018:飯の心と装備屋

 もう、我慢できない。

 金に余裕がある。

 ならばやる事は一つ!


「おっさん! 朝飯頼む!」


 日が昇りかけだというのに宿のおっさんは眠そうなそぶりもなく、期待通り壁の向こうから現れた。

 不本意ながら、こんなにおっさんの顔を早く見たいと思ったことはない。

 まずは朝食だけ試すことにして、10マグ支払った。


 そういえば食事と宿代がほぼ同じって、どっちかの額がおかしい気がする。食事代金を聞いたときの反応から、とりあえず貰えばいいくらいに考えてそうだった。

 今の俺にはありがたいけどさ。




 そうして、俺は細長い食堂の席でそわそわと待つ。

 頭のサイズしかない小さな小窓はあるが、高い位置にあり光は届かない。だが板壁が隙間だらけで、そこから幾つもの光の筋が伸びていた。その微かな光の下に、当然と言ってしまっていいものか、他に客の姿はない。


 俺の体の幅ほどしかない木製のテーブルは、木材をそのまま組んだだけといった質素さで表面がささくれ立っている。期待に膨らむ気持ちを落ち着けるために木目を数えるまでもなく、おっさんが四角いトレイに乗った食事を持って現れた。


「待たせたな」


 いや、やけに早かったと思う。作り置きか?

 立ち昇る湯気を見て、喉が鳴る。

 目の前に置かれたものを見て、言葉に窮した。


「なんだ、これ、すごいな……」

「おう、そうだろうそうだろう。朝は仕事始めだからな。それなりに力入れてんだって」


 両手で掴まなければならないほどのゴツゴツとした丸く黒い物体。投擲武器になりそうな重量級の、パンだ。


 丼サイズの木椀には、一口大に切り刻まれた数種類の野菜が、こんもりと湯の中に盛られている。


 しょうゆ皿サイズの小皿には、しなびたキャベツのようなものに香草だろうか緑の葉くずが絡まっていて、臭いには酸味がある。漬物だろう。


 量は十分だ。

 十分だけどさ……肉どこ?


「食い終わったら、こっちの壁際の台に置いてくれ。もうちっと自慢してやりたいが仕事があるんでな」


 自慢はいらねえよ。

 おっさんは言いながらも、さっさと出て行った。

 宿の仕事も早いよな。客が居ない間は何してるか知らないけど……。


「ふんぬっ!」


 力任せにパンを引き千切る。

 中も黒っぽい中に、粒々とした穀物の欠片が散らばっていた。食い応えというか、噛み応えはかなりありそうだ。

 ぼそぼそとして硬いが、こういうのってスープにつけて食うんだよな。

 少し浸してみて、ほどよくふやけたパンを齧る。


「パンまで酸味があるな」


 まあ、悪くない……のかな?

 甘みのないパンだし、スープと良く合う。朝は塩分と水分が欲しいもんな。

 漬物はピクルスっぽい味で、癖はあるが爽やかな味わいだ。


 スープの味付けは塩だけかと思ったが、よく見ると油が浮いている。

 野菜の合間から、干からびた茶色い物体が幾つか出てきた。


「ビーフジャーキー? いや牛じゃないだろうけど」


 肉は牛の臭みを取った鶏肉のような風味だ。この干し肉が出汁なんだろう。

 日持ちするから使っているのか、こういうメニューなのか分からないが、それでも肉だ。

 テンション爆上がり!


 気がつけばガツガツと掻き込んでいた。


 自宅で食べていた朝食は、米と卵と味噌汁とプラス何かといった和食や、トーストにバターを塗って目玉焼きとベーコンを乗せポテトサラダなどを添えた洋食などだ。作るのは俺じゃないが。


 それと比べりゃ、わずかな塩気と野菜の風味だけ。

 日本の食事と比べれば貧しい食事のはずなのに、やたらと胸に染み渡る。


 この街に来てから初の温かい食事だ。

 たった数日だというのに、数ヶ月ぶりにありつけたような気分だった。

 数日の間だというのに、本来なら在り得なかった体験をしたからだろうか。


 視界が歪む。


「……うまいよ」


 久々の飯を、涙で台無しにしてたまるか。


 俺はこの世界を楽しんでいる。それは真実だけど。

 異常な状況に、知らず精神的な負担は大きかったんだろう。






 昨日の儲けは、たまたまモグーが居て、それも運良く倒せたからだ。

 いわば泡銭である。

 貯蓄に回した方がいいんだろうが、ちょっとくらい休んだっていいと思うんだ。


 疲労が溜まるのはよくないし、やっぱ店とか巡ってみたいじゃん?

 これも早く街に馴染むための社会勉強だとも。


 そんなわけで、大通りを歩いている。

 大通りと言っても、普通車二台がギリギリ通れるかというほどの幅だ。

 もっとも、店先に箱や籠類の他、立て看板に荷車などが並んであり、さらに狭く感じられる。


 時は昼だ。

 休んじゃおっかなーと思いつつも、やはり明日への不安は拭いきれず、つい午前中一杯を草刈りに費やしてしまった。

 しかも張り切って、午前中だけで己に課した最低ノルマの十五束を刈り取ったからな。もう余裕っすわ。


 辺りには食欲をそそる香りが漂っていた。

 食事を目当てにした人々が、幾つかの店に吸い込まれているが、思ったほど混雑の様子はない。ああ、割合の多い冒険者が一々街に戻って来ないからかな。


 俺も食堂に吸い込まれそうになったが、ぐっとこらえる。

 まず向かうべきは装備屋だ。

 実際に扱われている防具がどんなもんか色々見たいし、相場を知る必要がある。


 街の通りは、どれも似たような建物ばかりだが、その分看板には力をいれているらしい。大抵は店名の周りにも絵柄が入っていて、それで店の種類も分かる。


 それでも俺が戸惑ってうろついてしまったのは、いかにも武具に関連しそうな店が大通り沿いになかったせいだ。

 てっきり装備屋なんてのは、どんと構えているのかと思い込んでいた。


 元のゲームのマップを思い返し、縮尺を勘案して向かったのは、ギルドのずっと東側にある裏通りの外れだ。

 なんだかすごく……おどろおどろしいです。


 適当な木材をツギハギにしたような掘っ立て小屋がずらっと連なり、店先にも木材やら積まれた木箱から岩石らしき破片が覗いていたりと、ごちゃっとしている。

 それらも含めて全体的に煤けて見えるが、煙突と煙もあちこちに見えるから、まさに煤なのだろう。

 確かに、これでは大通りや住宅地とは離さないとまずいか。


 通りに人気はないが、金属を叩くような音などが聞こえてくる。

 煙が出ていない位置の軒下に、看板が出ていた。どの店でもいいかと思いかけて足を止める。

 どうせならゲームに関わりの深い場所がいいよな。

 

 場所の当たりをつけると、看板に書かれた名前を確かめて歩き、通りの中ほどに目的の店を見つけた。


『ベドロクの装備店』


 いつもお世話になってました。ゲームでな。


 扉は締め切られている。

 本当に店は開いてるのかという雰囲気だが、看板が出ているし大丈夫なはず。

 扉、叩いた方がいいか?


 念のため二度ほどノックし、どこが取っ手か分からないため、打ち付けられた板のでっぱりを掴んで扉を押し開いた。


「すいません。お邪魔します」


 ギイィィと開かれた扉の向こうは、イメージほどは薄暗くなかった。

 表からは分からなかったが、屋根板や壁の側面の天井に近い位置に隙間があり、弱いながらも光が差し込んでいる。


 狭い室内に壁の見える場所はない。

 全てに木棚が据え付けてあり、所狭しと武器や防具類が並んでいる。


 唯一ある真正面の壁だったろう場所は四角にくりぬかれて、カウンターになっている。上から道具類が吊ってあるのを見ると厨房みたいだ。

 奥に見える部屋には、大小の作業台があり、上には修理中らしき防具が乗っていた。


「リアルだ」


 ここも、ゲームで見た場所だ。

 イメージイラストもかなり良い出来だったとは思う。でも生活感というか、物体の重みが感じられるというか。

 壮観だ。


 見とれていたら、カウンターの脇にある細い扉が思い切り開いた。


「何が要るんだ」


 どうにか叫びを堪えてビクッとしただけで済んだ。

 現れたのは、俺よりも背が低く、まだ少年らしい顔付きの岩腕族だ。

 それに怯えるのもどうかと思うが。


 そして、こいつも見覚えがある。


 短いのにボサボサの黄土色の髪。赤みがかった濃い茶色の瞳。

 袖なしのシャツから見える腕は、岩腕族の特徴通り、腕は石のような肌質をしている。肩辺りまでは岩のような灰色のグラデーションで、他は普通の肌だが少しばかり赤みが強い。

 足も岩のようらしいから、岩腕族のやつらのズボンは工事現場の兄ちゃんたちのようにだぼたぼしている。

 しかし、まだ若いはずなのに厚い生地のシャツの上からでも分かる筋肉が、種族の差を見せ付けられているようで妬ましい。


「で、なんだ」


 思わずじろじろと見すぎたが、やっぱりこいつもゲームの装備屋のキャラだったんだ。漫画絵がリアルになった感覚は、シャリテイルで体験した後でも不思議すぎる。


「防具がほしくてですね……」

「ふぅん。系統は。木か、殻か」


 一瞬なんのことかと思ったが、素材のことか。

 木は、まんま木製の防具だ。

 殻は、海老や蟹のようなものだけだったらいいのだが……残念ながら虫も素材がある。

 その上に、動物の皮や金属へと性能は上がっていく。


 即座に低い性能で十分と踏んだとは、若いのにやるではないか。

 人族と見れば分かるか。


「まずは確認したいんだ。ええと革製の予算を知りたい」


 木防具で十分だとは思うが、つい見栄を張ってしまった。


「革製だと一から作ることになるが、今は親父……店主が出払っている。まだ数週間は戻らないよ」


 説明によると作れはするが、新規に提供することはまだ認められていない半人前なんでねと自虐的に言っている。

 さらっと言っているから本心かただのトークかは分からない。

 一見さんお断りとか、そういう意味じゃないよな?


「じゃ、ある物だけ見せてもらえたら」

「棚のは適当に見てくれ」


 よかった。遠まわしのお断りではなかったようだ。




 適当に見てくれと許可をもらったため、防具をまとめた棚の前に立ち、丁度良さそうなものはないかと見回す。

 うむ、分からん。


 ゲームでは、商品リストから数値を見比べながら選択するだけだ。

 小さなアイコンサイズの絵はついていたけど、着たところなんて購入後にステータス画面で装備してからしか確認できなかった。


 俺は初期装備で地道にレベル上げし、二段階ほどすっとばした強さの装備に一斉交換が好きだった。

 始めにあれこれ考えるのが面倒で、そこで止まる時間があるなら、さっさとクエストをこなした方が金も経験値も貯まるしというのもあった。

 したがって、初期装備からすぐ交換できる程度の装備はよく覚えていない……。


 それに、ただ数値を信じれば良い世界でもない。

 現実に急所は存在するだろうし、そういった場所を保護することを目的にした上で、自分の動き方に合った物を選ぶべきなんだろう。


 そうなると、何を選べばいいかなんて分かるはずもない。

 防刃ベストとか、ポリカーボネート製だっけ機動隊の盾だとか、そんなものしか浮かばんな。

 そんなものあるわけないが、あってもいやだ。



 ちらと店内を見ながらも、若い臨時店主のことが気になった。

 ゲームでは、こいつが装備の強化だけでなく、作ってくれていたと思ったが。


 さっきは、費用については聞けなかった。

 体に合わせて作製するとか、部分を変えることもあるだろうから、はっきりと言えないんだろう。

 それは分かるのだが、どう作るか決めるのが親父さんにしろ、目安は聞けないだろうか。


「作製費用を聞くのもまずいかな。参考にしたいだけなんだけど」

「まあ、それなら」


 安そうな防具で俺も買えそうなものと、とっさに思いついたのは革の胸当てだ。

 返答に耳を疑う。


「え、もういちど、おねがいします」

「千マグ」

「せん」

「あんたの体型に必要な素材と、形を整えただけって代金」

「そ、そうか。ありがとう……」


 甘すぎたと言わざるを得ない。


「言っておくけど、ぼったくりじゃないからな。気になるなら他の店も見ておくといい」

「いや、そんなことはミジンコも思ってない」

「みじん……?」


 確かに、安いんだろう。

 大抵のRPGで革の鎧といえば、初期の安そうな装備のイメージがある。

 だけど英雄軌跡では素材のランクがあり、それで言えば中級だ。


「ええと、やっぱりまずは木か殻防具にするよ」



 うーん。

 用途もだが、足りないものから考えてみようか。

 まずは急所……っていったら全部さらけ出してるじゃねえか!

 全部買えるはずはないし、優先順位を決めるにしてもな。


「うぐぬぬぬ……」


 唸っていると、背後から大きな溜息が聞こえた。

 いかん店先で放心してしまっていた。


「あのさ、今の装備はなに。何かを追加したいの、それとも一式?」


 ぐ。

 まさに、それを今悩んでいるんだ。


「現状の装備は、これだけだ。予算も少ない」


 シャリテイルにしょぼい格好と言わしめた姿だが、堂々と宣言してやるぜ。

 恥ずかしさが現れてませんように。


「……把握した。悩んでいるなら、最も遮られて困ることだとか、そういったところから優先して考えてみればどうだ」


 あからさまに、気の毒そうな表情になったのは見逃さないが、意見はありがたく頂戴する。


「俺にとって困る……」


 まだ、草刈りで独壇場の活躍をするつもりでいる。

 ケダマと戦いたい気持ちもあるが、しばらくは主に戦うのはカピボーだろう。


 俺にとって困ること。

 それは鈍足!


 ただでさえ鈍い動きが止まると困る。

 暑苦しいからと、つい袖をまくって作業していたが、肘や膝を防護しておいたほうがいいだろう。

 モグーとの戦いで転げていたときも結構な衝撃を感じて痛かったし。

 今は地面が草や土と柔らかめだから、そこまで悲惨なことにはなってないけど。


 おお……徐々に揃えていくなら、手始めには良さそうな気がしてきた。


 にかっと笑って振り向き、そういった希望を伝えると気味が悪そうに見られた。

 失礼な。

 だが職人気質なようで、すぐに内容に耳を傾けだした。


「それなら殻製がいい。合わせて三百マグってところかな」


 いいね、それだよ!


「それで頼む!」


 嬉しすぎて、さっそくタグを首から引っ張り出した。


「なるほど。人族の冒険者ね」


 少し目を開いたが、大して驚いているようには見えない。

 まさか、ここまで噂は届いているのかよ。


 渡そうとしたタグを手で遮られた。


「在庫はあるが、大きさの調整もある。引き渡す時でいい」


 俺が逃げたら作り損にならないかと思ったが、安物だから前金はいらんと説明がついた。


「他に手のかかるものがあってね。明日になるがかまわないか」

「ああ、それでいい」


 問題などあろうはずもない!


「どこに伝えればいい」

「低ランク冒険者用の宿に泊まってる。通りの外れにあるボロい宿だ。俺はタロウ・スミノ」

「あそこね。俺はストンリ・ベドロク。冒険者か、なら何か良い素材が手に入ったら知らせてくれ。強化を割引する」


 あそこねっと微妙な顔をされたが、評判が悪いとかではなく、見た目のやばさのせいだろう。そうあってほしい。


 俺はどうにか予算内に収まったことや、ゲームで見た他のキャラに会えたことが嬉しく、足も気分も軽いまま店を出た。

 少しずつでもマシにしなくちゃな!

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