019:レベルアップの影響
俺にも見合う防具が見つかったことで、うきうきと装備屋を後にした。
しかし革装備の金額を聞いた衝撃を思い出し、少しばかり喜びがしぼむ。
いやあ千マグときたか。
しかも素材料だけって感じだったし、実際にはもっと増えるんだろう。
高いだろうなと思ってはいた。いたけどさ……。
まあ、また一つ、ゲームに馴染みの深い場所に行けたことで良しとしよう。
まずは手に入れられる身近なものからコツコツだよな。
だから俺は次の目的地を目指す。
それは――食堂!
いきなり朝から普通の食事を摂りまくりで、腹が大丈夫か心配ではある。
でも、ずっと謎の木の実食生活だったんだぞ?
今日だけは我慢しない。
表通りに戻ると、目に付いた食堂に乗り込んだ。
テーブルは六卓ほどで広くはない。似たような民家の一階を、改造したらしい作りだから、どこもこんな感じだ。
食事時も終わりかけのようで、予想通り店内には数組が残っているだけだが、食べ終えてお喋りに興じている。
期待と不安に後押しされつつ、入り口そばのテーブルに着いた。
うん、作法が分からない。
一応店員らしき女性と目が合ったから会釈したし、大丈夫だ。多分。
メニューらしき木の札が、奥の壁に掛けられているのに目を凝らす。
カマボコの板みたいだ。それに文字が彫られて色をつけてるのか、文字は茶色いが、焼きつけてるのかな?
ここもそれほど明るくないから、よく見えない。常連ばかりだろうし、あまり使われてないのかもな。
注文内容をどうしようかと悩んでいると、何事もなくウェイトレス、というか女将さんという感じの人が近付いてくるが笑顔だ。
俺の行動は、少なくとも追いだされるほど無作法ではなかったらしい。
「待たせたね。なんにする?」
金の混じる暗い茶色の髪を、頭の後ろでまとめている人族だ。そういえば、街で見かける人族は暗い髪色が多い。宿のおっさんも黒髪だし、だから俺も浮かないんだろう。ただ、西洋人的な明るい黒髪という感じだけど。
店員さんは足元まであるワンピースを、前掛けをベルト代わりに腰で縛っている素朴な格好だ。俺が来ているシャツなどと同じく硬く目が粗い生地で、この世界の住人の一般的な恰好なんだろうと思う。
そんな姿に、手の平サイズのメモ紙のようなものを持っているのが意外だった。
無駄にできるほど紙を作れるんだなあ、とか失礼な感想を抱きながら、無難な注文を試みる。
「お勧めの定食ってどんなのですかね。一番安いやつ」
定食で通じるのか戸惑いつつ言ってみた。会話が翻訳されてるのだとしたら、該当する単語に置き換えられると思うんだが。
店員はポケットから小型マグ読み取り器を取り出しながら、本物の笑顔になる。
「お客さん初顔だもんね。うちは低ランク冒険者だって満足の量と安さだよ。その代わり、他所ほど小洒落たもんはないけどね!」
俺の戸惑いを違う方向でとらえてくれたようだ。
「100マグね。前払いだよ」
「あ、はい。じゃあタグ」
「あら、ほんとに冒険者だったのかい」
店員の、やや失礼な驚きは吹き飛んだ。
はああぁぁ? 100マグううううぅぅ!?
呆然とする目の前に読み取り器が掲げられ、機械的に払ってしまっていた。
トレーのような四角い一皿に、料理はまとめて乗せられ運ばれてきた。
中心にはジュウジュウと音を立てている鶏の腿肉をまるっと焼いたものと、スライスされたパンが四枚ほど積まれている。
その脇にナスやニンジンに見える焼き野菜などがゴソッと盛ってあるが、マーブルなチョコ菓子のようにカラフル色なのが微妙だ。
木の湯のみは色と匂いからして紅茶だろう。
宿の黒パンと違い、適度にスライスされてあるのはありがたい。
こっちは中までカボチャのように黄色いパンだが、良く焼けていて香ばしく腹が鳴る。
そこに店員さんが前掛けのポケットから取り出した瓶を手に傾け、円を描くように中身を振りかけた。
てろっと垂れた液体は、薄い緑色で、茶殻のように枯れた葉っぱの屑が含まれている。
匂いからするとオリーブオイルのようだ。オリーブかは知らないが。
食パンほど綺麗な四角ではないが、その角丸パンの縁はフランスパンのような固さがある。トーストしてあるからか中はサクサクだ。
オイルの風味と絶妙な味わいで、野菜を乗せても、鶏肉を乗せてみてもいける。
鶏肉は表面に焦げ目はあるが、煮込んでから焼いたのか、パリッとしてそうな見た目とは違い身が骨からすぐ離れる柔らかさだ。わずかに添えられていた、粒々とした香辛料はマスタードっぽい風味だった。肉の味も鶏だが、俺の知ってる鶏より一回りは太いサイズなのは気にしないでおこう。
黙々と貪り、どこか現実感のないまま食事を終えると店を後にした。
悔しいが、高いだけはあった。
腹と気持ちの満足度とは裏腹に、今後を思うと胸には空しさが広がっていく。
「しばしのお別れか、もしくはこれが食べ納めか……」
もし今目の前に公園があり、そこにブランコがあったなら、俺は間違いなく身を委ねていたことだろう。
大金を手にしたと思っていたら、俺の価値観は一桁違ったぜ。下方にな。
その後は他の店を見る元気も無く、ギルドで午前中の報告をすると宿へ戻ることにした。
が、洗濯しようとして着替えのことを思い出し、服屋を探しに飛び出す。
ここでもしっかりしたズボンなどは高めで、またうなだれる。
下着はゴムの入ってない海水パンツのようなものだ。かわりに紐が通してあるが融通が利かなくて不便すぎる。初期パンツだってそうだし、ズボンもジップなどなくベルトで留めてるんだから当たり前か。
ゴム製ほしい。
替えがないよりはましか。
予算と鞄の収納スペースの問題もあるが、下着とシャツを二点ずつ購入する予算が残っていたことに安堵した。
こうして俺の初の休日はオワタ。
◆
おっさんとこの朝食はどうなってんだ!
質素だとは思うけど、量も野菜の種類も多少はあるし幾らなんでも安すぎない?
そんな疑問を直球でぶつけてしまった。
余計なお世話だろうが、顔を見たとたんに言わずにはいられなかった。それだけ初めてのお使い気分で衝撃だったからな。
俺の価値観を狂わせた元凶め!
おっさんは気まずそうに頭を掻く。
「まぁ、俺たち家族の余りもんだからな。ははっは!」
お裾分けかよ! 売り物でもないじゃないか!
だからすぐに食えてありがたいのかよ!
「ん、俺たち?」
「おうよ。こっちに顔は滅多に見せないが、普段は母ちゃんと息子には畑の方で働いてもらってる」
な、なにぃ?
こんなゴツゴツとしたガタイに顔で、隠し扉の陰に「客はこねぇがー」と常に潜んでいるようなおっさんに……嫁と、子供までいるだと。
「なんでぃ変な顔して。あぁ、さては俺が家族を働かせて楽してると思ってやがるな? 俺は畑とこっち両方やってる働きもんだぞ!」
ずっと張り付いてないと分かったのは安心できたが、それにしたって、こんなボロ宿に嫁がいたのかって意外すぎる。
「いや、ちょっと安すぎて心配になったからさ……」
やばい食材じゃねえだろうなって意味だったが、自分たちの分からだとは。
「おっ気にかけてくれるたぁ嬉しいね。心配ないぞ。売りもんにならない余りだ。破棄するよりましだからな」
廃棄処分品かよ!
訳あり品なら納得のお値段だよ!
それでも安いと思うが、畑持ってるから回るんだな。
だからって慈善事業とまでは思わないけど、もうこの宿、趣味の域だと思うぞ。
そんな安さに感謝せずにはいられない。
ありがたく朝食と昼の弁当分も頼むことにして20マグを支払うのだった。
「昨日の昼飯代を――取り戻す!」
幾ら刈り取り量は増加してようと、さすがに百束は難しい。
そもそも宿代分だけは毎日稼ぐつもりなんだから、それにプラスしてってのは無理だ。
「だがな……かまうもんかよおおおっ!」
泣きたくなるのをこらえて、吠えながら草を刈る男。
そのうち新たな魔物認定されそうである。控えよう。
休憩を取ることも忘れ、無我夢中で刈り続ける。
気がつけば日が高く昇り、きりがいい頃合いと手を止めると二十束いっていた。
「なんと、タロウ選手新記録を更新です!」
さすがに昼休憩はとることにした。
おっさんから持ち出し用に受け取った飯を広げる。
例のくそ硬い黒パンと、手に乗るほどの小さな木の壷を二つ渡されていた。
一つ目の木の栓を抜くと、キャベツと白菜の中間のような葉野菜の酢漬け。朝食にもついているものだ。作り置きがたくさんあるんだろうな。
もう一つには、大豆を一回り大きくしたようなものが、白く薄い玉葱らしきものにからまっている。こちらも酸味はあるが、レモン風の酢っぱさだ。塩分と油分もあるしマリネっぽい。
豆は緑や薄い茶に赤みのある色など数種あり、味も甘みがあるとか山椒じゃないけど、そんな独特の風味のものなど少しずつ違う。
シンプルだけど、腐りづらいものを考えたらこんなものか。
というか、今は金額に多少は明るい。これで10マグなら十分すぎるだろう。
食い終えたらすぐに作業を再開したわけだが、水分補給とカピボーとの攻防以外で足を止めることなく、景色が赤く染まるまで動き続けた。昨日まで短時間の休憩でも問題なかったため、休憩なしの検証でもある。
「なんてこった……やり遂げたのか、俺」
気がつけば、十五束積んだ山が三つほど出来ていた。
完全に取り戻せてはいないけど、そこそこカピボーも出てきたし、合わせたら十分だろこれ。
「ハイパー草刈リンピック、参加選手一人の空しさあふれる堂々の優勝だー」
今日は実況を続けてみたが、すでに棒読みだ。飽きた。
余裕が出るとすぐ無駄なことをしてしまう。
周囲を見渡せば、来た時に比べて明らかに広々としている。
ていうか、この調子でいくと、刈り尽くしちゃうんじゃないの。
まだ当分は大丈夫だとは思うけど……もって数ヶ月?
これで身を立てていく人生設計は早くも危機を迎えていた。
タロウの人生やいかに……なんでこんなことに。
「そうだ、これがレベルアップの影響じゃね?」
そもそも昨日の朝がおかしかった。
幾ら慣れてきたからって、急に作業が早くなるわけがない。
ノルマを達成したから止めたが、あの後、今までのように腕や足腰がだるいということもなかったんだ。
カピボーとの戦いを思い出しても、おっ、と思うことがあった。
何匹も現れるとパニくってしまうのは相変わらずだが、前もって草を掻き分ける音で気づけるし、倒すのに時間がかかってはいない。
行動パターンを覚えたからだけでなく、体が頭の指示に、多少はついてこれるようになった。微かながら、そんな気がする。
しかしだ。
しかしだよ。
カピボー相手より、草刈りの成果の方が顕著で、また持久力が鍛えられたように思える。
というよりも、持久力ばっか伸びた実感しかないのはどういうことだよ。
「俺が欲しいのは、敏捷値なんだって!」
握っていた短い草のくずをバシーンと床に叩きつける。
軽いから、現実はファサァっと舞い落ちただけだ。
散らかしてる場合か。まとめて埋めておこう。
根っこも時々引き抜いたり、掘り返しては均しているが、どこまでやっていいのか分からないな。
飼料などに再利用しているのはついでなのか、あてにしているのかとか、よく考えたら知らない。後で聞いてみよう。
戻り際に倉庫管理人へ報告がてら、どこまで根っこから引き抜いていっていいのか尋ねたら、出来るだけと答えられた。
しぶといらしく、以前も土から掘り起こして試したが無駄だったらしい。街の周囲に限らず生えているものだから仕方がないだろうということだ。
なんだろう。残念と安心の気持ちが同時に湧き起こる。
心置きなく刈っていいらしいのは分かった。
そろそろ宿に、装備屋のストンリから伝言があるはずだ。
気は逸るが、急いでギルドへ寄る。
「まあ、タロウさん。見違えましタ」
大枝嬢の見せた、おっとりした驚きに対し回避行動をとる。
親切な人なのだ。言葉のままに受け取って調子に乗ってはいけない。
あれだ。やればできる子だって思ってた! っていうことだ。
「この冒険者ギルドの史上において、いまだかつてお一人でここまで当依頼をこなした者はおりません。人族の可能性を感じまス。感嘆しましたヨ」
ほぅと溜息をついている大枝嬢だが、大げさすぎて困惑を隠せない。
「魔物討伐も頑張りましたネ」
カピボー退治の方は、俺にしては頑張ったねといった評価のようだ。
このほうが落ち着く。悲しいけど。
「ひゃふぅ……」
ぼうっとチェックが終わるのを聞いていたが、合計を聞いてまた呟きそうになっていた。
なんと、カピボーを十九匹も倒していた。
草を加えて、合計105マグの稼ぎ。
昨日の昼飯代は取り返してたじゃないか。
これならパンツとシャツ二枚ずつの70マグ分も、すぐに取り戻せそうだ。
いい気になってギルドを出ていた。
嬉しいときに素直に喜ぶのは大切なことだよな!
宿に着くと、おっさんから伝言を伝えられた。弁当箱ならぬ弁当壷を返し、ランタンを借りる。
またこういったこともあるだろうし、照明道具はなるべく早く買っておいた方が良さそうだな。
狭い裏通りは、連なる小屋から漏れる明かりで、そう歩き辛くはない。
苦労なく装備屋に来ると、看板は出ていた。まだ開いてたか。
「ごめん。閉店時間を聞いてなかったな」
「冒険者なんて日暮れ以降しか自由に動けないもんだろ。寝るまでは開けてるよ」
とんだブラック発言だぜ。
仕事的にそんなもんかな。ありがたく利用させてもらおう。
「こいつだ。試しに装着してくれ」
ストンリはカウンターから、クリーム色の卵の殻のようなプロテクターを掴むと、拳で殻をゴンゴンと叩いて見せた。
「軽くて、そこそこ丈夫。しばらくは役に立つはずだ」
そう言って渡されたものを手に取る。
見た目のざらつきや手触り、擦り合う音さえ卵の殻っぽい。
俺も卵を割る要領で軽く叩いてみたが、見た目とは違いヒビが入る気配はない。
ベルトは布製で、殻を留め具で固定してあるだけという簡単な作りだ。安物だから当然か。
面倒だし寒いときもないから、最近ポンチョの前は開いたまんまだ。そのままシャツの袖の上から装着。
「お、しっくりくるな」
注文時に話しながらもサイズを見てたんだろうか。すげえな。
つけてみて布の理由が分かった。殻の内側には衝撃を吸収するように、何枚も折り畳んで重ねて縫い付けてある。
膝の方もズボンの上からつける。ズレないように布の幅が広めだし、固く縛るから動き辛く感じるが、これは慣れるまでは仕方ないだろう。
「見立て通りだったな。直しはなさそうだ」
ストンリの言葉に、調整してくれたのを思い出した。
「追加費用は?」
「たまに人族からも、簡単な装備をと頼まれることはある。カピボーはどこにでも出るから、子供向けに。その余りだよ。調整したのはベルトの長さだけだ、費用はかからない」
こ、子供向け……。
話し方は素っ気無いが、俺が詳しくないのを察して丁寧に説明してくれる。良い青年ではないか。子供向けであることはいらなかったが正直にありがとう……。
「それじゃあ、これで」
ストンリは口元だけでにっと笑うと、カウンターに置かれたタグ読み取り器を指差した。
今度こそ購入だ。
さらば300マグ。俺の大金。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます