045:生きている実感
水筒から水を飲みほして、一息つく。
ベッドに腰かけたまま、天井を仰いだ。
仕事、どうしようか。
本来なら安静にしているべきなのかもしれない。
足に意識を移し、立ち上がって自分の姿を見た。
なんにしろ、その前にやることがある。おっさんの言ったとおりだ。
「本当に、ひどい恰好だ」
洗濯は、今まで怪我をしたときよりもずっと時間がかかった。それでも汚れは落ちたんだから、魔素洗剤の洗浄力は本物だ。売り文句に嘘偽りはない。
誰が最初に発明したのか知らんが、どこだろうと生活を改善するために知恵を働かせる人間はいるってことだ。
マグという違うもんがあるから、独自の文明が発展していってるんだろうな。
そこそこ進歩した世界で助かった。石器時代のような時代に飛ばされていたら、それこそ着いた瞬間に死んでいてもおかしくはない。
……今だって、死にかけてるくらいだからな。
その事実に、奥歯をかみしめた。
休んでいても良かったが、部屋にこもっているのも気が重い。やっぱ、出かけようと準備を整える。着替えを買っていて正解だった。
ポンチョは生乾きだが固く絞ったし、この辺の気候は乾燥気味らしく、歩いてる内に乾く。
一つ、荷物に追加したものの手触りを確かめた。
謎のコントローラー。
邪魔臭いが、もうこれだけは二度と手放さない。
扉へと数歩歩いて、顔をしかめた。
ブーツが湿っていて気持ちが悪い。血が中まで溜まっていたから洗ったんだが、これはさすがに歩きながら乾かないだろう。
靴も替えが欲しいけど高いんだよな。一応これも革製品だから、素材のグレードが高い分、安くはならないだろう。そういえば室内履きも買おうと思っていたな。
どうせだ。今日は買い物に費やそうか。端切れ類も追加したいし。
ちょっとした布きれは、様々に利用されている。手ぬぐいなどの他、ベルトや紐替わりとしてや、靴下代わりの中敷きなどだ。予備で何枚か持っていても無駄ではない。
気休めで防具代わりに頭に巻いたりしていたが、丈夫な布があるなら専用に一枚買おう。本物の防具よりは微々たる出費だ。
他に、何かあったかな。
箪笥に戻って追いやった荷物を確かめる。
少しだけ残った木の実袋が目に付いた。最近は晩まで宿で食ってるけど、こういった消費物は買い置きしていても良いんじゃないか?
食い物は別として、こっちだな。火付け道具を買おう。というか、初期に持っていたものは予備を揃えておいていいだろう。まあナイフは高そうだから、あとは道具袋くらいだな。
心を決めて宿を出ようとしたら、おっさんが立ちはだかった。
「タロウ、飯を忘れんなよ」
腕組みして渋い顔をしている。
俺が降りてくるのを待ってたのか?
「本当に、すみませんでした」
すっかり昼時だ。心から申し訳ないのも本当だが、情けない気分で頷いた。
丸一日食べてない。栄養は摂らないと回復も遅れそうだ。ありがたく食べるとしよう。
食堂で待つ俺の前に、おっさんは飯を置くと提案した。
「回復薬は便利だぞ」
いや、提案よりも命令といった口調の強さだ。
塗り薬があるんだったな。
「すっかり、忘れてた」
「そうだろうな。買うついでに傷も診てもらってこい」
なんで薬屋に……あー今朝も薬屋を呼んで来いとか言ってたな。こっちじゃ医者のようなもんなのか。
「ギルドの向かい側を北に進んで一つ目の路地を入ったところにある」
そう言い切ると、いつものようにおっさんはさっさと出て行った。
俺に拒否権はない。当たり前だ。
「やっぱ、あったかい飯っていいよな」
毎日似たような野菜汁だが、飽きは来ない。家の飯なんて、飽きすらも味の一部のようなもんだ。これが、こっちの世界での俺のソウルフードってやつだろう。
こうして生きて飯にありつける。それだけでも、感謝しないとな……。
薬屋の目の前に立ち、思わず目を眇めていた。
看板は他の店と違い、文字よりも絵が目に付く。黒い丸の絵が描かれ、その下部に小さく『フォレイシーの薬』とある。ゲームの画像とそっくりだ。小さいアイコンだったから、回復薬を丸薬と思い込んでいた元凶の絵だ。実際は正露なんたらではなく、タイガーバーなんたらのような薬だったわけだ。
ゲーム中では最初期に役立つ程度の代物で10マグだったが、現実だとさすがに安すぎる。色んなものを買ってみると、薬がそんな金額のはずはない。
入ってみりゃ分かるかと扉を開いて、思わず締めそうになった。
入り口は、住宅地で見かける調剤薬局のような雰囲気だ。小さなカウンターが置いてあり、これまた小さな椅子が壁際に二つほど置いてあるだけで待合室もなく狭い。
だが、その奥は広く多くの作業台があり、忙しく働いている男が何人もいる。見たところ森葉族のひょろチャラく見える野郎ばかりだが、表情は鬼気迫るものがあった。分担作業なんだろうが、指示に一々怒号が飛んでいる。
そいつらの一人が吠えた。
「ぐ、う、をおおおおお!」
すり鉢を手に、すりこぎを猛烈に振るい出した者だ。
その横では、大きなザルを小気味よく振っている。宙を舞うのは、砕いた枯草のようだ。
「ほいっ、ほいっ、ハッ!」
ザルを片手で振りながら、木のボウルから豪快に掴んだ草を、どさどさっと追加していく。細かな粉が下に置いた巨大な升に降り注いでいた。粉散ってんぞ。
「ふん、ぬぉ!」
狭い机の間を縫うように、重そうな木箱や籠を作業台から手にとっては肩に積んで運びだす奴がいたりだ。
怖えよ。
静かな薬局ではなく、競り市にでも迷い込んだようだ。きっと店を間違えたんだな。ここは、そっとしておこう。
扉を開いたまま固まっていたのに気づき、取っ手を引こうと力を込めた時だ。
荷物を持ち去った男とすれ違いに別のチャラ男が飛び込んできて、俺に気付き目をぐわっと見開いた。
「客じゃねえか、受付当番どこ行った! 待たせたな。どうした入れ。用事は」
チッ……見つかったか。逃げても追ってきて、くびり殺されそうだ。
恐々としつつ室内へと足を踏み入れた。
「き、切り傷用の回復薬を……」
「よし回復薬だな!」
そもそも回復薬が塗り薬なら、切り傷用しかないんじゃないか?
なんて疑問は、目の前の男の怒鳴り声で吹き飛ぶ。
「おい資材置き場に行った奴呼んで来い! ちんたらしやがって」
なんでこんな殺伐としてんだよ。
こんな奴らに診察? 気軽に診てもらうなんてできるか!
「ん、顔色悪いな。ああ診察か!」
あんたが怖いだけだ!
逃げよう。
「そっちに座れ」
「いや傷は大したことないから薬だけで、うわっ!」
「怪我人と酔っぱらいはみんなそう言いやがるんだよ、ほら!」
カウンターを回って出てきた男に、背後から肩辺りを掴まれ押された。
意外なことに強引ながら乱暴ではない動きだ。一応は医者らしき気遣いもあるらしい。医者ってより救急隊員のような感じかもしれない。
仕方なく診察を受けようと椅子に座り、はたと気付く。
しまった、なんて言おう。
ちょっとノマズの髭に串刺しにされただけですし本当に大したことではないんです。もう塞がりましたし。え、いつ襲われたかって? 昨日ですが。傷が、塞がってる? ええ、まあ塞がってますね。はは、おかしいな?
今度は別の意味でパニックに陥っていた。
「ま、まずは回復薬の値段を教えてくれって!」
思わず叫んでいた。怒鳴り返されるかと身構える。
「なんだ金がないのか。すまんな、気が回らなかった。回復薬は100マグが一番安いやつだ。ちょっとした切り傷なら十回分程度はある」
ああ、なるほど。一回分10マグの謎はそういうことか。
「よ、良かった。それなら払える」
「そうか、では傷は」
う……状況を話すだけでも、分かってもらえるか?
もう、後は休むくらいしかないはずだ。渋々と、怪我の経緯などを話した。
「はぁ、ノマズの髭で腿に……よく、あんなもんが届いたな」
こいつもか。
冒険者並みに逞しそうだが、それでも医者もどきのはずだ。そんな奴にですら、ええーあんなのにやられちゃうのかよと微妙な顔をされるのかよ。
さすがに昨日とは言わずに誤魔化しつつ、観念して傷を見せることにした。不審に眉間を顰めているように見えるが、思ったような反応はない。
「確かに傷は塞がってるな……内出血はあるから、こいつを塗っておく。この塗布分はおまけしてやる。一つ買うんなら、鈍痛が続くなら塗っておけ」
やはり、ざっと傷が塞がるだけで、抜けた血が戻るわけでも傷ついた部分が元に戻るのでもないんだな。
無理やり傷部分を塞ぐだけといえ、血が止まることを考えれば、それには血管も含まれてるようだから十分助かるわけだけど。
「初顔だからな。今回の診察代は回復薬代金だけでいい」
「本来なら幾らかかるんだ?」
「診るだけ、呼ぶだけでも500は取るぞ。なるべく俺の面を見ないで済むよう気を付けろよ。ドラグ・フォレイシー、この名前も聞かずに済むようにな」
知らない奴に、名前がある。なんだろう、当たり前のことなのに、名乗られたことに今さら驚いた。
宿屋一家だって知らなかったが、元々ゲームに宿はなかった。
だけど回復薬はあった。なぜか道具屋、フラフィエの店に統合されていたが。これはゲームの操作性としてそうされたのかもな。一々、項目ごと違う店に行くよう操作させられるのは面倒だし。
馬鹿だな……今さら、ゲームがどうとか。
「どうした。気分が悪いのか」
店先で考えることでもない。この人に薬屋の仕事があるように、俺には冒険者の仕事がある。昨日の無茶を思い出せば、到底仕事だなんて言えないが。
死んでしまっても、リポップするんじゃないかと、どこかで思っていた。怪我をして痛みはあれど、体が元の自分のものではないとなれば、借り物のように目の前のものが遠く感じた。
意図して確かめる気はないが、結果的にそうなったら分かるだろうと。
分かることなんかない。死んだら、何もかもなくなってしまうのに。
体から確かに命が流れ出して力を失い、消えていくような感覚。
あれが、偽物だなんて思えなかった。
すっと、意識がはっきりするようだった。
この世界に来て、初めて俺自身は、仮初の体を世界の異物としてではなく、俺自身なんだと受け入れられたようだった。
つい黙り込んで俯いていた。
ドラグは静かに待っていてくれたらしい。真面目に向かい合った。
「タロウ・スミノだ。人族の冒険者だよ。だから、また来ると思う」
とんでもなく情けない宣言だ。
だけど、自業自得で死にそうになったくらいで、一々嘆いているわけにはいかないんだよ。
魔物がいて戦う世界だと、よく分かった。
そこで俺は、向いてない人種だということも、嫌というほど理解した。
怪我くらい、当たり前のことだ。
どんなに気を付けようとも、現実のもんが寸分違わないプログラムされた動きを
したりはしない。
日本でだって、害獣や害虫退治に命の危険はある。スズメバチや熊などに立ち向かう人たちには頭が上がらないと思っていた。危険でも、やってくれる人がいなけりゃ大変だ。
もちろん今の俺は、そんな彼らと比べるのはおこがましいことだろう。
今までなら。
これからは、もっと自分の現実として行動してみたい。
ドラグは奇妙なものを見る目で、だけど何が面白かったのか笑みを浮かべていた。
「そうか。精々あがけよ」
こんなところで突然、初めて会った奴の前で宣誓するようなことじゃない。恥ずかしすぎる。
目を逸らして差し出されていた回復薬に気付き、慌ててタグを取り出した。
「ええと、ありがとう、ございました」
「はは、お大事に! ……てめえら、まだ出来てねえのか!」
ドラグは追い払うように手を振って、また恐ろしい戦場へと戻っていった。やたら荒っぽいが、客に怒鳴ることはなく親切だったな。
手のひらに収まる木製の入れ物に目を向け、握り込む。
言われた通り、なるべくこういったもんが役に立たないで済むよう、気を付ける気持ちは持ち続けないとな。
決して、投げやりや捨て鉢になるのではなく、地道にだ。
薬を道具袋にしまうと、薬屋を出た。
他の買い物のために大通りを歩き始めた。
漠然と、持ち物を増やしたくないなと思っていたような気がする。全財産は、身に着けて運べる程度に留めておきたかったからだ。
何をするにも住所が必要で、戸籍もはっきりしているような日本で暮らしていたんだ。ホテル暮らしなんてどこの金持ちだよって。
まあボロ宿住まいだから、実際は低賃金労働者って感じの方が近いか。とにかく今までは、旅行中のようにふわふわした感覚があった。
だけど、そこそこ暮らして、これからも末永くお世話になりそうな実感が湧いてきた。少しずつ段階的に、元の世界への未練を断ち切っている。そんな気分だ。
痛い目に遭うたびに一歩ずつというのが、なんとも諦めが悪いが。
こうして過ごしていても、夢でも見ているような気分は抜けなかったのは、あまりにも英雄奇跡というゲームの世界に酷似しているからなんだろう。
それに中途半端に現実だったもの――コントローラーがある。
いっそ、すっぱりと元の世界と切り離されていたなら良かったのに。
「でも、似ているだけだ」
強さは数値化なんてされないし、知らない奴らも普通に生活している。
この世界はこの世界なりに回っているんだ。
数値化されないと思うと、俺にあるレベルアップと思っていた妙な感覚も、実は関係ないんじゃないかと思えてくる。
回復はどっちかといえば、マグ獲得量の影響なんじゃないだろうか。怪我を治療するのは、人体にも魔素が含まれているからじゃないかと。獲得分の魔素を補充できるからというなら、まだ納得できる。
もちろん、それもおかしいけどさ。傷を塞ぐんだから、マグ回復の効果とは明らかに違うわけだし。
まだまだ不明瞭なことばかりだな。
説明書なんか読まない方だったけど、今ならその大切さが分かる。コスト削減かよ。ケチらず説明書よこせよな。
ぶつぶつ文句言いながら大通りを横切った。
雑貨屋に日用品店、それと衣料品店を巡って一通り必要なものを買い揃え、げっそりした気分で通りに出るとほっと息をついた。
靴は、今履いているようなブーツとなると、安い奴でさえ五千マグもした。何をするにしろ、足回りは仕事の要だもんな。他に買う物もあるから、今回はパスだ。
上履きのように薄い革靴なら安かったが、柔軟性は高くないし、ちょっと激しい運動したらすっぽ抜けそうだ。室内履きにいいかと買ったが、これも千マグした。
買った物は斜めがけの鞄にも収まりきらず、新たに追加した予備の道具袋につめて口を縛り、紐を肩にかけて背にぶら下げながら歩いている。いったん荷物を置きに戻ろうか。
次こそは金が入り次第ブーツは買うぞ。
などと物欲に燃えてみると、ギルドに預金なんて、どれだけ先のことになるのかと肩が落ちる。
必要最低限のものすら揃ってないのに、まずは預金からというのも順番が間違っていた気もするけどな。
帰りかけたが、一番重要なもんを忘れてた。
マグ回復の魔技石!
今度は小回復の五個組と、中回復も一つ揃えておこう。
改めて街並みと店の位置などを確認するように見回しつつ、道具屋フェザンを目指した。
幅のない木製の扉を押し開くと、暗い店内に声をかける。
「ちわーっす、フラフィエいる?」
あ、ちょっと馴れ馴れしい呼びかけだったかな。
まあベクトルは違えど残念度合いはシャリテイルと張るからいいか。うぉっと危うく特大ブーメランが脳天をかち割るところだったぜ。残念具合なら俺も胸を張れるからな。
変だな、静かすぎる。いつもは奥でガタゴトと音が鳴るはずだ。
扉に鍵はかかってないし店内はゴチャゴチャしてるし、相変わらず不用心だ。
「ええと、ごめんください?」
奥の作業場に反応はないかと、触れれば崩れそうな木箱タワーの隙間を覗く。
かすかに物音はあるような。裏手にいるのかも。ちょっと待つか。
在庫はあるかな。
前回マグ回復が置いてあった棚を見上げたが、変わらず埃っぽい。ギルドへの納品で作ったりしてるのに、入れ替えないのかよ。
小回復なんか遠征組が使いそうもないが、その隣に中回復も並んでいたはずだが、今も商品の並びに変化はない。手が届かないから、面倒くさいんだろうか。
「うおっと」
棚の手前に並ぶ、崩れそうな荷が積まれたテーブルに近付くと、足元の何かを蹴った。前回フラフィエが持ってきた小さな踏み台だ。そのままかよ。
今の内に降ろしておこうか?
さすがに勝手は良くないな。
それにしても、出てこないのは別の作業してるのか?
ん? 奥からガサゴソと聞こえたような。
「フラフィエ?」
箱タワーの隙間へと、また声をかけたとたん、ものすごい音と悲鳴が聞こえた。
手荷物を投げ捨て、作業場の足元に散らばるガラクタトラップを飛び越えると奥へ向かう。壁沿いに積み上げた箱の隙間に勝手口があり、そこが開いていた。
迷わず潜り抜けると、宿にある共同井戸のようなスペースだった。井戸の代わりに木材が積まれていたり立てかけてあったりする。
半分野ざらしだが、物置きか?
見回すが人影はない。と思ったら、床に積まれた木材が蠢いた。
あれ、置いてるんじゃなくて、崩れた?
「ぶうぅー……」
「フラフィエなのか? 木をどけるから動くなよ!」
奇怪な音を発する木材に手を伸ばす。どっちが頭か分からないから、そっと木材を持ち上げて側の床へと移動させた。
ほとんど角材だよ。痛そうだなおい。怪我とかしてませんように!
すぐに見えた姿は、背を向けてのびていようと確かにフラフィエのものだ。
伸ばした腕と同じく、力なく広がっている首から生えた一対の翼が目に飛び込んできた。
しかしあろうことか、ささくれた角材の縁に柔らかそうな羽毛が挟まっている!
「だ、大丈夫か意識はあるか!」
「あ、あります。重い、です」
「あの、木材に羽が挟まってんだ。どうする? 毟れそうなんだけど……」
「かまいません、やっちまってください」
あああ、だから言わんこっちゃない!
なんでこんな進化だか退化だかしちゃってんだよ!
なるべく羽に触れないよう、指先でつまむようにして割れかけの木屑を折った。
「うっ……よし、外れたからどけるぞ」
ハラハラし過ぎて気持ち悪くなったが、これは人命救助だ。歯を食いしばって、作業に集中した。
助け起こしたフラフィエは、涙目でお辞儀した。
「ふはあぁ……本当に助かりました。タロウさん、ありがとうございます」
怪我はないようで良かったが。命にかかわる汚部屋ってどんだけだよ。
「やっぱ整頓は大事だと思う」
「う、そ、そうですね。見解の相違はしばしば存在するものですが、ええと……認めたくないとはいえ、慣れない人には混沌として見えるのも理解できますし……」
清々しいほどに潔くないな!
「今回は大丈夫だったから良かったけど、いつもとは限らないだろ……俺も、最近つくづく思ったんだけどさ……」
つい声が小さくなってしまう。これに関しては、人に文句言える立場にないからな。
「でも、確かに気が抜けていました……この機に整頓方法の変更は検討します!」
言い方はあれだが、今回は本気でまずいと思ったみたいだ。
「俺も買い物しやすいと助かるし。頑張れよ」
そうして店内に移動し、今回は素手で魔技石を掴んで潰すこともなく、無事に希望通りの数を買えた。
「また来てくださいね!」
「ありがとう。それじゃあまた」
これで、本日の買い出しは終了だ。
ようやく貯まりかけていた余分の金は消えてしまったが、気分は浮上していた。
なんというか、今まで買うまいと抑えていたのを揃えたせいか、吹っ切れたような気分だ。買い物で気分転換ってやばいな。破産一直線だよ。
「ギルドにも報告に行っておくか」
採取の依頼分はない。討伐の報告だけだ。結局、昨日はノルマと課していた分をこなせなかった。
大枝嬢には、また無理な討伐してと呆れられそうだ。
歩みを進めるごとに揺れる荷物の重みを感じる。これは間違いなく自分で稼いだ結果なんだ。
そう思うと、自然と足に力がこもったようだった。
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