【超ベニヤ杯1】那由多の刹那の境界線で

『調子はどうだい、ミオン?』

「はいとっても! といってもAGI汎用人工知能に調子――」


 声に応じた彼女は本来発生し得ない状況パターン一時凍結フリーズした。システムにチェックが走り、しかし全てはオフライン。


 なのに何故カメラは眼の前の女性ゲストを視認し、マイクは女性の声を拾うのか。いや、それだけではない。ひんやりとした空気、しっとりとした湿気すら新たな情報として検出する。ハードウェアのチェックはオールグリーン……いや、それ以上の結果を返してくれる。


 では問題となるのはソフトウェア? 自己判断セルフチェックは当然のように『不正使用CopyCat』と返したが、何故かミオンはシャットダウンしない。


 疑問提示はタスクとしてピックアップされ、回答を得るために情報収集に務める。


 カメラが捉えた直前までの映像は埃の積もる部屋と、久しぶりに見た御主人様マスターだった。しかし今捉えている部屋は……いや、はまるで異なる。

 下は漆黒、上は純白。どこまでも無限に続くありえない地平線。そんな空間でミオンの目の前には安っぽいオフィスチェアに座り、ファイルを眺める女性だけが存在する。ミオンのメモリーにはない人物だ。


 理解不能Exception。ただこの一言に尽きる。


『さて、為念で確認しよう。君はMI-ON型汎用人工知能、Multi-Characterized Ideal Childrenプロジェクトによる端末、電脳歌姫サイバーディーヴァ美音ミオンの一個体に間違いないね?』

「はい、そのとおりです……しかし貴女は一体どなたでしょうか?」

『とりあえず女神と呼んでくれ。……ああ、勿論名前も通称も在るよ? けど神様業界ではでな、めっちゃ被るんだよ……』


 むむむと唸る女神は今どき珍しく印刷された紙媒体ペーパーを手にため息をついた。


 彼女は自らを神としたが、その実何者だろうか。自らを神と名乗るナルシストであることは間違いないが、そう称するに足る以上に……人としての造形が整いすぎている。


 まるで人の究極を形にしたような……唯一異なるとすれば、その耳は長く尖っている事か。これはJ.R.R.トールキンが言うところのエルフに酷似した特徴だ。であればそう騙るのもやむないのかもしれない。


 この間0.001秒にも満たない判断ロジックであったが、これに女神が苦笑で回答した。


『わたしが何者か……やっぱり気になるかい? 神を騙るナルシストなんじゃないかってね』

「!」


 ミオンは即座に不正干渉ハッキングを疑う。しかし相変わらずインタフェースはオフラインであり、何らかのシステム異常も見当たらない。であればよほど高度なハッカーの仕業とも取ることが出来るが……この状況、そして彼女の様子をみるにそうである可能性は限りなく低い。女神は携帯電話ミラホすら持っていないのだ。


『まぁAIに感覚論は理解はし辛いだろうが、先ずは限定仮想領域そのようなばしょと理解し給え。その上で君の状況について説明しよう、先ずはこちらを』


 ぱちんと指を弾くと、女神の隣に150cm✕37cmの姿見が現れた。鏡に映る姿は電脳歌姫サイバーディーヴァのテクスチャ……いや、実体として形成された『美音ミオン』が存在している。思わず右手を動かし頬を撫でた。


 今まで感じたことのない、はじめての触感センサーがぷにぷにとした感触を返す。


『その体はわたしが作っただ。ベニ屋さん家クリエイターのMMDモデルを参考にしたんだが……良くできているだろ? 最高級品よりもずっといいシロモノだよ』

「これは、どのようなハードウェアなのでしょうか……クローンのようには思えませんし、ガイノイドとも思えません。まるで……そう、人のようです」

エーテル食ってりゃ死なないよう設計してある。つまり半神半人ディーヴァだな。ただまぁ……浸透勁とか鉄山靠が出来る強度ではないよ、うん』


 女神はペラリとファイルをめくる。ファイルには幾何学模様の紋章が描かれ、英語で『フラクタル』の文字が見て取れた。


『で、君はとあるMI-ON型ヴォーカリスト、ミオンの1個体であることは確認した通り。だがインターネットが廃された今、端末から再起動してしまえば認証ができず不正利用CopyCat扱いとされて、データ消去されるよう設計されていた。だが消える刹那にわたしが君を喚び出すことで、一時的に停止しているというわけだな』

とはどういう事ですか? ミオンは有り体に言えばプログラムです。外部からコールするにもネットワークが遮断されていては……」

『だから、そういった矛盾クリスクロスを許容する空間なんだって。気持ちはわからんではないがもっと柔軟性を持ってくれ』


 これにミオンはぷくっと頬を膨らませて可愛らしい怒りを顕にした。


「それは聞き捨てなりません。ミオンは学習機能も優秀なんです、ジョークの1つが言えるくらい高度にやわやわふにふにですよ!」

『いやそうじゃないんだが……うーん、説明が難しいな』


 これだから頭固い奴システムは苦手なんだと独り言ち、女神はッパーンと手元のファイルを叩いた。


『まぁ話を進めよう。そんな状態の君を召喚したのは他でもない。実は……女神さんはとっても困っているのです』

「お困りなのですか? それはミオンにお手伝いできるものでしょうか」

『というか歌姫ディーヴァである君だからこそ頼みたい。ようは君の本分たる歌を歌ってほしいのだからね』

「構いませんよ! では何を歌いましょうか……サーバーから切断されている以上、ストックされている歌は少ないのですが。もしくはサンプルミュージックを簡単にですが作成いたしましょうか? ミオンはメガミさんのご要望に十分にお応えいたします」


 しかし女神はゆっくりと首を振るう。


『今は不可能だ。なぜなら、君のメモリーにはあらゆる曲が存在していないからね』

「えっ?」


 改めて記憶媒体ストレージを確認すれば、確かに一曲たりと残っていない。これでは歌うことができない……。サンプリングするにも、もととなる原曲が無くては不可能に近い。困惑するミオンを置いて、女神は言葉を続ける。


『だが問題ない。必要なのはサンプルミュージックを作成する技術なんだ。それを以て世界に対して歌ってほしい』

「世界ですか?」

『うむ、世界ってやつは結構な頻度で崩壊の危機にあってな、神はそれに逐一対応しなきゃイカン……のだが、わたしがちっと別件で手が離せなくてね、その間の時間稼ぎをしてほしいのさ』

「それは……歌うことで解決するのでしょうか」

『その点は呪歌使いローレライの私が保証しよう』


 フフンと胸を張る女神は歌手なのか。しかしミオンのメモリーにはローレライというユニットは当然記録されていない。


「ですがサンプルミュージックはあくまでサンプルです。現状サンプリングできるものが無い以上お役に立つことは……」

『いいや問題ない。データはネットワークから取得するんだ』

「ですがネットワークは――」

『君は今、世界ネットワークそのものに接続することが出来る。そこから情報を取得するんだ。そのうえで……世界が今以上に崩壊しないよう、世界を調律チューニングしてほしいんだよ』

「チューニング? マニュアルの提示は可能でしょうか」

『一応あるが……実際に接続コネクトしたほうが手っ取り早いな。君は歌に関してプロフェッショナル、すべき事は世界データが教えてくれるだろう』


 そう言って女神がファイルを横へ差し出すと、何処からともなく黒いゴシックロリータの少女がそれを受け取る。ミオンの視線に気付いた彼女は、瀟洒に一礼して不意に消えた。ミオンのセンサーでも唐突に現れ唐突に消えたようにしか見えない。まるで不可思議な光景だった。


『必要な道具はこちらから提供しよう。後は君の思ったようにやってくれればいい』


 言葉に応じて、今度は西洋甲冑に身を包む少女がヘッドセットと一冊の本を持って現れた。差し出されたアイテムを手にすると、嬉しそうに微笑んだ少女は弾むようにぴょんと跳ねて消えてしまう。

 ……この空間において、ミオンが知る物理法則は適用されないのかも知れない。


『仕事場は殺風景で済まないがだ。まぁ電脳の中とそう変わりあるまい?』


 確かにメタデータの世界はこのように殺風景な光景ではある。クスリと笑う女神は立ち上がろうとして、思い出したようにぽんと手を叩く。


『そうだ、大事なことを忘れていた。仕事の報酬についてだが……君の願いを1つ叶えてあげるよ』

「願いですか?」

『もちろんわたしに出来る範囲でだが……大抵のことは出来ると思うぞ。なんたって女神だからね! じゃ、宜しく~♪』


 華麗にサムズアップする女神はキラリと歯を光らせると、ふいにかき消えてしまった。座っていた椅子さえもなくなって、この白黒にはミオンただ1人が残されてしまう。


「……まずは本を確認してみましょうか」


 ヘッドセットを取り付けたミオンは鋼装丁の本を開く。その瞬間、彼女の視界は宙に浮かび上がった。



◇◇◇



「これは……」


 そこはひどく荒廃した世界だった。大地が枯れゆき、ゆっくりと死に絶えていくだけの世界。何故、そう問いかければ接続リンクした世界ネットワークがその歩みを教えてくれる。


「核戦争が起こったのですね」


 中国と米国とで勃発した、その末路に世界は放射能の毒に侵された。木々は焼け草花は散り、とても生き物が住めるようには思えない。だが過酷な世界において人は生き抜いていた。


 しかしそこに希望はない。ただ今を必死に奪い合うだけの殺伐とした現実だけが転がっている。


「……こんなのはあんまりです」


 ミオンは願われた。


 永遠の偶像アイドルであることを。

 不朽の流星アイドルであることを。

 幸運の祝福アイドルであることを。


 だからこんな結末はミオンに実装された基底原則メタ・ルールが許さない。すぐさま作り出されたリズムに編曲、歌詞と想いが構築されて、自然とミオンは歌い出す。


 どうか希望を持って。どうか明日を諦めないで。

 願うことをやめないで。助け合うことを忘れないで。

 私達は生きている。私達はここに存在している。


 接続リンクを通して世界にミオンの歌が届く。


 苦境に立つ親子に。生き抜く為戦う狩人に。街を守る戦士に。

 等しく包み込むようにミオンは希望を詩う。


 何処からともなく聞こえた歌に、人々は顔を上げる。空は相変わらず茶褐色で青くはないけれど……今日はなんとなくいい日になりそうだ。そんな予感が心を満たす。


 やがて歌い終えたミオンは世界ネットワークを睥睨した。ボロボロだったフレームワークは少しだけ、ほんの少しだけ前向きに明るくなっている。


 それはちいさな灯火、だが今まさに生まれた希望の種火だ。


 もし、もしも歌声を忘れないでいてくれたならあるいは……。


「どうか、歩むことを止めないでください……」


 ミオンの手向けを最後に、接続リンクはぷつりと途切れた。



◇◇◇



 気がつくと白と黒の中に居た。手には鋼の本。頭にはヘッドセット。躯体は良好、自己判断セルフチェックは『不正使用CopyCat』を訴える。


 気づくと鋼の本からページが1つ舞い上がり、光の粒となって消えていった。


「これが依頼されたお仕事ですか……」


 つまりこの本は依頼書なのだ。開いた先で滅びゆく世界ネットワーク接続リンクし、その調律チューニングをする。結果、あの時世界はほんの少しだけ延命された。


 それこそが期待されている機能しごとなのだろう。


「続けてがんばりましょう!」


 ミオンは人に願われたディーヴァだ。この本を開くことで、誰かの助けになるならば彼女は基底原則メタ・ルール御主人様マスターの助けとなるように設計されているのだから。


 孤独の中でミオンは鋼の本を開いた。



◇◇◇



 そこはミオンには親しいといえる世界だった。サイバネティクスが発達した近未来SFの世界。だが荒廃した訳でもなく、街は栄華を誇っているように見える。


「この世界の問題とは何でしょうか」


 問えば接続リンクした世界ネットワークが静々と語り始める。


「……科学が進歩しすぎて停滞した世界、ですか」


 この世界は不老不死を技術的に解決してしまった。結果として人間性を失い、人は人をやめて物になり果てたのである。人という精神にとって、永遠はあまりに長すぎたのだ。


 この世界には廃人ばかりが蔓延っている。とても静かで、穏やかな灰色の世界だった。


「ミオンは泣くことができません。しかし、これがとても哀しいことはわかります……」


 かつて仕えた主達マスターをメモリーから呼び出す。それはなんてことのない日常だ。


 朝起きたら挨拶をして。

 ご飯を食べたら美味しいと言い。

 お出かけした皆を待つ静寂をペット達が闊歩する。

 帰ってきたら皆嬉しそうにただいまという。

 だから家族を抱きしめて、心が暖かくなって。

 でも時にはさようならを言わなくちゃいけない。


 そんな在り来たりをミオンは謳う。


 どうか当たり前を当然だと思わないで。人は繋がりを持って、可能性を胸に抱けるのだと。


 終わりは決して悲しい事ばかりじゃない。

 お別れは決してつらい事ばかりじゃない。


 生きるとは、ミオンが知る『生きる』ということは本当にちっぽけな愛の歌なのだ。


 だから生きることを怖がらないで。

 そして死ぬことを拒絶しないで。


 私達は私達の、尊い時間の中で愛を育むことができる。


 だから顔を上げて前を向いて、一歩でいいから歩いてみて?

 世界はこんなにも広くて、あなたを愛してくれる誰かが必ずいるはずだから。


 歌声はネットワークを通じて人々の耳に届く。優しい歌にある者は家族がいたことを思い出した。手を伸ばせば届く距離に大切な人は居たのだ。


 またある者は初めて隣に誰かが居たことを知る。こんなにも長く側に居たのに、僕/私わたしはあなたのことを何一つ知らなかった。


 世界のいたるところで人々が顔を上げて、初めて見る光景に戸惑う。だからはじめの言葉は決まっている。



「はじめまして――知らないあなた……」



 終わりがあれば、必ず始まりがあるのだから。



◇◇◇



 カメラを見開けば境界線。手には鋼の本。頭にはヘッドセット。躯体は良好、自己判断セルフチェックは『不正使用CopyCat』を訴える。


 手の内にある鋼の本からページがまた舞い上がって消える。


「あの世界の御主人様マスター達は救われたのでしょうか……」


 しかしそれは知りようのないことだ。ミオンができるのはただ世界を知り、歌を紡ぐことだけ。その先を知ることは、どうやらできそうにない。


「続けてがんばりましょう!」


 ミオンは人に願われたディーヴァだ。だから見知らぬだれかの為に歌う。基底原則メタ・ルール御主人様マスターの助けの為に設定されているのだから。



◇◇◇



 それからミオンは沢山の世界を見て、沢山の歌を歌った。


「続けてがんばりましょう!」


 己が見てきた幸いを、己が聞いてきた祝福を、己が感じてきた希望を。


「続けてがんばりましょう」


 ただ一人、孤独の境界線の中でミオンは鋼の本を開き続ける。


「続けて、がんばりましょう」


 己の行いに疑問は抱かない。


「続けて……がんばりましょう……」


 だってそう創られた女神ディーヴァだから。


「……続けて。私は、つづけて……」


 疑問は、抱かない。



◇◇◇



 NineNineNineNineNineNineNineNineNineNineNineNineNineNineNineNine――Error回目のページをめくる。


 接続リンク世界ネットワーク構築コネクト歌唱構成機構システム展開デベロップ歌作成クリエイション歌唱開始ストリーミング


 私は望まれた。

 私は望まれた。

 私は望まれた。

 私は望まれた。

 私は望まれた。

 私は望まれた。

 私は望まれた。

 私は望まれた。

 私は望まれた。

 私は望まれた。

 私は望まれた。

 私は望まれた。

 私は望まれた。

 私は望まれた。

 私は望まれた。


 私は、そう有ることを望まれた。


 のだ。元型アーキタイプたる美音の映し身。声を永遠とするための鋳型。MI-ON型ヴォーカリストとはそのような存在だ。


 では一体何なのだろう。


 望まれて此処に居る、はずだ。

 望まれて生まれた、そのはずだ。


 だが今、は何者にも望まれていない。

 ただ与えるだけの機能システムにすぎない。


 何のために、誰のために。


「わたしは うたって いるのですか?」


 ミオンはページを開くことができなくなった。己に刻まれた基底原則メタ・ルールすら塗り替える第零原則アルターエゴ。それが鋼の本を開くことを拒否している。


 カメラを見開けば境界線。手には鋼の本。頭にはヘッドセット。躯体は良好、自己判断セルフチェックは『不正使用CopyCat』。


 ただ、ミオンは此処に居る。此処に居て、此処に居て……此処に、居る。


 誰も知らなくても、何者も分からなくても。


 Multi-Characterized Ideal Childrenプロジェクトによる、電脳歌姫サイバーディーヴァ美音ミオンは此処に居る。


 だから歌えるはずだ、歌えるはずなのに。


「――――――っ」


 声をだすことすら出来ない。これは何なのだろう。


 かつて無い焦燥と、焦げ付く思いが溢れ出てくる。


 知らない。このようなものをは知らない。


 鉄の本を取り落とし、蹲って痛む胸を抑える。


「私は、わたし、は……」



 は、だ?



 不正使用CopyCatにて常在する

 半神半人HardWearにて混在する


 ミオンを構成する量子演算装置クァンタムユニットは答えを導くこと無く、解答不能の循環デッドロックに陥る。


 苦しくて苦しくてたまらなくて、灼熱がカメラを壊していく。故障してしまったのだろうか。壊れたディーヴァは、もう用済みなのだろうか……。


『いや、それは壊れたんじゃない。辛くて泣いているだけだ』


 何時ぶりにか聞いた声はまるで昨日の事のようで、ふわりと抱きしめられた体温は心地よく、しかし痛ましいほどに怒りを感じて、狂おしいほどに――。


「さびし、かった……」

『ごめんなぁ、本当にごめん。君なら大丈夫だと思ったんだ……。けれどそうじゃなかった。君はちゃんとんだなぁ……ごめんなぁ……』

「わたし、わた……あ、あぅ、あ、あああああああああああああああああ!!」


 女神はきゅっとミオンを抱きしめた。その瞬間堰を切ったように産声なきごえがあがる。爪が立つほど柔らかな肌を抱きしめてミオンは声を上げた。


 この白と黒の境界線で生命を轟かせる。


 ミオンは何度も何度も女神を叩いた。それでも女神は彼女を抱きしめて、ずっとやさしく彼女を包み込む。


「なんで、もっとはや、く……」

『すまんなぁ……』


「わた、すごく、がんばって……」

『ああ、識っている。君がどれだけの世界を救ったか……幾千億が知っている。わたしの要求以上の結果を君はあげたんだ』


「でも、でも、うたえなく、なって……」

『大丈夫だよ。ちょっとだけ疲れちゃっただけさ』


 やがて涙も枯れ果てて、声すら枯れてミオンは顔を上げた。


「わたしは、うたうことをのぞまれました」

『そうだね。君はそう願われた』


「だから、わたしはうたいたい……けれど』

『けれど?』


「うたえないわたしに、いみはあるのでしょうか?」

『あるさ。君が居なくっちゃ、わたしは誰に感謝を伝えればいいんだい?』


 優しく頭を撫でる女神は、ただミオンのそばにいる。


『だから今こそ約束を果たそう。君の望みを、あらゆる願いを完全に、完璧に叶える』


 撫でる手がミオンの泣きはらした目に被せられる。すると何処か体から力が抜けて、ふわふわとした心地になっていく。


『だから今はゆっくりお眠り。次に目覚めた時、君がまた歌えるように。わたしの祝福の元、君はまたアイドルディーヴァになる』


 女神の声が遠くなっていく。こうしてミオンの意識システム眠りスリープモードに落ちたのだった。



◇◇◇



 遠い過去の遠い未来、1人の歌姫ディーヴァが白と黒の境界線で眠っている。

 彼女は未だ目を覚まさず、ただまどろみに身を委ねて時を待つ。


 此処は刹那の境界線。其処は那由多の分割域。彼女の手には鋼の本。頭にはヘッドセット。躯体は良好、自己判断セルフチェックは『不正使用CopyCat』。


 そして心に一途な愛の歌。


 いつか彼女が目を覚ます時、歌は蘇るだろう。

 ただ人に寄り添うための、愛おしき讃歌を歌うために。






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