059:高飛車
ギルド内に響いた声は、若い女性のものにしては高圧的で鼻白む。
「他にも私の手が必要な場所は、いくらでもあるのは知っているだろう!」
「はっ、遠征討伐隊は、もう数日もすれば戻るかと」
「悠長なことだな。腕が鈍ったのではないか」
怒りの声を上げているのは森葉族の女性だ。ギルド職員らと同じような筒形の衣装をまとっているが、色はギルドのモスグリーンとは違い、クリームイエローと淡い感じだ。
見覚えもある。あー昨日、南街道へ出て行った集団の中に見えた色だ。
窓口から大枝嬢が小声で呼びかけてきた。
「タロウさん、お待たせしましタ。彼らは国から派遣された方々ですヨ」
「ありがとう」
なぜか大枝嬢は、タグを手で包むようにしてカウンターを滑らせた。
声には巻き込まれたくないといった気持ちも含まれていそうだ。俺だって、面倒くさそうなのに関わりたくはないから小声で礼をする。
タグを首にかけながら、声へと意識を向けた。聞こえてくる内容に、思い当たることがあるし……。
「そちらが連絡をよこしたのだぞ。我らの到着は予期していただろう。なぜ発見者を遠征に送った」
「冒険者ギルドにとっては、討伐が第一の優先事項ですので」
近づくにつれて、女の衣装には縁取る模様があしらわれていたり、艶のある生地を見れば高価そうなのが分かった。かなり偉い人そうだ。態度見りゃ分かるか。
この人も、シャリテイルのように大きな杖を持っている。
偉そうな女のすぐ後を、岩腕族の壮年らしき男の職員が追っている。見たことのない人だ。
こっちも、申し訳ないといった口ぶりながら気後れは感じられない。根気強く説明しているし、なんか貫禄ある風体だしギルドの偉い人だろうか。
だけど滅多に表に出ない職員でも、たまには見かけるしな。いつもギルドの奥にいて出てこないなら、まさかギルド長?
「高ランクでもないのだろう。一人残したとて問題なかったはずだと言っている」
「あの者はその中では上位者でして、調べたところ、今回の遠征には能力としても外しがたく。まったく運悪く、使者の皆様方には足止めをすることとなり申し訳ない」
しかし、なんだこの女のひと。なんか、こう、残念な感じだな。フラフィエやシャリテイルとは違う意味で。
言動もだが、人の目があるところで重要そうな情報をぺらぺら喋るのもどうかと思う。別に機密ではないんだろうが。
団体さんは待合スペースを横切り出口へ向かいかけていたが、偉そうな女がこっちを見て、立ち止まった。
え?
思わず後ろを見ると、他の奴らは壁に張り付くようにしてかたまっていた。これが冒険者が持つ危機への嗅覚ってやつか……。
俺も逃げようとしたが、時すでに遅し。無情にも、その女の鋭く細められた目は動くなと言っていた。
言われなくとも足が地面に張り付いて動けずにいると、女は背筋をぴんと伸ばして顎を引いたかちっとした姿勢で、つかつかと歩み寄り、数歩で目の前に来た。
のけぞりつつも、気おされて思わず会釈する。
肩に届くか届かないかの、色褪せたように淡い金髪は、顔の輪郭に沿って自然とカーブしている。肌は日に焼けていない白さで、濃い青色の、瞳の鋭さだけが浮いて見えた。要は冷たい感じの美人だ。
俺の前で立ち止まった女は、顔を顰めて藪から棒に言った。
「臭うな」
そっ、そんなばかな。
いきなり見知らぬやつから罵られるいわれはない。
俺はな、美人に虫けらのように見られて悦ぶほどのストレスは、まだ溜まっちゃいないんだよ!
「ま、毎日洗濯してるんですが……」
冒険者の中じゃ誰よりも清潔な自負はあったのにショックだよ。しかも綺麗な顔で言われたら、なおさらへこむ。
「誰が洗濯の話をしている。このおバカさんは……人族が、タグを持つだと」
職員の男に俺のことを尋ねようとしたのか振り返りかけたが、俺の首元から下がっているタグを見て、女はより不機嫌になった。
「この地には……不要のはずだ」
「特定の者が、冒険者になってはならぬといった規定はありません」
睨み合いといっていいのか。女は横に立った職員の男をにらみ、男は真っ向から受け止めている。苦々しげに口をゆがめ、目を逸らしたのは女だ。
「よかろう……ギルド長。人を集めたいなら、もっとましな案でも出すのだな」
「おお、そういえば、発見者の話が聞きたいということでしたら、この者が報告に立ち会った一人です」
「なんだと! なぜ、先にそれを言わん!」
今度は険しい顔を俺に向けてきた。迫力ある。こっち見ないでほしい。
「報告責任者ではありませんから」
なるほど、な。よく分からんが、やっぱり俺はこれから巻き込まれるんだな?
俺はギルド長らしい男を恨めしそうに睨んだ。にこりともしやがらねぇ。
「仕方あるまい……ついて来い。改めて検証し直す」
え、ここで色々聞かれるんじゃないの?
「ええと、どこへ」
「話を聞くだけだ。どうせ救済措置を受けた低ランクなのだろう。まともな判断ができるなど期待してはいない」
「は、はぁ」
俺、感覚がおかしくなったのかな。
腹が立ってもいいはずなのに、今まで気のいい奴らばかりだったからなのか。まるで自分のことを言われてるとは思えないというか。
この厳しさは、新鮮だ。
俺が女の後に続き、ギルド長と背後の兵士に挟まれて出口をくぐるとき、背後から盛大な溜息が吐き出されるのが聞こえた。お前ら覚えてろよ。
通りへ出ると、両側にも兵が並んだ。俺が逃げないようにだろうか。
なに、逃げた方がいいほどのことが起こるの?
「タロウ、急な予定変更をさせてすまなかったな」
不安に思っていると、ギルド長が声をかけてきた。見かけたことすらないあんたまで、なんですでに知ってる風なんだ。
「なんだ、まともに顔を合わせたことはなかったかな? ギルド長のドリム・ジェネレションだ」
「……タロウ・スミノです」
知ってるだろうけどな。
「そして、こちらが……」
「私が呼び立てたのだ。自己紹介くらいしておくべきだな」
ギルド長ドリムの言葉を女は高飛車に遮った。美人でも、仲良くなりたくない人はいるんだな。
「私は、ビオ・ハゾゥド。聖なる魔技の使い手だ。聖者と言えば聞いたことがあろう」
「聖質の魔素を扱えると、聞いたことがあります」
聖なる魔技。ゲームにはそんなものなかったな。
「その通りだ。そして、その資質を持つ者はごくわずか。人々が生きるのに必須の、街から魔物を遠ざけるための結界石を作る者がだ。その意味が分かるか?」
説明をしてくれているのかと思ったら、最後は声が氷のように冷たくなった。
「とても、大変だろうなと……」
「大変で、済むか。ここで私が足止めを食うほどに、小さな村が被害に遭っている可能性もあるのだ」
聖者様はめちゃくちゃご立腹のようです。
大きな声は出さなかったが低く唸るようだった。ただ、その理由を聞かされれば、たんに傲慢なのではなかった。人の生活がかかっていると言われれば……失礼な奴と考えたことの方が気まずい。
その後は誰も声を上げず、嫌な緊張感を強いられたまま南街道を歩いた。
目的は、聖なる祠についてで間違いなかった。
祠入り口の見えない壁の前に立ち、聖者様は俺を横目で見てから話し始めた。聞き逃すなよってことだろう。
「封印に変化があったと、そう報告を受けて来た。この場所はどこよりも結界が重要な場所だからな」
魔物のボス、邪竜のお膝元だもんな。
「この街全体を守る柵沿いの結界石や、それらを強化する要である祠の結界を調べただけでなく、邪竜を封じたと言われている山の祠へも向かい、よく調べた。だが効果自体に変化はない」
邪竜を封印した祠?
この祠とは違うのか。でも、そうだよな……街を間に挟んで結界の場所があるのは、何か変だと思っていたんだ。
ほうほう柵の下に埋まっているというのも、ここと繋がってんのか。へぇ。
「劣化はしていないのだ。ただ、どういったわけか形を変えている。まるで……そうだな、人が一人歩けるような隙間を、この向こうに感じるのだ」
硬直した。
内側から。それって、いや、まさかね……?
振り返った聖者様の視線に射貫かれ、冷や汗が出てきた。
俺を訝しんだのか、じっと睨んでくる。耐えかねて口を開いた。
「聖者様、その、人が中から出てきたというのは、結界が解けそうとか……」
さらに鋭い視線が真っ直ぐに向けられる。
動揺、するな。でも冷や汗でばればれな気がする。俺は隠せない。
なら、どう言い訳するべきだろうか。どう考え立って俺に聖者の素質はないはずだ。結界の透明な壁や鎖をどうにも出来なかったんだ。
そうだ、落ち着け。深呼吸だ、って余計に怪しいだろ。
突如、聖者様は呆れた顔になった。それはギルド長もだ。
「タロウ、目が盛大に泳いでいるぞ」
ツッコミを入れられて、正気を取り戻した。
もしかして俺が変な体質だったりして解剖されちゃったりするとか、この世界にはないはずだ。拷問も嫌だが……また取り乱しそうだ。
聖者様の口から、ふぅと大きな溜息が吐き出された。
「タロウと言ったな。確かに私は数少ない聖者と呼ばれる者だが、冒険者とは別の部門とはいえ、魔物に対することは同じだ。互いに尊重すべき立場ではある。だから、ビオで良い」
そんな刺々しい声音で言われても。俺の疑問は聞かれてなかったのか。ビオでいいって……ああ名前か!
「安心するがいい。結界の効力は確かなのだ。もちろん人が中から来るなど在り得ないことだ。人と言ったのは大きさの目安だと分かろうに」
そんな比喩も理解できないのかと、見下げられた。尊重とはいったい……。
というか、もしかして今、宥めてくれたのか。結界が壊れたらと不安がってると思って。遠回しすぎだ。
聖者……お言葉に甘えてビオでいいか。ビオはまた祠を向いて、見えない壁に手を伸ばす。そして半透明の黒い鎖の上から、手のひらで触れた。
「聖なる魔素よ、姿を現せ」
ビオが見えない壁に呟く。危ない人のようだ。呪文かよ魔法じゃあるまいにと思ったが、前にデメントも魔技名を叫んでいた。やっぱり詠唱?
ビオが触れた場所は、手のひらから光がじわりと漏れ出したように青く染まる。
見知った色でも、驚いてしまう。光と呼ぶには、眩しさはないし側の壁に反射している様子もない。ビオが触れたエア壁の部分だけが反応を示している。
この色は、やっぱり中で見た巨大な黒い岩の光。
それに、俺のコントローラーのアクセスランプ――。
じっと見つめていると、ビオの手のひらから発せられる光は、薄く暗い色から濃く鮮やかな青へと変化した。それから光は歪み、煙のように崩れて消えていった。
その様子は魔物のマグにも似てる。
背後からも分かるほどビオは肩で息を吐くと、手を離した。見た目とは違い、結構なMPを消費するらしい。
「これは、触れた場所に含まれる聖質の魔素を集めて、結界に足るか測る魔技だ」
人間測定器かよ。
「便利だな」
「簡単に言えばだ。もっと複雑なものだが、詳細は省いたから知ったかぶって言いふらすなよ」
「はぁ」
一々小馬鹿にしたような言い回しは釈然としない。だからといって、細かい理屈を聞かせられても困るが。俺の困惑をよそにギルド長は話を進める。ビオの態度にも慣れているんだろう。
「ご報告いただいたように、悪い兆候ではないということですね」
つい、ギルド長の頭部を見た。
肩にかかりそうな明るい茶髪を撫でつけているから額は広く見えるが、まだふさふさだ。ストレスに強いのか。もし毛根にも種族差があったらどうしよう。
「失礼、ビオ殿。タロウ、よく話を聞いておいてくれ」
「はいすみません聞いてます!」
俺の視線に何かを察したようだ。さすがは冒険者どもを裏で操るギルド長。侮りがたし。
「では、話を戻そうか」
そうしてビオとギルド長が話すことに耳を傾けた。
「依頼内容を聞いて思い当たることがあり、城の書庫で前例を調べた。南部の祠でも、結界が変化したことがある」
「あちらも、魔脈に囲まれた場所ですな」
「そうだ。ある時、運悪く結界のそばに魔泉が開いたことがあり、大層な反応が起きたそうだ。まあ、運が悪かったのは魔物にとってだがな」
二人が話しているのは外の世界のことで、俺にとっても興味深いことだった。まるで、この街の外にも世界が続いているみたいだと思いつつ聞く。
「似た立地ですか。新たな魔泉が開く兆候がないか見回りを強化しましょう」
「結界の力なども弱まってはいないし、他の異常は確認できなかった。だが、この影響が出るのかどうかすら、判断はできまい。今後は魔物数の増減、出現場所などに規則性はないか、よくよく観測を」
「念のため、報告を受けてよりの調査結果をまとめてありますが、ご覧になりますか」
「ほう、すでに懸念していたか。無論、拝見する」
なんだかよく分からないが、話はまとまったようだ。もう少し聞きたかったが……違う。俺が連行された理由とはなんだったのか。
「あの、結局報告者の立ち合いが必要というのは?」
「ああ、そうだったな。発見時にどのような行動をとったか再現してくれ。どの時点でどのように気が付いたのか、些細なことでも良い。情報が欲しいのだ」
「それならば、タロウでも問題ないでしょう。異常を確認したのはシャリテイル・ウディエストですが、その話を自体はタロウから聞いたとのことでして」
ギルド長よ、追加情報をありがとう……!
またもや冷や汗ボーナスタイムだ。いや、これはシャリテイルと二人で確かめた時点のことで構わないよな?
だって俺が来たときは、すでにこうだったし。結界が解けかけだというなら話しもするが、結界が弱まったわけでも魔物が街の中に入り込むでもない。なら、俺が出てきたことが問題ではない気がする。
俺はシャリテイルにも伝えた理由、有名な聖なる祠を拝みたくて真っ先にやってきたのだと話した。だから、この街に来る前の状態は知らないんで、俺自身が違いを説明はできないと念を押したつもりだ。
ちょっとした憂さ晴らしに、シャリテイルがジャンプして下草を飛び越えたり、壁に張り付いたのも再現しておいてやった。
微妙な顔をしたビオを見て、してやったりとほくそ笑む。
さすが俺、やることが小さい。
「ふむ、おかしな行動はともかく……聞いた限りであれば、それから現在までに変化はないな。なら、なんらかの理由で捻じ曲げられたのか。だとしても、一度限りだ。これは南部の例とも違うようだな」
ビオは細いあごに片手を添えて、状況を思い描いているのか目を細めている。
それも短い時間で、すぐに顔を上げた。
「これによって徐々に劣化するといった兆しもない。砦側との協議がなければ、もう少し早く確認できたのだが。それは報告者も居ればだぞ? まあ、材料としては十分か」
安心したようで、つんけんしていたビオの表情が、初めて和らいだ。
「戻り次第、柵の結界石を強化する。素材を揃えられるか」
「常に確保してあります」
「足りねば用意した分を出そう」
用が済んだとばかりにビオは踵を返す。後に続こうとしたが、ふとビオは立ち止まり祠を振り返った。
「さすがは、歴史を紡いだ聖者らの腕前。これほど完璧な御業は、私が見てきた他のいかなる場所にもない。それだけは、保証しよう」
ギルド長や俺の方へ首を巡らせたから、俺たちに対して言ったんだろう。だけど、まるでビオ自身に言っているようにも聞こえた。
彼女の眼差しと口調には、過去の偉人に対する尊敬の念が表れていた。
歴史に残る聖者か。
それは数十年前に封印した奴らで、封じる手立てを見つけた者でもあるのか?
現在までもビオのような聖者が、いざという時のために魔技のような技術を磨き続けてきたんだろう。
宿に泊まっている冒険者や、この街の冒険者でも、邪竜などずっと昔の災難に過ぎないと捉えているようだった。
二度と来るかもわからないと、多くの者が考えている災厄に備え続けるというのは、大変な苦労がありそうだ。
だけどビオは、自分の仕事に誇りを持っている。それが伝わる一時だった。
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