最弱だろうと冒険者で生きていく! ~異世界猟騎兵英雄譚~

桐麻

駆け出し冒険者生活編

予兆

000:転換点

 山腹の高台で足を止め、木々の狭間から遠くへと目を向けた。どこまでも突き抜けるように澄んだ青空が広がっている。空と山並みの間には極々淡いながらも虹色の層があり、ここが地球とは違う場所であることを思い知らされる。その虹色が、今は強く空に滲み始めているためだ。

 円形に連なった山並みを見渡し、視線を中心で止め、さらに上へと向けた。


 なによりも、あの空の中心を割る様に高く聳える黒々とした岩山が、俺のよく知る別の世界であることを忘れさせてはくれない。

 ここが冒険者街ガーズの象徴であり、終焉の始点。


 ジェッテブルク山――生きるもの全てを滅ぼそうとする、邪竜の眠る場所だ。


 歪に伸びて天を突く尖った頂上を見れば、知らず緊張に喉が鳴る。

 そこには、数日前から変化があった。


 赤い糸のような筋が、岩山の表面を伝い流れ落ちていた。それを噴き出す天辺は、赤く霧がかっている。

 すっかり目に馴染んでしまった赤色は、この世界の生物の根幹を成す魔素のうち、邪質の魔素と呼ばれるものだ。人間にとっては魔力でもある。

 さらには物体化するほど濃密な状態をマグと呼び分けるが、そうなれば様々な形で干渉できることを意味する。


 邪竜の操る魔素が人間の体にも流れていることを、今ほど忌々しく思ったことはない。


《主よ、落ち着いたか》

「ああ、もう大丈夫だ」


 振り返った蜥蜴頭の声で我に返った。

 俺と契約した――いや相棒となった聖獣、スケイル。

 邪質の魔素と対を成す聖質の魔素で形作られた存在であり、邪竜らに対抗できる最後の希望……なのかもしれない。


「坂道でも、どうにか体がずれないようになってきたろ?」

われが主の動きを調整しているのだから当然だ。だが、どうにか調整できる程度には、力をつけたということでもあるな》

「そこは素直に褒めろよ」


 今はスケイルを駆って、山を抜けている途中だ。

 正確には、跨ってるだけで精一杯だけどな。振り落とされないようにと、どうにか縋りついてるようなもんだから、こうして度々休憩を挟むことになる。

 胸いっぱいに冬の到来を告げる冷えた空気を吸うと、スケイルの背を挟む足に力を込めて上体を倒し、首を掴む腕に力を込めた。


「いいぞ、スケイル!」

「クエェアッ――!」


 喉を震わせる嘶きを上げて、スケイルは走り出した。即座に地面に吸い付くような低い衝撃が来る。馬ほどの大きさもなく、人間一人を背にしながら大したパワーだ。

 こいつは蜥蜴のような頭と四肢を持ち、水牛のような角と胴体に、孔雀のような羽が首回りや尾を彩っている奇妙なキメラだが、最上級の聖獣なんだ。


 人類最弱の人族である俺には、宝の持ち腐れだと思っていた。

 それでも、どうにか力を借りれるように、鍛える必要が生じた。


 封印が解け、滅びの王の目覚める時が来たからだ。

 ――再び、来てしまったんだ。


 過去の英雄らは、邪竜の命を断つことはできないまでも、身命を賭して封印を成し遂げた。その封印は、邪竜の復活サイクルに変化を及ぼすほど強力なものだったんだ。もう二度と復活することはないだろうと、人々が信じ始めるほどに。


 俺も、信じたかった。

 訳も分からず、この世界に飛ばされた理由が、あれのせいだと思いたくなかったんだ。


 随分と苦労したと思っていた慣れない冒険者生活が、今ではなんて平和で楽しかったんだろうと思える。

 つい歯を食いしばったのは、スケイルの移動に耐えるためだ……決して、やりきれない気持ちからじゃない。


 羽に差しこんだ指に、さらに力を込めながら、ここに飛ばされてからの日々に思いを馳せていた。

 微かな後悔が、影を差してしまった思い出に――。

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