【超ベニヤ杯1】超絶可愛いアイドル・雪平ミレイの受難

 それは天国への階段を登る途中での出来事である。電磁浮遊力場レヴィテーション・フィールドの事故で命を失ったアイドル、雪平ゆきひらミレイは困惑していた。


『お願いします、どうかわたしにアイドルを教えてくれないか!』

『えっ?』


 ミレイの前では腰を90度傾けて嘆願する女神の姿がある。その造形、その容姿、何処をとっても女神というしか無い。というか自ら『女神』と名乗ったから女神なのだろう。


 ミレイもいち魂となって知ったが、死後の世界は存在する。また彼女のような神の実在も知った。だが何故神が態々頼み込むのか。


『いやそれがさあ、あんのクソアマアメノウズメが煽ってきたんよ!

 『プフーwアイドルのアの字も知らずに教え伝えるとかないわーwwめっちゃ草www』

 とかさぁ! むっきー奴ァ絶対許さん!』

『は、はぁ……』


 なにか神話的なトラブルらしい、神様業界も大変だ。いや、そんなことよりもミレイは肩をがっしとホールドされていた。これでは


『もう君しか居ないんだ、頼むぅ! わたしにアイドルを教えてくれェ!』


 涙と鼻水で酷い事になった女神の声はしかし本気であり、信じがたいが神が偶像を目指すという事態に思わずミレイは頷いてしまった。



 ミレイはこの時のことを一生、いや、後悔する事になる。



◇◇◇



(どうしてこうなった)


 アイドルにとってステージとは戦場である。


 だからって銃砲飛び交う偶像アイドルの居るべき場所ではない。女神が『ステージ? あるあるめっちゃすごいやつ!』というから付いてきたらこの有様だ。


『わひっ?!』


 耳元を神NATO弾が掠めていった。神AK-47の射撃である。なんでも神って付けりゃいいのかよ。罵倒したい心をギリギリ抑えつつ、頭上で飛び交うビーム光に秋葉原48での日々を思い出す。


 そう、現実逃避だ。死んでも逃避は出来るのだ。


『グワッーグワッーー!』

『……女神さん、大丈夫です?』

『み、ミレイちゃん……わ、わたしは……もう』

『お腹空いたとか言ったらぶちますよ。さすがの私でもぶちますよ』

『……ヒュゥ! こいつぁアブねぇ女神様ヴィーナスだぜェ!』


 ミレイは生まれて初めてひとを殴った。手は痛かったが心は軽く羽のように爽やかだった。


『とにかく脱出しましょう。こんな所、命がいくつあっても足りません!』

『いや、ここは英霊戦士エインヘリャルの戦域だからリポップするよ。いわゆる陣取り合戦だからね』

『そんなFPSみたいな情報いりません! さっさと逃げますよ!!』


 ミレイはアイドル時代に培ったランニング技能で戦場を一気に駆け抜けた。女神も一緒に並走する。飛び交う銃火も何のその、一旦肝座ればどうということはない。


 それ故か、ミレイは女神のスペックが思ったより高いことに気付いた。


(思ったより体力もあるし、体も柔らかい?)


 まるでしなるように腕を振るい、スプリンターのように足を回転させる。そこにアイドルとして重要なフィジカルが垣間見えた。しかも全力疾走なミレイに比べ、女神はまだ余裕が有るのだ。

 これは強力な武器になる、現実逃避するミレイはうんうんと頷いた。


『あのドアを超えたら脱出だ! とびこめー!』

『わかりましァアアアアアー!!』


 木製のドアを蹴破った先で、ミレイは



◇◇◇



『女神さん』

『なにかな?』

『私達はなぜ酒瓶を持って功夫クンフーを積んでいるのでしょう?』


 ミレイと女神は今、チャイナ服を着てぐい呑を腕に乗せて静止する功夫クンフー映画で良くある鍛錬をやっていた。地味にキツくてつらい。


『すまない。中華系道士神の領域に飛び込んで、突っ込んだ屋敷の八卦炉を粉砕☆玉砕☆大喝采したばかりに……』

『八卦炉ってたしか西遊記の。壊れるものなんですか? 神様の道具ですよね』

『わたしならワンパンっす』

『えぇ?』


『はい其処ォ! 無駄口たたかないアル!!』

『『ハイ!』』


 打神鞭を振るう怒り心頭の神がこちらを睨んでいた。正直怖い。何が怖いって背中に仁王が浮かんでシャドーボクシングしているのだ。


 ミレイはごく一般的なアイドルだ。七姉妹セブン・シスターズを目指した、ごく普通の媒体ミーディアムである。たしかにオーラは存在する、だが彼女の常識では物理じゃない。そして壊した罰として功夫クンフーを積むとか意味不明だ。


 全く以て理解不能。そんな彼女を支えていたのは一抹の矜持であった。


(わたしはアイドル、雪平ミレイ……どんなステージにも立ってみせるのよ)


 今どきアイドルもバラエティに出れば小麦粉ダイブは茶飯事である。そう、これは彼女のアイドル魂をためす試練なのだ。そう思わねばやってられなかった。





『フッ、我が鍛造修練六十八房すべてを収めるとは。よろしい、皆伝アル! このまま世界を巡り更なる鍛錬を積むネ!』

『『謝謝師父シェイシェイ・スゥフー』』


 包拳礼で感謝を示した2人は頷きあい、さらなる強敵を求めて旅を――。


『じゃ、ないでしょうがッ!』

『ど、どうしたんだ朋友ポンヨウ、急にツッコミなんて』

『流れで究極奥義まで習得しちゃいましたが違うでしょ?!』

『だから何が違うんだミッチー。我々の目的は――』

『アイドルでしょう!』

『あっ……』


 妙にタイミングの良い風が2人の間を吹き、ミレイの額にビキィと青筋が立った。


『あー、うん! アイドルだね!』

『もうバカッ、この世の何処にができるアイドルがいるのよ!』


 女神は少しだけ考え、ゆっくりと指し示した。そう、我らが超絶カワイイ雪平ミレイちゃんである。彼女の怒髪が天を衝いた。


フンッ!!』

ッ!!』


 ミレイのノータイム浸透勁に、女神がカウンター鉄山靠で衝撃を殺す。空間が揺らめく音がなり、もはや実力伯仲であることを指し示す。


『もうなんでこうなったのよ……』


 だがあえて、あえて前向きに考えるなら……ここまで息の合ったペアも中々無い。今のやり取りだって加減を過てば体が吹き飛ぶ威力を持っていた。けんも養われた今、ダンスだけなら余裕で合わせることが可能だ。


『とにかく! 私も流されやすい己を自覚したわ、今度こそアイドルを……』

『あ、待った

『また話をそらさなキャアアアアア!!』


 突如巻き起こった竜巻が2人を襲った。意味がわからずもみくちゃにされる中、ミレイは聞いた。


『これは旅神の権能だね』

『権能って?!』

『異分子が長期間一処に留まると。この場合ミッチーかな』

『そんなー?!』


 哀れ2人は竜巻に乗って何処へともなく吹き飛ばされた。



◇◇◇



 死後に言うのも何だがよく死ななかったな。ミレイはやさぐれる心を宥めつつ女神に向き合った。


『で、次は何?』

『ここは西洋詠唱系の魔法管理神の部屋だね』


 だが見渡すのはむしろ無限に広い図書館のような。いやそれより今なんと?


『魔法……?』

『うん魔法。楽譜が多いから詩魔法の管理領域だな』

『詩魔法ですって?!』


 ミレイもいい大人だが、魔法の存在が肯定される世界であれば多少なり心が躍る。ましてや詩魔法、アイドルにピッタリの魔法ではないか。


『ぜひ教えを請いましょう!』

『えっ……でも』

『アイドルに必要なものよ、ええ絶対!』


 難色を示す女神を差し置いて、ミレイは遠く置いてきた少女的トキメキに胸踊らせていた。





(なぜ、私はこんな事を……)


 ミレイはひとりごち、神鰤かんブリを捌いていた。


ブリハマチ♪ ブリハマチ♪』


 なおご覧の通り女神はノリノリで捌いている。これが歌となんの関係があるのか。これではスーパーの鮮魚コーナーの裏方だ。いや、周りは図書館なので裏方ですら無い。


(でも良い声ね)


 このアッパッパーの女神、素材モノは良いのである。シンプルなリズムでありながら、こちらも楽しくなる良い声だ。荒削りながらアイドルに必要な能力を女神はちゃんとと持っている。


(うん磨けば光る、そのはずなのに)


 ミレイは今、神包丁を磨いていた。研がないとすぐ切れ味が落ちるので、神砥石でメンテナンスしないとならないのだ。


(私、アイドルだよね……?)


 タレント寄りならお料理番組の補助として立つこともある。だが断じてこれは違う。揺らぎつつあるアイデンティティのなか、ミレイは熟れた手付きで神鰤かんブリを捌くのだった。


 こうして2人は無限とも思える時間を食材と向き合った。単調な作業はなにか幻覚を催し、神鰤かんブリは『やあ、君が僕を捌く人だね!』と囁いてくるし、神包丁は『ミレイも中々の業前になったのう』と褒めてくる。

 神まな板も『エイラッシェ!』と訳のわからぬことを呟き、周囲の本も『やっぱ神鰤かんブリはタタキよね』『いや刺し身っしょ』『照焼最強』『タコスだぜ』等と声を上げるのだ。


『女神さん……私もうだめかもしれない。幻聴が聞こえるの、包丁から声が、声が……』

『いや、でしょ?』

『は?』


 ミレイは首を傾げて女神を見た。


九十九神つくもがみってご存知? ここの道具はすべて生きていてな、好き勝手お喋りしてるんだよ』

『そうなの……?』

『よく空間を眺めてごらん。ざわざわと雑談しているよ』


 女神の言う通り深呼吸して図書館を眺めてみる。するとたしかに……静謐な中に流れがくる。かつて立ったステージとは違うけれど、ここも大勢の気配がひしめく雑踏ステージなのだ。


 これに女神が聞き慣れたリズムを詠えば、流れに乗って歌が遠く染み渡るように広がっていく。


『詩魔法っていうのはさ、観客だけじゃなくに行使する魔法なんだ。だからミッチーがまず世界を視てくれないと使えないんだよ』

『だったらそう言ってくれれば……』

『言ったところで信じたかい?』


 クスリと笑う女神にミレイは口をつぐむ。確かに常識が邪魔をして、このちいさな声を聞き取れなかっただろう。


『じゃあ、今の私なら……』

『詩魔法を行使できる……が、真髄は空間認識なんだよ。君は世界ステージに対して歌ったことはあるか?』

世界ステージに対して?』


 たしかにミレイは今までファンに対して歌っていた。しかし女神の言うような規模で歌うなんて考えもしない。


『ミッチー……『吹雪のミレイ』は吹きすさぶ極寒で、しかし何者をも平等に包み込む静謐の主。今ならもう2段階上の領域で歌えるんじゃない?』

『そう、かな』


 ミレイのつぶやきに包丁が『ミレイなら大丈夫じゃよ』と優しく囁く。よもや包丁に諭される日が来るとは……なんだかおかしくなって吹き出してしまった。

 だからこそ、ミレイは今一度己に問いかけることになる。


『……女神さん、アイドルってなんだろう?』

『うーん、わたしもわからない。けど、1つ言えるなら究極的なアイドルとは歌神ディーヴァなんだ。観客を取り込み、空間すら巻き込んで熱気を巻き起こす崇拝存在ワーシップ。人が高みに登る為の階梯ともいえる……ようはスゴイ人気者かな』

『人気者、かぁ』

『そうだとも。だからこそわたしは君に教えを乞うのだよ』


 金色の瞳がミレイを射抜く。彼女は一体何者なのだろう、自分よりよっぽど多くのことを知っている不思議な女神。その正体について考えを巡らせ――。


『あっやべ。旅神がだわ』

『え゛ッ?!』


 旅神といえば竜巻……思い出した瞬間にミレイの視界は反転し、錐揉み回転しながらいった。



◇◇◇



 3回目ともなれば慣れたもので、ミレイは落ち着いて裾の埃を払った。魂でも埃は引っ付くのである。しかしここはどこだろう、石畳の暗い空間だが……。


『あー、これはよろしくないな』

『えっ?』


 今までチャランポランだった女神の顔がかつてないほど引き締まっている。緊張の面持ちで女神はミレイの目を真っ直ぐ見た。


旅神アホがヘマをやらかした。ここは端的に言うとだ』

『別の世界、なの?』

『うん、それも飛切り厄い……ここはだ』

『所謂幻想ファンタジーだね』

『そして当然ラスボス的な魔王が居てだなぁ』

『魔王って実在するのね……』


 ミレイは遊んだことはないが、R・P・Gロールプレイングゲームぐらいは知っている。ただ実際に名乗って君臨する者が存在するとは……一体何を考えているのだろう。ちゃんと現実を見よ? と思わないでもない。


 そんなぽんやりした思考は女神の一言でブチ砕かれた。


『うん、ちょうど其処に』

『は?』


 女神が指差す先を見る。するとそこには凶悪に凶悪をかけ合わせた鎧を着た大男が巨大な玉座に座って居た。この威圧感……功夫クンフーを積んでいなければ失神していただろう。功夫万歳師父謝謝。


【ウヌ等は何者であるか】


 重苦しい、瘴気を伴う吐息が吐かれる。ミレイでも邪悪と分かる存在……だと言うのに女神は非常に陽気であった。


『通りすがりの女神とアイドルでっす☆』

『ちょっ!』


 何普通に挨拶していやがるこの駄女神。しかも変にポーズをキラッと取って。もうやだこの神と思ったところで魔王から怨嗟の声が聞こえた。どうやら笑っているらしい。


【フ、予も暇を持て余しておったところ……なにか余興をせよ】

『かしこまッ!』


 頷くんかーいと女神にツッコミを入れかけたところで、女神にガッと肩を掴まれた。ひそひそ話である。


『いいかいミッチー。ぶっつけ本番だがこれからステージライブを敢行する』

『えっ、正気なの?!』

『うむ。正直2人でフルボッコに出来るだろう』

『あ、それ思った。とても邪悪だけどよね』

『でも世には世の理が存在する。魔王は勇者に倒されるべきであり、我々が干渉してはいけないんだ』

『まぁ理解できるよ……けど、リハもなくライブなんて無謀だよ!』


 これに女神が首を振った。


『大丈夫だ。メインはミッチーでわたしはサブ。培ったけんを信じてくれ』

『たしかに同じ技を競った仲。でも歌は……』

『詩魔法の真理はわたしのほうが造詣深い。だからミッチーはミッチーのやり方で動いてくれ。わたしが合わせてみせる』

『……出来るんだね?』

『できぬ訳がない。だろう?』


 不敵に笑う女神に、ミレイも笑みを返した。この駄女神、やるといったらのだ。だからこそミレイは彼女に付き合っているのだから。





 ミレイは石畳のステージに立つ。舞台としては下の下だが、功夫クンフーにより得られた体幹はそれを問題としない。


守護剣ロスラトゥムよ、舞台ステージに彩りを』


 深呼吸。澱んだ空気はしかし凪の水面でもある。歌を響かせるのにこれほど適した環境があるだろうか。こんなステージは秋葉原48で歌うよりずっとイージーだ。


乖離剣グラジオラスよ、歌神ディーヴァに祝福を』


 隣には信頼できる女神の姿がある。危機的状況ほど、彼女はあまりに強く逞しい。


『さあ、『吹雪のミレイ』。私に教えてくれ、君の偶像アイドルを。君の媒体ミーディアムを』


 ならば歌は。目を見開き、ミレイは唄を紡ぐ。



『あの鳥たちには――夢はあるのかと――』



 それは人の歌だ。翼に手を伸ばし、しかし大地を征く人への愛歌。



『大空を見上げてふと――君は呟いたけど――』



 歌を知らない女神は、しかしピッタリ合わせて振り付けとコーラスを重ねてくる。



『大地を行ゆくから――見えるものがある――』



 ミレイは志半ばにして倒れてしまった。



『本当に大事なのは――そういうものだろう――』



 もうあの時の約束は守れない、けれど。



『翼がなくても――この足があれば――』



 後を征く誰かが居るなら世界は続いていく。



『心の望むそのままに――どこへだって行ける――』



 導きに従いミレイは歌う。大切な友人に歌ったように、優しい旋律が王座に響く。



『虹の彼方まで――歩いてゆこうよ――』



 吹く風は柔らかく、ひんやりとして気持ちよく。

 


『美しい音色だけを――ともに響かせて――』



 心は清く、ただあるがままに。



『虹の彼方まで――歩いてゆこうよ――』



 ミレイは魔王にすら手を伸ばしてみせた。



『美しい音色だけを――ともに響かせて……』



 そうして歌い上げた謁見室に静寂が舞い戻った。だが先程のように重苦しい瘴気はもはやない。


 ぎしり、玉座の魔王が動く。一体何を……とミレイが見ていると甲冑がガチリガチリと打ち鳴らした。それは拍手だ。魔王は確かに手を鳴らして賛じたのだ。


【良い余興であった……姫よ、名は】

『ミレイです、魔王様』

【そうか……姫よ。もう一曲頼めるか?】


 ミレイが見上げる魔王の顔。甲冑の奥の瞳は優しい蒼の光で揺蕩っている。そこに先程までの恐怖はなく、ただ心地よさ気に落ち着いた男が居た。


 だから2人頷きあい、『喜んで!』と答えたのだった。



 それから往年のナンバー、最新の曲、ミレイが覚えているすべての曲を披露した。女神は当然の如くしっかりと付いてきたし、歌うごとにキレが増している。


(私も負けてられない!)


 まるで競うように高め合う様を、魔王は最前列S席で眺めていた。ただ静かに、騒ぐわけでもなく、しかし楽しげに歌姫たちを観劇する。ミレイも詩魔法を修めた今なら分かる、この広い空間は暗く寂しいだけではない。今まさに花園の空気が満たしていた。


 だが終わりはいつだって唐突なのだ。覚えのある風がふわりとミレイの頬をなでた。


『ありゃ、旅神アホがようやく見つけたらしい』

【もう行くのかね?】

『そのようです、魔王様』

【……寂しくなるな】


 ずいぶん態度が柔らかくなった魔王は残念そうに目を光らせる。


【随分と楽しませてくれた。感謝する】

『ま、楽しめたならこれ幸いだ』

【うむ、真に幸いである】


 満足そうな魔王にミレイはクスリと笑った。


『魔王様、縁があればまた聞いてくださいますか?』

【もちろん。何度でも、幾度でも】


 風が一層強くなる。そろそろ別れのときだ。


『では御機嫌よう、魔王様』

【ああ……ミレイ姫も健やかたれ】


 ごうと吹いた風のあとには何も残らない。


【……歌、か】


 1人のこされた魔王は侵略計画の練直しを検討し始めた。武力ではなく、文化的侵略への切替えだ。その結果がどうなったかは魔王のみぞ知る……。



◇◇◇



 降り立った地は天国への階段だった。


『旅も終わり、かな?』

『そのようだね。でもそしたらミッチーとは……うぅ』

『フフ、折角だから門まで一緒にいこ?』

『いく! ミッチーとお散歩だずぇ!』


 ぶんぶん振れるしっぽを幻視するミレイは階段を登る。ここまでいろいろなことがあった。それこそ語りきれないくらい。楽しそうに話しながら、でも終わりはすぐだった。


『天国の門、だね』


 ここを通れば雪平ミレイは天国へ召され、輪廻へと還っていく。楽しかった記憶も何もかもを置いて行かねばならない。


『私、生まれ変わってもアイドルになれるかな?』

『なれるさ。君は最ッ高のアイドルなんだからね』


 サムズアップする女神は涙を堪え、しかし笑顔で見送ろうとしている。なんだかんだ優しいのだ、彼女という神は。


『じゃあ、そろそろ行くね』

『ああ、いってらっしゃい。良き旅を』


 そうしてミレイは天国の門を潜――。


――ビッーー!


『『え?!』』


 門からアラートが鳴る。何事か、担当の聖人ペテロが駆けてくる。それに慌てたのは女神だ。


『ま、まって! ミッチーは善人だ! なんてあり得ない!!』

『いや困りますよ!』


 天国の門を潜れぬものは地獄行き……ミレイの顔がさっと青ざめる。だが次の瞬間別の意味で青ざめることになる。


『この門は人間用、でしょ。悪戯は困ります!』

『『は?!』』


 いまこいつ、なんといったのか。


『ミッチーがなんだって?』

『彼女は神でしょう? だってブザーが鳴ったんですから』

『『?!』』


 困惑するミレイが聖人ペテロをみた。


『あの、私って神様なんでしょうか?』

『はい? ええ、間違いありませんよ、歌神様ディーヴァ

『ええぇ?!』


 あまりに長い回り道が魂を練磨し、雪平ミレイはなんと神に昇華していた。具体的には偶像アイドル功夫クンフー料理人コック歌神ディーヴァである。これに喜んだのは女神その神だ。


『やった、これからも神友同士よろしくね!』

『はぁ、よろしくお願いします……?』


 嬉しいんだか悲しいんだか。ぐったりするミレイに女神が朗報を齎す。


『なら記念に女神ヴィーナスらしいことをしよう! 例えば……そう火群結依後輩ちゃんの守護とかね!』

『ユイちゃんの?』


 そういえば今際に願いを託して……その後どうなったのだろう。だが神となった今なら見守る事も可能だ。


『とりあえず行ってみようよ。きっと元気にしているさ』

『……うん、そうだよね。きっと頑張っているよね!』


 自分と違ってちゃんとアイドルしていることを願いつつ、新しい日々の始まりにミレイはふぅと息をつくのだった。


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