ランク外の冒険者
001:ナウローディング
『新規にセーブデータを作成します。冒険を始める名前を入力してください』
うんざりして画面を睨んだ。
「これだよ。めんどくせぇ」
俺はキャラクターの名前を決めるのが苦痛なほど苦手だ。
ちょっとした気晴らしにゲームでもしようと、未開封のまま積んである棚を見たが、新しいシステムやらに手を出すほどの時間と気力はない。
誰かの誕生日にかこつけて、合コン開催するぞと張り切った大学のバイト仲間が誘ってくれたため、夕方から出かけることになっている。
そんな、女の子と出会える貴重な時間が迫っているというのにだ。
俺はといえば新作ゲームのために昨日から時間を空けていたから、少しでも攻略しようと、早朝までアクションアドベンチャーゲームを進めていたのだ。
ちょくちょく挟まれるボタン連打の操作にうんざりし、連射機能付きコントローラーに変えてざっくり進めると、満足して放り投げた。
少しは寝たが、まだ昼前だ。
中途半端な時刻でもあり、遊び慣れたゲームで時間を潰そうとプレイ済みの棚を物色する。そして山と積んであるディスクの中から適当に掴んだのが、ロールプレイングゲームだった。
名前入力が面倒ならアクションゲームにでもすればよかったが、睡眠不足で頭がはっきりせず、選びなおすのもディスクを入れ替えるのも億劫だった。
キーボードへと手を伸ばすが、やはり指は迷う。
名付けが苦手だからといって、適当に決めることもできない性格だ。
イベントによってはシリアスな展開だってありえる。
そんな時に『ああああ』なんて名前で仲間の女キャラに呼ばれることを想像すると、ないなと思うわけだ。
ならばと『ええええ』と入力しかけて、俺は馬鹿かと手を止める。
熱い展開になったところで、名前を呼ばれる場面を想像したのだ。
「ええええ、あれは数十年の昔に封印されたはずの邪竜だわ! いくら伝説の剣を持つあなたでも、一人では駄目です! ここは引きましょう、ええええ!」
なんだこのウザイン。
他のにしよう。
「おおおお、任せなさい。あんな魔物くらい倒してみせるわ!」
おっさんかよ。
台詞のニュアンスが変わるよな。
駄目だ。
いつものことだが己のセンスのなさに絶望した。
いかん、このままでは無駄に時間が過ぎてしまう。ゲームを始めるのが先決だ。
そこで最悪の手だと思っているリアルネームを入力することにした。
『>タロウ スミノ』
かるく現実逃避したいのに、ゲーム中で名前を呼ばれるたびに現実を思い出すという、虚しさあふれる駄選択だと思っている。
「いいさいいのさ、この数時間だけだし」
太郎――どこにでもありそうで実際あまりないかと思いきや、意外と見かける名前である。大抵は、由緒正しき長男へと与えられる分かり易い名前だろう。
しかし俺も長男ではあるが、少し事情が違った。
オタク気質の親父が、子供の頃に夢中になったというテレビ番組がある。
その時代の少年は誰しも熱中したらしい「ヴリトラマン・タロウ」という、変身ヒーローものから名付けられたのだ。
時にシリーズものが現れるせいで、俺の世代でも知っている者は多い。
幸いにも、それでからかわれるようなことがなかったのは正直助かった。
いじり辛いほどシンプルな名前のせいかもしれない。
「これぞ正統派ヒーローであり、恥ずかしいことなど何もない」
などと、当の親父は缶コーヒーのおまけで集めたヴリトラタロウフィギュアを手に供述していた。首をもいでやろうかと思った。もちろん人形の方だ。
夢中になったのは子供の頃と言ったな? 今もじゃねぇか。
ともかく、こんな理由だから誰にも真相を語ったことはない。
平々凡々かもしれないが、逆にメジャーどころの名前で助かったといえよう。
まあ俺もこうして立派なゲームオタクになってるんだから、親父を責められはしないけどさ。
据置型ゲーム機本体に立てかけたディスクケースのタイトルが目に入り、意識を画面に戻した。
『英雄シャソラシュバルの軌跡』
これは昔ながらの正統派ファンタジーを謳うRPGだ。
そこそこ売れたと聞くが地味な人気に留まった作品で、発売から既に二年経つが続編の話もない。
その理由だろうか、少しばかり残念な出来と言われていたのは、肝心の売り部分が過去の正統派な人気ゲームのごった煮であることだった。
キャラクターメイキングが用意されており自由度が高いのかと思えば、救世の英雄を目指して活躍する冒険譚というシナリオに沿っている。
ゲーム中には、妖精のようないかにもファンタジーな種族が揃っているのに、プレイヤーは強制的に人間だ。タイトルにもなっている英雄シャソラシュバルが、ただの人間であり、冒険者として戦う内に強くなっていくストーリーだからだ。
他種族も仲間には出来るが、それぞれの装備には触れないし戦闘中の指示もできない。
そう、基本はぼっち操作であり、話は一本道。
自由度ないじゃん。
一応のルート分岐も少ないながらあるのだが、メインストーリーから脱落していくだけの小話である。世界は暗黒に包まれた、などだ。ただのGAMEOVERだよな。
いまどき素人の作る自作のゲームだって、もうちょい凝ってるだろう。
さすがに資本――おっと技術力の違いで、見た目の豪華さとか、操作のし易さは段違いに良いがそれだけなのだ。
それでも地道に売れたらしいのは、クエスト量が豊富なことや装備のカスタマイズができることで、やりこみ系の人気も高かったせいだろうか。
俺が気に入ったのは、シナリオを進めずとも遊んでいられるヌルさだった。
クエストを受けてはフィールドマップに出て、該当モンスターを倒して報告。その繰り返しだ。ゲーム自体の期限がなく、イベントのフラグさえ立てなければいつまでもだらだらと遊べるのだ。
悪く言えば起伏はないのだが、自分が思うまま、気の済むまで続けられるのは気が楽だった。
それに、最近は主人公にもキャラ付けがはっきりしたゲームは多いと思う。
そんな中で、このゲームはあくまでもプレイヤーが操作するアバターとして意識しているらしく主人公に台詞はない。従って声優が喋ることもなかった。主人公のイメージイラストでさえ、うまいこと頭部が隠されている。
昔ながらのロールプレイのスタイルかもしれないが、そういったところも俺には感情移入しやすかった。
ターン制の戦闘は、忙しいアクションゲームで疲れた後のクールダウンにちょうど良い。それで他のゲームの合間にとはいえ、随分と長いことお世話になった。
いくら気に入っているとはいえ、さすがに飽きは来るからな。
遊ぶのは二、三ヵ月ぶりだろうか。
「結構、覚えてるもんだなー」
当時へと逸れかけた思考を戻すと、キャラメイキング画面に移った。
基礎ステータスを決めるだけとはいえ、ある程度の体型を決められる。
初期の持ちポイントが50あり、ステータスへと数値を割り振ることができるのだが、その振った項目に応じた体型へと自動的に決定される仕様だ。
例えば、腕力にパラメーターを振りすぎると上半身が筋骨隆々になり、敏捷で下半身はごつくなるとか、余計なリアリティが付加されているのはどうかと思うが。
他には体力で身長、魔力で横幅、集中が奥行きだ。これは無理矢理感あるよな。
幸運なんか肌の色ツヤが少し良くなる。それだけだ。
各項目に割り振れる初期の最大値は15まで。
体型は3ポイントずつの五段階でごつくなるため、中肉中背になるようにと均等に配分する。
ちなみにゲーム開始からは、いくらレベルアップしても体型に変化はない。
そこまでやったら、とんでもない化け物になってしまうし不評だったろう。
あくまでも初期設定であり、傾向を決めるためのものだ。
体力/HP9、魔力/MP9、腕力/STR8、敏捷/AGI8、集中/FOC8、幸運/LUC8。
ついでに生命力/LP9。これは体力と魔力の平均値で外見には影響しない。
こんなもんだろうか。
序盤の遊び易さを考えると、体力と腕力が二桁ないのは苦しいが、思考放棄配分だ。適当に遊ぶだけだから、有利さなんか考える必要はない。
「はぁ、ようやくだ」
最後の決定ボタンを押すと、小さなネズミもどきキャラクターの絵と共に間の抜けたメッセージが表示される。
『なうろ~でぃんぐ――ようこそ魔の森と冒険者街へ!』
そして視界は、光に飲み込まれた。
「なんだいまの」
真っ暗だ。停電か?
ふと手を伸ばした床は硬い、冷たい。座っている尻や足が痛い……湿気臭い?
手を空中に伸ばすと、壁の代わりにゴツゴツとした石の感触がある。
次第に目が慣れた、と思ったら、うっすらとした光をとらえる。
いや、今ぼうっと明るくなったのか?
真横にそびえ立つ黒い石が、青光りしている。
淡く青い霞のような光は、そう広くないらしいこの場所の中心に立つ。
それに照らされて浮かび上がるのは円形の……どう見ても洞窟だ。
目を閉じて、開く。
洞窟だよ。
「なにが、起こった……」
辺りを見回すが、俺の息遣いの他には音もない。
思わず握り締めた片手に異物を感じて持ち上げる。
手の中にあるのは、さっきまで掴んでいたものだ。
「コントローラー、だけ?」
思わず疑問系になったのは、異常があったからだ。
ケーブルの消えたコントローラー。
充電式でもないのに、中心に位置するアクセスランプは、青く光っている。
訳が、分からなかった。
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