010:洗濯問題

 依頼の成果である草の束を抱えて、冒険者ギルドに到着した頃には、日はすっかり傾き景色をオレンジ色に染めていた。

 街並みも色によって統一感が生まれ、絵のように綺麗な景色だ。カメラが無いのが惜しい。

 せめて絵心でもあればいいが、残念だったな。俺が得意なのは棒人間までだ。


 扉をくぐると、すでに戻っていた冒険者たちが俺を見た途端にお喋りをやめ、目を見開き呆気に取られたように口を半開きにする。

 俺の成果にびびったのか?


 それから頭を振る者、呆れた顔をする者、気まずそうに視線を逸らす者、笑いをこらえる者と反応は様々だ。

 肯定的な反応はどこ?


 逆に俺は顔がにやけてきて、そのまま窓口へと進む。

 何か言いかけたやつも、俺の表情を見るなり気味が悪そうに下がっていった。

 失礼な。


 そして何も見なかったかのように、待合スペースには話し声が戻った。

 今ここにいる奴らは、すでに報告を終えてるらしく小グループずつで雑談に興じている。たむろっているのは、他の仲間を待ってるからのようだ。

 聞こえてくる雑談から、明日の予定が聞こえてくる。中ランクのどこどこへ行くから、どういった能力の奴が欲しいとか、何人で行くだとかパーティー編成の話のようだ。

 新人最弱ぼっちの俺には、なんとも高度な会話である。


 他は飲みに行こうといった話だ。

 その辺はイメージ通りだな。


 窓口に到着すると、ちょうど前にいたやつが報告を終えて雑談組に混ざった。

 すかさず大枝嬢を目に留めると、元気よく声をかける。


「コエダさん、依頼内容の確認をお願いしまっす!」


 冒険者たちの視線と話題が、再び俺に向けられるのを感じた。

 声がですぎた。


「お帰りなさい。こちらの台に乗せてネ」


 大枝嬢の態度は変わらない。気にせず穏やかに誘導してくれる。なんて優しい人だろうか。顔は木の幹にしか見えないのに惚れそうだ。

 カウンターの端に設けられた広い台の上に、草の束をどさりと置いた。


 背後から冷やかすような笑いが起こる。

 奴らにすれば、しょぼい成果を自信満々に報告しているのが可笑しいんだろう。

 大枝嬢が丸めた草の束を確認し、俺はマグタグを渡す。


「討伐と合わせて18マグでス」


 おお、今日も宿代が稼げた。

 そうかカピボーと合わせて……少なっ!

 カピボーしょぼっ!


「それとスミノフさん、説明を忘れていたみたいでごめんなさい」


 俺はロシア人じゃねえ。


「少量なら窓口でも受け付けますが、量が増える場合は、近くに干し草倉庫がありますから管理人へ声をかけてみてください。その場で終了証明をもらえますヨ」


 管理人って、えぇ? わざわざ運ばなくても良かったのかよ。

 ああ、もしかしてあの農家のおっさんに報告すりゃ良かったのか?


 普通、草を背負って街を歩くやつなんか、いないよな……どうりでガン見されたわけだ。

 最弱冒険者が珍しいのかと自意識過剰になっていたが、俺が常識を知らないだけだった。


 大枝嬢は、たぶん申し訳なさそうにウロの目じりを下げている。

 説明か……他のこと考えてたし、俺が聞き逃してしまっただけの気がする。


「いえ、俺がきちんと確認してなかったみたいです。明日はそうします」

「明日もお願いできるのですか? では依頼を受け付けておきまス。お疲れ様でしタ。またよろしくお願いしますネ」


 顔のはずの幹のウロが、ぐにゃっと歪む。

 恐ろしくも、これが大枝嬢の笑顔らしい。とても微笑ましげに見られている、ように見える。


 よっぽど俺、というか人族の信用がないんだろうな。

 恥ずかしくて変な顔で悶えていたと思うが、スルーしてくれてありがとう。


 でも、子供のお手伝い程度であろうと、初仕事を無難に終えられたんだ。

 嬉しくて、つられて緩む笑顔を抑えられなかった。

 報酬はまた、宿代一晩でなくなる額だったけどさ。

 これなら、どうにかやっていけるんじゃね?

 そう思えたんだ。




 日が沈むと、通りには建物から漏れる灯りしかないらしい。

 街灯らしきものは見当たらない。急速に紫色がかってくる通りを急ぐ。


 通り過ぎる人々の中には、早くもランタンを掲げている者が居た。

 夜目なんか利かないし、俺も何か照明道具を確保したほうがいいだろうな。

 この調子じゃ、いつになるか分からないけど。


 それにしても、近いからと暢気に祠のある森まで行ったりしたが、今考えると地の利もないのに無謀だった。慣れた場所だろうと迷うのが森という場所だろう。

 しかも、小動物なら臆病で逃げそうだが、あんな小さな魔物ですら凶暴なんだもんな。

 全ての環境が整えられた、安全で便利な現代日本とは違うのだよ。

 よくよく体と頭に覚えさせねばなるまい。




 幾ら人気がないといえど、遅くなっても宿は泊まれるんだろうか。心配になりながらも俺が宿の戸をくぐると、やはり宿のおっさんは壁をくるっと回して顔を出した。怖いから。


「おう兄ちゃんか。まさか戻ってくるとはなあ」


 二度と戻って来れない任務に就いたとでも思ったのか。

 ふっ、ああ危険な草刈りだったぜ。


「なんにしろ仕事がこなせたんなら良かったな」


 もう俺が泊まることは確定済みのようで、おっさんは上機嫌にマグ読み取り器を取り出した。断られずにほっとして、俺も即座にタグを押し付ける。

 こんな軽い金属板なんて盗まれたらどうするのかと思ったが、おっさん側に鎖が見えた。アナログだ。


 鍵をかける魔法とかないのか。ないよな。ゲームで知ってる。ファンタジー世界らしいのに魔法の魔の字も見当たらない。いや魔の字は魔物に使われているが、それはどうでもいい。

 現実逃避をしている俺の耳に、おっさんの呆れ声が届く。


「兄ちゃんよ……」


 分かっている。皆まで言わないでくれ。

 不躾そうなおっさんだが、口を閉じて金属板をしまった。

 俺も、またしてもほぼ空っぽになったタグを溜息をこらえて首にかける。

 さっさと戻ろうとしたおっさんを呼び止めた。


「ええと、もよおしたら何処へ行けばいいでしょうか」


 来た日はすぐ寝て、目覚めたら慌てて出たせいでトイレの場所を知らなかった。

 怒られたらどうしようと思いつつ、仕方なく森の中で用を足した。土を掛けたから許して欲しい。


「便所はあっちの奥、そこの扉を出た先だ。そんで共同井戸はこの横から裏手に出てすぐだ」


 おお井戸!

 トイレの場所だけでなく、飲み水のことも気になってはいた。ケチりながら飲んでいたが、水筒の中身もやばい。量もだが鮮度も。

 そうだ、洗い場はあるんだろうか。


「洗濯なんかもできますか。幾らかかります?」


 共同なんてのは使用料とかいるんじゃないか?

 しかし服の汚れが落ちるか落ちないのかの瀬戸際なのだ。今すぐ洗いたい。

 それに汗と草汁と泥まみれだし、風呂は諦めるとしても、体くらいは洗いたい。


「ほぉ珍しいな。まだ綺麗なもんだと思うが」


 ……ここの奴らの洗い時がよくわかる発言だよな。

 そこで、少しポンチョをずらして服の血を見せたら、ああと納得された。


「早い方が落ちるかなと」

「待ってろ。それならいいやつがある」


 戻ってきたおっさんは小麦粉サイズの紙袋を手に、ついてこいと手で示してカウンターの右脇へと移動した。

 そこには小さな扉があった。ちょうど二階に上る階段の踊り場下になっていて見えてなかったが、言われなければ物置きだと思っただろう。


 後に続いて扉を抜けると外だ。すぐ側には三段ほどの木の棚があり、大小幾つかの桶が納まっている。既に側のランタンには火が灯されていて、周辺で作業するだけなら困らない。

 最も大きな木の桶に水を汲めと言われて手に取る。井戸から生えているのはポンプだろうか。戸惑いつつ、でかいレバーを押すとジャバジャバと水が出た。

 バケツをざぼんと落として縄で引っ張り上げるタイプじゃなくて良かった。


 水を張った桶に、おっさんは灰色がかった白い粉を振りまく。粉石けんかな。


「こうして水に溶いておく。これで全部すっきり洗えるぞ。それと金はいらんよ。好きに使え」

「ありがとう。助かります」

「なに、いいってことよ。部屋が臭くなるよりはましだ」


 溜息を残して、おっさんは戻っていった。

 随分と実感がこもっていたな。冒険者相手の宿ってのも大変そうだ。


 井戸の周辺を見渡すと、宿の端の壁にある一角に看板が打ち付けてあるのが見えた。洗い場としか書かれていないが、板壁で四方を仕切られている。天井はあるが上下に隙間があり、扉を開くと電話ボックス程度の広さだ。細い排水の溝もあるし、たぶんここで体を洗ってもいいんだろう。


 小さな桶に水を汲んで洗い場に入り、急いで服を脱ぎ体を水で流す。しかし、着替えはない。

 仕方なくポンチョをかぶって洗濯を始めた。


 野郎の裸ポンチョ。誰得だよ。誰も通りませんように。


 ほんと……パンツの一枚くらい余分に持っていてもいいだろっての。

 わびしくなって愚痴をこぼしつつ、桶に突っ込んだシャツやズボンを水の中で揉む。


「おぉ? すげーなこれ」


 なんと面白いように落ちるではないか。地球産より質がいいんじゃね?

 赤黒く固まっていたり薄茶色く変色した部分も、ぐるぐると水をくぐらせているうちに、サアーッと消えていった。


 よしっ金に余裕ができたら、これも買おう。

 怪我する前提なのが情けない。


「おっそうだ」


 濯ぐのに水を汲みなおしたときに、顔が分かるかと覗き込んだ。

 ほのかなランタンの明かりの下だが、ぼんやり映った陰影は俺の知る自分の顔で安心した。

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