041:遠征を見送る

 すっかり通勤路気分で大通りを南へ向かっていると、遠目に人だかりが見えた。

 南街道出口付近に並んでいるのは、パッと見二十人は下らないだろうか。

 というか整列してる?

 近付くにつれて把握できたのは、大荷物を抱えた冒険者たちだった。


 脇に立つ住人は、彼らを見てお喋りしている。会話の内容によると見物だ。俺もそこに混ざって様子を見ることにした。


 並ぶ面々はギルド内で見覚えのある者もいるが、あの場のように緩んだ空気はどこにもない。

 よく見ればギルドの男性職員らしき人もいる。いつもの制服ではなく、装備を整え大荷物を背負っているところを見ると、冒険者と変わりない。そして砦の兵も数人いる。


 皆が厳しい顔つきで、リーダーらしい冒険者や職員からの注意や兵の指示に耳を傾け頷きつつ、荷物のチェックをしている。がちゃがちゃと武具類のぶつかる音を聞くと気が張りつめるようだ。

 見たまんま、遠出するグループらしい。


「これが、カイエンが言っていた仕事か」


 想像以上に大規模というか、本格的で驚いていた。

 改めてこうして見ると、いかつさが強調され、本職らしい場慣れた雰囲気に圧倒されるものがある。

 ……俺が、暢気に草と戯れているように見えるのも、仕方がないんだろう。


 荷の確認が終わると職員は待機を指示し、ギルドへと足早に立ち去る。

 すると、一気に空気が緩んだ。


「ふひぃ、おやつを忘れたかと思って焦ったぜぇ!」

「へへ、こっそり酒も持ってきたぞ?」

「お前ら、そんな重いもんばかり持って遅れても知らんぞ。あ、そん時は余計な荷物だけ引き取ってやろう」


 あれ……いつもと変わんねえな。

 一瞬かっこいいとか思った気持ちを返せ。


 幾つか人垣から飛びぬけて高い頭がある。もちろん、どれも炎天族の赤い頭だが、その一つがこちらへ動いた。


「おっタロウ草か、なに生えてんだ」

「生えてねえよ」


 やはりカイエンだったか。

 ただし普段と違って、腕や頭部も防具で覆ってるし、他の者と同じく荷物を背負っている。予備の武器だかも括りつけてあるし、これで山越えなんて炎天族は行き倒れるんじゃないかと思える。そのために大人数で移動するのかもしれないが。


「例の、繁殖期時の遠征か」

「ほほう、覚えていやがったか」

「ついこの前だろ……じゃあ、全員が高ランク冒険者なのか」

「まさか。そんな素晴らしい者どもが何人もいてたまるかよ」


 てめえで言うか。


「この前、高ランクの仕事だとか言ってたろ」

「そりゃ最高難度の魔物が生まれる場合もあっから、その時のためのオレだ。ほとんどは中ランクの上位者だぜ。道中だって危険だからな。この街にいる高ランクは五人だし、何人かは残してないとまずいだろ」


 思わずカイエンを見上げた。


「たったの、五人……?」

「無論、オレもその一人よ」

「これだけの街に、それだけ」

「ふふん、どんなもんだい」


 また鼻高々だが、そりゃ自慢したくもなるだろう。褒めて欲しそうな雰囲気は無視するとして。

 しっかし、上位者だけでもこんなに人数を割くもんだとはな。


「よっぽど危険なんだな、魔泉ってのは」


 いつも自信満々のカイエンが、言葉に窮したように、はっきりしない笑みを浮かべた。苦い思い出でもあるようだな。


「ま、草に心配されるほどでもないかな?」


 人を忍者みたいに呼ぶな。


 カイエンが言うように、滅多になれないだろう高ランク含む上位者が連れ立って行かなければならない場所。どれだけ危険かなんて想像もつかない。

 どんなところかは知らずとも、俺なら百回は死ねるんじゃないだろうか。


「気ぃ付けろよ」

「おいおい、真面目に言われたら逆に何か起こりそうだろ? これも仕事の一つでしかないんだ。枯草みたいな顔すんなって!」

「いってえ! 馬鹿力で叩くな!」


 カイエンが俺の背をバンバンと叩くのを、必死に腕で受けたり避けたりする。

 いちいち一撃が重いんだよ、手加減しろ!


 そうしていると気が付けば隣には、いつもギルドでカイエンとつるんでる奴らが、へらへら顔で並んでいた。さっきまで隊列組んでいたのが台無しだ。みんな本来は自由人なんだろう。

 だが良いところに来てくれた。お陰でカイエンの攻撃が止んでくれたぜ。


「よう、わざわざ見送りに来てくれるとは奇特な奴だなぁ」

「巡礼ご苦労、草毟る鎮魂を唱えし者よ……」

「ネイチャースイーパー。また腕が上がったって聞いたぜぇ!」


 くたびれた感じの岩腕族、中二病をこじらせたようにすかして立つ森葉族、筋肉盛り過ぎて喋ると胸筋を震わせる炎天族と次々と声を掛けて来た。濃い。


 なんかまた俺の進化が進んでる。だから草刈りの腕ってなんなんだよ。大体、なんで英語っぽく翻訳されてんだ……ああ、国など関係なく、冒険者として集まってくる者は歓迎している場所だったな。

 山を挟んではいるが、一応この街も国境沿いだ。近隣諸国の言葉が、そんな風に聞こえるようになってるんだろう。そういうことにしておこう。


「ただの野次馬だ。どこに行くのか気になってさ」


 途端に三人は言葉を被せるように話し始めた。やかましい。

 どうにか聞き取れたのは、この街の外の情報だ。当然、ゲームの知識にもない俺の知らないことだった。


「んー、こっから西方面の山脈だ。ま、幾つもあるんだけどよ。あぁ幾つかって? ずーっと西行くと王都があっだろ。その間に、えー三つは街を挟んでたか? 山もそんだけある」

「邪なもの眠りし真闇の山を中心に、この街を囲む山並みを越えれば、最も近い人里とを隔てる山脈があるのは知っているだろう。大抵は、その周辺を虱潰しに叩いていく。が、今回は、それでも足りん。より完全なる鉄槌を望まれたのだ……」

「あー要は山脈は危険が一杯ってこった! 起源の魔脈が走ってるからなぁ。あの辺の魔泉は定期的に潰しに行かにゃならん」


 魔脈まみゃく……またとんでもない情報が出てきたな。

 え、そんなものが幾つもあるって、世界中に巡ってるってこと?

 邪竜が生み出したらしい邪質の魔素は、ジェッテブルク山から漏れてるのではない?


 少なくとも近隣諸国に被害はある現象のはずだが、さすがに、ここに現れた魔物が全世界にまで影響するとは思えないもんな。


 不思議だった魔物を倒してもいつの間にか戻っている現象。

 邪質の魔素が流れているのが魔脈で、それが地上に溢れるポイントを魔泉と呼んでいる。

 魔物が湧くポイントとはいえ、定期的に回るってことは常に見張るほどじゃないんだろうか。立地的に難しいのかもしれないし、魔泉の数が多くて回り切れず半ば諦めているなども考えられる。

 ……地図、ないのかな。


 そういえばゲームの説明書には、画面写真だけでなく結構細かな美術設定や挿絵もあったのに地図はなかったな。クリア後のおまけで開示されるアルバム情報などにも存在しなかった。設定に凝ってるなら、あっても良さそうなもんなのに。

 そんなこと今ここで考えたところでネットもないし、次回作の要望など送れるはずもないが。


 意識を戻すと、カイエンたちの説明話はどんどん逸れて雑談に移っていた。

 ケロンというカエルの魔物が枕にちょうど良いから抱えていけたらなぁとか、理解できないし、したくもない話をしている。しかも他の奴らは真剣な顔で同意していた。


「だろ?」


 とか、意見を求められましても。

 答えに窮して曖昧に頷いていると、聞き覚えのある声が響いた。


「おっ待たせー! ギルドからの支給品よ。受け取ってちょうだい!」

「シャリテイル、遅いぞー!」

「ようやく来たか!」


 冒険者一行は、呼びかけられた方へと集まっていった。

 さっきギルドに戻っていった職員とシャリテイルは、共に大荷物を運んできたようだ。人垣の間から垣間見えたのは、木箱の底に車輪をつけたような台車の側に立って、中身の袋をみんなに手渡している手元だけだが。

 忙しくなるってのは、遠征の準備を手伝っていたからか。


「何かあれば遠慮なく使ってちょうだい。最低限の魔技石と回復薬だけどね」


 へえ、さすがにその位の補助はあるんだ。ん、あの台車に魔技石?

 この前フラフィエを手伝ったやつだろこれ。回復薬は違うだろうけど。


 全ての冒険者だけでなく兵達も受け取り、行きわたると人垣は再び列を作った。

 そうして、シャリテイルの全身が目に入ったわけだが。


「なんだあの風呂敷包みは!」


 いつもの白いワンピースなのかは、マントで全身が包まれ分からない。それはいいのだが、大きく膨らんだオリーブ色の布を背負って首元に括りつけられていた。

 大昔の人か泥棒かって感じだよ。


「やっほー、じゃ行ってくるわねー!」


 シャリテイルは隊列の背後へ向けて手を振った。俺や周囲で立ち見している住人、多分全員と顔見知りなんだろう。

 ていうか、シャリテイルも行くのか。

 中ランクの上位者とは聞いていたが、らしい働きを目にしたことはない。図らずも確かなランクなんだと知れたわけだ。

 俺も手を振り返しつつ、渋くなる気持ちで動き出した隊列を見送った。




「冒険者ギルドへ行ったら、素敵な受付のお姉さんとお話して、どんなクエストがあるのかなあってクエストボードの前で吟味する……そんな冒険者らしい日々は、

いつ訪れるんだろうな?」


 それが出来ないのは、自分のせいだけどさ。

 いつもいつも何かと忘れたり、思いついたらそれに突っ走ってしまうせいって分かってるさ。

 ひとまず南の森は踏破した。ということにしておいて、今は探索に区切りをつけておこう。


 折った剣を新調したからカピボー退治に来たはずが、すっかり浮かれた気分は消えていた。

 シャリテイルも留守にするから、採取を頼むと言ってくれたんだろう。

 大変な行軍と比べりゃ些細な仕事だ。


「でも、当てにしてくれたんだよな」


 ならば代打としてしっかり毟り倒そう。

 ケダマ草を摘むため道具袋の口を開いた。



 ◇



 早朝からギルドへやってきたのは随分と久しぶりの気がする。

 いや、そもそも朝一から来た事あったっけな。

 扉をくぐると、そわそわと周りに意識を向けながら奥の壁際に移動した。人目が気になるのは、今さらボードに気付いたのかよと思われそうで気まずいという自意識過剰な挙動不審だ。


 ちらと見た窓口に大枝嬢の姿はない。

 どうも冒険者ギルドは夜も開けているらしい。夜は人数を絞っていると思うが、シフトだってあるだろう。意外と朝から込んでないのも、皆の来る時間がズレているお陰かな。

 もちろん一般の住人まで二十四時間活動なんてことはないから、ほとんどの活動は日中に済ませるんだろうけど。依頼の張り出しなどは、受け付け次第のようだ。

 そう、たむろっていた奴らが話しているのを小耳にはさんだ。


 人もまばらな今の内に思いっきり堪能しようと、念願のクエストボードを見上げる。

 どうしたことだ、このトキメキ。

 板切れの前に立つというだけの行為が、こんなにも胸を熱くするとは!


 興奮しすぎの気分を落ち着けようと一つ深呼吸をして、貼られた紙切れの内容を吟味する。


 依頼書が所狭しと張り出してある薄茶色のボードは、ただの板を並べて打ち付けてあるだけだ。大きさは一般的な教室で見られる黒板サイズだろうか。思ったよりでかい。その理由は、依頼の文字がでかいからの気がする。


 ものによっては、何枚もの依頼書が細い木の棒で刺して留めてあるが、めくってみると同一の依頼のようだ。

 採取依頼が多い?

 それも常時確保したいタイプのものらしいな。俺にできそうなものもあるかもしれない。


 片っ端からめくってみた結果、山の麓にある鉱石採取場入り口付近での採取依頼とやらが多かった。当然の如く中ランクの中でも難易度の高い場所だ。

 そんな複数口の依頼の一つにケダマ草採取があり、一番下に無理矢理貼り付けられたようだった。そして、俺にできそうなのは、どう見てもこれしかない。


 ……いいんだ。一時でも夢を見れたこと、俺は忘れないよ。




 討伐依頼の方も見ておくか。

 情報として蓄えておくのだって無駄にはならないはずさ。


 そうして見ていく内に、まるでゲームを遊んでいる気分になっていた。

 やっぱりだ。ゲームにあったクエストは、すべて存在しているらしい。


 違いは、こっちの方が依頼の種類が多岐に渡るってことだ。これも魔物の情報と同じだな。

 ゲームにあったものは、すべてがこの世界にあり、こっちは現実の分だけ、他にも多くのことが加わるし、情報も細かくなるような感じだ。


 それは、いいとして。討伐依頼の種類は複合的なものが多いな。

 例えば採掘者の護衛を兼ねた討伐依頼などが特に多い。まさに用心棒だ。


 中ランク高難度から高ランクの場所は、北のジェッテブルク山周辺に固まっている。そこから東西に広がるように中ランクの場所が存在する。

 だから、ほとんどの中ランク者が、街の北側へ集まっているんだろうと思えた。

 どうりで南の森側で人を見ないはずだ。


 不思議なのは、低ランクの討伐依頼書が存在しないことだ。

 もちろん、張ってはあったよ?

 板のすみっこに、カピボーやケダマなどの低ランク魔物は気が向いたらよろしくって感じでね、お願いとして書かれてあった。

 わざわざ依頼書の形をとるまでもないってことかよ!




 なんとなくの満足感に浸り、立ち尽くしていた。

 今日の目標は? クエストボードを確認することだ。

 ああ、もう終わったよ。本当に見ただけで。小さな目標とはいえ達成したなら現実に戻ろう。

 そう思いつつ肩を落としていた背後から声がかけられた。


「あら、お早いですねタロウさん。丁度よかったでス」

「あ、おはようございます」


 大枝嬢の遅出の時間まで居座ってしまっていたらしい。

 ちょうど良いとはなんだろうと、いつもの窓口に近付く。


「現在、高ランクと多くの中ランク上位者が遠征に出ておりまス。その間、低ランク地の魔物の数が増加する可能性がありますから注意してくださいネ。負担でなければ、もうしばらく討伐を意識していただけると助かりまス」


 魔物を片付ける冒険者が減ったんだもんな。それも、一人で何人分もの働きをするやつらが。注意喚起もおかしくはない。

 おかしくはない……何か引っかかるな。


 街から離れるほど魔物は強くなる。

 その高ランク地にいる魔物が増えるのも、危険ではある。街道辺りにうろつかれては、行商人やら日常的に行き来する村人もいるかもしれないし困るだろう。

 でも、そんな強力な魔物ほど、街には近寄れないはずだ。


 低ランクも末端の俺に、魔物討伐重視でとの指示は違和感がある。

 いつものギルドの決まり事なのか? 念のため気を付けてねっていう。

 ……確認してみようか。

 知らないのはおかしいのかもしれないが、シャリテイルも遠征で出てしまったし、今聞かないとまた忘れそうだもんな。


「あのコエダさん、繁殖期でもないのに低ランクの魔物が増えるんですか?」


 案の定、大枝嬢は不思議そうにウロのような口を丸めたが、すぐに必要なことだと思ったのだろう。キリッと引き締めて説明してくれた。

 そして聞いたことに、俺は青褪めることとなった。



「魔物が、分裂する……!?」



 各地にある魔泉からは、一定の期間が経つごとに、高ランク指定の魔物が生まれる。そいつらは当然、聖質の魔素濃度が高い場所や、結界を施した人里へは近付けない。

 それでどうするかといえば、体が耐え難い濃度の境界に差し掛かると、そこで耐えられるランクの魔物へと姿を変えるのだそうだ。

 そんなに風にランクを下げながら、人の住む領域へと入り込んでくる。


 姿を変えるといっても、ただ弱くなっていくだけではない。

 元から持つ魔素の分で作れるだけの魔物へと変化していく。だから、ランクが下がるごとに数が増えていくということだ。


 魔脈や魔泉、魔物の数や繁殖期――。

 それらが、頭の中で、一気に繋がっていた。





 南の森まで来ると、ケダマやカピボーたちが、これまでと違ったものに見えるような気がした。


「遠征か……」


 この街はやたらと暢気に見えるが、外はそうでもないんだろうな。

 そう広くもないのに冒険者の割合か多い街だ。特に魔物が多い地域だからこそ、対処してる分、他の町村より安全なこともありうる。


 多くの住民と同じく、まだまだ俺も守られている側だ。

 だとしても――。


「俺は、俺の仕事を頑張んなくちゃな!」


 草刈りは十五束でやめておいて、ケダマ草採取は多めに三袋を達成したし、日課は終わりだ。


 そんな話を聞かされたら、じっとしてなんかいられない。

 高ランクの奴らがいない間は、魔物駆除に努めようじゃないか。

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