014:人族の優位性と来客
ギルドを出ると後ろ髪を引かれつつ、暮れ行く通りを宿へと急いだ。
食堂や酒場などの周辺が、賑やかになり始める時間だ。
へたしたら気分が悪くなりそうに、調理の混ざった臭いが通りに漂っていた。
それらの店や人々を物欲しげに横目で眺めつつ通り過ぎる。
みてろよ俺だってもうすぐ食いにいってやるから。
「俺も覚えられてきたかー」
おい、まだ三日目だぞ。
噂の一端は、人族の癖に冒険者なんかなっちゃって、というものだろう。
ちょうど人もそこそこ居た中で、注目集めてしまったから仕方がないか。
どんな風に話されているかは知る由もないが、どんな内容だろうと、それをネタにして話す取っ掛かりになる。良くない方の印象だとしても、実際に話してみればイメージの修正はできる、こともあるからな。あまり悲観しないでいよう。
それに、ギルド内の集まりを思い出すと雰囲気は悪くない。
ぱっと見は、ゴツイし挙動は大きくて武器だとかガチャガチャして怖いが、野心に燃えてギラついてるとか、血気盛んな感じはないんだ。
ギスギスしてなくて、陽気な空気ってのはいいよな。
見えてないところでのことは知らないが。
魔物という共通の敵の存在があるからか?
街の雰囲気もそうだが、かなり長閑というか治安が良さそうで、そこは安心し始めている。
すっかり日が暮れて宿に到着するも、やはり扉をくぐると、すかさず宿のおっさんが飛び出す。
いつも待機してんのな。
「お疲れさん、今日も稼げたようだな」
「お陰さまで!」
昨日までは冷や冷やもんだったけどな。
今日の俺はちょっとばかり違うぞ?
俺は人差し指と中指の先でマグタグを挟んで、おっさんの前に掲げると不敵に笑う。
格好つけてみたが、そのままマグ読み取り器の窪みにうまく乗せられず持ち直した。口数の多いおっさんのはずだが、今は生暖かい笑みを浮かべている。
咳払いして、ぺちんと乗せて金額を確認し了承する。
それでも空っぽにならない、このタグの存在感よ。
心なしかおっさんも感心したような表情を見せた。
「もっと稼げるようになったら、飯も頼んでくれるとありがたいな」
「えっ食堂あったの?」
金がありそうと見るや営業トークか。やるな。
それは俺も知っておきたかったことだから素直に嬉しいが、このクソ狭い宿のどこでだよ。
「おう、そっちの部屋だ」
おっさんの忍者パネルのある記帳台の真横には、トイレに向かう薄暗い通路。
そこから狭い壁を挟んだその隣、ここからだと俺の左背後に、煤汚れて通常の半分しかないような幅の狭い扉があった。
すぐにおっさんが顔を出すから、振り向いたことがなかったな。
ちらと覗くと、確かに小さなテーブルと椅子が並んでいる。
宿の壁に沿うように細長く。
狭っ!
駅構内の、カウンターしかない蕎麦とかうどん屋のような狭さだ。
それが三席しかない。
「えぇと、幾ら?」
なぜかおっさんは少し固まった。値段、考えてなかったとか言うなよ。
「朝だけなら10、朝晩なら15マグ。昼の持ち出しもできるぞ。それは10でどうだ」
どこか投げやり価格だな。
「朝晩まとめてなら安めなのはおまけ?」
「うむ、まあ、気持ちだけだがな。冒険者ってのは帰りがはっきりしてないだろ? だから晩用の食材はろくにない。貧相だから値引きだ」
堂々と自らの商品を貧相と言い切りやがった。
でも、そうだよな。
普通の冒険者なら、向かう場所や討伐対象の問題で、帰りの時間なんて変動するのが当たり前なんだろう。
「はは、まあその内でいい。期待してるぞ」
「楽しみにしてる!」
その期待には間違いなく応えるだろう。
残念だが、もう数日は我慢だ。
話を終えると、井戸へ向かおうとしたんだが呼び止められた。
「兄ちゃん、洗濯だろ。こいつをやる」
「これって?」
「例の粉のやつは強力なもんでな。ちょっとした汚れならそれで十分なんだ」
「えっいいんすか。ありがとうございます!」
渡されたのは、レンガかよというくらいでかい固形石鹸だった。緑がかった黄色で白くはない。日常的に使うのは似たような石鹸なんだな。
例のよく落ちる粉石けんは高価なのか。
「でも」
受け取ってから戸惑う。下手したら飯代より高いんじゃないか?
「そいつは、うちで作ってるもんだから気にすんな。まだまだ泊まってくれるんだろ? こっちも助かるからな」
ああ、普通の冒険者はあんまり小まめに洗濯しないとか聞いたっけ。しかも手作りか。
そういうことならと、ありがたく受け取った。
もったいないからカットしながら使おうっと。
またしても早めだが、汗を流して洗濯すると部屋に戻りベッドにもぐりこんだ。
戦闘が多かったせいか疲労感は強い。
それでも昨日までと比べて、かなりの働きをした割に同程度だ。たった三日目にしては上出来だろう。
「持久力か」
裏ステータスね。
またゲームには存在せず、俺の知らなかった情報が現れた。
人族は、ただ弱体化したのではなく、種族補正が強力なんだろうか。
そうだとすれば他種族にも、その種族なりの補正がありそうだ。
今日知った情報の中では最も重要なことじゃないか?
ゲーム内の種族補正は、ステータスの傾向とか、各仲間の持つ特殊攻撃などで表していた程度だった。
まあゲームだから他に特色の出しようも難しいしな。
数日だけでも分かったが、あまり疲れを感じずに長々と働けるってのは日常生活にはかなり有利だろう。だから戦闘向きではない特性ってことなんだろうけど。
逆に言えば、敏捷性と腕力に優れた炎天族なんかは、一瞬に出せる力は強力でも、すぐにばてるってことだろうか。
そういった理由があるから、戦闘で弱いからと特に見下されることもないのかもしれない。
大枝嬢の言葉も、それを裏付けるようだったな。
草刈りが辛いとかどんな補正だよ。知らなければ怠けたいだけじゃないかと思うぞ。
しかし、岩腕族の兵が言っていた、人族の優れた点ってこのことだったのか。
ただの慰めで出た言葉ではなかったんだな。
価値観の違いなんて、すぐに理解できるわけはない。
なあに、まだ三日だ。
少しずつ馴染めばいいのさ。
やけに長く感じたが、満足できる一日だったんじゃないか?
明日の宿代まで稼げたことが嬉しくて、板に直接布を敷いたような硬いベッドさえ心地よく感じられる。
「レベルは、上がらなかったけどな」
続けていれば嫌でも上がるだろうし、それより宿代を毎日稼ぐことが第一だ。
明日は、二十束逝くぞ……。
◇
今朝も夜明けと共に目覚め、早くから刈り場へと乗り込んだ。
ふさふさとした緑の波に一礼する。
今日も手合わせ願いつかまつる。
いやぁ現場直行って楽だ。
「ぁあっしまった、伝言忘れてた!」
やっちまったよ。
十五束刈れて、働いていけそうだと思ったら言付けるつもりだったのに。
自分で忘れるフラグを立ててどうする。
仕方ない。帰りは忘れないようにしよう。
そろそろかなり、考えても答えの出ない疑問が溢れてきたし、ギルドで気軽に聞くのはやめた方が良さそうな、微妙な質問もありそうなんだ。
種族特性のこととか。
今は頼れそうな人も他にいない。宿代に余裕が出来た今の内に、確認しておいたほうがいいよな。
よし、今日の草刈り中の脳内仕事は、この質問をまとめることに決まり。
昨日は子供の強さにショックを受けてペースを乱したが、もう惑わされないぞ。
それに、この身体は持久力とやらに特化されていると知れたんだ。
厳密に俺が想像する持久力なのかは疑問だが、ここ数日の働きで感覚的には掴めているつもりだ。
念のために休憩を挟むとしても、長時間は必要ないだろう。
試しに日本での肉体労働系を真似て、午前中、昼、午後で三度の休憩を取ろう。
ただし短い時間で様子をみて、疲労具合で明日の予定を組めばいい。
あとはカピボーの出現頻度によるが、二十束の目標はそう無茶でもないだろう。
感覚として、今は朝の六時くらいかな。
日が沈む前に早めに切り上げるようにすると、午前中の方が長くなるな。午前で十一束、午後で九束を目標に進めようか。
ナイフを構える。
「行くぜ、草葉無双! はああああっ!」
ザクザクッ――。
余計に疲れるから景気づけはこのくらいで。
その後は無言で草刈りに精を出した。
「お、この辺で途切れてるな」
最期の一房を刈り取った眼前に、木々が広がっていた。
冒険者街南側の森だ。
また夢中になって、外側へ向けて一直線に刈り続けていたようだ。
学ばねぇな。
木と木の合間はそこそこ広く、繁みも少ないため、木漏れ日の具合を見るに結構明るい。
それでもこの開けた草刈り場ほどではない。
所々にどうしてもできる暗がりが、やけに不気味なものに感じられてしまう。
魔物が居るって分かってるからだろうな。
平気で祠周辺を歩いていたが、もうあんな真似できる気がしない。
急いで柵に近い方へと戻った。
魔物のイメージだが、やっぱ暗いところが好きとかあるんだろうか。
そういや、草を刈るのは潜む場所を減らすためと言っていたな。
遮蔽物を減らして警戒しやすくするためってのもあるんだろうが、これまでの憎きカピボーの行動を思い返すと法則があるような。
初日のケダマとは午後も半ばで、昨日もカピボーは日が傾き始めた頃になって出だした。
魔物全体か一部の生態か、陽ざしに弱いとかあるんだろうか。
子供は午前中に遊んでいたが、森の中から走ってきたよな。朝からこの辺で待っていても、カピボーは来ないと知っているのかもしれない。
それで暗がりをつついておびき寄せてるのかも。
……いいか太郎。今のお前にはお勧めしない方法だ。やめとけ?
危機感を司るらしき脳の領域が俺の体に釘を刺す。
言われるまでもないわ。
考えたら、カピボーという俺の知らなかった敵が出るくらいだから、他にも知らない魔物が潜んでいる可能性だってある。
無茶はしない。できない。死ぬぞ。
もう少し宿代が貯まるまでは我慢!
順調に作業は進み、午前中だけで十二束を達成した。
午後から魔物が出やすいのかなとの推測に、なるべく前倒しが良いと急いだからな。
何も出なかったとしても、その分草を刈ればいいだけだ。
さすがに少し腕が重くなってきたから、ややペースダウンはしている。
だいぶ早くなったと思ったら、気がつけば硬い草の根元近くまで掴めるようになっていた。
コツを掴んだか。この調子で午後もどんどん行くぞ。
この茅みたいな草っぱだが、綺麗な濃緑色だ。
そういった季節なんだろう。ここに季節があるかは分からんが。
今は昼は暖かく夜はわずかに冷える。体感でいえば春先といった感じだ。
それは俺が着替えを持ってないせいかもしれない。
ともかく、そんな草も、自然だから緑一色ということもなく枯れたような箇所もある。細くなる葉先に多いだろうか。枯れススキの黄土色というか。
黄金色の稲穂なんて表現もあるが、そんな色が固まった部分に、まさに金色に見える場所がある。
ぎらついていない淡い金だ。
「へぇ、さすがは異世界って感じだな」
街の中や人々の持ち物や装備にも、金を使った装飾品など見た覚えがない。そんな細部を覚えているほど気が回っているとは言い難いが。
金って、こっちでも貴重品なんだろうかと、またちらと見る。
金ではなくただの草だぞ。
え、ちょっと移動したような。風で揺れただけかな。
がめついことを考えず、草刈りに集中しよう。
いや待てよ。
似たようなことが以前あったような。
手を止めて金色に見えた草むらの方を見上げたとき、そこではなく、今まさに草を刈ろうとした草むらがバサァっと開いた。
「うわあっ! いてっ!」
「きゃあ!」
慌てて飛び退ろうとして草の根に躓き尻餅をついた。
また輪っかになった罠根っこに引っかかっていた。小癪な。
それは今はどうでもいい!
「やっぱりシャリテイルか!」
「そんなに驚くことないでしょう?」
シャリテイルの方も、おどかした方なのに驚いたのか、両手で草を掻き分けて頭を出したまま固まっている。
「なんでいつも潜んでるんだよ。心臓に悪いからやめてくれ」
仮にも俺だって武器を手にした冒険者なんだ。ドッキリかますと危険だぜ?
刃に滴るのは草汁だけだが。
「ごめんなさい。でも後を付けまわしてるように思われるなんて心外だわ」
意外なことにシャリテイルは、俺の悪態に何か気がついたようで、申し訳無さそうに草むらから全身を現す。
「
「へぇ……そうだったんだ」
祠付近の森や街道の物陰で物音がしなかったのは、それが理由だったのか。
ゲームの説明では、森と共にある一族的なことしか触れられていなかった。
戦闘スキルでの特性は、回復などの支援スキルが目立っていたと思う。
中盤以降、レベルが50にも上がると火力の高いメンバーばかり揃えていたから、自然と回復系ばかり選んで使うプログラムだったのだろうか。
直接の指示が出来ない仕様だったから、あまり当てに出来ず、自分で回復アイテムを使うことが多かったが。
戦わない日常的なことに関する知識は説明書になかったし、当然俺にも無い。
それっぽい感じはステータスに反映されているんだろうな。聞いた限りだと森付近限定の隠密スキルという感じだ。
「おほん。それはいいの。ちょっとあなた、何か忘れてない?」
げっ、責めるような視線が痛い。
「忘れるはずはないというか、考えないようにしていたというか……」
俺は誤魔化すことはせず、馬鹿正直に話した。他に言い様もないし。
冒険者としてやっていけそうならばといった見栄もあるが。
みっともない戦い方というか、結果を知られたくなかったことの方が大きいだろうか。誤魔化したいとすれば、そこかな。
案内してもらう代わりに、話を聞きたいと約束した。不義理なのは俺である。
「ごめん。いま宿代を稼ぐのに必死で。でも伝言くらいしておくべきだった」
「あら素直ね。毒気を抜かれちゃったわ」
シャリテイルはまた両手を胸の下で組んで、その胸を反らした。
俺は何も見ていない。これは視界に丘陵地帯が広がっているに過ぎないのだ。
また疑わしげに目を細めるシャリテイルの気を逸らすべく、一応の理由を添えてみる。
「話せる時間は今のところ、この仕事中だけなんだ。でも草刈りに付き合わせるのもどうかと思うし」
それは本当だ。
幾ら約束はしたといえども、話をするために時間を作ってその結果が野宿だなんてのは勘弁だ。もちろん、それならその事を伝えるべきだったが。
「いいの。怪我をしたとか話は色々と聞いてるわ」
話したのはどいつが犯人だろうか。
たぶん全員知っているんだろう。くそが。
「それに、手持ちもなくこの街まで来たっていうのも驚いたけど、その事情で頷けるし」
無謀な人族冒険者らしいですからね。
しかも大人が引き受けることのない仕事をしてるわけだし。
シャリテイルは、俺がまとめて置いてある草束に腰掛けた。
ここで話そうということだろう。
「仕事しながらでいいか」
「もちろんよ」
俺は引き続き、刈りながら話すことにした。
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