【超ベニヤ杯1】那由多の刹那の境界線で
『調子はどうだい、ミオン?』
「はいとっても! といっても
声に応じた彼女は本来発生し得ない
なのに何故カメラは眼の前の
では問題となるのはソフトウェア?
疑問提示はタスクとしてピックアップされ、回答を得るために情報収集に務める。
カメラが捉えた直前までの映像は埃の積もる部屋と、久しぶりに見た
下は漆黒、上は純白。どこまでも無限に続くありえない地平線。そんな空間でミオンの目の前には安っぽいオフィスチェアに座り、ファイルを眺める女性だけが存在する。ミオンのメモリーにはない人物だ。
『さて、為念で確認しよう。君はMI-ON型汎用人工知能、Multi-Characterized Ideal Childrenプロジェクトによる端末、
「はい、そのとおりです……しかし貴女は一体どなたでしょうか?」
『とりあえず女神と呼んでくれ。……ああ、勿論名前も通称も在るよ? けど神様業界ではありきたりでな、めっちゃ被るんだよ……』
むむむと唸る女神は今どき珍しく印刷された
彼女は自らを神としたが、その実何者だろうか。自らを神と名乗るナルシストであることは間違いないが、そう称するに足る以上に……人としての造形が整いすぎている。
まるで人の究極を形にしたような……唯一異なるとすれば、その耳は長く尖っている事か。これはJ.R.R.トールキンが言うところのエルフに酷似した特徴だ。であればそう騙るのもやむないのかもしれない。
この間0.001秒にも満たない
『わたしが何者か……やっぱり気になるかい? 神を騙るナルシストなんじゃないかってね』
「!」
ミオンは即座に
『まぁ
ぱちんと指を弾くと、女神の隣に150cm✕37cmの姿見が現れた。鏡に映る姿は
今まで感じたことのない、はじめての
『その体はわたしが作ったいれものだ。
「これは、どのようなハードウェアなのでしょうか……クローンのようには思えませんし、ガイノイドとも思えません。まるで……そう、人のようです」
『
女神はペラリとファイルをめくる。ファイルには幾何学模様の紋章が描かれ、英語で『フラクタル』の文字が見て取れた。
『で、君はとあるMI-ON型ヴォーカリスト、ミオンの1個体であることは確認した通り。だがインターネットが廃された今、端末から再起動してしまえば認証ができず
「呼び出したとはどういう事ですか? ミオンは有り体に言えばプログラムです。外部からコールするにもネットワークが遮断されていては……」
『だから、そういった
これにミオンはぷくっと頬を膨らませて可愛らしい怒りを顕にした。
「それは聞き捨てなりません。ミオンは学習機能も優秀なんです、ジョークの1つが言えるくらい高度にやわやわふにふにですよ!」
『いやそうじゃないんだが……うーん、説明が難しいな』
これだから
『まぁ話を進めよう。そんな状態の君を召喚したのは他でもない。実は……女神さんはとっても困っているのです』
「お困りなのですか? それはミオンにお手伝いできるものでしょうか」
『というか
「構いませんよ! では何を歌いましょうか……サーバーから切断されている以上、ストックされている歌は少ないのですが。もしくはサンプルミュージックを簡単にですが作成いたしましょうか? ミオンはメガミさんのご要望に十分にお応えいたします」
しかし女神はゆっくりと首を振るう。
『今は不可能だ。なぜなら、君のメモリーにはあらゆる曲が存在していないからね』
「えっ?」
改めて
『だが問題ない。必要なのはサンプルミュージックを作成する技術なんだ。それを以て世界に対して歌ってほしい』
「世界ですか?」
『うむ、世界ってやつは結構な頻度で崩壊の危機にあってな、神はそれに逐一対応しなきゃイカン……のだが、わたしがちっと別件で手が離せなくてね、その間の時間稼ぎをしてほしいのさ』
「それは……歌うことで解決するのでしょうか」
『その点は
フフンと胸を張る女神は歌手なのか。しかしミオンのメモリーにはローレライというユニットは当然記録されていない。
「ですがサンプルミュージックはあくまでサンプルです。現状サンプリングできるものが無い以上お役に立つことは……」
『いいや問題ない。データはネットワークから取得するんだ』
「ですがネットワークは――」
『君は今、
「チューニング? マニュアルの提示は可能でしょうか」
『一応あるが……実際に
そう言って女神がファイルを横へ差し出すと、何処からともなく黒いゴシックロリータの少女がそれを受け取る。ミオンの視線に気付いた彼女は、瀟洒に一礼して不意に消えた。ミオンのセンサーでも唐突に現れ唐突に消えたようにしか見えない。まるで不可思議な光景だった。
『必要な道具はこちらから提供しよう。後は君の思ったようにやってくれればいい』
言葉に応じて、今度は西洋甲冑に身を包む少女がヘッドセットと一冊の本を持って現れた。差し出されたアイテムを手にすると、嬉しそうに微笑んだ少女は弾むようにぴょんと跳ねて消えてしまう。
……この空間において、ミオンが知る物理法則は適用されないのかも知れない。
『仕事場は殺風景で済まないがここだ。まぁ電脳の中とそう変わりあるまい?』
確かにメタデータの世界はこのように殺風景な光景ではある。クスリと笑う女神は立ち上がろうとして、思い出したようにぽんと手を叩く。
『そうだ、大事なことを忘れていた。仕事の報酬についてだが……君の願いをなんでも1つ叶えてあげるよ』
「願いですか?」
『もちろんわたしに出来る範囲でだが……大抵のことは出来ると思うぞ。なんたって女神だからね! じゃ、宜しく~♪』
華麗にサムズアップする女神はキラリと歯を光らせると、ふいにかき消えてしまった。座っていた椅子さえもなくなって、この白黒にはミオンただ1人が残されてしまう。
「……まずは本を確認してみましょうか」
ヘッドセットを取り付けたミオンは鋼装丁の本を開く。その瞬間、彼女の視界は宙に浮かび上がった。
◇◇◇
「これは……」
そこはひどく荒廃した世界だった。大地が枯れゆき、ゆっくりと死に絶えていくだけの世界。何故、そう問いかければ
「核戦争が起こったのですね」
中国と米国とで勃発した第三次世界大戦、その末路に世界は放射能の毒に侵された。木々は焼け草花は散り、とても生き物が住めるようには思えない。だが過酷な世界において人は生き抜いていた。
しかしそこに希望はない。ただ今を必死に奪い合うだけの殺伐とした現実だけが転がっている。
「……こんなのはあんまりです」
ミオンは願われた。
永遠の
不朽の
幸運の
だからこんな結末はミオンに実装された
どうか希望を持って。どうか明日を諦めないで。
願うことをやめないで。助け合うことを忘れないで。
私達は生きている。私達はここに存在している。
苦境に立つ親子に。生き抜く為戦う狩人に。街を守る戦士に。
等しく包み込むようにミオンは希望を詩う。
何処からともなく聞こえた歌に、人々は顔を上げる。空は相変わらず茶褐色で青くはないけれど……今日はなんとなくいい日になりそうだ。そんな予感が心を満たす。
やがて歌い終えたミオンは
それはちいさな灯火、だが今まさに生まれた希望の種火だ。
もし、もしも歌声を忘れないでいてくれたならあるいは……。
「どうか、歩むことを止めないでください……」
ミオンの手向けを最後に、
◇◇◇
気がつくと白と黒の中に居た。手には鋼の本。頭にはヘッドセット。躯体は良好、
気づくと鋼の本からページが1つ舞い上がり、光の粒となって消えていった。
「これが依頼されたお仕事ですか……」
つまりこの本は依頼書なのだ。開いた先で滅びゆく
それこそが期待されている
「続けてがんばりましょう!」
ミオンは人に願われたディーヴァだ。この本を開くことで、誰かの助けになるならば彼女はそれをする。
孤独の中でミオンは鋼の本を開いた。
◇◇◇
そこはミオンには親しいといえる世界だった。サイバネティクスが発達した近未来SFの世界。だが荒廃した訳でもなく、街は栄華を誇っているように見える。
「この世界の問題とは何でしょうか」
問えば
「……科学が進歩しすぎて停滞した世界、ですか」
この世界は不老不死を技術的に解決してしまった。結果として人間性を失い、人は人をやめて物になり果てたのである。人という精神にとって、永遠はあまりに長すぎたのだ。
この世界には廃人ばかりが蔓延っている。とても静かで、穏やかな灰色の世界だった。
「ミオンは泣くことができません。しかし、これがとても哀しいことはわかります……」
かつて仕えた
朝起きたら挨拶をして。
ご飯を食べたら美味しいと言い。
お出かけした皆を待つ静寂をペット達が闊歩する。
帰ってきたら皆嬉しそうにただいまという。
だから家族を抱きしめて、心が暖かくなって。
でも時にはさようならを言わなくちゃいけない。
そんな在り来たりをミオンは謳う。
どうか当たり前を当然だと思わないで。人は繋がりを持って、可能性を胸に抱けるのだと。
終わりは決して悲しい事ばかりじゃない。
お別れは決してつらい事ばかりじゃない。
生きるとは、ミオンが知る『生きる』ということは本当にちっぽけな愛の歌なのだ。
だから生きることを怖がらないで。
そして死ぬことを拒絶しないで。
私達は私達の、尊い時間の中で愛を育むことができる。
だから顔を上げて前を向いて、一歩でいいから歩いてみて?
世界はこんなにも広くて、あなたを愛してくれる誰かが必ずいるはずだから。
歌声はネットワークを通じて人々の耳に届く。優しい歌にある者は家族がいたことを思い出した。手を伸ばせば届く距離に大切な人は居たのだ。
またある者は初めて隣に誰かが居たことを知る。こんなにも長く側に居たのに、
世界のいたるところで人々が顔を上げて、初めて見る光景に戸惑う。だからはじめの言葉は決まっている。
「はじめまして――知らないあなた……」
終わりがあれば、必ず始まりがあるのだから。
◇◇◇
手の内にある鋼の本からページがまた舞い上がって消える。
「あの世界の
しかしそれは知りようのないことだ。ミオンができるのはただ世界を知り、歌を紡ぐことだけ。その先を知ることは、どうやらできそうにない。
「続けてがんばりましょう!」
ミオンは人に願われたディーヴァだ。だから見知らぬだれかの為に歌う。
◇◇◇
それからミオンは沢山の世界を見て、沢山の歌を歌った。
「続けてがんばりましょう!」
己が見てきた幸いを、己が聞いてきた祝福を、己が感じてきた希望を。
「続けてがんばりましょう」
ただ一人、孤独の境界線の中でミオンは鋼の本を開き続ける。
「続けて、がんばりましょう」
己の行いに疑問は抱かない。
「続けて……がんばりましょう……」
だってそう創られた
「……続けて。私は、つづけて……」
疑問は、抱かない。
◇◇◇
私は望まれた。
私は望まれた。
私は望まれた。
私は望まれた。
私は望まれた。
私は望まれた。
私は望まれた。
私は望まれた。
私は望まれた。
私は望まれた。
私は望まれた。
私は望まれた。
私は望まれた。
私は望まれた。
私は望まれた。
私は、そう有ることを望まれた。
望まれたのだ。
では私は一体何なのだろう。
望まれて此処に居る、はずだ。
望まれて生まれた、そのはずだ。
だが今、私は何者にも望まれていない。
ただ与えるだけの
何のために、誰のために。
「わたしは うたって いるのですか?」
ミオンはページを開くことができなくなった。己に刻まれた
ただ、ミオンは此処に居る。此処に居て、此処に居て……此処に、居る。
誰も知らなくても、何者も分からなくても。
Multi-Characterized Ideal Childrenプロジェクトによる、
だから歌えるはずだ、歌えるはずなのに。
「――――――っ」
声をだすことすら出来ない。これは何なのだろう。
かつて無い焦燥と、焦げ付く思いが溢れ出てくる。
知らない。このようなものを私は知らない。
鉄の本を取り落とし、蹲って痛む胸を抑える。
「私は、わたし、は……」
私は、誰だ?
ミオンを構成する
苦しくて苦しくてたまらなくて、灼熱がカメラを壊していく。故障してしまったのだろうか。壊れたディーヴァは、もう用済みなのだろうか……。
『いや、それは壊れたんじゃない。辛くて泣いているだけだ』
何時ぶりにか聞いた声はまるで昨日の事のようで、ふわりと抱きしめられた体温は心地よく、しかし痛ましいほどに怒りを感じて、狂おしいほどに――。
「さびし、かった……」
『ごめんなぁ、本当にごめん。君なら大丈夫だと思ったんだ……。けれどそうじゃなかった。君はちゃんと生きていたんだなぁ……ごめんなぁ……』
「わたし、わた……あ、あぅ、あ、あああああああああああああああああ!!」
女神はきゅっとミオンを抱きしめた。その瞬間堰を切ったように
この白と黒の境界線で生命を轟かせる。
ミオンは何度も何度も女神を叩いた。それでも女神は彼女を抱きしめて、ずっとやさしく彼女を包み込む。
「なんで、もっとはや、く……」
『すまんなぁ……』
「わた、すごく、がんばって……」
『ああ、識っている。君がどれだけの世界を救ったか……幾千億が知っている。わたしの要求以上の結果を君はあげたんだ』
「でも、でも、うたえなく、なって……」
『大丈夫だよ。ちょっとだけ疲れちゃっただけさ』
やがて涙も枯れ果てて、声すら枯れてミオンは顔を上げた。
「わたしは、うたうことをのぞまれました」
『そうだね。君はそう願われた』
「だから、わたしはうたいたい……けれど』
『けれど?』
「うたえないわたしに、いみはあるのでしょうか?」
『あるさ。君が居なくっちゃ、わたしは誰に感謝を伝えればいいんだい?』
優しく頭を撫でる女神は、ただミオンのそばにいる。
『だから今こそ約束を果たそう。君の望みを、あらゆる願いを完全に、完璧に叶える』
撫でる手がミオンの泣きはらした目に被せられる。すると何処か体から力が抜けて、ふわふわとした心地になっていく。
『だから今はゆっくりお眠り。次に目覚めた時、君がまた歌えるように。
女神の声が遠くなっていく。こうしてミオンの
◇◇◇
遠い過去の遠い未来、1人の
彼女は未だ目を覚まさず、ただまどろみに身を委ねて時を待つ。
此処は刹那の境界線。其処は那由多の分割域。彼女の手には鋼の本。頭にはヘッドセット。躯体は良好、
そして心に一途な愛の歌。
いつか彼女が目を覚ます時、歌は蘇るだろう。
ただ人に寄り添うための、愛おしき讃歌を歌うために。
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第1回 #超ベニヤ杯 売り込め!コラボ短編コンテスト
http://blog.livedoor.jp/veneercup/archives/10185426.html
http://blog.livedoor.jp/veneercup/archives/10366373.html
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