008:初の低ランククエスト

 辺りは静かで、腑抜けたように街道を歩く。

 急ごうにも走れないため、嫌でも気掛かりに考えが及んでしまっていた。


 俺は、戻れないのか?

 よくある物語では、戻れないのが大半じゃなかったか。

 来た場所からは戻れないらしいと分かったが、それだけじゃない。


 そうだ、目を背けるのはやめよう。

 祠に来る直前に、派手な光にのまれたじゃないか。

 感電でもして死んだのかもな。

 生きていたって、戻れないのなら、あっちで俺は死んだようなものだ。


 行方不明の気がしないのは、今の体が自分のものであって、違うようだからだ。

 できれば、せめてそうであって欲しいといった希望でもある。

 親父たちの顔が浮かぶ。

 部屋でゲームしてて感電死とか哀れな死に方でも、行方が分からなくなるよりはいいと思うんだ……俺らしいって、後で、笑い話にできる日が来るかもしれないしさ。


 ……やめよう。

 どうしようもないことだ。

 あんま思い詰めても、足を止めていたらそれこそ飢え死にだ。


 今ここに生きてる実感のある体があり、俺は別に世を嘆いて死にたくはない。

 ゲーム的に死んで戻れるかなんてのも、試したくないしな。

 別の事を考えよう。働け俺のゲーム脳!



 そもそも、俺だけがこの世界に来たのか?

 人族もたくさんいるようだし、俺みたいなのが他にもいるんじゃないか。

 今はいないとしても、俺が一番乗りなだけで後から来るかもしれない。


 なんでそんなことがといえば、魔王が復活するとかの理由しか考えられない。英雄軌跡の場合は、邪竜だ。

 本当に、話の筋を追わねばならないのだろうか。

 話を追うのは、本当に俺なんだろうか。



 ……どうあろうと、装備の強化はしておかないとな。

 ギルドで依頼を受けて働くなら、どのみち必要なもんだし。


 就職先が、どこぞの中小企業か冒険者ギルドかってだけの話だ。そうだ独り立ちが二年ほど早まっただけと思えばいい。


 冒険者なんて大げさな名前だけどさ、結局は何でも屋だろ。バイトと同じだ。

 運動部とは縁がなくとも、引越し屋に居酒屋のバイトとか体力仕事はしてきたんだ。それと変わらねえよ。

 面倒臭い就活から逃れられたと思えばラッキーだ。



 そう思えば気が楽になり、意欲も湧いてきた。

 既にギルドへは登録済みなんだ。あてがあるって素敵なことさ!

 あんたは根が楽天的すぎるから、たまには気を引き締めなさいよと、母さんには言われていたっけな。

 だけど今は、そんな自分のお気楽さがありがたい。


 まずは小さな目標を立てよう。

 やっぱり討伐だよな。


「待ってろよ宿敵ケダマ! 今度はもう少し戦ってる感じで挑んでやる!」


 気合いを入れ直すと、俺はジョギングを始めた。




 改めて冒険者ギルドの看板を見上げて、深呼吸する。

 脆弱な我が身よ、わずかばかりクエストに耐える力を与えたまえ。


「コエダさん、俺に出来そうなものありますか!」


 もう昼だ。

 閑散とした冒険者ギルド内に、無駄に意欲に燃えた俺の声が響き渡った。

 真っ直ぐ窓口に生えた大木へと向かったが、失敗に気付く。

 昨日は気がつけなかったものの、大枝嬢の他にも女性に限らず人族や森葉族の受付がいる。俺の声に視線が集まり、恥ずかしさを払いながら窓口の前に立った。


「まあシャリテイルさんから体調を崩されたと聞きましたヨ。もうお加減はよろしいんですか?」

「はい。よく寝たんで、すっかり元気です」


 慣れない場所に来て、身体だけでなく精神的にも疲れたんだろうなと思う。

 とりあえずは飯の心配がなくなったし、あとは仕事ができるかどうかだ。

 こんな時間に堂々と現れて、仕事をよこせと言うのも恥ずかしいが気にしない。


「それは良かったでス。それでは初めてとのことですから説明をしますネ」


 俺の意気込みは肩透かしをくらった。

 はい、説明は当たり前ですよね。


 窓口の側にあった背もたれのない椅子を移動して座ると、大枝嬢の説明に耳を傾ける。俺の知らない常識もあるだろう。しっかり聞かなきゃ。


「依頼の難度は低中高ランクに分けられていまス。その依頼を安定してこなせるかどうかで、冒険者もそのランクで呼ばれまス。信用度ですネ」


 ほー、やっぱりゲームと同じだな。

 しっかり聞かないといけないと思いつつ、わくわくが止まらない。


「ギルド側で冒険者にランクを定義しているわけではなかったのですが、いつの間にか冒険者の間で呼びあうようになり、依頼者側にとっても査定に分かり易いとのことで、それを評価として取り入れていまス」


 おっ、ここは少し違う気がする。

 いや同じなんだけど、ゲーム的に大雑把にまとめられていたことが細かくなっている。


 ゲームでも各クエストに低中高のクオリティ判定があったのは同じだ。

 その後はクエストをこなす毎に評判の値が上がる仕様で、評判メーターを上げきると上のランクに進めたんだ。

 ここでは依頼者側からクエスト自体の評価だけでなく、各冒険者への評価も加わるらしい。まあ現実なら普通のことだよな。


「各ランクの中でも難易度は存在しますから、タロウさんは低ランクの中でも、最低難度の依頼で様子を見てくださいネ」


 大枝嬢は俺の自尊心をいたわりつつも、言うべき事をきっぱりと言ってのけた。

 登録早々に帰らぬ人になられても困るよな。

 縋りつく俺の情けない熱意に押されて許可した手前、目覚めが悪くなるようなことはしたくない……木人間って寝るのか?


 どうでもいい疑問を追い払い、俺は真剣な顔を取り繕ってしっかりと頷く。


「無理はしないと約束します」


 ようやくお勧めされた最低ランクの採取クエストを受け、ギルドを出た。




 街道入口にある立て看板から程近い場所に、草っぱらがあった。

 街を囲む延々と続く柵の外側から、すぐ側の森の際まで生えている。さらには柵沿いに帯のように連なっていた。


 牧草地、ではないよな。幅はないし。

 家畜の鳴き声らしきものが風に乗って聞こえてくるが、柵の内側だ。さらに向こう側には畑や小屋らしきものも並んでいるが、やっぱりそう広大には見えないが。

 小屋など家畜類や人が住んでそうな建物はともかく、畑などは聞いたとおりに柵の外側だ。


 しかし、この柵、街の範囲を示すもののようなのにしょぼくていいんだろうか。

 明るい茶色の木製の柵は、見た目は跨いで越えられそうなものだ。まあ、魔物の場合は聖なる祠の結界効果だけで事足りるのかもしれないが、悪人に意味はないだろう。


 泥棒などが気になったのは、動き易いようにとポンチョを脱ぎ、取り外した邪魔な荷物をくるんで柵の側に置いたからだ。

 物盗りなんか居そうにない牧歌的な場所に見えるが、念のためにコントローラーだけは腰ぎんちゃくに移動する。

 斜め掛けの袋に入れていたら、取っ手がゴツゴツと背筋に当たり、地味にイラついて邪魔で仕方が無かったのもある。


 ポンチョほどではないが、グローブを装着した分で少しは防御力を稼いでいると信じよう。

 立ち上がって袖を捲り上げ、ナイフを手に取ると草刈りの用意は整った。


 ああ、そうだ。

 最低ランクの採取依頼は――草刈りだ。


 俺は準備が整ったことを、草の側で待っていた男に頷いて知らせた。


「見ての通りさ。視界が悪いから、できるだけ取り除いてほしいんだ。小型の魔物しか居ないが、知らずそばに来ていることもある。ちょっとばかり齧られたって大したことはないが、群れにぶつかったら面倒だ。ごく稀なことだけどな。周囲を気にしながら作業したほうがいいぞ」


 俺にレクチャーしてくれているのは、この近場に住む農家のおっさんだ。

 普段、柵の外側の草刈りは、住民達が協力して順番で刈っているらしい。雑魚の魔物だろうと、潜む場所を作らないよう、視界を確保するのに必要なのだそうだ。

 元の位置に戻ってくる頃には、また生え揃っていて、いつでもありつける仕事だとか。

 ただし好まれる仕事でもないから、子供の小遣い稼ぎでしかないと聞いた。


 うむ、堂々たる最低ランク依頼の内容だろう。

 そして最弱人族であり、なりたてほやほやの新人冒険者には、あつらえたように相応しい仕事ではないか。



 俺は、おっさんに頷きながら並んで草の前に立った。

 随分と背の高い草だ。茅って言うんだっけ。葉の見た目はあんな感じだ。

 俺の身長は172cmほどだが、真っ直ぐに伸びた葉っぱの先は目線まである。

 あ、キャラメイキングで身長や体重も違いそうだな。

 まあ、大体大人の身長ほどってことだ。


「結構硬いからな、肌を切らないように気をつけろよ」


 子供の頃に、雑草で切った記憶があるな。紙の縁で切るのと同じような痛さだったと思い出した。


 おっさんはゆっくりと手を草の隙間へと差込み、根元の方をしっかり掴むんだと教えてくれた。飼料だか資材だかと利用するらしく、出来れば根元から長めに確保したほうがありがたいものなのだそうだ。

 しかし、その根元は硬く隙間なくみっしりと生えていて、真似した俺の手は入り込めなかった。


 おっさんは、苦もなくがっちりと掴んでいるんだが、俺は少し上の方を掴むので精一杯……これが性能の差ってやつか。

 このおっさんも人族なのだが、レベルが違うんだろうか。

 地味なところで、基礎ステータスの違いが出てきやがる。


「まあ、無理しなくていい」


 おっさんは、苦笑いしながら去っていった。


 くそっ、負けてたまるか!


 さっそく草に掴みかかる。根元は硬く密集し引っこ抜くのも難しい。掘り返そうかとも思ったが、どのみち先にある程度の隙間を作らないと無理だろう。

 せめてマチェットナイフを持っていたのは助かった。

 まさかこんなところで役に立つなんてな。いや本来の用途なのか……?




 ぶつくさ言いながら懸命に刈っていると、知らず熱中してしまったらしい。汗が目に入って気が付いた。


「意外と腰にくる……」


 そういや小型のモンスターがいるんだっけ。ケダマのことだよな。

 今さらながら周辺を見回すが、刈り取った辺りにはなんの影もない。

 こんな街の側なんだから、念のための注意だろうな。新人への脅しも含まれていたりして。


 ガササ――。


「ん?」


 不意に草の一部が揺れる。風にしては動きが妙だ。

 揺れは、こっちに向かって移動している?


 な、ナイフナイフ!


 掴んでいた草を投げ捨てナイフを構えなおしたところに、魔物は姿を現した。


「キシィーッ!」

「うおっふ!」


 ケダマじゃない?

 小さいし、素早いぞこいつ。しかもナイフを持つ腕に飛び掛ってきやがった!


 一旦着地したところで捉えた姿は、でかいネズミもどき。

 ゲームでは見たことのない魔物だった。

 そのことに動揺し、さらにはとんでもない跳躍力で迫ってくるのにテンパった俺は、とっさに逆の手で叩き落した。

 重みのあるナイフで、素早い対象を捉えるなんて、まだ無理!


 急いで止めを刺そうと、地面に体を打ちつけて、のたうっているネズミもどきに近寄った背後で音がした――。


「うぐあ、ああああっ!?」


 ナイフを構えた腕を突き下ろそうと引いた肘に、衝撃が走った。見れぱ背後から食いつかれていた。

 勢いよく振っても、乱暴に殴りつけても離れない。足を掴み力一杯捻ると嫌な音がしたが、それでも離れない。


「はな、れろってんだ、よおおぉっ!」


 胴体に俺の指が食い込んだんじゃないかというくらい握り締めて引っ張ると、やはり嫌な音と感触がして、ようやく手応えが消えた。

 結局、ネズミもどきは口を離すことなく赤く透明な煙になり、そのままマグタグに吸い込まれていった。


 肘からネズミもどきは消えたが、流れ落ちる血の隙間から覗く、歯形に抉れた肉は残されたままだ。


「なんでだ。弱いモンスターしか、いないんだよな……なんなんだよ、これは!」


 息を切らして足元をぐるぐると見回す。


 さっき倒れていた奴が、こちらに牙をむいて様子を窺っていた。だがその視線は、滴る血を追っている。


 そう気づいた途端、飛び掛ってナイフを突き出していた。

 こいつは、真っ直ぐに飛びついてくる。思ったとおり、反射的に自ら飛び込んできた。


 首に下げたタグに吸い込まれていく赤い煙の向こうに動きがあった。安心しきる前で、運が良かったんだろう。俺は叫んでいたはずだ。

 さらに三匹が、向かってきていたんだからな。


 そこで思考は吹っ飛んで、気が付けば、でたらめにナイフを振り回していた。

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