046:本領発揮!
俺に、女性になじられて悦ぶ趣味は微塵もない。多分。
だが、この扉をくぐれば、大枝嬢からやんわりと窘められるのは間違いない。
そもそも強く叱るような人ではないが……最初から世話になりっぱなしなのにと思うと情けない気持ちになる。少しも恩を返すようなことができてない。
覚悟を決めてギルドへ飛び込んだが、いつも窓口の向こう側に異様な存在感を放っている、木がない。
代わりに、人族の男性職員が座っていた。
「……まさか、切り倒されたのか!?」
そんなはずはないな。いい加減に、そんな偏見は捨てないと。
「すいません、確認をお願いします」
「お疲れさん!」
自分から他の受付に声をかけるのは初めてだ。なぜか緊張するけど、手続きに変化はないはずだ。
タグを渡してから気が付いた。
こんな時こそ、他のお姉さんに話しかけるチャンスだったじゃないか!
悔しさを噛みしめていると、人の好さそうな職員が現実へと引き戻した。
「珍しいな。草刈りは休みかい?」
「あ、はい」
タグの内訳を確認し終えるのが早い。昨日の昼頃だっけ、強制終了だし当たり前か。
あれ?
「報告前に買い物してしまったけど、分かるんですね」
「水晶側に残留するからね。ああでも気を付けて。これも体に滞留するのと同じで、期限は一日ほどなんだ」
危ねえ!
どうせなら一番の大物を倒した記録が残らないのは悲しいからな。
二度目はないかもしれないし……。
俺が倒せるレベルの魔物なんて、見かけたら討伐してねというものだ。わざわざクエストボードで個別に依頼が貼られることなどない。
そんなでも、報告をすれば実績として数えられるとのことだ。能力的に認められる内容でもないから、積極的に魔物を討伐していますよという素行の良し悪しを判断するためだろう。
成績は足りないけど、出席率は高い真面目な生徒さんですよ!
むなしい……。
ひがむのはやめるんだ。信頼度が上がるのだって良いことだ。
そう考えれば、憎たらしいカピボーですら俺の実績を上げ底してくれる可愛い奴に見えてくるような気がしないでもない。錯乱している場合じゃなかった。
「はいタグ。今後もこの調子でよろしく」
内心、何かツッコミが入るかと身構えていたんだが、この人も人族とはいえ、普段は普通の冒険者相手だ。感覚は一般的な冒険者向けにカスタマイズされてしまっているんだろう。
何も言われることなく、ほっとしてタグを受け取り首にかけていると、不意打ちを食らった。
「しかし人族が、ここまで頑張ってくれてるとは思わなかったな。俺の手柄じゃないが、鼻が高いよ」
う……。
にこにこ顔で言われると胸が痛む。昨日の俺の駄目っぷりを、この人が知っているはずもない。
「大したことは出来ないですが、これからも頑張ります。はは……」
俺は逃げるようにギルドを出た。
「やべ。小走りもまずいかな」
痛みがないから、つい走ってしまった。傷は塞がったといえど、気分が悪くなってもおかしくはない。念のためゆっくり歩こう。
歩きだしたが、ギルド脇にある右手に見えた道へと視線は止まった。大通りほどではないが、そこそこ広めの道だ。雰囲気は表とそう変わらない。長屋の合間に食堂や総菜屋が目に付く。
宿方面へ抜ける道もあるかな。ちょっと見てみるか。
へえ、こんな田舎町にオープンカフェなんて洒落た場所があるんだな。
道を曲がってほどなく、長屋の狭間に忽然と空間があり、ログハウスのような店が建っていた。その手前にはウッドデッキと呼べそうな板張りの床があり、囲む柵もある。埃っぽくくすんで、ささくれ立ってるような木製のテーブルや、背もたれのない四角い椅子といったみすぼらしさを洒落たと言っていいか分からないが。
この光景、どこかで見たぞ。
「デジャヴってやつか」
ちょうど記憶の光景と同じく、角の席には巨木が座り本を読んでいる。
ゲームの説明書にあった挿絵と同じだ。
「大枝嬢!?」
いつもと違い、ギルド職員の証であるモスグリーン色の制服を着ていない。とはいえ、色は淡いブルーだが似たようなローブ姿だ。体の作りに合わせると、同じような格好になるのかもしれない。
俺の叫びに木人間が、ギギギと首を上げた。
「あら、タロウさん?」
まず。うっかり心での呼び名が出てしまった。
「あ、こ、こんにちは。ええと今日はお休みですか」
「ええ、そうでス。タロウさんは早めの食事ですか? この店はすぐに席が埋まってしまいますヨ」
え、ここって飯屋なの?
広い入り口にある庇の上には、巨木をそのままスライスしたのか波打った横長の看板が掲げられている。カフェでも食事処でもなく、飲み屋と書かれてあるんだが……まあ、そんなところもあるか。
「あら、すでに埋まってるようですネ。こちらの向かいをどうぞ」
確かに、どの席も埋まっていた。俺の視線を追って大枝嬢も振り返っていたが、勘違いされたらしい。ものはついでだ。他の食堂にも興味はあったし、ありがたく相席させていただいた。
「この店には初めていらしたのですカ」
「はい、街のことも把握したいなと歩いていたら、目に留まったもんで」
なぜか俺は、大枝嬢と茶をしばいている。
金を使うのは今日だけだから。ついでにしては、高い出費だったが。
こっちの紅茶らしい飲み物と、軽食らしいラザニアもどきのセットで500マグだってよ。以前食った定食が安かったのは事実だったというか、ここも安いんだろう。日本にも百円モーニングとかワンコインランチとかあったもんな。
おっさんとこが安すぎるのが、良いけど良くない。
もぐもぐとラザニアもどきを口に押し込み、本を読んでいる大枝嬢の様子をちらと窺う。本と言っても、粗い紙束の真ん中に折り目をつけて紐でくくっただけといった体裁のものだ。
こっちにも娯楽向けの本なんて存在するんだろうか。
ハッ! もしや、腐った本を読んでいたりしないだろうな。
いやいやこう見えて美少女書院とか聖女の友とかそっち系の趣味かもしれない!
「タロウさん、お口に合いましたか?」
「ハイなんでもありません! おいしいです!」
相席してるだけで、無理に会話する必要はないんだし邪魔をしちゃ悪いよな。
と思ったけど、興味を引いてしまったらしい。
「もしかして何か、ご質問がありましたか?」
「ええ、いや、何を読んでるのかなと、余計なことをすみません」
大枝嬢は少し恥ずかしそうに頬に手を添えた。
「これですか。実はギルドの報告書なんでス。外でまで仕事なんてと、シャリテイルさんにも止められるのですけれど、つい気になりまして」
「仕事でしたか……」
「最近は繁殖期や遠征がありましたからネ。魔物数の変動や、討伐率などの調査結果を確認していたのでス」
「ですよねー」
大枝嬢から視線を逸らす。
妙な内容など微塵もなかった。反省しなさいタロウ。
「申し訳ありません」
「ええっ? どうされたのですか」
俯いたまま、白状した。
「俺、また沼地に行って怪我しました。コエダさんの忠告を、無視するようなことになってしまって」
顔を上げると、いつもの困ったような顔があった。
「タロウさん、冷める前にお茶を飲みましょう」
大枝嬢は木製のジョッキを手に取り、俺に向けて掲げた。
この店の紅茶は、ジョッキで出てきたんだ。麦酒が一押しらしく、夜には飲みに来てねという宣伝なんだろう。
俺もそのジョッキを手に取り掲げた。
大枝嬢は微笑んで、茶を飲んだ。同じように、紅茶よりやや苦みのある生温い液体を口に含む。
よく分からないが、気にしなくていいということらしい。
「怪我をしても、これだけ何度も無事に戻っていらっしゃるのでス。きっと私の判断が外れていたのでしょう。タロウさんがご自身で判断して行動した結果ですから、それがタロウさんに合った難度なのだと思いますヨ」
……やっぱり、大枝嬢は親切な人だ。
俺は何も言えず、また俯いて茶をすするしかできなかった。
◇
すっからかんの清々しい朝だ。
禊を落とすと共にタグのマグも消えた。
昨晩の内に宿代を払っておくことにしたんだ。雨風を凌ぐ場所は確保できたんだから、数日は無理せず、また十日かけて次の宿代を稼ごう。
それが出来るのも、これまでの無理や無茶が無駄ではなかったからだ。
十日分の宿代4000マグ。それを確実に稼ぐ当てはできている。
ツタンカメンwithヤブリン!
俺でも安定して倒せる中では、一番少数で短時間に稼げる魔物チームだろう。
全体量が少ないようで、日に三組も見ればいいところなのが難点だが……。
いや魔物が少ないことは喜ばなけりゃならんよな。
稼ぎが悪く野垂れ死ぬのは俺の勝手だけど、少しでも魔物が減って安全な場所が増えてくれる方が社会にとっては重要なことだ。ああそうだとも。
「いじけてる場合じゃないって」
まぁ、かなり買い出ししたことだし、当分は日用品に頭を悩ますこともない。
まだ足りないものはあるが、靴にしろ今すぐ必要ってほどでもないし、次に余裕ができたら買えるものだ。
それにしても参ったのは保存食だ。
非常用にあればと思った程度なんだが、簡単には入手できない代物だった。
なんの変哲もない炒っただけの木の実と思っていたし、店頭で見当たらずに忘れてたから結局買わなかったんだが、おっさんに見せたら目を丸くされた。
「そんな良いもん食ってたのか。道理で無一文だったわけだ」
「良いもんって、これが?」
栄養バランスを考えた数種類の木の実からできており、種類ごとに風味が違って飽きも来ない一部に人気の商品だそうだ。しかし腹持ちのいい実が高価らしく、便利だが実際に持ち歩く冒険者は多くない。軍の遠征でもあれば優先されるもので、一般に買われるようなものではないとのことだった。
それもそうか。こんな少量で腹が膨れる便利なものが巷に溢れてるなら、おっさんとこだって食事に混ぜそうなもんだよな。
なんてこった、俺は知らずに商機を逃していたのか……。
「これ売って、おっさんとこの飯を食い続けていた方が良かったじゃないか!」
「みみっちいこと言ってんなよ」
そんなことを思い返しつつタグを見る。
すっからかんと言ったって、文字通りのゼロではない。透明な部分が多くなったタグを目の前で揺らす。ゲームの新作ラッシュがあった、バイト代が出る前の週の財布の状態に近い気分だった。
「完全に空っぽでないだけ、俺もマシになったもんだ」
準備を終えると、南の森側へ向かうべく宿を出た。
十分にへこんで発散した。懲りずに仕事だ。
「ああそうだ。懲りて、たまるか!」
俺の人生だ。
まだ大して時間が経ったわけでもないのに、なんとなく気にかけてくれる人たちがいる。
だからこそ、その人たちのためにも、手を抜く気はない。
俺なりに気を付けたって穴だらけだろうが、自分なりに考えて対処し、ちょっといけそうかなという線に挑み続ける。
俺が好きだったゲームの中の街。
そして今は、現実として好きになりそうな街だ。
ここに住む人たちのためにも、出来ることを増やしていきたいじゃないか。
何よりも俺自身が、この街の一部になれたってことを自信もって思えるようになりたい。
俺では、無理をおさなけりゃ、次にも進めやしない。
だけど俺なりに最大限の力を発揮できる手段は、ある。
街の周囲を下見したとき、他に魔物討伐を効率よくこなせる冒険者は、いくらでもいると気付いた。低ランクでさえだ。
だが、奴らになくて俺のほうが効率よくできる仕事があったのさ。
そう、工作活動だよ。
工兵っていうと、すごく……いい。おひとりさま工兵部隊だ。
前線の冒険者たちが魔物を狩りやすいように、俺は――遮蔽物を撤去する!
「というわけで、草を刈りマース」
ま、初心に戻るということで。
だが、たんに初めに戻ったわけではない。
どう考えても、慣れだけとはいえない身体能力の向上が見られる。草の根元を楽に掴めるようになり、ナイフの一薙ぎで掴んだ分を刈れるようになった。その速度も上がっている。
元から備わっているらしい持久力の高さと相まって、恐ろしい収穫量を誇るようになってしまった。
そうでなければ、半日足らずで五十束も刈れたのは異常だよ。
その事実を踏まえて、ちょっと作業の仕方を変えてみようと思うんだ。
今までは一日の平均収入を上げることに躍起になっていたから、草刈りとケダマ草採取と魔物駆除を混ぜつつ作業をこなしていた。
ただしそれでは移動時間がかかる。
今の能率で草刈りに専念したらどうなるか……ごくり。
幸いにも、一日くらい収入が減ったところで大差はない。元から大した稼ぎはないし……。
だったら、試してやろうじゃないか!
「緑の海の雫よ、集まれ。我が手により、集いて山となれ……草薙のナイフ!」
どうだ。今のは、そこそこ痛々しいんじゃないか?
「人間草刈り機とは俺のことだぜ! うおおおお!」
涙をのんで草を刈る。孤独な殲滅戦だ。だが、戦いとは孤独なものなんだよ!
無心で作業に没頭していた。
タイムアタック時の、高揚が体を支配する一時は楽しい。集中度合いは我ながらキモイものがある。
また一つ草束ピラミッドを作り上げたところで、ふと余計な考えが忍び込んだ。
俺にできることか。
俺の役割ってなんだろうか。
ただ生きていくのなら、微力すぎようが自分自身の生活がかかってんだから、周りになんと思われようとしがみついて働くけどさ。
そうじゃなくて、俺がここにいる理由を考えてしまう。
そりゃ自然現象だって解明されていないことはたくさんあるし、宇宙のことなんてなおさらだ。
俺は特にオカルトにもSF的なことにも興味はなかったから詳しくはないが、ここが別次元だか平行世界だとか、そういった未知の場所だとしてだ。
そんな人の目で見えるはずのない世界線を越えてしまったなんてのも、自然現象の一部なのか。
ただうっかりして異次元空間のエアポケットにダイブしちゃっただけで、特に意味なんか無いってのが本当のところだろうか。
だったら、俺が今ここにいることに、意味はないのだろう。
けど完全な別世界が、誰かの創作物とこうもリンクするもんだろうか?
そういうのも、一まとめに自然現象といえるのかもしれないけど。
「なんだか来た当初を思い出すな」
あえて避けていたのか、忙しくて気が回らなかっただけか。
今さらゲームと比べてどうだとか気にしてどうすると、昨日は考えた。
だけど、今までのような意識の仕方はしていないつもりだ。似て非なる世界、とまではいえない類似も含めて、そのまま受け入れ、そして矛盾するようだが受け流そうと思う。
だって、俺の記憶から家族のことや生まれ育ったことと同じく、ゲームの記憶も消せないんだからさ。考えがそっちに流れるのも仕方がないってもんだ。
それで改めて思うことは。
始まりの地点は違えど、ゲームと同じキャラクターに世界観だ。すっかり時間軸も同じと思い込んでいる。
だけどそれが勘違いだったら?
この世界での俺が居る時間軸ってのが分からないことには、判断のしようがないだろうな。
でも実際、俺以外に人族の冒険者がこの街にいない以上は、ストーリーが進んだ後とは思えない。ましてや邪竜を再び封印した後の世界ではないだろう。
そんな人族で英雄的活躍をした冒険者がいたなら、それこそ憧れて目指すヤツはいるはず。それに、ここまで最弱なのにと哀れまれることもないだろう。
そこも同じとは限らないけど。
しかしゲーム開始時、邪竜は数十年前に一度、封印されていた世界だった。
その封印が解けかけているから、再び封印をするというのがゲームの主人公の目的だった。
この世界でも、数十年前に封印されたとシャリテイルが言っていた。そのシャリテイルが存在しているのだから、二度目の封印後ではない。
そうだな。邪竜か。
祠の謂れや、山の話をもっと尋ねてみるのもいいかもな。
……ゲームにあったことが無いということはない、か。
これはヒントという気がする。
こんな謎解きゲーじゃなかったんだが。
まあ、徐々にでもいいからゲームとの齟齬を減らすのは、今後の生活の上でも大事だろう。考えの手掛かりになりそうな発見は歓迎だ。
発見するにはやはり、俺自身が恐れずに色々と行動して、体で情報を収集していくしかない。
だから頭の奥に刻んでおこう。
そして、またへこんだら何度でも思い返せばいい。
それなら、この人生を楽しむほかないんだってな。
今は踏ん張りどころだ。
そうだ、新ハード購入へ向けて目標額まで一生懸命にバイトに明け暮れた、あの日々を思い出せ!
俺が移動するたびに、邪悪な緑軍団が薙ぎ払われていく。
振り返れば、幾つもの草のピラミッドが点々と後に残されていた。
「これは、やっちまったか……?」
なんて高性能な体なんだぜ。
そう思えるのが、こんな仕事にだけってのが泣ける。
俺は南の森付近から脱し、草原と接したあたりまで進出していた。
この辺から柵が遠ざかる。
普段は柵の近くまで運んでいたが、今は畑を囲む通り道の側に積んでいた。
やや傾斜があって外側へと下る土手のような場所の下だ。
人の手が入った付近のようだし寄せてはいるが、なにぶん量が多すぎる。
運ぶ必要はないと言われていたが、これは手伝った方がいいな。
というか俺は馬鹿か。
今さらだが、保管にだって場所を取るよな。
置き場にも困るようなら、埋める作業も必要になるかも。
それは覚悟しておくか。きっと穴掘りだって人族には向いた仕事だろう。
干し草倉庫も一定の間隔で建っていて、それぞれを近所の農夫が管理している。
おずおずと近場の干し草倉庫管理人に報告に向かった。
「すみません、管理人さん。刈りすぎちゃったんで運ぶの手伝います」
「おお、あんたか。いつもご苦労さん。一人に刈らせておいて後始末までなんてムゴイこた言わねえよ。ははは!」
かなり南の森から外れたし、ここの管理人とは話した覚えはないんだが。
おっさんにしろ他の冒険者にしろ、俺って農地で評判だとか聞いたな。
なんでたかが草刈名人が評判になるんだよ?!
「でも半端なく多くて」
「ああそうだろうな、話は聞いてっからなぅはっ……?!」
土手の下に並ぶ山を見下ろした瞬間、管理人は喉を詰まらせた。
さすがに驚きすぎだと思う。
「ひ、人を呼んでくる……待っててくれ」
「はい……」
数える前に運ぶことにしたようだが、それだけでも大変だ。
「結局運ばせちまってすまん」
「なんだか、余計に手を取らせちゃったみたいで」
「いやあ、これでしばらくは悩まされずに済むんだから助かるよ!」
近所の人総出じゃないかこれ。
近場の住人だけでなく、畑を手伝っていた低ランク冒険者たちも手を貸してくれた。
ひとまず畑沿いにかき集めてもらったが、防柵かなんかですか。
それを数えてもらうと、百五十束近くあった。
騒然となる大人たちの中で、子供が草の壁に取り付いてはしゃぐ。
「す、すげー! 兄ちゃん弱っちい冒険者ってほんとなのか? 力持ちじゃん!」
ぐさあっ!
いいか少年。力はなぁ、いらねんだよ!
「人族はずっと働けるだろ。時間が味方してくれるのさ」
ふっ、そう言い聞かせて俺は頑張るぜ。
「おーっなんか恰好良さそうなこと言ってら!」
良さそうってなんだ。恰好いいだろ!
「ほれ、そろそろ日暮れだ。家に戻ってろ」
「はーい!」
管理人は他の住人に、一部を放牧地側の畑へ回すと告げていた。
なんせ今まで刈った分もあるからな。
ああ、放牧地に回せるなら、もう少し刈っても良さそうか?
いや、あっちはあっち側で刈ればいいか。
今日は刈るのを中心にしたから、根まで引っこ抜くのは多少さぼった。
すぐに生えてくるようなら丁寧にやったほうがいいだろうけど、まだ周期がよく分からん。
大体の話は聞いてるけど、実際の感覚的な情報も欲しいからな。
話と作業を終えて、管理人が声をかけてきた。
「そうだ草刈りさん、いつもこの調子とはいかないだろうが、気にせず刈り進めてくれて構わんよ」
誰のことだよ!
「もともと、この草をそう当てにしてるわけでもないからな。それよりも魔物が潜める場所を減らし、早期発見できる方がありがたいってもんだ」
冒険者の一人が言ったが、他の冒険者たちも頷いている。
それだけ他の種族には面倒な仕事なんだろうな。
人族が向いてるといっても、これに専従してもらうなんて無理だろうし。
そこまで急を要することでもないってことだろうけど。
「じゃあ心置きなく進めるよ」
こうしてこの日俺は、新たな草刈り伝説を打ち立てたのだった。
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