040:マグ量と強さの関係

 今日もそれなりの稼ぎがあったことが嬉しく、タグをにやにやと眺める。

 残額が五桁を超えていたのだ。なんと現在の残額、16619マグ!


「ギルドに預けられる日も、そう遠くないかもなぁ……クク、フハハ!」


 まだまだ無理だけどな。

 次の宿代と、防具という難敵が俺の前には立ちふさがっている。

 もう少し様子を見てからなどと言わず、討伐も念頭に置いていこうと決めたから、無理してでも揃えていきたい。


 預けるのは、どうすっかな。

 暫定で、五万くらい貯まったら考えるでいいかな。生活費に残しておく分と、預ける手数料もあるし当分先だ。


 稼げた分の内、看板依頼の収入には微妙な気持ちになるが、宿に戻ってきたときのことを思い返すと悪い気はしない。


 俺が戻ると、おっさん達エヌエン一家は、掛け直した看板の下で見栄えを嬉しそうに話していたんだ。


「おう早いなタロウ」

「よっタロウ。ちょうど噂してたぜ」

「ありがとねタロウ。あたしたちゃ細かいことには気が回らなくってね」


 女将さんとは初めて話したが、シェファと同じくすっかり話したことがあるような雰囲気だった。入り口で迂闊なこと喋れないな!


「いや俺も器用じゃないから、飾りっ気なくて申し訳ないです」


 そんなことを話していると、店を閉めた店主らしき人たちが集まってきた。おっさんたちが声をかけて待っていたらしい。逃げておけば良かった。


「妙ちくりんな文字ね。でもさっぱりしたじゃない」

「綺麗になったのは良いこっちゃ」


 他の店主らの、見た目に対する反応はいまいちだったが、看板らしくなったと満足して帰っていってくれた。めちゃくちゃ恥ずかしかったよ!

 でも、まあ頑張った甲斐はあった。




 稼ぎもだが、マグ獲得量の確認にコントローラーを手に取った。素っ気ない表示を見て疑問が湧く。

 レベルなんて表示はあるが,経験値は一体何を参照してるんだろう。

 気にしてもしょうがないとはいえ、俺の謎体質を解き明かす鍵かもと思えば、考えてみるのは悪くないだろう。


 娯楽がないから、ちょうどよい退屈しのぎだ。退屈に思う暇はないが、やっぱ心にも栄養が欲しいじゃないか。

 これも余裕が出てきた証拠だろう。いわば、俺自身をネタにゲームしてる感覚で、遊んだ気になってみているのだ。


 そんなことを考えながら、紙束へと視線を移す。

 この魔物メモだって実用も兼ねているつもりだが、ここで今俺に出来る趣味として始めてみたってのもある。

 ぱらぱらとめくって見ていると、各魔物の持つマグ量の項目が、不意に気になった。


「レベル5のモグーから500マグの獲得はいいとして。ん? レベル4のケムシダマが100なのも低すぎて変だと思ったが、もっとレベルの高い四脚ケダマが400マグ?」


 各魔物のマグ量は、ゲームの設定と違うことは当初から分かっていたが、強さとは関係ないのか?

 でもランクの分布はゲームと同じだ。そう考えれば、強さとレベル差にはゲームとの違いはあまりない。

 レベルとマグとの分布が妙だと思ってはいたが、そういえばゲームも、全レベルに対応した魔物がいるわけではなかった。


 経験値になり得るものといえば魔素しかなさそうだし、魔物の含有するマグ量が関係すると思っていた。

 ただ、レベルの割にやたらマグ量の少ないケムシダマは、繁殖期だった上にカイエンと一緒に大量に片づけたことだし、正確に判断できないか。


 経験値については保留にするとして……ううむ。

 マグ量と強さというか、ランクの関係性は薄いと思った方が良さそうだな。

 これって、低レベルでもマグ量の高い奴を襲った方がお得ってことじゃないか?


 なんて、せこいこと考えても、選んで戦えるような実力なんかない。それに魔物駆除が義務の、この世界の冒険者道に反する。地道に無茶して、回れる場所を増やせばいいのだ。いや、地道に。あくまで安全第一だ。



 ◆



 良い天気だ。魔物狩り日和である。


「よっしゃ今日も南の森の大掃除だぜ」


 そう言ってはみたものの、どうにも違和感がある。


「南の森、南の森ね……あ、そうか」


 俺はすっかり南の森を踏破した気になっていた。失念していたが、街道を挟んだ祠周辺までが南の森と呼ばれる場所だ。


「なんてこった……そんな単純なことにも気が付かずに、踏破した気になっていたとは」


 だから貴様は甘ちゃんなのだ。 

 ライバル役をでっちあげて、心の中でそんなことを言わせてみる。


「んじゃ昼まで探索してみるか」


 低ランクの場所には違いないし、今ならそう危険はないだろう。




 俺はシャリテイルが進んだ抜け道は通らず、もう少し遠い場所にある、藪の開けているところから森に入った。あんな道のない場所を、案内なしで進める気がしない。


「やっぱ、あっちと比べると静かだなー」


 一旦祠の位置を確認してから周囲の探索を始めた。

 同じ森の一部とされているが、こっちには白樺のような木が多い。いつもの草刈り場近くの方は、普通に茶色い木がメインだ。

 それも祠周辺だけのようで、しばらくすると混ざり、さらに離れると茶色い木だけとなる。こうなると向こう側と同じだ。


 さらに離れると、木々はもっと暗い色になり鬱蒼としてくる。これは奥の森に近付いているってことなんだろう。ここで引き返した方がいいな。


 ほんの少し東に行けば、中ランクで中難度の洞穴面があるはずだ。


「……花畑よりは、楽なんじゃないか?」


 少し、入り口を覗くだけなら大丈夫……いやいやいや、いつもそう言って危険な目に遭っているだろ!

 しかしな、洞穴だよ?

 森の中のように境がないわけではない。

 洞穴の入り口という、明らかな境界がある。ならば魔物の行動も違ってくるはずだ。


 たとえば、暗い場所を好むとか……おや、カピボーにしろ他の奴らも普段から茂みに潜んでいるよな。でも茂みとは違って、わざわざ場所が分かれてるんだから、そこから出てくることはないだろう。

 もし外まで出てくるなら、洞穴マップとして独立していると言えないのではないか。森の中の洞穴エリアで良くなるじゃん?

 ああ分かった分かった。入り口から覗こうと思わなければいいんだよ。


 そんな脳内口論を広げている内に、俺は洞穴が見える位置まで辿り着いちゃっていた。穴の前は、祠の前と同じく多少開けている。

 特に魔物の影は見えないが。


「なんたる迂闊ー!」


 濃い灰色の岩の壁に、ぽっかりと空いた黒い穴を横目に、側の木陰に回ると先客がいた。


「ケャウゥッ!」

「案の定だああっ!」


 互いにビックリしつつも、俺の動きは早かった。

 もう来た頃の俺とは違うんだよ!


 殻の剣を思い切り突き出す。

 重い手応えと共に掻き消えるケダマには、四本の脚。


「ゲッ! 四脚のほうだったのか……」


 冷や汗が垂れる。気になる、周囲の森の雰囲気は?

 やだ……鬱蒼と、してますよ。


「あ、あ、あれえ? 南の森範囲を超えるんだココって? は、ハハ……」


 ヤバイ、戻ろう。木陰に近付くのはまずいと、開けた方へと後ずさった。


「ブイーン!」


 洞穴の前には、低空でホバリングする魔物がいた。

 丸く黒い体の背から生えた硬そうな二枚の羽は、俺の殻の剣と同じ、淡く黄色がかった色をしている。その下から生えた薄羽が振動音を発していた。

 レベル12の魔物、カラセオイハエである。


「出てきてんじゃねえええっ!」


 カラセオイハエは重そうな体を器用に飛ばして突進してくる。


「ブイブイ!」

「やっぱりこうなんのかよ!」


 飛ぶ相手だ。逃げの手はない!


 俺も負けずに剣を構えて突進した。





 地面には、二枚の大きな羽――というか外殻のようなものが残っている。

 俺の胴を覆えそうなカラセオイハエの外殻が二枚だ。

 でかいが、ツタンカメンの樹皮の甲羅よりも軽い。


「か……勝てた、のか」


 素材、だよな。

 それを拾うと、そばに散らばっている似たような欠片も拾った。


 それは、殻の剣だったものの欠片だ。

 ……泣きそう。

 特に危険はなかった戦闘だったとはいえ、受けた心の傷は忘れないぜ。




 カラセオイハエの羽は、色といいどう見ても殻の剣の元素材だ。

 とっさに突っ込んでいった時には、思い至れなかった単純なことだ。

 同じ素材がぶつかれば、互いにダメージがあるよな。

 いや、少しは意識にあったつもりだった。


 突撃してきたハエもどきの本体を狙って、真っ直ぐに突きを見舞ったのだが。

 よし、行ける!

 そう思った次の瞬間だった。


 パキィン――。


 乾いた音と共に、手から白い破片が飛び散る。


「はぅあ!? ああっ俺の、剣が! おま、なんつー汚い手を使ってんだよ!」


 この野郎……当たると思った瞬間、殻の羽で体を覆いやがった!


 避けようもなく、勢いのままに切っ先はまともにぶつかり、殻の剣は刀身の中ほどから幾つかの破片へとお別れしてしまったのだった。


「おのれ、ハエもどき……!」



 殻の羽は背中から生えているが、閉じると全身が埋まるほど大きく分厚い。それで全身を防護できるようだ。

 こいつは、特殊能力に防御姿勢ってのがあった。使われるとこちらのダメージ値が減らされるもので、長くとも三ターンほどで解除されるが、レベルの低い内は面倒くさい相手だった。


 それが、目の前で行われる姿は面倒では済まない。カラセオイハエは丸い塊となり、地面に落ちて転がっている。

 こいつ、完全に殻に閉じこもりやがった。


「出てきやがれ!」


 自由をやるからさ!

 ガンガンと蹴りを入れてみるが、転がるだけだ。


 そりゃ、薄い羽の方も内蔵しちゃうから飛べなくなるのは分かるが、これじゃコイツからも攻撃できないだろうに。なんとも気が抜ける……。


 形状はやや楕円だが、でかいクルミのようにも見えるハエ玉。俺は意を決して、それを腕に両手で抱える。そして思い切り洞穴の壁面へと走り、叩きつけた。


「ブビ……ッ!」


 殻の内側では轟音が響いただろう。カラセオイハエは羽を開いて落ちた。

 この隙にと、また閉じられないように羽を踏みつけて立つ。未練たらしく握っていた剣を、頭部の複眼らしき黒い部分へと突き立てた。折れて鋭利になった刃が食い込み、抉るように引き裂くと煙となった。




 そんな情けない戦いを思い起こしたところで、他にやりようもなかった気がしている。


「また、無駄な戦いを繰り返してしまったか……」


 まさか本当に洞穴の外まで出てくるとはな。

 途方に暮れて、手の中にある砕けた剣を見ていると、幾つかの振動音が暗い穴倉から響いた。


 援軍か。考えるのは後だ。撤退!

 俺は壁沿いに祠方面へ向けて森を抜け街道を横切ると、いつもの南の森へと戻った。




 黄昏れた気分で草刈りに励みつつ、ぼやいていた。

 ぼやきながらも悔しさは草っぱへと叩きつける。


 殻の剣もようやく馴染んできたのに。元は十二分に取れたとは思うが、買ったばかりと思うと悲しいよな。

 それに、自分の技量のなさが歯がゆい。


 予備も持っていた方がいいのかね。二本も長ったらしいのを持ち歩くのは邪魔だが。そもそもナイフの予備として買ったんだっけ。

 どのみち、ここは専門家を頼るしかない。

 ストンリに相談だ。


 ふと顔を上げると、昼になっていた。早いが、武器がないのも落ち着かない。

 仕事を切り上げて街に戻ろうか。そう決めると草束を振り返って変な声が出た。


「ふっわ、意地になって刈りすぎたわ……」


 草束ピラミッドが幾つも出来ている。

 順調に刈り始めた地点から遠ざかってるな。


 西側の畑地帯と柵との境は、住民も日常的に手入れしているようだし、畑を回り込むことになるんだろうか? そうすると平原側の魔物との接触が気になるな。


 いつも街を一周するように刈っているということだから、好きなところから手を入れるってわけにもいかないだろう。時間を作って、一度周回して見た方が良さそうだ。

 早く報告を済ませよう。面倒くさい気分になると、もうナイフだけでいいやとなりそうだし、気が変わる前に武器をなんとかしないとな。


 畑に出ていた干し草倉庫管理人を呼んで数えてもらったのだが、ものすごく呆れられていた。


「は、はは、調子が良かったみたいで……」

「よくまあ頑張るね……もちろん助かってるが。ほい証明。この調子、ほどでなくてもいいが、また頼むよ」


 結果は、五十束いっていた。自己記録更新だよ!

 喜んでいいのか微妙だ。




 ギルドへ報告に向かうと、俺が背負っている素材を見て、大枝嬢がこめかみを枝のような指で押さえた。だが、段々慣れてきたというか、不憫な反応をされてしまったのが解せない。


「なぜ、行く先々ではぐれ魔物に会うのでしょうネ。タロウさんの体質なのでしょうカ」


 失礼な。バッドラックのステータスなど要らぬ!

 ……いや、振り切ってるから異世界に飛ばされるような不運に見舞われたんだろう。考えるまい。


 一旦宿に戻るのも惜しく、装備屋に突撃していた。

 ベドロク装備店の扉を躊躇なく開く。

 もう、ストンリが居ないかもとか店が開いてないかもといった疑問はなかった。


 店の奥で作業していたストンリは、扉の軋む音で表へ出てきた。

 俺は顔を見るなり謝る。


「ごめん、折ってしまった」

「まあ、そいつが相手じゃ、仕方ないかな」


 ストンリは俺がカウンターに置いた剣の欠片や柄と、背負っていた殻を見て納得していた。

 さすがは素材フェチの装備屋だ。目ざとい。


「殻を削りだしたもんだし、鍛錬しなおすこともできないから修理は諦めてくれ」


 ですよねー。

 骨にしか見えなかったし。


 そしてストンリは無言で、全く同じものを在庫の魔窟から引っ張り出した。

 いったい何本作ってんだよ。


「これが最後だ。また作るとしたら、そうだな、その素材でもうちょい強化したものを作ってもいい」

「えっ、こいつでも強化できんの?」

「まだ余地はある。タロウ用に作るってことだから、加工代もかかるが。軽さを取るなら、やはり殻製がいいだろう?」

「もちろんだ! わずかでも丈夫になるならやってみたいね」


 ストンリは一瞬微笑んだが、すぐに表情を引き締めた。

 あ、あれ、なんか不安だな。何か試そうとしている顔だろ絶対。


 まあ、いつも意図は汲んでくれてるし、俺には口を出せる知識も実力もないからお任せするしかないな。

 まだまだ武器や道具に振り回されているが、日々マシになってるとは思う。

 その内に、どーんと無茶ぶりなオーダーメイド装備を依頼してやるさ。


「そうだ、予算は今までよりはある。三千くらいなら出せるかな。それでも安いとは思うけど」

「それはありがたいな。ま、心配しなくていいよ。加工費がかかると言っても、出来ることは多くない。それに、余った部分を買い取らせてもらうってことでいいかな」

「まあ、それでいいなら」


 新たな武器ってのも嬉しいが、やっぱり手元にもう一本あると心強いだろう。


「これも貰うよ。千マグだったな」

「いや500でいい。鞘なんかは使い回せるし、追加の素材もあるから」


 それに、不良在庫だし……そう、ボソッと言ったの聞こえたぞ。


「それじゃ、新生・殻の剣は任せたぞ!」

「新生って……ああ、またな」


 ひとまずは在庫の殻の剣を買うと、俺はまた外へ飛び出した。

 気分的に、仕事は切り上げようと思って帰ってきたわけだ。余った時間で、草刈り予定地の確認がてら街をぶらつくのもいいかと思ったはずだったが。


 武器があると思うと気力が湧いてくる。余計な気力かもしれない。

 だが、盛り上がる気分の勢いに乗っちゃうのは、悪いことばかりでもないさ!

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