012:力の差と真の最弱戦
目標があると、どんな些細な仕事でも張り合いが出来て気分がいい。
今この手に掴み取ったものが、俺の明日を輝かしいものに変えるんだ。
いいだろう、やってやろうじゃないか。草刈りマスターと呼ばれるほどにな!
カピボーの邪魔には屈しない!
カピボーで思い出したが、マグがコントローラーにも流れていたのが気になる。
「絶対なにかあると思うんだけどなぁ」
水のみ休憩がてら、いじってみるが相変わらず反応はない。
また戦った後に確かめてみるか。
それから無心に草を刈っていた。
滴る汗が邪魔になり、タオルサイズの布を首にかけている。
今の姿をはたから見れば、とても冒険者には見えないよな。そこは考えまい。
遠くから牛のような鳴き声が風に乗ってくる他は、のどかなもんだ。
そんな穏やかな空気の中では、草むらを揺すり掻き分ける音でさえ酷く大きく感じられた。
少し離れた場所の草むらが、派手に揺れている!?
カピボーの比ではなく、でかい!
あんな素早く大きな敵なんか、俺に対処できるはずもない。
どうする。何が出てくるか見たら兵に知らせよう。
ナイフは構えたまま、後ずさりながら距離を取りつつ揺れる草むらの動きを目で追う。
草の波が、柵近くの開けた場所まで到達した。
来る!
「へっへー、オレが先な!」
「とちゅう石につまずいちゃったよー」
躍り出たのは、子供たちだった。
少年よ、おどかさないでくれ。
二人は暢気に飛び跳ねながら、互いにからかいあっている。
遊んでるだけか。こんな危険なところが遊び場だと?
いったい親御さんは何をしているんだ。危険なのは俺にだけですよね。
緊張が抜けてぐったりする。
仕事に戻ろうと思ったら、あいつら動かないで草むらを睨みだした。
草に手をかけるも、気になってしまう。
見たところ炎天族だ。
よく日に焼けたような浅黒い肌に、髪は蝋燭の火のような赤色をしている特徴そのままだ。
その二人は俺より小さいっていうか普通に小学生くらいに見える。
他種族より一回り大きな体が特徴の炎天族の子供でこれなら、本当に幼いんだろう。
そいつらの一人は腰をかがめ、もう一人は身体を斜めに構えて草むらを向いている。
そして二人とも何かを手に持っているようで、握りこぶしを腰辺りの高さで維持したままだ。
なにが始まるんです?
刈り取った草を側に積みながら窺っていると、子供たちのお喋りが止んだ。
新たに草に波を立て移動する気配。先ほどより小さいが幾つもある。
今度こそカピボーだ!
「おい、あぶな……っ!」
走り出しながら、そう叫ぼうとしたときだった。
バシュッ、バシッ。
風を切る音の後に、空気が破裂するような音。
それが二度ほど聞こえた。
「おぅっし! 二匹貫通したぞー!」
「ちぇっ、オレ一匹外したよ!」
「ん、駆けっこでは、おれ負けたし引き分けな」
「うん引き分け」
そう話しながらも、仕留め損ねたカピボーを何の気なしに踏みつぶしている。
俺は立ち尽くした。
呆然としただけでなく、少し走って息切れしたためだ。
子供達は手の平の小石を宙に投げては受け取めつつ、お喋りしている。
小石で仕留めた……だと?
複雑な気持ちで眺めていたら、二人が振り向いた。
気づきますよね。
「なにジロジロ見てるんだよ」
「なんか用か?」
やばい完全に事案だ。
切れる息を整え、慌てて声を絞り出す。
「いや、魔物がいたから、大丈夫かと思って……」
俺の言い訳を最後まで聞くことなく、子供たちは互いに顔を見合わせ、おどけた顔をする。
「ハハハッ! カピボーがぁ」
「魔物だってよお! ギャハハ!」
清々しいほどの噴出しっぷりで笑いながら走り去っていった。俺を指差して笑いながらだ。
子供でも十分に対処可能な場所か。
その通りだったな。
少年達が去った後、膝から頽れた。
断じて心がではない。
ちょい前に、己の最弱具合が理解できたなどと言ったな。
なんて傲慢な考えだったのだろうか。
下には下があるのだよ。
「フッ、やはりか……まずは地道に防具を買い揃えようという、俺の判断は正しかったようだな」
泣いてもいいよね。
この世界の子供たちより確実に俺は弱いと、目の前で見せつけられた。
「なんだよ、あれ。石ころで貫通攻撃だとか、チート種族じゃん。神童か」
錯乱気味だが、俺には生活がある。今日のノルマを果たすべく、半ば八つ当たり気味に草むらへナイフを叩き込み続けた。
あまりのショックに、ぐちぐちと独りごちるのに懸命で、あれほど自分に言い聞かせていた周囲への警戒など忘れきっていた。
またうっかりしていたと気がついたのは、すっかり日が高くなり腹が鳴ったからだ。危機感など一朝一夕に育つものではないのだよ。
「おぅ、もう昼か。つい夢中になっちまうな。よっしゃ休憩休憩!」
ゲームを遊んでいるときに、常に画面にツッコミ入れてるやつっているよな。
俺だよ。
別世界に来ようが独り言もお手の物だぜ。
昼休憩はしっかり取って、少し体を休めてから再開したほうがいいだろう。日暮れには眩暈がするほど疲れるし。
以前にも思ったが、ずっと作業し続けているというのに、休みたいほど疲れたといった感覚はないんだけどな。どうもこの身体の疲れ方には偏りがあるようだ。
草むらから離れ、見晴らしの良くなった場所に目を向けほくそ笑む。
ピラミッドのように積んである成果は五束。うんうん順調だ。
あの子供たちとの強さの差に呆けていた時間分の遅れも、日が傾くまでには巻き返せるだろう……。
その草俵の山に腰掛けると、ナイフを足元に置き汗を拭い、水筒から水を呷る。
水筒は、道具袋から一々取り出すのが面倒で、荷物と一緒に地面に置きっぱなしにしていた。
幸いなことに温度が伝わりにくい素材なのか、水はひんやりしている。火照った体に染み渡り生き返るようだ。
紐の余りがあったっけ。それでベルトに括っておけば……長くて邪魔だな。取り出すことが面倒なのは変わらないが、袋の紐に括っておけば、落とす心配は減るかもしれない。
ぼんやりとどうでもいいことを考えつつ木の実を齧り、また水で膨らますようにと口に含む。
ゴリゴリと噛み砕く音だけが、しばらく響いた。
実に、のどかな光景だ。
まずいなー、いや木の実じゃなくて。
ふと思い出して周囲を見てはいるんだが、気が付けば目の前の作業に意識を取られてしまう。
あれだな。自分では車や他の歩行者に気をつけているつもりで、ふらふらと歩いてるスマホ歩行者のようなもんだろう。
あまり気持ちに余裕がないのもあれだし、田舎体験にでも来たと思って楽しむ気持ちも大事かもしれない。
ああでも、熊や猪や雀蜂だとか出る場所もある。考えたら日本でも、人の手が届かない自然の中では、そう暢気にもしてられないのかな。
昨日痛い目に遭ったばかりだし不安な気持ちはあるつもりなんだが、体も頭もそんなすぐにはついてこれない。
午後はもっとしっかりと気をつけよう。
侘しくもありがたい昼食を終えて立ち上がる。草の向こう側を探るつもりで見回した。
「まったく気配がないな……」
採取場所では必ず敵と遭遇するってのも、あくまでゲームの仕様だ。
実際にはゲームのように何もない場所から突然敵が現れたりはしないのだから、その辺をうろついているなら会うのは運か。
そもそも、動物っぽい外見だけど、動物の一種とは違うんだろうか。倒すと消えてしまうから生物の範疇ではないと考えてしまうのは、俺が別世界の人間だからだと思うし。もし、ゲーム世界が具現化しただけなら、そこに意味はないよな。
ここでは単純に、魔物というものとして分類されているんだろう。
そういえば肉が塊で吊るされていた店も見たし、死んだら消えるモンスターとは別の存在じゃないとおかしいもんな。食えるもんがなくなってしまう。
肉とか食わなくてもいい世界なんて寂しすぎるし。
うう、肉も食いてえよなあ……。
真面目に考えようとしても逸れる思考に流されるまま、午後の作業を再開した。
日が中天を過ぎ、斜め上あたりに傾いたころだった。
ガサゴソと隠れる気もなく草を掻き分け近寄る音。
はっとして草から手を離し、開けた方へ後ずさってナイフを持ち直す。
防御を考え左腕も前方に掲げる。
回りこまれないように、注意を払わねば。
「今日こそは、冷静にいくぞ」
すでに心臓はバクバクと鳴っているが、それを堪えて出てくる場所を逃すまいと視線を走らせる。
間をあけずに草むらから飛び出してきた、薄汚い毛並みの体躯。
三匹か、ちょうどいい。
「来いやカピボー!」
「キシェシェーッ!」
気合いを入れたというのにだ。
俺はあろうことか草の根に躓き、脚がもつれてバランスを崩した。
その隙を胸に飛びつかれる。
「ぶっ! 馬鹿かーっ!」
なんとか醜悪な牙に食いつかれる前に叩き落とす。
すぐにサイドへと移動し、俺の足元を走り抜けて迂回しようとしていたカピボーの背にナイフを突き立てた。
「もう背後は取らせねえよ!」
飛びかかった一匹が、ちょうどガードしていた左腕に飛んでくる。
「カピッ!」
腕を力いっぱい押し出すと、自らの勢いで弾かれて落ちた。
その胴を刺したところに、最初に叩き落していた一匹が体勢を整えて足に齧りつこうとしていたが、蹴って転がったところを仕留めることができた。
「本当に、これで、子供の小遣い稼ぎなのかよっ!」
ゼェゼェと肩で息を吐く。
長時間の草刈り作業では、汗はかくものの息が乱れたり手足に限界も感じなかったのに、戦闘となるとこれだ。
苦々しく地面を見下ろす。躓きかけたのは、ときに草の根っこが絡まって輪になり、天然の罠となっているからだ。
「あーもう、根っこも掘り返そうかな……」
そんな余力はない。ぼやきつつも、また二束ほどまとめた頃、新たに二匹のカピボーが現れ退治する。
その後は静かになった。
砦の兵が言うように、三匹前後で行動しているのは本当のようだ。
続けざまに五匹なんて昨日はよっぽど運が悪かったのか、いきなりでどうにか対処できたのは、運が良かったと思うべきか。
日が地面に近付き、空が赤く染まる頃。
俺は草の束を縛り上げていた。
「ふぅ、これで最後だ。十五束、完成! っしゃあ!」
目標達成に、つい拳を振り上げて喜ぶ。
汗をぬぐって水筒に手を伸ばしたとき、視界に動きがあった。
束の側に置いていたナイフを持ちなおすと、振り向いて動きのある草むらへと走る。いや小走りに近付く。
何匹か分からないが、行動を先んじる!
草を掻き分け飛び出してきた先頭に腕を突き出すと、先頭の一匹が勝手に刺さり弾ける。この戦法は有効らしく、毎回一匹はこれで消えてくれる。すぐ後に続く二匹目もあわよくばと思ったが、ぎりぎり身を捻って転がりやがった。
だが傷はついた。
体をくねらせながら、もがいているそいつを目の端にとどめたまま、すぐ後に続いた動きに意識を向ける。
突撃を躱せるように腰をかがめ、爪先に力を入れる。
草むらから出てくるタイミングも大体は見当がつくようになった。
そこに合わせて一か八か、ナイフを上段から振り下ろした。
「ギャシャッ!」
「ギピーッ!」
「ふぉっ!」
パシュッと空気音が二つ鳴った。
上下で同時に飛び出てきやがった。上から切っていて良かった。
そしてもう一匹!
仲間が全滅したからか、傷付いた一匹は飛び掛るか反転するか迷ったように、頭を草むらとこちらに往復した。そこで決断していれば逃げられていただろう。
俺は迷うことなく足を踵から振り下ろした。
「うっ……カサカサする黒いアレを踏んづけた感覚を思い出した」
息を詰めて草むらを睨んだが、もう出てくる様子はない。
これまでもグループのカピボー同士が離れ過ぎることはなかった。多少の連携行動さえ取るせいかほぼ固まっている。恐らく、これで最後だろう。
しかし、四匹か。午後だけで合計九匹も出てきたな。
これが普通?
「ま、どうにかなって良かったよな」
今日のところはこれで勘弁してやる。
新たに出てくる前に退散だ!
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