052:水際の作戦

 ここはナガラー川。街より西の森にある川だ。

 東海地方に流れてそうな名前の川だが異世界だ。多分。


 俺たちは狭い川岸沿いの森の中、ちょっとした開けた場所で川面を眺めつつ休憩していた。

 ここまで来ても、なんの問題もないかのようにガハガハと笑っている野郎どものそばで、一人藪の暗がりに目を走らせる。


「どうしたキョロキョロして。この辺の魔物は、川に落ちでもしない限り大したやつらじゃねえぞ?」


 話しかけてきたのは、大中小と三人いる岩腕族のうち中サイズだ。四人の中では最も気が利く男らしい。そのただの岩男は今、少し間の抜けた発言の多い小岩男と馬鹿話をしながら、暴れている二人を見ていた。でか岩男と森男だ。

 もう喧嘩というよりは、ただはしゃいでいるだけだが、それで休憩になるのかと呆れて見ている。あれは放っておくとして。


 岩男は、この辺ならと限定しつつも大した魔物はいないと言ったが信じないぞ。

 お前ら基準で話すな。俺は落ち着かなくてしょうがない。好奇心が不安を上回ったのはわずかな時間だけだった。


「マグ感知なんてないから、見回してないと気になるんだ。ケロンだとか出ないよな?」

「ケロンなんてのはもう少し先だが、そんなもん、出たら出たときに考えりゃいいじゃないか。そのために人数を揃えてんだろ」

「おう、ちぃっとばかり奥の魔物が来たって、骨を齧られ肉を切るって感じだチョロイぜ!」


 それおかしくないかな!


「そりゃ煙みたいなもんだし全部が肉みたいなもんだろうが、おめぇ骨って。相打ち覚悟か?」

「ええぃ冗談だよ。頭賢いやつだな」


 案の定、小岩男は岩男にツッコミを入れられている。それが普通のことわざかと思い込むところだったじゃないか。こいつらの雑談に耳を貸していたらズレたことばかり覚えそうだな。これ以上ズレまくって、果てしない斜め上に打ちあがりたくない。


 気が付けば二人の会話は訳の分からない無駄話に流れていた。

 聞いている分には面白いが、俺くらいは警戒していよう。


 警戒するといっても、見回すくらいしかできないが。

 今の俺なら、川の中の魔物に引きずり込まれたら即お陀仏だという絶対的な自信がある。いや、引きずり込まれる過程で逝く。これもノマズとの戦闘で得られた勘だろうか。


 よく映画とかで、余計な行動取ってさらわれたりして迷惑かけるやついるよな。

 この中だとどう見たって俺がそのポジションです。

 だから他の冒険者がいるからと迂闊に川まで近付くようなことはしない。俺だって、たまには学習するのだ。


 半ば連行されたように来たが、それ以上に役立つことを教えてもらった。報酬なしに仕事請けるなとかさ。当たり前の心構えかもしれないが、俺にはまだまだ自覚が足りないんだろう。

 他にも、たった少しの会話だというのに、様々なことを知れたと思う。一つ一つは小さなことかもしれないが、こういうのは後々に生きたりするよな。


 自然と、こいつらに迷惑はかけたくないと考えている。

 また迂闊プレイして迷惑かけるようなフラグを立てた気がしたから、そんなことはないと自分自身に言い聞かせているんだ。

 そうだ、情けない気分は我慢して、移動中は大人しく陰に隠れていればいい。


 他にできることといえば見回すくらいだ。つい川に目が行くが、魔物は森からも来る。

 そういえば、以前シャリテイルに揶揄されたアラグマはどのあたりの難度になるんだろうな。あいつは、ええと、レベル16か。15のケロンよりも上なら、この辺りには出ないだろう。

 そんなことを考えつつ森の方面を見ていたら、揺れる藪が目に付いた。


 立ち上がって行く手を見る。

 長い胴をにょろっと伸ばして藪の中から這い出てきたそいつは、アライグマ模様のラッコもどき。

 思ったそばから現れやがった!


「あれアラグマだよな?」


 思わず気持ちが弾み、小岩男の肩を叩いて知らせていた。


「はっ? アラグマだぁ!?」

「警戒態勢!」


 即座に武器を手にしつつ立ち上がる岩男の大声に俺は飛び上がった。

 和んだ空気は一変し、岩男が声をかけるや戯れていた二人も飛んできて、小岩男と共に並ぶ。

 俺の前方に三人。そして俺の背後には、岩男が下がって逆を向いていた。


 どういうことだよ。

 出たら出たときとか言ってたじゃねえか。

 全員が息を殺すようにして、アラグマの様子を伺っている。


 改めてアラグマを見ると、むかつくほどの間抜け面だ。丸めの両頬が垂れ下がり気味で、横に潰れた大福のような面だ。黒い目がついてるから豆大福だな。

 こちらの数が多いからか、それともそこそこ距離があるからか。アラグマは掛け声を聞いた瞬間に立ち止まっていた。

 警戒するように鼻をひくひくと蠢かせ、その度に髭も揺れている。

 地面についていた前足を上げて後ろ足で立つと、前足で顔を撫でるのは、こちらを侮る動作だろうか。かと思えば、再び地面に足をついたりともじもじし、たまに小首を傾げて「キュウ?」などと謎の呪文を唱えるなど、何がしたいか分からず空恐ろしい。


 随分と、雲行きが怪しくなってきたが……声かけて大丈夫だろうか。


「そんなに危険なのか? 川の周辺では弱い方じゃないのか」


 なにより、見たところ一匹なのに、この変わり具合に驚いていた。


「アラグマが、危険かどうかだと? どこでそんな戯言を聞いた」


 俺の右前に立っていたでか岩男は、シンプルな鉄の塊といった片手剣を構えたまま振り向きもせず、やたら腹に響く声で言った。さっきまで騒いでいたやつが、声を抑えてだ。

 もしかして、怒られてる?


「いや、シャリテイルが……」


 俺のことをアラグマのような奴だと言っていたから、なんとなく弱そうだと思ったんだと言おうかどうしようかと悩んで口をつぐんだ。これじゃ言い訳してるみたいで余計に情けない。

 そんな逡巡も空しく、シャリテイルの名前を出した途端に前衛の肩がガクッと落ちた。


「かーっ! あの姉ちゃんはもう、ほんと……仕方ねぇな」

「また妙なことばっか言ってんだろ。話半分に聞いといた方がいいぞ?」


 どんだけシャリテイルの評価はおかしなことになってるんだよ。


「移動するぜ!」


 前列の左端から小岩男が声をあげ、細身の剣を構えなおした。

 どうやらアラグマは謎の仕草で誤魔化しつつ、徐々に移動していたらしい。その移動が大胆になり、隙を見てはズルっと地面を滑るように動いている。向かっているのは川のようだ。


「まずは俺が行く。そっち側は頼んだぞ」


 小岩男の宣言に応え、でか岩男は右手にある川へと徐々に移動を始めた。


「準備はできてっぜ」


 前衛の真ん中にいた森男がそう返し、傘ほどの長さがある杖をかざした。

 シャリテイルのものと比べたら縦横と半分もなく、随分と小型だ。


「おっと、タロウは俺らの背後に居ろよ」

「分かった」


 小岩男は、ちらと俺を振り返って行動を指示した。

 俺もしっかりと頷き、ナイフをしまって殻の剣を取り出す。他のやつらの剣は、どう見ても金属製の普通の剣。

 はたして、強化版とはいえ俺の殻の剣が通るのかは未知数だが、ここは使うしかないだろう。


 こんだけ人がいるなら機会はないかもしれないが、自分の身を守るふりくらい見せないとな。

 ふりっつっても、もしこっちまで来たら戦うしかないし、こいつらの様子も気になる。気は抜くまい。


 と、いうか待てよ。前衛がいて、俺がいて、後衛がいる。この、状況って……まるで、ゲームみたいじゃん。これぞパーティー戦!

 しかも中衛とかすごく重要な役割を担ってるっぽい。

 ……守られているだけだと分かってる。少しくらいは夢を見させてほしい。


 俺の密かな興奮とは裏腹に、周囲の気温は下がっていくようだ。全員が気を張り詰め、静けさが訪れた一瞬。アラグマが横っとびに、跳ねた。

 同時にでか岩男も飛び出し、森男と続く。俺も慌てて背後についていく。


「川へ行かせるな!」


 でか岩男は出来うる限りの全力で走ったはずだ。だけど以前カイエンの動きを見ていたからか、そう速くは見えない。

 無論、俺よりは速いから必死に追いかける。


 それで追いつけるのかと気になったんだが、遠目にはアラグマの跳躍力はケムシダマほどもなかった。そもそもケムシダマたちの跳躍は、体当たりや突撃といった特殊攻撃を利用した移動方法だろう。アラグマにそれはなかったはずだ。

 アラグマは、にょろっと伸びるように跳ぶと、胴体の分だけ移動する。そうして小刻みに跳ねてるが、滑った方が速いんじゃないか……?

 まあそのお陰で俺たちも追いつけたようだ。


 でか岩男は川岸で、飛びかかれば剣の切っ先が掠るくらいには近付いたように見えた。アラグマも危機を察知したのか、動きを止めてでか岩男と相対する。


「止まれ!」


 森男が制止の声をあげて立ち止まり、顔の前に杖を掲げた。途端に杖の膨らんだ先端に埋められていた水晶が赤身を帯びる。小さくて、光るまで水晶の存在には気が付けなかった。


「風の矢!」


 森男の短い叫びと同時に見えたのは、水晶の周囲に、小さいながら空気が歪むようなエフェクト。

 そして風切り音――。


「ゥヤアアアァーッ!」


 アラグマの甲高い叫び。空気が破裂する音と同時に、アラグマの胴体の一部が弾けたように見えた。毛並みが舞い散る。


 お、おお、おおお……これが噂の風の魔技か!

 魔法というよりは米映画の銃撃戦とか、そんな感じに見えた。


「チッ掠っただけだ!」


 残念ながら大きなダメージは与えられなかったらしい。だがその隙を、でか岩男は逃さず踏み込んでいた。


「ぬんっ!」


 魔技で弾け飛んでいた毛がふわふわと落ちながらマグの煙となり掻き消えていく中、でか岩男の剣先がアラグマに叩きつけられた。


「キュウゥ!?」


 やったな、そう思った絶妙のタイミングで、つるんとアラグマは後ろに転げた。

 まさかの空振りいいいぃ!


「ぅおおおいっ! なに外してんだてめえ!」

「ぎゃー! あんな避け方されると思うかよ!」


 森男の文句に癖で返すでか岩男に、小岩男と岩男が叫ぶのは同時だった。


「まずい、下がれ!」


 そして、アラグマがつるんと尻で滑ったまま川へと転げ落ちるのも。


「ぜっ全員退避! 木の陰まで逃げっぜうおー!」


 森男は叫んで走りながらも、魔技石を取り出すと杖に叩きつけた。石から零れ出た鮮やかな赤色のマグは、杖の水晶へと吸い込まれていく。

 人体のマグ使用を軽減するって、チャージするって意味なのかよ!?


「何してんだひぃ早く走れひぃ!」


 でか岩男は息を切らせながらも追いつき、俺の背中を叩いて叫ぶ。

 杖の謎なんて考えている場合じゃなかった。


 走りながら必死に思い出そうとする。

 なんだっけ、アラグマの特殊攻撃。洗う攻撃だ。正確には?

 こんな時のためにメモしてたんじゃないか。

 くそっ! 必要な時に思い出せなけりゃ知識なんか幾らあっても役に立たねえだろ!


「木の陰に待機! タロウは、ほらそこに隠れてろ」


 返事をする間も惜しんで木陰に移動し、幹を背にして屈む。下の方から顔を出して覗くと、アラグマは寝そべるようにして川面に浮いていた。前足で腹に何かを抱え込むような恰好をし、頭をもたげる。

 思い出した。あいつの特殊攻撃は、撹拌。


 鼓動が早く大きくなっていく。危険な状況らしいというのに、それが危機への緊張からか、ワクワク感からなのか判断がつかなかった。

 しかしなにが起こるか見ることはできない。


「頭を引っ込めろ!」


 誰かの叫びに身を隠す、と同時に頭の後ろ。木から音が響いてきた。

 ガッガガガガガッ――そんな、硬質なものが連続して幹に当たっている音だ。


 木を逸れたものが足元の地面に刺さっていくのを、息を殺して見ていた。

 矢じりに見える半透明の物体。それは刺さった瞬間に、元の姿を取り戻す。


「水……?」


 マシンガンのように放たれた矢じりは、地面に刺さると黒い染みを残して吸い込まれていく。

 こりゃ、スプリンクラー要らずだな。地面を穴だらけにする威力が使い物になるならだが。


「俺が散布で気を引く」

「分かった。俺たちがこっち側から仕留める」


 散布ってなんだよ。

 森男が杖を軽く掲げると、でか岩男が答え、他の二人も頷いていた。


「攻撃が止んだら出るぞ」


 あのう、でか岩男先生。俺はぼっちなんですが、誰と組めばいいですか?

 しかし特に指示は出なかった。すでに忘れられているのかもしれない。おとなしく隠れておくべきなのか。

 それとも、何か邪魔にならないようにできることはあるだろうか。


 音が止んだ――今だ!


 森男が左手から飛び出し、大回りで目標へと近付く。

 アラグマの体勢が森男へ向くと、右手から岩男たちが走り出た。


 アラグマは川の中ほどで、こちらを伺っていた。他の魔物と同じく、水の撹拌攻撃のような技は連続して使えないんだろう。


「キュル、キュルゥ!?」


 左右を見てアラグマが戸惑ったのはわずかな時間で、すぐに人数の多い岩男たちへと視点を定めた。


「てめぇの相手はこっちだ! 散布!」


 森男が声をあげて気を引き、立ち止まると同時に魔技を放っていた。

 空を切る音がここまで届く。手のひらほどもない空気の渦だ。

 そこから複数の、さっき見た風の矢とやらが、広範囲にばらまかれていった。


 なるほど、散布だ。……え、それが呪文だか技名なの?

 もうちょっとカッコイイ言い方があると思うんだが、今は俺の厨二力を試している場合ではない。


「……キュルッ!」


 アラグマの周囲から水しぶきがあがる。当てるのではなく攪乱が目的だ。うまいこと驚いたのか、アラグマは目をバッテンにして閉じている。

 飛び出した岩男たちも、アラグマに到達しようとしていた。

 どうやって戦うつもりなんだよ。まさか川に飛び込むんじゃないだろうな。


 顔をしかめていたアラグマは怯んでいるのかと思ったが、ぷるぷる震えると長細い胴体を高速回転させて、水際まで移動してきたのは一瞬だった。

 そうか岸に近付くのを分かっていたのか。これなら剣でも対処できる!


「うぉらああああっ!」


 でか岩男が突きを見舞った。

 突くと飛び退き、他の二人が交互に同じ攻撃を加える。

 アラグマの体から次々と赤いしぶきが上がるのが見えたが、不安定な場所のせいか威力は見かけほどはないようだ。

 水の中に落ちたらと思って踏み込めないのか?

 しかし、こんな時に他の魔物にまで襲われたら大変だ。


 どうしよう、俺の方が心配になってきた。見ているだけというのも歯痒い

 一旦、岩男たちが飛び退くと、森男が引き継ぐ。

 森男は二度目の散布攻撃で気を引き幾つかは当たったようだが、アラグマの体力は相当に高いらしい。だが見るからに弱っている。もう一度の連携で倒せそうじゃないか?

 そう安心しかけた気持ちは吹っ飛んだ。


「魔力切れだ!」


 森男は杖を放り投げて剣を抜き、岸まで駆けた。

 自分の魔力って、極力使わないもんなんだろうか。そうか当たり前だ……マグ低下状態になったら逃げることもできない。

 当たるかどうか分からない魔技を使って、意識を失ったらおしまいだ。


 仲間が庇おうとして不利になるなら、体力の限り戦う方がマシなのか。

 マグ回復は大事だと言われたけど……こういったことにも、関係してるのかもしれない。


「チッ! 防御を解くのを待て!」


 アラグマは水面で激しく回転する防御姿勢をとっていた。水流に阻まれ攻撃しづらそうだ。そして間もなく、激しい水音を立てて上半身を起こしたアラグマの前足は、何かを抱え込むような仕草。

 さっきの攻撃が、もうできるのかよ!


 前足をこすり合わせるような動作と共に、水しぶきが辺りに飛び散りだす。

 よく見ると、両足の先を揉み手するように組んでいる?

 これ、水鉄砲だよ!


「もう一度!」


 でか岩男らが連携して攻撃すると、揉み手の動作も止まりはする。時に回転防御を組み込んでくるからか、剣の威力も削られているのか?

 いや、腰が引けているんだ。

 体が穴だらけになるのを想像したら、誰だって怖いに決まってる。


「なにか、ないのか」


 俺は、アラグマとの直線距離が最も短くなる場所へと移動した。左右から森男と岩男らがタイミングを見て交互に攻撃を加えている、その中心だ。


 川岸は狭く、やや高い段差があるだけで距離としては遠くない。すぐそこにアラグマが浮いている。足が遅くとも、ここからジャンプすりゃ半ばまで届くか?

 こけると困るから飛び降りるだけにしても、十分に近付ける。


 藻だか水草やらに覆われているが、その下には手ごろな石がごろごろしている。

 飛び降りると滑ることなく着地できた。すぐに両手に石を掴んで振りかぶる。

 左右どちらも攻撃したタイミングで――。


「石ぃ投げるぞ!」


 驚愕の顔が見えたが、全員が動きを止めた瞬間を逃すもんか!


「キュゥエッ!」


 ありがとうゲーセンのピッチングマシン!


「これで気を引くから!」

「ああ、止めは刺す!」


 心なしか、全員の動きが軽くなったような気がした。少なくとも余計なことにはならなかったらしい。


 くくく――あの森男の空気砲が風属性魔技ってんなら、これは土属性だよな。

 土属性魔法、石礫散布!


 俺がいまいちこじらせ切れない厨二センスについて思いを馳せつつも投石に集中してほどなく、アラグマの断末魔が戦闘の終わりを告げていた。




「ぃやあ、今日はちぃっとばかし冷や冷やしたなあ」

「見栄を張んなよ」

「結構やばかったろ。玉ぁ縮んだぜ」

「お前はビビりすぎんだよ。だからいっつも一歩出遅れるだろうが」


 森の中へ戻ると、全員が気が抜けたようにぐったりと地面に座り込んだ。

 休憩がてら反省会だとかなんとか言いつつ、これまでの雑談とさして違いはない会話が始まる。ひとしきりぼやいた後で、全員が俺を見た。


「タロウ、手助けしてくれてありがとうよ」

「俺の仕事をさせちまったな。あいつの気を引いてくれたおかげで無事に倒せた」

「まったくだ。タロウの機転がなかったら怪我ぁしてたろうな」

「助かったぜ!」


 気が付けば、俺も自然と輪を作るように座り込んでいた。それまでは守れるような配置を心がけてくれてたんだなと改めて思う。細かいことだが、認められたみたいで嬉しい。気のせいだとか考えてはいけない。


「悪かったな。いつも先に入った奴らが、強い魔物から片づけていくからよ。まさか出るとは思わなかったんだ」

「一応は気にしてたんだけどな」

「すまねぇ。俺もマグの気配を追うどころじゃなかったし」


 謝られると、こっちが申し訳なくなってくる。聞きかじりとはいえ、俺にとっては難易度が高い場所と知っていて来たんだし。


「大丈夫だからつって連れてきておいて、ざまぁねえやな。言い訳だが、俺らは草ぁ刈り続けなんてしねぇからよぅ。腰にきちまっててな」

「そんな時でも前もって態勢を整えられるように俺が警戒してるってのに、お前がつっかかってくるからだぞ」

「んだと。てめえの捻じれた口をまずは正せや」


 でか岩男と森男は、また言い争い始めたよ。深刻さはないんだけど、もう少し落ち着いてくれ。


「まあ無事だったし、いい経験になったから」


 二人は小突き合いをやめた。声にも力はないし、疲れて腕が上がらないとぶつぶつぼやいている。


「人族の俺からしたら勉強なったから。やっぱ冒険者ってのはこういうのを言うんだろうなって、感動したよ」


 なんとなく全員が気まずそうな雰囲気なのは、俺が人族だからってだけでなく、評価のせいもあるだろうと思う。

 魔物討伐で成果を出したことなんかない俺に言われても困るだろう。でも俺なりに気を使ったというのもあるが、半ば本心だ。

 

 あれ、余計に動揺しだしたな。

 全員が同じように半笑いの微妙な顔つきなのは、ちょっと気味が悪いです。


「そのぅ、な? 俺たちを当たり前と思われちゃあ、困るかなあっと……」

「忘れるなよ……俺たちが低ランク冒険者ってことをな」

「中ランクなって、やっとこ一人前なんだぜ?」

「まだ経験も浅いから、こんな風におっかなびっくりの戦いぶりなんだろうが。言わせんな照れるだろ!」


 ええぇ……?


 すげぇ普通に戦ってたように見えたんだが。そりゃカイエンなんてイレギュラーは見たが、さすがに比べるなんてことはしない。

 これで冒険者なりたてレベル……。


 本当のなりたてって意味ではないのは分かるが。

 あんな動き俺にはできないし、長く続ければできるようになるかも分からん。


「な、なんでぃ。憐れむような目つきはやめろよぉ!」

「ちがっそんなつもりはないって!」


 やっぱランク的には、中ランクが主流なのか。まずはそこを目指すもんなんだろうな。

 普通の冒険者的視点を、俺が感覚的に掴める日は、まだまだ先のようだ。

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