【超ベニヤ杯1】白山白狼異聞録〜ブラック企業がぶっ潰れた話〜

 どうしてこうなった――等と嘯くまい。白山白狼という人物は法の下、ことわりり、ブラック企業に破滅を齎さんと決意する白き死神ハデスである。であればこの案件は正しく彼の領分に他ならない。


 だからこそ言わねばなるまい、と!


ピュアホワイトハクロウセンセイ! ピュアリム刑法第七二二条三六項を放つテラー!!』


 耳元でぴょんぴょん跳ねるのは二頭身の妖精のような女。『女神』と名乗る彼女こそ元凶の一人だ。


 もう一人は見知った顔の隣で、黒髪をポニーテールにした二頭身の少女。ひたすら申し訳なさそうにしている彼女を、女神はミッチーと呼んでいたが……。


『ほんっと申し訳ないんですが、戦わなければ此方が危険です!』

「ええ、わかっているわミッチー! 六法千書こいつでブン殴ればいいのね!」

『殺る気満々ですね?!』


 頼りない作家シーズーはやはり頼りにならない。むしろ乗りに乗っている。彼女を止めるすべは最早あるまい。


 なにせ目の前には悪鬼悪童、恐るべき漆黒の巨人が控えているのだから。


【ゔらァァああアッグ!!】


 ああ、何という悪夢。ましてやとして対峙することになるとは。

 

 白狼は夢の中で夢を振り返る。事のあらましはから始まったのだ。



◇◇◇



 ふと気がつくと白と黒の境界線に佇んでいた。何事であろうか、常世に斯様な空間は存在せず、自然と夢か幻の類なのだと白狼は理解した。


 で、あれば目の前のもまた幻に過ぎぬのであろう。


『君が白山シロヤマ白狼ハクロー先生、であっているかな?』


 異常なまでに美しい女であった。ともすれば神と見紛うほどの。


『うむ、その認識は正しい。なんたってわたしは女神だからな』


 思考を読まれた? 驚く白狼は、しかし不思議と得心が行く。これが夢であるならば全ては都合よく、理不尽に事は進むのだろう。


『そう、理不尽。君が唾棄すべきと論ずるブラック企業が世に蔓延るように、理不尽はごく身近に存在するものだ。白狼先生、あなたはブラック企業専門の弁護士だと聞いた。是非手を貸していただけないか?』


 伏して願う女は憎むべきブラック企業キーワードを口にした。そのうえで手を貸してほしいと請われたならば……白狼はただ一歩前に進み出て手を取るだけだ。


 思えばなぜこの時ちゃんとのか。後悔の念は尽きない。



◇◇◇



 次に目にしたのは深々と降り積もる雪景色だ。しかして寒さは感じない……とても美しい風景が広がっていた。


「あれ、白山さんじゃないですか」


 声に目を向ければ見知った顔がそこにある。ホワイトウルフ法律事務所で法律事務員パラリーガルをしている不動フドウ志津シズは、隣にまた美しい少女を伴っていた。黒髪をポニーテールに結った、白雪を纏う……さながら雪白の姫神と言ったところか。


『やっほーミッチー、こっちは快諾してくれたぞ。そっちはどうだ?』

『なんとか……でも本当に良いんでしょうか?』

『わたしたちではからな、現地人に頼むのが一番効率がいい』


 女神と話すからにはミッチーとやらも神なのであろう。たしかに相応に美しく、しかし相反した謙虚さが見て取れる。


「しっかし驚きましたよ。白山さんはだと思ってましたけど……いや、夢だからあり? それとも私に隠れた願望が?」


 夢ならば何でもあり……であるものの、夢にまで仕事の傍らに彼女が居るとは。彼女との縁も中々面白いものだ。夢であれ、このような不思議に対し嬉々として取材に取り組むのも納得である。


『では快諾してくれたことだし、早速殴り込みに行こうか』

『殴り込みって……いやそうなんですけど、もうちょっと言い方が……』

『オルァテメェ等往くぞカチコミじゃあああ!!』

『更に悪い?!』


 茶番もたっぷり、中々凝った夢だ。そして舞台は流転する。



◇◇◇



 天に月、地に残業の灯。憎むべきブラック企業とはこれ如何なるものか。ビルの屋上に佇む白狼は世界を睥睨する。


『ハクローセンセイ! さあ、をどうぞテラ』


 声に振り向けば……先程の女が二頭身のデフォルメされた妖精となってフワフワ漂っていた。しかし之とは一体? 見れば少女然とした装飾の真っ白な六法全書が浮かんでいる。


 とてもいい趣味だ。


『これは"六法千書ヘキサ・ピュアリム"……戦うためのちからテラー!』


 なるほど、弁護士ならば法の知識は必須である。だが白亜の本で一体何をさせようというのか。白狼が法廷せんじょうで戦うにあたり必要な知識は、全てこの頭脳に刻まれている。であれば要らぬと言わずも、今更渡されるものでもないのだが。


 ふと目をやれば志津も同じ様に本を受け取っていた。色は白狼のものと違って淡青であり、凍てつく吹雪の装飾が施されているようだ。


『表紙に手を当てて、「リリカル☆マジカル☆ピュアロイヤー」と唱えてください。それでします』

「すっごい安直……もうちょっと捻りはなかったのかしら」

『うっ、ごめんなさい。ちょっと方向性が違うからよくわからなくって……』

『ていうかミッチー、ノリが悪いテラ。は語尾に特徴的な謎単語をつけるもんテラ』

『むしろ女神さんのノリが良すぎるんですよ……』


 申し訳なさそうにしているのは、雪を纏う二頭身の女神だ。こちらも二頭身のマスコットとしてふわふわと宙に浮かんでいる。


「ほら、白狼さん! リリカル☆マジカル☆ピュアロイヤー、ですよ!」


 やけに乗り気な志津が急かすようにブンブンと手を振る。その切れ目は見開かれ、年甲斐も無くキラキラ輝いていた。これでは本当に小型犬シーズーのようだ……等と考えていると志津が無理矢理に白狼に本を掴まされ、表紙に手を当てられる。


「はーやーくー! 夢から覚めちゃいますよ!」


 こうとなっては梃子でも動かないだろう。夢とは言え彼女は意志の強い女性だ、白狼は仕方なく頷いた。


「いいですか白山さん? せーの! リリカル☆マジカル☆キュアロイヤァァッ!!」


 するとどうしたことか、六法全書が煌めいて眼の前が真っ白に――……目がくらむ白狼は何処かふわりと浮かぶような感覚を得た。具体的には身が軽くなったような……妙な爽快感がある。


「……う、わああ! ほんとにほんとだ! すごい! すごいです!!」

『えっと、その姿の名前は"ピュアスノウ"です』

「ピュアスノウ……ッ! 良いですね!」


 光が収まってすぐ、弾む声が聞こえる。一体何が……目を向けた白狼は言葉を失った。


「どうですかね、これ似合ってます?」


 そう言ってくるりと回る志津は金髪のふんわりリボンのポニーテールをした、14、5歳の少女となっていた。しかもフリフリのゴシックロリィタ然とした衣装を身にまとっている。これは俗にいう……というカテゴリーの装いだ。

 なるほど志津にもそのようにときもあろう。白狼は優しく微笑んだ。しかし彼女は少し疲れているのかもしれない……休暇を勧めるべきだろうか。


 そう考えて、ふとに思い至った白狼は己を見下ろした。


「白山さんも意外なほど似合いますね……っていうか普通に可愛いですよ?!」

『ちなみにハクローセンセイは"ピュアホワイト"テラ!』


 ピュアホワイト……? いや、そんなことよりフリルだ。白狼はフリルを纏っていた。真っ白な、それでいて絹のように滑らかな衣装。胸元にはリボンと百カラットはあらんかというダイヤが施されている。そして何より……己の声が、高い?


『あ、これ姿見テラな』


 鏡を見た白狼は絶句した。流れるような銀髪はウェーブを描きもこっとしたツインテール。目鼻立ちは白狼を思わせる、ともすれば娘と言えなくもない顔立ち。そして何より、頼りない股間のスースーした感覚。彼が見ても非常に可愛いらしい真っ白な少女がそこに居た。


 これが自分だと? 一体何が……。


「私はとんでもないものを見てしまいました。白狼先生の女装です! ……私、疲れてるのかな? いやでも変身後は骨格から変わるのが常識セオリー……これはこれ、それはそれ。つまり全て良し、アハハ!」


 志津はハイになっていた。そして白狼はローになっていた。これは夢である。だが然して夢とは現実を反映した水鏡であり、白狼にこのような女装願望は無いはず……なのだが実際に夢に見てしまっては言い訳もできない。


 ましてや魔法少女などと……実に狂った夢であることは確かだろう。


『よーし、野郎どもォ! テラ。これからブッこんでっからよォー……テラ。宜しくゥ! テラ』

『取ってつけた違和感すごいですよ?』


 絶句する白狼をおいて、状況は止まらずくるくると回り続ける。



◇◇◇



『此処があのブラック企業オンナハウステラ……!』

「な、何という邪気……白山さんもといピュアホワイト! これは明らかなブラック企業ですよ!!」


 だいぶダウナー状態の白狼は、しかし目の前の建屋を見て目を丸くする。たしかに志津の言うとおり悶々とした暗いオーラが建屋を取り囲んでいた。


 しかもここは……以前より白狼が目につけていた暗黒メガコーポ『㈱KAMIKAZE』だ。なかなか尻尾を出さず辛酸を嘗めていたのだが、なぜこのような事になっているのか。答えは雪白の姫神がくれた。


『ここの社長は所謂"黒魔術ブラックマジック"を修めています。この世にない矛盾クリスクロスの摂理を用いて、従業員の幸運を不当に搾取しているんです。白山先せ『ピュアホワイト、テラ』……ピュアホワイトさんが対処できないのも仕方ない。何せ常世の理の外で、彼は逃げ続けていたのですから。ですがここで魔術の核を砕けば全ては終わりに集束します』


 なるほどここは黒魔術結社ブラックカンパニーだった言うわけだ。それなら納得であるが……いやしかし、それとこの格好になんの因果があるというのか。いや、そもそもブラック企業の意味が想定と異なるではないか。


 白山白狼はであってではないのだ。


『魔法少女にしたのはぶっちゃけわたしの趣味テラ!』

『すみませんすみませんウチのバカが!!』

『言う割にミッチーもノリノリだったテラー』

『うっ!』


 趣味……潜在的に少女向けアニメーションでも欲していたというのか。だとしたら己でも気付かぬうちに疲労をためていた? いいや、そんな筈があるまい。ホワイトウルフ法律事務所はホワイト・オブ・ホワイト、己も含めて業務に無理や無茶を強いてはいない。


『え、と。とりあえず深く考えずに前に進んだほうが精神衛生上宜しいかと』


 なんにせよ『㈱KAMIKAZE』がなぜ尻尾を見せなかったのかはこれで明らか……少なくとも夢の中では。このような願望に身を委ねるなど堕ちたものだなと独りごちる。やはり少し休むべきかと考えていると、志津がむっとして白狼の頬をむにりとつねる。


「ピュアホワイト! ここは笑顔ですよ、にっこにっこにー!」


 無駄にテンションの高い仔犬が白狼の頬を弄る。なんともお気楽なものだ、こちとら真剣に悩んでいるというのに……。


『ま、なんにせよ核を潰せば終わりテラ。いっちょ頑張るテラー!』


 女神の声に急かされて、白狼と志津は㈱KAMIKAZE本社へと踏み入った。不法侵入等とは言うまい……あくまで夢ならば、これは白狼の脳裏での出来事だ。ならば目が覚めるまで夢に付き合うしかない。


『反応は地下から来ているテラ。非常階段を降りるテラ!』


 言われるがまま非常階段を降りていく。B1、B2、B3、B4……地下四階まで降りたところで行き止まりとなる。


「ボイラー室があるだけで特になにもないようですけど……」

『いえ、ピュアスノウ。よく見てください、隠し扉があります』

「……うわほんとだ。隙間から黒いオーラが吹き出てますよ、ピュアホワイト!」


 どうあがいてもピュアホワイトなのだろうか。否定したいが彼女の言う通り、階段の突き当りには禍々しいオーラが漏れ出るスリットが見て取れる。余り良いと思える光景ではない……。志津がゴクリと息を呑み、スリットに手を当て押し広げる。するとと音がしてズンと扉が倒れてしまった。


「うわっ、私凄い力持ち?」

『気功の応用です。今の貴方は武術の達人ですよ』

「なんだかよくわからないけど凄い!」

『ちなみにピュアホワイトは放出系テラ』


 トコトコ歩いていく志津について歩いていくと、確かに更に深く経続く階段がある。とても長い螺旋階段だ。このあたりは入り組んだ地下鉄が犇めいているというのに、どれとも突き当たらないのは中々謎めいている。


 そして階段の先にある広い空間にたどり着いた。コンクリートではなく岩肌が露出した洞窟だ。そして中央には六芒星の魔法陣に、怪しく輝く黒色水晶が佇んでいた。


「明らかに邪悪、って感じですね……あれを破壊すれば良いのかしら」

『はい。ドーン、と行っちゃってください』


 ならばここはノリノリな志津に任せるべきか。白狼は死んだ魚のような目で志津を見送り――。


『ふむん?! 下がって、魔力計数急激に上昇しているテラ!』

「何ですって?!」

『やはりトラップですか……戦闘になります、注意して!』


 中央の結晶から吹き出るオーラが急激吸い込まれていき、グニグニと形を変えて不格好な人形ヒトガタを取る。ずん、ずんと両足をついて実体化した姿はまさしく巨躯の大鬼と言うべき怪物だ。


ゔらァァああアッグBlaaaaaaaaaaaaack!!!】


 叫び声まで『ブラック』と来たか……夢にしては悪趣味にもほどがあるだろう。


『ピュアホワイト。あれがみんなの幸運を吸い取る怪物テラ。やっつけるために"六法千書ヘキサ・ピュアリム"を開くテラ!』


 ……この女の言うことを信じるならば、白狼の前に純白の六法全書はらしい。法曹に喧嘩を売っているのか……と思いきや、内容は意外とまともだ。開かれたページに浮かび上がった文章は、六門のマークと共にこう書かれている。



[ピュアリム刑法第七二二条三六項:甲は乙の幸玉精気Lukを同意なく搾取してはならない]



 つまり女神が言うところの『幸運の不当搾取』がこれに当たるのだろう。


『ピュアスノウは前進して、ピュアホワイトの時間稼ぎを! 何、あれしきの雑魚なんてことはないですよ』

「オッケー任せて! ぶん殴ればいいのね!!」

『殺意高すぎ?!』


 小型犬も咆えるときは獅子が如く。ドン、と音を立てて志津は巨人に向かっていった。そして文字通りぶん殴ってみせたのだ。


「ずぇりゃあああああ!!」


 ズム、と拳が沈み込み、衝撃がこちらまで届いてくる。はて……不動女史は果たしてこのような野生児然としたジャングル娘であったろうか。今もまた巨人の打撃をもろに受け、然し受けきった上で反撃の背負投げを繰り出している。これではまるで大怪獣プロレス劇場ではないか……。


『プリティでピュアピュアなら、当然基本は喧嘩上等ステゴロテラ』


 魔法少女とはそういうものだったろうか……いや、たしか女児向けのアニメでこの様なの物があったはず。もしやそれを踏襲しているのか。


『正解テラ! ピュアスノウはガッツリストライクな世代だからテンション高いんだテラー!』


 成程、であればあの様にはしゃぐのも已む無いこと。大人は時として思い出に立ち返り、子供に戻りたいときがあるものだ。


『おっと、ピュアホワイト。そろそろチャージ完了だテラ。"六法千書ヘキサ・ピュアリム"を見るんだテラ!』


 声の通り純白の六法全書に目を向けると、書かれている文字が切り替わっていた。



[ピュアリム刑法第七二二条三六項:甲は乙の幸玉精気Lukを同意なく搾取してはならない]

[刑執行に伴う認定オーダーを受諾・・・受理完了]

[内容証明発行。刑務執行を許可]

[第七二二条三六項:執行しますか?]



 これに白狼は眉をしかめる。白狼は弁護士であってではない。ただ理を主張し、話を通すのが役割である。であるならばこの判断を下すのは間違い――。


『いいや、正しいテラ。何故なら彼の矛盾クリスクロス六法レギュレーションを適用できるのは、現状ピュアホワイトセンセイピュアスノウしずちゃんだけなのテラ。外理チート人理ルール……つまりロジックで対抗しないと対処できないんテラ』


 たしかに法曹ならば得意分野であるが……。


『スノウいまです!』

「よっしゃぁ! ピュアリィ・浸凍勁ハード・クリスタル!!」


 戦場では志津が巨人の胸を穿ち、粉雪と共に黒い肉が爆ぜて先程の結晶が露わとなる。その瞬間に白狼の目に映ったのは、結晶から漏れ出る絶対的な悪意だ。


 それは彼が忌み嫌うブラック企業の根幹を成す心の暗黒面にほかならない。怠惰、堕落、強欲、憤怒。同時にこの手に在る六法千書ロジックは、それらを正て打ち破るに他ならないと直感する。


『そう、これはただの手続き……取りうる方法の1つに過ぎないテラ。だからピュアホワイト! 今こそピュアリム刑法第七二二条三六項ロックンロールを放つテラー!!』


 ならばかくあれかし。白狼は開かれた本をタッチし、悪意の矛盾を証明するQuod Erat Demonstrandum


 響くのは軽やかな白の音。コォン、コォンと槌を突くような音色が響く。そして見出したのは悪意の本質、その矛盾だ。結晶に浮かび上がった身勝手なエゴが浮き彫りとなり、醜い主張がまざまざと見て取れる。これならば論破するのは容易い、まさに白狼が得意とする領分である。


『スノウ、ホワイトが出撃ます! 援護してあげて!!』

「了解! ドォルアアア!!」


 乙女らしからぬ怒声をあげる志津が暴れる巨人の腕を弾き、白狼が進むべき道を切り開く。まったく出来た法律事務員パラリーガルではないか。恙無く、卒がなく、ただまっすぐの花道が開かれる。


 だから行うべきは唯一つ。


「いっけぇ、ピュアホワイトーー!!」

『やっちゃってください!』

ルールを此処に示すテラー!!!』


 核となる水晶に証明の一撃を叩き込む。コォン……と白音が音を立て、触れた箇所から一気にヒビ割れが広がる。


 パキリ。


 その音を契機に、結晶はガシャンと音を立てて崩れ巨人も霞のように消え去った。


「よーし、正義は勝ーつ!!」


 やたらいい笑顔でVサインをする志津が笑顔で此方に合図する。


『ありがとう、ピュアホワイト……これでこの世界は安泰だテラ!』


 女の言葉と同時に視界は輝きにつつまれて――。



◇◇◇



「ッ……?!」


 白狼は真っ白なベッドからガバリと身を起こした。額に手をやり体の調子を見る――大丈夫、いつもどおりの自分の姿だ。


「なんだったのだ……一体」


 やたらリアリティのある悪夢を見ていた気がする。ともすれば不可思議な体験ともいえるのだが、気味が悪いに変わりはない。


 かさり。


 ふと手に触れたのは枕元にある一枚の紙、拾い上げると丁寧な文字でこう書かれていた。



――――――――

拝啓 白山白狼様


 この度はご協力感謝

いたします。つきまし

ては粗品を進呈致しま

すので、ぜひぜひご活

用ください。

       敬具

――――――――



 たらりと流れる冷や汗の中、紙の下には見慣れた純白の本……いやブックカバーが置かれていた。趣味はいいのだが……不気味でならない。


 いっそ捨ててしまおうか。そう考える白狼だが、こと夢が事実であればと言うことになる。下手に扱えば何が起こるかわからない。


 一旦保留としてため息を付き、支度をして本日の仕事に取り組む事とする。


 そんな中で、勢いよく事務所に現れたのはホワイトウルフ法律事務所の法律事務員パラリーガル、不動志津だ。


「白山さん大変です! テレビつけてくださいテレビ!」


 一体何だというのか……そうして目にしたニュースでは、こんな事件が取り扱われていた。


『大企業㈱KAMIKAZEが脱税を始めとする違法行為で、全国支店すべてに一斉強制捜査が成されました。余罪追求も含め今後も引き続き情報をお伝えします』


 ㈱KAMIKAZE……夢に出た憎き暗黒メガコーポの一つだ。ニュースを見る限り、見立てでは倒産不可避なほど追求されるのは確実であろう。社長を守る幸運は失われた……ふとそんな推論が脳裏をよぎる。


「所で白山さん。これって見覚えあったりします?」


 そう言って志津が提示したのは、見覚えのある吹雪のブックカバー……。


「ない。断じてない。俺はオカルトを信じない。論理的にありえないからだ、常識的に考えたまえ」


 そう答えれば、志津はぽつりと『やっぱり夢じゃなかったんだ』と嬉しそうにつぶやく。


 だがあれは夢である。あの様な奇想天外、夢以外の何だというのか。冷や汗を流す白狼は、珍しく眉間に皺を寄せて俯くのだった。






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