004:冒険者街に到着しただけ!

 両脇を木々に挟まれた、あぜ道っぽいところを早足で歩いている。ぎりぎり乗用車がすれ違えるかどうかといった幅はあり視界は良い。

 さっきのモンスターが気になって一応は辺りを見回しているのだが、理由は不安からではない。

 遠目に街が見えることもあり、好奇心の方が勝ってきょろきょろしてしまう。


 街が近付くにつれて、木々の間から森の中らしい薄暗い雰囲気は薄れていき、日差しが緑を鮮やかに色づかせていくと安心感も増してきた。

 木立の間には、身を隠した金髪の女の子が幹に片手を添えて、頭だけを半分覗かせている。


 大雑把だけどテレビで見たヨーロッパの景色って感じがする。

 いやー懸賞でも当たって海外旅行に来た気分だな。


 そう木々の合間には、金髪の女の子が……馬鹿な!


「あれ、いない」


 再び振り返ったときには、何もなかった。


 おかしいな、じっと見られていた気がしたんだが。

 わざわざ木々の間をのぞきたくはない。そんなのは存在しないとは思うが、人に擬態したモンスターとかだったら嫌だ。

 やっぱり急ごう。


 そうだった。

 安全そうだからと気を抜いて背後からケダマに襲われでもしたら、今の俺では大変なことになる。


 祠と道までの位置をもとに、頭の中でマップの縮尺を調整してみた感じでは、かなり広く感じる。

 そろそろ街につくはずだ。ついてほしい。

 空気が澄んでいて見晴らしが良いためか、なかなか近付いている気がしない。

 走って無駄に体力を消耗して、そこを襲われるのも嫌だしと慎重に競歩だ。


 なるべく急ぎ足で進んでいるのだが、別の違和感に気付いた。

 なんだか、この身体、あんまり疲れないな。

 あんな戦闘の後でも息切れしてたんだから、疲労しないってことはない。

 見た目だけかと思っていたが、少しはがっちりした体のお陰だろうか。




 徐々に近付いた立て看板に、街の名が刻んであるのが見えると我慢できずに駆け出していた。が、看板のはるか手前で膝に手をつく。 


「ふひぅ、やっぱ走ると、息が、切れる……」


 レベル1なりの身体能力なのは確かなようだ。悲しい。

 結局はのろのろと看板の側まで到達する。

 ふらつきつつも顔を上げると、霞む視界にもしっかり読めるほど、大きな冒険者街の文字が目に飛び込んできた。


『冒険者街ガーズ』


 その名の通り、冒険者のためにある街だ。

 というよりも、冒険者にいてもらわないと困る街か。


「……本当に、そのまま、なんだ」


 二本の太い杭の上に、でかでかと掲げられた板。説明書の見出しを縁取るデザインが、この木の看板だった。

 自然と顔がにやけてくる。

 ケダマごときに怯えていたくせに、現金なもんだ。


 あまり見とれてる場合でもない。安全だろうと思うが、街の周囲は木の柵で囲まれているだけだ。モンスターに襲われたらひとたまりもないように見える。

 まあ、この程度で済むなら、結界が効いてると思っていいよな。


 あとは……勝手に入っていいのか気になる。

 遠目にも人通りは結構あるが、厳しい門番のような姿は見当たらない。

 立て看板の傍らには、金髪の女の子の幻影。

 立派な城門などないのだから、きっと問題ないんだろう。

 高鳴る鼓動を抑え足を踏み出した。


 ところに、肩ポン。


「ちょっと、無視しないでくれるかしら」

「おっおれわるいニンゲンじゃないよ!」


 ふり向いたすぐそばに立っているのは。


「おおお、かわいい」

「なっなな何言ってるのよいきなりあなたん!」


 あ、噛んだ。


「んぐ、笑ったら承知しないわよ」


 振りかざされた木の杖は、人の背より少し短い程度の長さがあり、上部は木の枝がからまったように膨らんでいる。殴られたらさぞ痛いだろう。それを見て笑みを堪える。

 しかし口を押さえて涙目の姿に、恐ろしさは感じられない。


 さっきは気のせいかと思ったが、木陰から覗いていた女の子だよな。

 近くで見るとかなり可愛い。

 同い年くらいだろうか。

 ただ、十七から二十歳あたりに見えるといっても、骨格からして日本人の感じとは違うから曖昧ですら合ってるか怪しいが。


 顔の彫りも深いし、背も同じくらいだというのに彼女の手足は長い。

 隣に並ぶと俺の脚の長さが……それはいいとして、何かが引っかかり改めてまじまじと見てしまう。


 丸みの残る顔立ちが少女と思わせるが、健康的な肌色に映える大きなエメラルド色の瞳は、意志が強そうで大人びて見える。

 輪郭を縁取るような淡い金髪は、肩口まで伸びている。

 特徴ある大きめの耳は、英雄軌跡の世界でいうなら森葉もりは族の特徴だ。

 毛先の下へと視線が誘導された場所には、重力と戦えるだけのポテンシャルを秘めた胸部の盛り上がりが素晴らしい.


 格好も、やはり現代では見ないような衣装だ。首から肩にかけて革の防具で覆われ、そこから吊るすようにして肩から背には青灰色のケープを垂らしているのだが、他は無防備だ。

 見たところ、白くプリーツの入った薄い生地は袖なしのワンピースで、腰あたりを革のベルトで絞ってあるだけだ。彼女が足を動かすたびに膝丈の生地がひらひら揺れると、膝まである革のブーツとの間から絶妙に肌が覗く心が洗われるような光景がそこにある。

 やっぱり見覚えがあるな。


 視線を顔に戻すと、同じ高さにある目線と合う。


「気持ちの悪い顔で見ないで」


 いきなり毒を吐かれた。


「それで、この冒険者街にはどういったご用件かしら」


 まずい、警備係かなんかだろうか。兵はいたんだっけ。

 そういえばゲームには関係なかったが、マップの端に砦のような絵が描かれてあったな。小さな街とはいえ、一応は国から派遣された軍を置いてあるのかもしれない。

 どうしよう、身分証明とかないぞ。


 おっと、返事しないと怪しまれている。


「ええと、なんというか、その、故郷を出てきたところでして」

「そう、故郷を出てきたばかりだったの。なんて信じると思うわけないでしょう、聖なる鎖に封印された場所に、ただの人族が触れられるはずないもの!」


 うわっ見られてた。


「幾ら弱い魔物相手だからって素手で挑んだり、草を食んだり、なにかの呪術に違いないわね」

「違います」


 思い切り見られすぎだ。

 気配なんか全くなかったぞ!


「後をつけてたのかよ」

「街道で挨拶しようと思ったら、あなた随分と早足で通り過ぎていくんだもの」


 声をかけようとしたところを俺がまいてしまったのか?


「悪ぃな、来たばかりなのは本当なんだ。どこも真新しすぎて、周囲まで気が回らなかった」


 動転しすぎて、実はあまり意識が回ってなかったのか。辺りをキョロキョロと見すぎたせいもありそうだ。

 たまに、声をかけられて振り返ったら逆側で恥ずかしかったとかあるよな。


 というか、ますます見覚えがある。

 てか、ゲームの中に決まってるが……あ。


「あぁっ! あんた案内役だろ」

「はあ?」


 碧い瞳を見開き、驚く顔を見る。

 透明な目に慣れてないから、綺麗というより少し不気味な感じがする。

 じゃなくて、このひと案内役ガイドだわ。


 いわゆるチュートリアルキャラってやつだ。

 街に着いたばかりの主人公に「あなた冒険者街は初めてみたいね。街に馴染めるように案内するわ」云々と、お節介を焼いてくれるレギュラーキャラがいる。


 特にヒロインがどうたらといったストーリーのあるゲームではない。

 色んなシステム面を説明する為だろう、最初からパーティーに加えられるように用意されていたキャラなのだ。


 画面上では小さなキャラクターがうろついてるタイプで、当然顔は豆粒みたいになって判別不能だし、全身図のようなものもない。

 代わりにメッセージウィンドウの端っこに、表情グラフィックが表示されるタイプだった。

 それもアニメがかった絵だったし、現実に立体化して見ると、あのゲームだと知っていなければ気がつけないだろう。


 ステータス画面で全身を確認できるのは主人公だけだった。

 装備したもので全身図が変更されるため、全キャラ分作るのが面倒だったのかもしれないし、他メンバーの装備を好きに替えることができないシステムだからとオミットされたのかもしれない。


 ともかく、後はパッケージや説明書のイラストで、キャラクターイメージを補完するしかなかった。

 キャラの姿は短いオープニングムービーにもはっきりとは登場せず、ほとんどシルエットだった。あとは景色だとかモンスターのイメージが、やたら壮大なオーケストラ調BGMと共に流れているだけだったのだ。




 俺がゲームのことを懸命に思い出している間に、ガイドは困惑顔で何かぶつぶつ言っているが、隠せないのかね。


「そうね、とっても怪しいけど、なにか企むには格好はしょぼいし貧弱そう。まぁたしかに、街に来たのが初めてなのは本当みたいだものね……いいわ」


 目の前で失礼なことをぶつくさと呟いている。不覚にも、その内容に少しダメージを受けてしまった。


「ねえ、私を案内役に雇おうっていうの?」

 

 やっぱ装備はしょぼいのか……本当に俺は、何もなく初期値のままで放り出されたのかよ。

 悲しい事実に気落ちして口を開く気になれず、聞かれたことに頷きで示した。


「あっ、違うのよ。別に雇う必要はないわ。案内はするけれど、代わりにあんなところで何をしていたか説明してもらうわよ」


 俺のへこみを、断られそうだと落ち込んだと思ったのか、彼女は慌てだした。

 尋問は避けられないらしい。最後は口調を強め、胸の下で腕を組んで俺を真面目に覗き込んできたが、目の行き場が喜ぶので止めて欲しいポーズだ。


「ちょっと……」

「そうだな、それでいい! たすかります! 早速だけど冒険者ギルドに登録したいから、案内してもらっていいかな」


 ふう危ない。そんな薄手のワンピースを着ているほうが悪い。

 って嫌な中年オヤジかよ。


「それもそうね。まずはギルドに登録するのは、この街では大切なことだわ。こっちよ」


 あれ、ギルドに行きたいと言ったら、警戒心が和らいだ気がする。

 やっぱ冒険者街と言うからには、それだけ重視されているのかもな。

 ほっとした俺は、彼女について意気揚々と冒険者街へと乗り込んだ。

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