013:黒字と裏パラメーター
日はすっかり傾いている。
暗い中を歩くのは大変だ。戦闘なんてとんでもない。
カピボーを片付けると急いで草むらから離れ、草束の近くに置いていた荷物を手に取った。
「しまった、コントローラー!」
次に魔物を倒すときは様子を見ようと思っていたんだった。
急いで袋を開くと、踏んづけた最期のカピボーからの赤い煙が絡まって消えていくところだった。首元からマグタグを引っ張って、薄っすらと貯まっているマグをじっと見る。
読み取り器にかけないと数値は分からないが、やっぱコントローラーが吸ったからといって、タグの方に変化はないように見える。
そして相変わらず、アクセスランプは明滅を幾度か続けると動きを止めた。
この明滅、レベルアップは関係ないな。マグを吸収中ってお知らせなだけかよ。
他のボタンを色々と押してみるが、やはり反応はありませんでした。
しかしだ、俺が得たマグ量と同じだけを、コントローラーが吸収しているとしたら……勝手にマグが倍になっている?
こ、これはいわゆる経験値チート、それとも金が倍々に増える方か!?
なんて興奮したが、そんな甘くなかった。
もしそうならコントローラーのマグを、タグへ移せないかと思い、近付けたり押し付けたり、ボタンを押しながらとか試してみたのだが無駄だった。
マグ読み取り器を使えばどうかという考えも、設定を思い出して諦めた。
マグをタグに移したりできるのは、この水晶自体にマグを引き寄せ閉じ込める性質があるからだ。
俺に隠れて貯めこんで、いったい何をするつもりだ?
コントローラー専用のマグだとすれば、熟練度で性能アップするユニーク装備とか?
元のゲームだと武器にはスロットがあって、属性を持つ素材を集めては好きに組み合わせて埋め込んでいく。基本のスロットは一つで、高価になると最大三カ所つけられる。熟練度だとか武器レベルはなく素材で強化するだけだが、それと似てないこともない。
さすがにこじつけすぎるかな。
改めて考えても、不思議だ。
恰好から何もかもを変えておいて、こいつだけそのままなのはなんでだ?
そりゃ厳密には、本体がなくとも作動するようになってるけど。どうも浮いているというか、法則が違う感じだもんな。
これにゲームの内容を当てはめるのは、違うような気がする。
まあ、ただのマグカウンターだったとしても、動きがあるだけいいか。楽しみができたと思おう。
うっかり消費されたりしないのなら、こつこつ貯めた結果を確かめられる。寝落ちしても無駄にならないというなら地道な作業は好きだ。
「……これだけが唯一の現実で、元の世界との繋がりか」
ぼんやりとゲームの世界観などに思いを馳せた。
いわゆる剣と魔法のファンタジックな世界と言っていいんだろうか。魔法はちょっと特殊だが、まあ、あるにはある。
それは置いておくとして、エルフとかゴブリンとかドラゴンといった、そのまんまのものは存在しない。
なんつーか、掛け合わせたようなものは多いけどな。ラスボスの邪竜だって、竜は竜でも恐竜っぽい印象だった。頑張ってオリジナル要素を出そうと血道を上げたんだろう。主に絵面的な意味で。
イメージイラストも自然に溢れていて、色数は多いのだが画面は落ち着いた色調で統一されていた。木とか皮とか緑とか岩とか、元の素材が分かるようなイメージってやつだ。
要するにだ、このコントローラーみたいに、近未来的なデザインのものはない。
今の俺も、村人に毛が生えた程度の質素な格好だし。
「もう、ゲームも遊べないんだよな……」
落ち込みそうな方向に思考が向いたら、やめどきだ。
考察を諦め、コントローラーは腰の道具袋に突っ込んだ。妙にでこぼこした袋が揺れるのは邪魔臭いが、今はしょうがない。その内、丈夫な袋が買えればいいな。
やっぱり、隠しておいたほうがいいのかな。
何か分かるかシャリテイルに尋ねてみるのも手かと思ったが、不審がられそうだよな。
特に役立つこともないんだし、もうコントローラーのことはしばらく忘れよう。
何かあるときゃあるだろ。
深呼吸すると、まとめた草束を柵の近くまで運び、干し草倉庫に急いだ。
立て札付近の南側は、柵近くまで木々に接している。
畑は、西に広がっていて、柵の端まで来ると見晴らしがいい。そう遠くない畑の端も、森で途切れているけどな。
北側へ視線を巡らせると、一際高く聳え立つ黒い岩山があり、ここからでも霞んで見える。
その頂上付近に邪竜が封印されている、設定だ。真実かどうかなんて確かめようもない。
山から目を離して、目の前の木造の建築物の周囲を見渡した。
すっかり乾燥した草の積んである小屋を見つけ、扉を探して回りこむ。裏手に小さな畜舎があり、覗いてみたら人がいた。
そのオーバーオールを着てピッチフォークを持った、いかにもな男に声をかけたら管理人だった。
草束の確認をお願いすると、あっさりと証明書が手に入った。刈り方がなってねえとか、なにかこう品質にケチをつけられたりしないかと心配だったんだ。
ただの書きなぐったメモにしか見えないが、その葉書大の紙切れを見て気が緩んだ。
フンフフーン、フフフフンフフーン。
ギルドへ向かいながら、調子はずれにゲームの戦闘BGMを鼻歌で奏でつつ、街の中心を突っ切る大通りを歩いている。
周囲の異様なものを見る目も気にならないぜ。
俺も強くなってんじゃね?
そう、俺は浮かれていた。
予定通りに草どもを刈り取って宿代を確保し、数回に分けてとはいえ、カピボーを九匹も倒せたことに良い気になっている。
血まみれになった昨日とは大違いだ。
微々たる額だろうと、初の儲けだ!
最弱なだけあってカピボーの動きは単調だし、行動パターンが読めるお陰で、あの素早さについていけるんだろうけどな。
それに、かなり体力値が低い。
当てられさえすれば、ほぼ一撃で倒せるからこそ、どうにか全身を齧られる前に済んでいる。
そんな悲しい事実については、今は考えない。
早く報告したくてうずうずしていた俺は、ギルドの看板が見えると、しょぼい体に鞭打ち息を切らして駆け込んだ。
大枝嬢に証明書とタグを渡すと、顔のウロがぐにゃりと歪んだ。笑顔だ。
「こちらになりまス」
「お、おおぉ……」
他の者に聞こえないように、大枝嬢は額を読み上げることはせず、こちらにマグ読み取り器の盤面を示すだけだ。
そこには燦然と輝く数値!
感動に胸が震える。
――残額、43マグ。
明日の宿代まで稼げたじゃねえか、ひゃほー!
あれ? 昨日の余りを差し引いても多いような。
「どうも1マグほど多い気がするんですが」
「あら……ああ、草の分ですネ」
「へえ、細かい分まで読み取れるんだ」
「ええ細かさにも限度がありまして、1マグ単位になりますけどネ」
へえ、草か。
は?
「く、草」
「ええ、かなりの数がありましたカラ」
マグ――魔素は生物に含まれる。
そうか、草だろうと当たり前だよな。十五束分でようやく1マグか。
微量過ぎて赤い煙なんかは見えないんだろうな。
「十五束とは、さすがは人族でス」
大枝嬢はホクホク顔だ。多分。
優しい言葉は嬉しいが、そりゃこの仕事を真面目にこなす冒険者なんかいないだろう。きっと不人気に違いない草刈り依頼が片付くのは、ギルドとしては助かるのかもしれない。
「ハハ……普通はもっと多いだろうし、次はもう少し頑張ります」
戦闘に慣れてきたら効率は上がると思うんだよな。カピボーをすぐに倒せるなら、あと三束はいける。
「いえとんでもない。他の種族にはなかなか難しいのですヨ」
「へっ最弱でこれだけできるのに?」
自虐的な言葉が自然と口をつく。
なんとなく大枝嬢の前だと劣等感を感じないが、もう意識が受け入れ始めているのかも。まずいな。
けど俺は汗だくだったけどさ、これが他のやつらなら、もっといけると思うんだが。
そんな俺の疑問を読んだように、大枝嬢は説明をしてくれた。
「人族は敏捷性や腕力に魔力といった、戦闘に必要な身体能力が著しく低いだけですヨ。代わりに最もすぐれているのは持久力のようでス」
「持久力。へーえ、だから農地か」
「そうですネ、他にも荷運びや鉱山の採掘なども多いですヨ」
そういや聞いた通りに、農地の方は人族で固まっているようだったな。もちろん、さっきの倉庫管理人も人族だ。
なんだろう、少し違うかもしれないが、肉食動物と草食動物の運動性能の差みたいなもん?
まあそれはいい。
なんだよ持久力って。
疲れ方に偏りがあるのは勘違いではなく、そのせいだったのか!
くっ、初めから知っていたら気にせず農地でお世話になった気もするが、今さらか。
草刈……じゃなくて冒険者稼業も要領が掴めてきたところだからな。目標を立てて、実際うまくいったんだから尚更。今はもっと続けたいと思っている。
「なるほど。自信が持てました。良ければまた明日も引き受けたいんですが」
「ありがとうございまス! では受付けますネ」
次のクエストというか、作業場所を移るにしても、カピボーで戦闘に慣らしておいたほうがいいと思うんだ。
いずれはケダマともまともに渡り合いたいしな!
それに、あの祠周辺なら戦い易いかなという気がしている。
不慣れな森の中での活動なんて心配だが、聖域らしいから多少は平気かなと、また甘いことを考え始めている俺だった。
話を切り上げかけたが、気になったことがあり質問した。
「報告するまで放置してますが、どうやって俺の仕事だと判断するんですか?」
他人の成果を奪ったのではなんて疑いをかけられたらと考えてしまった。
誰が草なんぞ盗んで喜ぶんだよというのはともかく。
いや誰かが放置していると勝手に片付けられたらとか、えぇと色々あるし。
「ご安心を。マグさえあればタグに情報が記されますから間違いはありませんヨ」
「ああタグか」
マグさえあるなら、どんなものでも読み取れるはずとは便利だ。
「ただし窓口で確認しなければならず、手間をおかけすることになりますネ」
「いや重要な器材ですもんね。ありがとうございました。また頑張ります」
マグ読み取り器は、両腕で抱えるほどの大きさはあるが、持ち運べる程度の重さだ。セキュリティは……こっちも宿と同じく、鎖が繋がっているだけかよ。
気になったのは、作業者はマグで分かっても、誰かが嫌がらせで持って行っちゃった場合は分からないんじゃないかということもだ。
読み取り器のことがあるから、何かあったとしても、その場で解決できそうにはない。
気になるなら印でも残せばいいが、そこまで労力を割く意味はないよな。
なんだかどうでもいいことを聞いてしまった。
大枝嬢が親切に答えてくれるからと気軽に質問してしまうが、あまり邪魔をするのも悪いよな。
とはいえ、知らないことばかりで、聞かないわけにもいかない。
質問は一日一つまでとか、自分の中で決めておこう。
今度こそと大枝嬢に礼をして帰りかけて、出口へと向かう途中のことだった。
「草の討伐ご苦労さん」
お、俺?
絡まれたらどうしようといった心配をしていたからか、まさに突然に声をかけられビクッとする。
扉近くのテーブルに集まっていた、冒険者グループの一部だ。
挨拶だろうか。からかうほどの大声ではなかった。
威嚇するのでもなく、労ってるのでもない。
面白がっての冷やかしか。
悪気はない感じだが。
気紛れだろうな。
驚きすぎて、反射的に会釈だけして外に出てしまっていた。
おいぃっ、なんで出ちゃってんだよ!
ぼっち冒険者卒業の切っ掛けになったかもしれないのに!
い、いや友達ができたって、ランクの壁で一緒に行動できないのは分かってる。
分かってるけどさ、居ると心強さが違うだろう。
くそっ……早く宿に戻って休もうっと。
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