺とは関係のない出来事として、記憶の彼方に、ふっ飛ばしちまうのかな。家族や友達のことも全部。
他に行き場所なんかないからと、そんな理由でこの街に居座っている。
だが状況は変わる。多少ながら事情にも明るくなり、先の選択肢も提示された。
それなのに、何を悩むんだ。食っていけるなら、それでいいじゃないか。十分だろ?
そう思うのに、納得いかない自分がいる。
わがままかな。わがまま、だよな。
「だからって、諦めてたまるか!」
来たばかりの頃ならともかく、ここまでやってきた。
思えば、本当に色んな人に手助けされてきた。善意だけ受け取っておきながら、駄目だ無駄だと言われたから投げ出す?
「んなことできるかボケぇ!」
俺だって、なれるもんなら、強くなりてえよ!
腕を振り上げ、殴りつけた土がへこむ。柔らかく見えたが、グローブをつけた拳にも、それなりに衝撃が伝わった。
拳の痛みで少しは頭も冷え、近くの木に背を預けた。
ぼんやりと辺りを見ながら、冒険者に必要な要素について思いを巡らせる。
「……強さって、なんなんだよ」
ここでは魔物を倒せることだ。
よりランクの高い魔物を、倒せることだ。
行動パターンを知っていれば対処しやすい魔物は多い。だが、一定のレベルを超えた魔物相手に、小細工なんか意味がない。大抵は、ある程度の力量のやつらを集めて対応させるんだろう。
だけど高ランク冒険者は、一人で覆す。カイエンに連れられた草原での光景が浮かぶ。
「何か、技っぽいのを使っていた」
川でアラグマと戦ったことを思い返す。あの時、クロッタたちにとっては慎重に戦わなきゃならない相手だったにもかかわらず、カイエンのような技は使っていない。
まとめ役たちはどうだった?
派手ではないが、たまに衝撃が重く響いていたような気がする。ただの馬鹿力ではないだろう。
ゲームでいえば各キャラが持っていた特殊攻撃の方だろうな。魔物でいう突進のような、MPを使用する行動の一つみたいなものだ。
マグを使用して打ち出すなら、MPの少ない低レベルの奴は気軽に使えない。
だったら、あれを使えるようになるのが、ランク内で順位を分ける指標の一つに使えそうだ。
カイエンとはそれなりに長い時間を草原で過ごしたが、一度見せてくれただけだったはず。格好つけようと披露しておいて勝手にへばってたし、それこそ必殺技みたいなもんか。強力だが簡単に使えるものではないってことだ。
「ほんと必殺技っぽいな……」
その言葉を聞くと、まず頭ん中にヴリトラマンが浮かぶことに若干イラつくのは親父のせいだけど、そんなことすら懐かしい。
ヴリトラタロウの必殺技か。昔の感覚は分からんが、直球なネーミングが多い気がする。
「ヴリトラソードだって、だっせーよな」
手刀でソードかよとか、ツッコミしかない……なんだ?
体に振動が走ったような。いや振動してる。発信元は、道具袋?
腰の袋を開いて中を覗くと、コントローラーがぼんやりと青く光っている。見た目に震えはない。
取り出した途端、ごく微かに空気を裂くような音と共に、コントローラーから光が溢れた。
今は消えたケーブルの生えていた位置に、光は細長い形を作る。
青い、刀身だ。
「……まじかよ」
殻の剣と同じくらいの長さだろう。
刃の縁が、蜃気楼のように揺らめいて見える。
息をのんで、それから強張った肩から力が抜けていった。
救われた気がしたんだ。
いや、いつも助けられていた。
「本当にお前は、お守りかよ……」
こんな言い方はおかしいかもしれないが、非現実な光景に、さっきまでの悩みが嘘のように消えていた。
もしかしたら、これが今の俺に示された新たな可能性じゃないかと。俺にも、これで少しはあてができたのかもと、そんな希望の光そのものに見えたんだ。
感激に胸が詰まって、コントローラーを掲げて青い光の刀身を見上げる。
眺めてばかりいてもしょうがない。
「つ、使ってみるか」
あ、どうやって収納するんだ?
ボタンでも押そうかと思ったとき、学校の非常階段にある古い蛍光灯のように光がちらつき、スッと消えた。
おお、収納したいと思ったら消える仕様か!
「んで、出すときも念じるのか? 出ろ……ぐぬぬ」
出ねえ。
さっきは、なんで出たんだ。う、まさか、言わなきゃなんねえの……?
「クソッ……ヴリトラソード!」
やっぱ出ねえ。
「どういうこと?」
困ったときは光の文字を確認だ。そこには新たな項目が出現していた。
『レベル22:マグ0/48759』
見間違いだろうか。
もう一度見る……は?
「マグ、ゼロ」
大きく息を吸い込んで、止めた。
さんざん苦労して集めたマグが、ゼロ。一気に、ゼロ!?
「ゼロってなんだよ……ふ、ふざくんなああああっ! 使えねええええっ!」
いっそ全ての未練を断ち切るために、壊せるもんなら壊していただろう。
再び木に背を預け、死んだ目をして項垂れる。このままゾンビ化しねぇかな。
なんだよ、これ。なんのためにあるんだ。俺がこれまでに稼いだマグが、一分かそこらで消えやがった。
「これじゃ、検証すらできねぇだろうが!」
思わず叩き落したコントローラーを足蹴にしてしまった。拾って渋々土を拭う。
壊れないからといって、物を粗末に扱うのはよくない。
そうだ、恨むべきは俺を送り込んだ野郎だ。そんな奴がいるかは知らんが、いるとしたら人をおちょくって楽しむ邪神と断言する。
足の小指を柱の角にでも思いっきりぶつけろ!
大きく息を吸って、吐き出しつくす。それで全部、嫌な気持ちも出ていった。
ふっ切れた。さっきと違う意味で馬鹿馬鹿しくなってな。
「あーもう、いい。どうでも」
誰の意見も、知るか。
なにかを当てにすんのも、やめやめ。
俺が、ここでやっていきたいんだ。それでいいんだよ。
迷惑もかけるだろうさ。
鈍くさくて見てられないだろうが、構うかよ。
誰にも迷惑をかけずに生きてるやつなんかいねぇだろ。
でもな、俺は怠けちゃいないつもりだ。これからは、もっと……。
やってくと決めた以上は、もう無理だと俺自身が思うまでは続けてやるさ!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます