003:レベル1の死闘

 今俺の目の前にいる、雑魚中の雑魚である二脚ケダマ。

 ゲーム開始時にまず戦うことになるモンスターだが、こいつまで本当に出てくるとは……。


 大声に驚いたのか、ケダマは始めこそ距離をとったものの、すぐに気を取り直して俺に狙いを定めた。

 俺が下がるからイケルと思わせてしまったのか?

 弱いくせになんて好戦的なやつなんだよ。


 暗い灰色の毛を震わせ、まん丸の体で猫のように威嚇している。黒くつぶらな瞳は、殺る気に満ちあふれていておぞましい。


 急いで視線だけを動かしケダマの背後を見たが、一匹しかいない。多分。

 こいつなら、三ターンもあれば倒せる。

 だけど、それは、まともに体力と腕力にポイントを振っていたならばだ!


 じりじりと近付くケダマは今にも走り出しそうだ。

 律儀に俺の行動を待ってくれそうもない。

 当たり前なのかもしれないが、これはターン制ではないよな。


 しょぼステの俺と、突っ込んでくるしか能のない敵。

 戦い方のコツは覚えている。

 というか、序盤の雑魚敵に戦い方もクソもない。

 大抵のゲームは、HPが減るのを引き換えにして一匹目を倒さなければ、その先へ続く輝かしい未来は開けないのだ。


 にじり寄るケダマとの間に何か遮蔽物をと、手で位置を確かめながら木を回り込む。だがケダマは、その木へと飛びついた。器用にも鳥のような脚だけで、あっという間に幹を登り、やや見下ろす位置にいた。

 不気味な目と合う。


 ああ、いいだろう。体はこちらがでかい。こうなったら体当たりだ。

 そうと決めれば即行動!


「やられる前に、やる! おりやあああッ!」


 やはり大声に弱いのか、ビクッと身を震わせたケダマは逃げる機会を失った。


「ぷキェ!」


 肩から飛び込むと、ぶつかった勢いでケダマは幹と挟まり呆気なく潰れた。

 手応えにうわあぁとなるが、血はない。

 俺は幹にぶつけた勢いのまま転がって起き上がり、地面に尻餅をつくと同じく落ちて横たわるケダマの様子をうかがう。


 ひきつるケダマの姿は、透過しながらイチゴゼリーのように赤く染まると、ぶわっと弾けるようにして散った。

 と思いきや、散った赤く透明な煙は俺の体に飛び込んでくる。


「うわっ、くるな!」


 自滅攻撃か!?

 まとわりつく煙を手ではらいのけるより早く、それはスーッと掻き消えた。

 心臓がバクバクと鳴る。

 これも、どこか知ってる気がする。


 必死に戦闘場面を思い出す。

 小さなモンスターの絵は画面中央に表示され、プレイヤーとは向かい合っているというような配置だ。


 攻撃などは、効果音と共にモンスターの絵自体を揺らしたり、赤く光らせたりすることで表していた。

 敵を倒したという表現も、画像がフェイドアウトする以上のことはない。

 こんな風に、赤い煙で表現されたことなどなかった。


 その代わりというか、普通ゲームなどは経験値が手に入ったなどのメッセージが表示される。

 入手したものが画面右上のバーアイコンに加算されていくのを思い出していた。

 水晶のような横長のバーに、赤く半透明のメーター。


 そうだ、この見た目とタイミング――マグをゲットしたのか!?


 『英雄シャソラシュバルの軌跡』、長いから英雄軌跡と略。

 このゲームの中で、マグは何をするにも必要な要素だ。


 Magic Bioelement――マジックバイオエレメント。

 頭のMagをとって、マグと呼ぶことにしたらしい不思議エネルギー。


 訳は魔質生体元素で略して魔素と説明書には記されていたが、ゲーム内では全部マグで説明されていた気がする。設定だけ考えて使いどころがなかったとかだろうか。ありえる。


 それはともかく、英雄軌跡の世界は全てこのエネルギーで回っている。


 元素と言うくらいだし生物を形作るのにも必須なようだが、取り出したそのエネルギーの用途はあまりに幅広い。

 石油や電気みたいな燃料どころか、装備の材料の一つにも、金銭としても利用されているのだ。


 赤い空気みたいな存在だが、マグを保存できる水晶もどきを持っていれば保存可能という設定で、不思議器機で討伐数のカウントもするんだから、情報の蓄積もできるのだろう。これぞゲーム的ご都合主義物質といったものだ。


 だとしたら、本気であのゲームと同じじゃないか?


 ほっと一息ついて、慣れない戦闘でもどうにかなったことに安心すると欲目が出てくる。

 マグを保存できなかったか。損した気分だよ。


 もったいない気がするなどセコイことを考えてしまうが、本来なら、その水晶もどきを冒険者ギルドで貰ってからゲームが始まるんだ。

 だけど俺はいきなり森に湧き出た。

 キャラメイクしたてのようだから、ギルド登録なんかもしてないとは思うし。


「冒険者ギルドか……」


 モンスターにマグ。ならギルドもあるんじゃないか。

 そんなちょっとした感動に反するように、最近読んでいた似たようなシチュエーションのネット小説なんかを思い返して複雑な気分が湧いてくる。

 ゲーム世界に行ったはずが、やけにリアルな世界になりモンスターを倒すと返り血や内臓を浴びてしまうようなやつだ。想像するだけで身震いする。

 ゲーム的に消えてくれて心の底から安堵していた。




 木々の向こうを覗き込んだが、もうなんの気配も無い。

 額の汗を拭いながら草地に胡坐をかくと、ぶつけた肩を撫でた。

 痛みはないが、潰した感覚が拭えるかなと、なんとなくだ。


 そうして膝に置いたコントローラーに目を落とすと、アクセスライトがうっすら明滅していた。

 電源切れか?

 それとも、他の要因だろうか。

 じっと眺めていたら明滅は止まった。だけど相変わらず光は点ったままだ。


 そして、ふっと体が軽くなる。

 動転して無視してしまったが、そういえば煙を浴びた直後から、体に力がみなぎるような感覚があった。

 ただの緊張とも思えない。


 これも、タイミング的に、レベルアップ!


 いや、そうとは限らないよな。

 なんだか混乱してきた。

 もしそうなら、数値が見えないだけで、やはりステータスは存在するってことになる。面倒だが、頭でメモするしかないか。


 ステータスが存在する……そのことに、また冷や汗が噴き出した。


 確かケダマはHP15だったはず。

 うまくいけば倒すのに三ターンはかかるって、そりゃまともなステータスで武器を持った状態でだよ!


 そしてもっと重要なことを思い出した。

 本来なら最初のエンカウントは三匹固定だったはずだ。

 腕力を最大15に振って、一匹ずつ一撃で倒せば三ターンなのだ。


 腕力8の今だと二度は当てなければならなかった。しかも律儀に待っていてくれない敵が、三匹も出ていたらと思うとぞっとする。

 そんなのに、丸腰で挑んだのか俺は。


 クリティカル効果が出たんだ……たぶん、運よく。

 そうだよ。いつもは最低値にしてある幸運にも、均等に割り振ってしまってたじゃないか。


「ふはあぁ、あっぶねぇ」


 ゲームなら大したことはないが、現実になるなら幸運すげーだいじ。

 肌の色が良くなるだけの役立たずとか思っていてサーセンっした!


 クリティカル出ずに攻撃を受けてしまっていたら、やばかったかもな。

 ゲームなら死んでもセーブ時点まで戻るだけだろうが……さっきの、生き物を潰した嫌な感触。随分と生々しすぎる。


 いやいやいや、待ってくれ。


 これ現実なのか?

 えっ嘘だろ……木が妙な意志を持って蠢いたりしていないし。

 地面の草っ葉も、どこにでも生えているただの雑草にしか見えないじゃないか。


 むしって齧ってみる。苦い。べっと吐き出す。


 触感も、味も、臭いも、痛みもある。

 幾らリアルな夢といっても、限度がある。



 気を抜いたら危ないだろうかと思いつつ、軽く眩暈がして目を閉じた。

 大きく深呼吸する。

 目を開く。

 景色は変わらない。


 そうか……変わらんか。


「それで、何しようとしてたっけ」


 そうだ移動しようとしてたんだよ。ケダマめ。


 考え込むのをやめて立とう。

 色々と謎だが、確認は後回しだ。

 このまま森にいても何の解決もできないだろうし。

 ケダマすら強敵のレベルじゃな。


 両手を空けておきたいし、コントローラーは鞄にしまっておこう。

 腰についてる、しっかり紐で締められた大きな袋の口をイライラしながら解く。

 どうにか開いて押し込み緩く結びなおした。


 距離は分からないままだが、記憶の地図を信じ木々の狭間を抜ける。

 街のある方角を定め、今度こそ迷わず歩き始めた。




 俺の気合いはなんだったのかというくらい、あっけなく道に出た。

 草を引っこ抜いて踏み固めただけの道。その片方、南の先は緑の山並みが見え、逆の北側には、建物らしきシルエットがかすんで見える。あれが街だろうな。

 そう遠くないようだが、それで俺が出てきた洞穴の位置が分かった。


「あれは、祠か」


 祠の近くに洞穴のアイコンがあり、てっきり俺はそこかと考えていた。

 勘違いだったが、似た場所にあって助かったよ。


 聖なる祠と名付けられたアイコンは、全体マップ上に、採取や討伐場所とは無関係ながらもクリックして入ることの出来た唯一の場所だ。

 メインストーリーを進めるトリガーであり、ゲームをクリアするための最期のシナリオ『邪竜の封印』に関係する。

 ゲームの終盤まで、他の用事は一切無いところなので印象が薄い。

 モンスターも湧かないし行っても意味はなかったんだ。


 そういえば、街の周辺が比較的安全なのは祠の結界効果みたいな話があった。

 そう考えると、ケダマ以上のモンスターはそうそう出ないはず。

 気は楽になるも、俺は道を急いだ。

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