002:プレイヤーキャラクター
本当に洞窟なのか。
ぼんやりと岩肌を照らす、青くかすかな光を、呆然と見守る。
光は、目の前に立つ石を縁取るようで、本体が発光している感じはない。
黒く艶のある石は俺と大差ない背幅があり、歪ながらやや平たく、石碑といった感じだ。鉱物なんて詳しくはないが、ふと黒曜石という名が浮かんだ。まあ色しか合ってないだろう。
真っ黒なのに、どう光ってるんだ?
なんかまずいもん放射してないだろうな。
とにかく、まずは明るいところまで出ないと。
壁伝いに歩くと、人一人で塞がるような幅の通路があった。
そこに入ると、やや婉曲している先がうっすらと明るい。
幸いにも大した距離はなく、すぐに明るい出口が見えてきた。
見えたはいいが、そこもおかしい。
何本もの黒い鎖がかけられ出口に張り巡らされているのだが――透過している。
石を拾って恐る恐る投げてみたが、何事もなく通り抜けた。
非現実的すぎる。
思わず喉が鳴るが、砕けたり焦げたりした様子はないんだ。
石に続いて俺も手を差し出したが、やはりなんの抵抗もない。
そのまま外に出た。
突然の光に目を細める。
次第に慣れた目に飛び込んだのは、白樺のような色の木々。
幹は太くないし密集しておらず下生えもそうないため、隙間から見通せる少し離れた場所までも木々。
出てきた穴のある焦げ茶色の崖を見上げれば、よじ登れそうな程度の高さだ。その上にも木々が生い茂っている。
四方を見渡すが、どう見ても森の中だ。
ただ形状を見るに、洞穴は掘られたものかもしれない。
鎖といった人為的なものがあるくらいなら、道もありそうだが。
何が起こったのか分からないが、あれか。
別の世界に……なんてあるわけないな。
なんたら自然公園とかだろうか。
その場で、ぐるっと周囲を巡らすが、獣らしきものは見当たらない。
ひとまず気持ちを落ち着かせるか。
座ろうかと草の生えた足元を見下ろして、自分自身の異変に気がついた。
「誰だ俺」
それまで着ていたはずの、いたって普通のシャツとジーンズがない。
体が重いと思ったら、やたらと着込んでやがる。
木漏れ日の下に立つと両腕を広げ、改めて自分を見下ろした。
上には薄汚れたようなムラのある生成りのインナーシャツ。下は色褪せた緑のカーゴパンツっぽいズボンに、レトロ感のある薄茶のショートブーツ。
マントのようなものが背にあると思って手前に引っ張ったら、腰を覆う程度の丈があるミリタリーポンチョのようだ。前開きで紐で括れるようなやつの前を開いていた。ほとんど灰色に近い濃いオリーブ色で、硬く分厚く頑丈そうだが、ごわついた生地は首元がちくちくする気分になる。
ポンチョ以外は、どの生地も分厚くキメは粗い。柔軟さがないから、動くたびに軋むような抵抗感がある。
腰の幅広の革ベルトには小さな袋が幾つか通してあり、一つだけ大きめの袋がぶら下がっている。すべて茶けた麻製のような風合いだ。
胸に斜め掛けの革紐を手前に引っ張ると、背にも袋があった。自転車に乗るときに便利そうな感じのやつだ。これも小汚い。
サバイバルしてまーすといった格好のようだけど、確かに見覚えがある。
すぐに分かったけど、考えたくないというか……。
どう考えても、さっきまで面倒臭いと思いながらキャラメイクしていた、プレイヤーキャラ通りの格好です。
まだ防具すら手に入れていない素の状態だ。
イラストではシンプルだと思っていたが、意外とゴテゴテしてるもんだな。
布が体に馴染んでる感じが全くなく、衣服は薄汚い風でありながら真新しいように思う。
こんなコスプレ誘拐とか誰得だよ。
なにか手がかりはないかと持ち物を探る。
袋の中身も確かめたいが、紐で固く縛ってあり解くのに時間がかかりそうだ。
後回しにして、ベルトから吊るされ太ももの付け根辺りで固定されていた細長い革製のホルダーへと手を伸ばし、思わず真顔になった。
そっと引き抜いてみた大振りの刃は、ずしりと重い。
あんま知識はないが、山なりに幅広の刃はマチェットナイフだと思う。
ゲームだと何も無いよりはマシな程度の初期装備で、ナイフとしか書かれておらず、攻撃力なんか期待できない代物だ。
まあマチェットナイフなら武器として使うものではないだろうが、現物になったら、こうも凶悪な感じがするとは……。
でかい刃物なんか、包丁くらいしか触ったことないから余計にそう思う。
ただの衣装にしては、本格的過ぎないか。
ナイフを持ち上げて違和感に固まる。
原因は自分の腕だ。
二の腕や太ももを掴んでみると、本来よりもがっしりしている。
腹が割れるほどではなかったようだが、スポーツなんかとは縁遠い生活だった俺が、こんな理想ボディを手に入れるなんて。
「寝るだけ筋トレ法……んなバカな」
金持ちになってまうわ。
え、なにこれ?
誘拐されて鍛えられて記憶を消されたあげく変な森に放置されどれだけ生き残れるか賭けるゲームなんかの陰謀に巻き込まれ系?
いやいや、ないから。
目に入る範囲では、骨格など元の自分との違いは感じられない。
手には小さい頃に怪我をして残った小さな傷跡もある。
ただ、元より健康そうな肌色になってる気が……肌の色艶が良くなるのは、幸運値を上げたから……?
「まじかよ」
ゲームとしては低い数字だろうと、もし現実にステータスを振れるなら、体はこんな感じに変化するのかもしれない。
顔は分からないけど、触った程度では変化を感じない。
ナイフの刃に映ればと思ったが、黒っぽくて反射の少ない刃で無理だった。
大して特徴のないモブ顔だからいいけどさ。
ナイフを鞘に戻すと、改めて洞穴を振り返る。
確かに見えているというのに、半透明の鎖。
ホログラムだとか、そんな風には見えない。
や、やっぱ、違う世界なのか?
たまに読む物語にあるような、ゲーム世界風の異世界だというなら。
これは、まさか……ごくり。
試してやろうじゃないか、ステータスってやつを!
さっそく念じてみるが、目の端にウィンドウが出るだとかの気配はない。
微塵もない。
喋らないとダメなやつか。辺りを見回すが、誰もいないな。
ええい、ままよ。
「す、ステータスっ!」
しーん……反応なし。
穏やかな風が火照った顔に心地良いね。
うわあああ! 何も出ねえ恥ずかしいぃ!
頭を抱えてしゃがみ込んだ勢いで、取り落とした物体にびくっとした。
――HOLI製多機能コントローラー。
慌ててそいつを拾うと、ひっくり返したりと状態を確かめる。
どこも欠けてないし問題はない。
艶消しの黒色で近未来的な流線型を持つ物体は、森という自然やサバイバルな俺の姿に、やけに不釣合いな存在だ。
連打ゲーとか怠いんだよ開発者は無駄な操作でプレイ時間を水増しすんな。
などと思わず愚痴ってしまうほど疲れた時にだけ使う、サードパーティー製コントローラーだ。
自他共に認めるヌルゲーマーだからな、純正だけでなく常備していた。
前日に面倒なゲームを遊んだままにしていたから偶然握っていたが。
格好が入れ替わったのに、なんでこれだけこのままなんだ?
どういう仕組みになってるんだろう。
それに有線タイプのものが、今は根元から綺麗になくなり穴も塞がっているし。
他に違いはないかと、ボタンや形状を凝視した。
両手でしっかりと握れるように、通常より大き目の持ち手は先の方へ向けて内側へ婉曲している。
十字ボタンと丸スティックが左右にあり、右側の十時は決定やキャンセルだの各ボタンに対応。
上部の側面には左右に補助ボタンがある。
中心のゴマ粒サイズのアクセスランプの上には、スタートなどのボタンが並び、下には連射モードをオンオフするスライドスイッチがある。
アクセスランプは、各種動作に反応して点滅するようになっていた。
要するに、連射機能以外はなんの変哲もない普通のコントローラーだ。
多機能とか大げさな商品名だけどな。
デザインがシンプルでかっこいいからというだけで買った。
今は電源オンであることを示すアクセスランプが点っているだけ。
……そこが異常なんだけどさ。
あれこれ触るが、何も変化はない。
肩を落として溜息を吐き出した。
こういうのってさ、事前に説明があるんじゃないのかよ。
神様も、そこんとこもうちっと考えてほしいもんだ。
唸りながら、ふと青い空を見上げると日が高い。
こんなところで日が暮れても困るよな。
まずは人の居そうな場所を探すべきだろうか。
しかし周囲は森。俺に山歩きの知識はない。さて、どうしたもんか。
俺がプレイヤーキャラの格好なら、この場所だってゲームと変わりないと考えたほうがいい。他にあてもないことだし、そういうことにしよう。
頭にゲームのフィールド移動画面を思い浮かべる。
簡略されたものにはなるだろうが、マップは隅々まで頭に入っている。
洞穴入り口のようなアイコンは幾つかあるが、こんな小さな場所は街から南の森を突っ切る街道を進み、そこから東側の森に分け入るとある。レベルが低い内に通う場所だ。
他に目印があるわけでもないため大雑把な予測だが、洞穴を向いて左手に歩いてみるか。崖伝いに行けば、まずいと思えば戻ってこれるだろう。
昼間とはいえ木々の狭間に踏み込むのは勇気がいるが、よく見ると藪の少ない道筋が目に入った。ここに来るための通り道だろうか。
少しでも歩きやすい場所を通った方がいいよな。
むにっ。
移動しようと側の幹に手を付くと、ほんのり温かな柔らかいものに触れた。
「キェ!」
「うわっ! すいません前見てなくて敵だああぁ!」
互いに跳び退って向き合う。
「なんだこれ、なんだこいつ」
即座に敵性生物と判断したのは、この世のものとも思えない造形だったからだ。
敵といえば武器が必要で、手に握ってるのはコントローラーだよ!
ナイフもあったが、急にあんなもの使いこなせる気がしない。
後ずさりつつ、見た目から必死にデータを思い出す。
俺が下がる分だけにじり寄ってくる、両腕で囲めるほどにでかい灰色の毛玉に、鳥のような細い脚が二本生えているモンスター。
「おまえ
レベル1の雑魚中の雑魚だ。
肝心の俺自身だが、キャラメイキングしたてなら、やっぱレベル1だろう。
なんとかなるはずだと思うのだが、ゲームの小さな絵で見るのと違い相手はグロテスクだ。部分的に脂ぎったような毛並みを見て、俺は触りたくない気持ちと葛藤していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます