015:魔法のようなもの
とんでもない現れ方をするシャリテイルだが、いきなり驚かされたお陰で気持ちは楽になっていた。何を問い詰められるのかとか緊張はしていたからな。
実際に対面したら、もうどうにでもなーれである。
いきなり種族のことを、あれこれ聞くのも失礼だろうか。
思えば前も俺が喋ってばかりだった。
「なによ妙な目つきして。話したいことがあるなら、お先にどうぞ。聞くわよ」
先に情報を聞き出したほうが対策を立てやすいから、質問にもうざがらずに答えてくれると考えてもいいが、ただの好奇心とお節介焼きなだけに思える。
どうも天然系の気がするし。
まあいい、せっかく許可をもらったことだし、ここは少しでも先延ばしに……ではなく、先に情報を仕入れておこう。
まずは身近な人の話題だ。
「えー、シャリテイルが言ったように辺鄙な場所にいたから、種族の違いとかよく知らないんだ。耳にはしていたが、聞くと見るでは違うだろ?」
「そうでしょうね」
シャリテイルはふんふんと大きく頷いている。
「でさ、失礼かもしれないけど、できれば今の内に知っておきたいなと」
「その方がいいわね」
随分とあっさりだな。
種族特性なんかを知るのに、特に禁忌はないのかもしれない。
同じコミュニティで暮らすなら、強みだけでなく弱点も互いに知っておくのは重要なことだろう。だから農地には主に人族を斡旋する、といった住み分けができてるんだと思うし。
「森葉族や、炎天族に岩腕族のことは知っていたが、コエダさんのような人は存在すら知らなかったんだ」
「ああ、それを気にしてたの。でも別におかしくないわよ。本当に少ないみたいなの。彼女は
「へ、へえ、樹人族」
見たまんまなネーミングだな。まあ他の種族もそんな感じだが。
さらに続いた説明では、樹人族も人族ほどではないが戦闘に不向きだという。
確かに素早く動けるイメージは起きないな。どういうわけか、いつも体がミシミシいってるし……。
身体能力は全体的に人族なみに低めではあるらしい。
特徴としては全種族の中でもダントツで魔力が突出していることと、やや長寿らしいことだ。
「百年生きた人が居たらしいわよ」
へぇ、樹齢にしては短命ではないだろうか。いや人類だったな。
しかし長寿ね。ステータスでいえば生命力が高いとかだろうか。マグのような目玉のせいか、魔力が高いのはイメージに合う。
他の人種の平均寿命に差はないし、地球の人間とも大差ないのか。ちょっと夢がないとか思ってしまった。
「ふふん、大森林の奥深くにひっそりと暮らしている種族でね。森葉族と近い補正があるから、私たちの遠い先祖の種ではないかって話もあるのよ?」
ええっ、なんか誇らしげだけど、あれと近縁種なのかよ。
木の皮がどうやったら人に近くなるんだ?
「って、お年寄りが宴会中によく話していたわ」
……それ信じるなよ。
「樹人族はそのくらいね。人族のように隠れ里を作っていた
ゲームのステータス傾向しか知らないけどな。その推測を確かめようか。
「炎天族は敏捷さや腕力のような身体能力は高いが、魔力や持久力は低く疲れやすい、とか?」
「まぁそうね。魔力は低いというよりも、ほとんど使わないから個人差が大きいみたいだけど。せっかくの魔技を軽視する力任せの筋肉バカばっかりなんだから」
筋肉バカって眉をひそめて言ったが、心当たりがありそうだな。
魔技を使わない戦闘スタイルが気に入らないのか。
森葉族の傾向というより、口ぶりから察するにシャリテイルのこだわりっぽい。
やっぱり
英雄軌跡でのいわゆる魔法は、魔力を消費して行なう技術だとかいって、魔技と名付けられていた。
一般的なRPGの魔法となんら違いはないと思うが、大げさなことはできない。
大地が割れマグマに呑まれるとか、局地酸性豪雨を降らすとか、天に向けて幾つもの氷柱が突き上げるとか、そんな派手な範囲攻撃は皆無だった。
範囲技がないのは、回復もだ。
回復量も大中小の技はあれど、一発完全回復や蘇生はない。
まあ死んでも、戦闘が終われば「死ぬかと思ったー」とか言いながら甦ってるんだけどな。
あれだ、死んだというより行動不能になっただけという大人の事情だろう。
魔技は強力でない代わりに、種族を選ばず誰でも扱えるものだった。
使用するのは自分の魔力でもいいが、温存するために攻撃魔技を込めた石を利用するのがメインだ。ダメージ固定だから、特にレベルが低い内に重宝するものだった。道具屋でも安く買える手軽なものだったしな。
他には、媒体を介して使用する方法がある。
これが、シャリテイルの持つ杖などの道具だ。
自分の魔力を媒体を介することによって、消費量を抑えたり、効果を高めたりできる。特に真新しさもない魔法らしいイメージのものだ。
ゲーム中では、レベルが上がる度に早く買い換えろよと念じていたな。
指示が一切できないから、雇ってレベルを上げていると、次のクエストで出かけるまでの間に自動的に装備が強化されていたのだ。
その魔技だが、今俺が居る、この世界ではどんなもんなんだろう。
最弱と聞かされてから、俺には大して使えそうもない気がして諦め気味なんだが……。
俺が魔技の記憶をあれこれと掘り起こしている間、シャリテイルは立ち上がって空中を睨み、シャドーボクシングしながら魔技の説明を続けていた。
動きにバリエーションが増えるだとか、連携が大事だとか文句を言っている。
筋肉バカたちを思い描いて、言い聞かせているつもりなんだろう。
説明の内容は、俺の知識と同じようなことだった。違いがあるなら、実際に使った効果だろうな。
しかし森葉族か。
説明書で書かれていた特徴は、体格は人族より縦に長いくらいでさほど変わりないからか、基礎ステータスの傾向は、人族よりは全体的にやや高い程度。魔力値だけが突出しているため、魔技による戦闘技術を磨くものが多いとあったんだが。
そのくせ、あの拳。なかなか鋭い。ときに肘まで使ってやがる。
やっぱり人族から見たら、わずかなステータスの差がかなり大きいとみえる。樹人族が、人族並みだなんてのも、森葉族から見てと考えた方が良さそうだ。
俺もゲームではレベルを上げて殴る系だったし、シャリテイルの前では魔技を軽視しないように気をつけよう。
「ふぅ。ちょっとね、気合いを入れすぎたけど。魔技についてはこんなところよ。私たち森葉族の得意分野だから、取り入れたいなら相談に乗るわよ」
いい汗かいたーって爽やかな顔して額を拭う仕草をしているけどさ。
魔技の説明っつうか、殴打の技を披露していただけだろ。
「その内、魔技石でも買うことがあれば相談するよ」
「それは楽しみね! 良い道具屋もあるから選び甲斐があるわよ」
シャリテイルが選ぶの前提?
嬉しそうに笑うと同時に、人族より大きめの耳が少し動いた。
葉っぱのような耳が揺れるのを見ると、どうにも綿つき耳かきを突っ込みたくてウズウズする……。
「いかがわしい視線を向けるのはやめなさい」
鋭い。また半目で睨まれてしまった。これも種族特性だろうか。
「そんなにジロジロと見られたら誰だって気づくわよ」
考えまで読まれてしまった。
「そんなに見てましたかスミマセン」
「早く慣れたほうがいいわよ? どこにでも居る森葉族が珍しいくらいだから、よっぽど人の来ない僻地にいたのは分かったけれど」
「気分悪いよな……気をつけるよ」
街の中でうっかり見入ったりなんかして目を付けられるのも馬鹿らしい。
しばらくは目立たないように過ごさないとな。
それよりも、俺の推測は否定されなかったな。
ゲームみたいに調整されているわけではないから、どこかが突出すれば、その分のマイナス補正が厳しいみたいだ。
その方が、より人間らしいといえばらしいが。
俺が、冒険者として腕を上げたいなら、どうすりゃいいんだろう。
地道な方法しかないだろうけど、カピボーを倒し続けるにしろ、レベルを上げてどうにかなるのか?
やはり真っ当に、武器の扱い方でも習うべきなんだろうか。
戦闘のバリエーションか。
ヒントといえば、誰でも使える魔技ってことになる。
「魔技を練習するには、どのくらいかかるんだ?」
「えっ、学ぶ?」
え、なんで意外そうなんだ?
「いや魔技石でもいいけど、道具がない時は自分で使えた方がいいかなと……」
「魔技石って、攻撃の方?」
目をまん丸にしている。そんなにおかしなこと言ったかな。
「それは、どうかしら……まさか、あなた魔技が使える人族を見たことあるの?」
「え」
なん、だと……その言い方だとまるで。
「人族は、魔技を、使えない……」
「ええ、そう聞いてるわ。マグが少ないからって。あの、私が言ったのはね、マグ回復なんかの魔技石の方だったの」
申し訳なさそうなシャリテイルを見て、いきなり夢破れたことを悟った。
そうじゃないかと思っていたが、こんなに早く判明するとは。
「いや、何も持ってないから、他にも必要なものはあると思う……」
「ええ、他にもお役立ち道具はいっぱいあるわよ!」
何を買うにしろ、結局俺は、草刈り道を極めねばならないようだ。
昼も結構な時間が過ぎ、もうしばらくしたらカピボーが現れる頃だろうかと思いながら、草を刈る手を急がせる。
シャリテイルと話しながらだからペースは落ちたが、最低限の十五束は超えた。
ふぅ、午前中にノルマを急いだのは虫の知らせだったか。
シャリテイルは話したい事とやらを言い出さないから、ついかなりの質問に答えてもらった。お返しに何もかも白状しなさいという無言の圧力だろうか。
「とまあ、俺が特に気になってたのはそれくらいだ。勝手が違うから、もっと色々あるんだろうけど。とにかく、答えてくれてありがとう」
「私としても、案内した手前、できれば早くみんなと仲良くしてほしいもの。ちょうど良かったわ」
シャリテイルは、さっぱりしたのか爽やかな笑みを浮かべた。
あのさ、俺を怪しんでいたんだよな?
用件を忘れてんのか。だったら助かるけど。
「時間を取らせたけど、そっちの仕事は良かったのか?」
「ええ、首尾よく朝のうちに素材が採取できたから。時間は大丈夫よ。コエダさんに、この辺って聞いたから来てみたの」
大枝嬢とは仲が良さそうだな。
採取が午前中で終了とは羨ましいことだと、視線を彼女のベルトへ向ける。
俺と同じく腰のベルトから下げた大きめの袋が膨らんでいるのだが、目が粗い麻布っぽい袋だからか、茎のようなものがあちこち飛び出ている。見なかったことにしよう。
「採取場はここからそう遠くないわよ。花畑と森の境目だから低ランクの内ね。駆け出し冒険者はよく通うことになる場所だから、あなたもその内お世話になるかもね」
おお、たしかにゲーム序盤によく通っていた採取場所だ。
毒々しい色合いの虫モンスターがいる、まったく和めない花畑だったが。
記憶のマップ上に花畑アイコンが浮かび、聞いた情報通りに、配置も合う。今のところ地理的なもんはゲームと同じだ。
「やっぱ、シャリテイルは中ランク冒険者なんだ」
「そうよ。大抵の中ランクになる場所は、一人でもどうにかなるくらいは腕がいいの。だから遠慮なく頼りなさい?」
「へぇ、かなりすごいんじゃないか」
意外すぎて驚いた。
幾ら中ランクといったって、一人で回れるってのはかなりの上級者だろう。本当なら誇らしげなのも頷ける。
感心して、すっかり気が緩みながら、刈った草をまとめるとシャリテイルが腰掛けている草束の側に運んだ。
その俺に、間近から刺すような言葉がかけられた。
「で、祠の聖なる鎖に触れていたことだけど」
う。
とうとう来たか。
安心したところを襲撃とは。
「あ、あぁーそれな!」
動揺して、なんとか声を絞り出すが、口ごもってしまう。
これじゃあ、思い切り怪しいヤツだ。
「えぇとそうだな、何を見て勘違いしたのか知らないけど。鎖に触ってなんかいない。触ろうとしたら、透明な壁があって押し返されるんだ」
ナイス言い訳!
そう思ったのは一瞬だった。
「だからぁ、それがおかしいのよ。そもそも入口に近寄れるはずがないんだから」
「えっ、そ、そうなの?」
「小さいけど開けた場所になってるでしょ。あの辺は、聖なる質の魔素濃度が高いの。人に含まれる魔素だって純然たる聖質ではないのだし。触れようとすれば弾かれるようだし、痛みがあるはずでしょ」
でしょと言われましても。
それが聖なる祠が結界たる理由だってのは俺の知識と同じだ。けど、どう反応するかだとかは知りようもない。
「だから、あの封印を施せる聖者と呼ばれる技能を持つ方々でないと、近付くことすら不可能なのよ。特に、ここにあるものは強力なのだし」
へえぇ、初耳だなー。
でも、結界なんてものを現実にするなら、そうなりそうだよなという気もする……。
「なんであんなところに居たのよ」
うん、まずいかな。
「いや、聖なる祠ってあれだろ。昔の悪い魔物を封じたっていう。そりゃ見てみたくもなるさ」
元は邪竜だったが、それで合っているか分からないのでぼかしてみた。
「あのね、邪竜なのよ。国を滅ぼしかねないのよ? そんな観光気分で近寄るなんて信じられないもの」
なんと、本当に邪竜が封じられてるのか。
なら、やっぱゲーム開始時点と、同じ時期なんだろうか?
邪竜なら、街の北に聳える黒い岩山に封じられているはずだ。
「いや山の方じゃないだろ。そいつが封印されたのは山だよな?」
「それはそうだけど、祠は封印の要なのよ。それを知らないのに祠に興味が?」
あれぇ、ますます藪蛇に……?
「まあ、聖者の成せる御技を目にしたい気持ちはわからないでもないけど……せめて街に到着してからにするでしょう?」
「俺だってまずは街に行きたかったさ。だけど、ええと、道に迷いまして……」
「そんな理由なの? 呆れた人ね」
シャリテイルはこめかみに手を当て、頭をふっている。
納得しかけてくれたと思ったが甘かった。
「それでも祠に触れていたことは?」
諦めてくれそうにない。ですよね。
うわーなんて言おうかなー。
また言い訳を口にしかけて、何かが気になった。
あれ?
シャリテイルの話に、矛盾を感じる。
いや彼女の言葉にではなく。
あの時に、起こったことだ。
「やっぱり、何かありそうね?」
彼女はスッと表情を引き締めた。
それまでの、言葉の背後に窺えた楽しんでいるような空気はない。
冒険者の顔なんだろう。
俺も、真剣に頷く。
「あの時……俺を見たときのことを思い出してくれ」
「あなたが妙な行動を取ってたことね。鎖に触れて魔物を倒して、草に異様な執着心を見せていたこと!」
「草はいいから!」
真剣、なんだよな?
これで大丈夫なのか。
それで本当に中ランク冒険者が務まっているのか疑問だよ。
「さっき自分で言っただろ。祠前の範囲内には人間だってなかなか近付けない。それなのに、あの時ケダマはどこにいたよ」
あっと声をあげ、シャリテイルは片手で自身の口を押さえた。
「でも、ケダマは幹に張り付いていたから、祠前に出てきたわけではないし……ううん違うわね。今まで、あんなところに近付いたことすらなかった。どうして気がつかなかったのかしら」
どうやら当たりだ。
しかし近付くこともできなかったとは。
あの祠前までが聖域だったというなら、変化しちゃってるということだろうか。
それならまだしも、弱まっているとしたら大変では済まない。
国を滅ぼすと言われるほどの、災厄級の魔物が眠らされているんだ。
結界が弱まっているとしてだ。
その原因……もし俺だったら、嫌すぎる。疑いがどうのという話ではなくなる。
シャリテイルは何事か考えあぐねているが、ここは提案しよう。
「なあ、確認しにいかないか?」
シャリテイルも顔をあげ、立ち上がった。
「そうよ。その通りね。ただの憶測だとしても、無視できる場所じゃない。確認だけして、あとはギルドに報告しましょう」
キリッとしたシャリテイルは、颯爽と歩き出す。
「あ、ちょっと待ってくれ」
「なあに、他にも懸念が?」
真剣味を帯びたシャリテイルに負けないよう、俺も精一杯、真剣な表情を作ったつもりだ。
「ああ……重要なことだ。干し草倉庫管理人に、こいつらを報告してくる。なぁに、すぐ済む。待っていてくれ」
息切れしながら全速力で走る俺の背に、文句が投げられた気がした。
「もうっ! 本当に呆れた人ね!」
すまない。俺には明日の危機より、今晩の宿代が大事なんだ!
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