【超ベニヤ杯1】クリスクロス~矛盾使いと焔の歌姫~
ピッ、ピッ、ピッ――聞き慣れた音がなる。
『君の希望が危険に晒されている』
ピッ、ピッ、ピッ――聞き慣れぬ声がする。
『だから取引しないか?』
ピッ、ピッ、ピッ――それはとても名案に思えた。
『さあ、契約するならば手を取り給え』
ピッ、ピッ、ピッ――耳元で流れているのは大好きなヒットソング……。
『いま『火群結衣』を救えるのは君だけだ』
だから動かないはずの手を、僕は伸ばしたんだ。
==【1日目:原宿】==
『やー、2037年でも相変わらず賑わってますなぁ』
僕の右斜め上でプカプカ浮かぶ彼女は自身を
降り立った地は僕にとって見慣れぬ場所であり、彼女にとって懐かしい場所のようだ。嬉しそうに笑う彼女はどこか仔猫のように思える……。
『しかし御洒落の街だと言うのに君の格好はなんだ。正直ダサいぞ』
何処がダサいというのか。僕が読む小説の主人公が着てるんだ。
『そりゃ黒髪はサラサラで、目鼻口も整って病的な色白童顔も共通する。だが漆黒のフード付きコートに黒の革ブーツ、さらに黒い革手袋は
女神がうるさい。僕が気に入っているならいいじゃないか。それに突っ込みする女神だって他人のことを言えた義理じゃない。
薄い絹のように滑らかな生地のトーガを着ているが、太陽に透けてその肢体が顕になっている。吃驚するほど胸が大きいくせに、腰が細くスタイルが良い。こうして見せつける様は痴女に他ならないと思う。
『痴女とは心外な。よく神話を眺めてご覧よ、やつらほぼ全裸だよ? そうでなくても下着はねぇわニップルシールだわ、正直会合とか酒池肉林よ? 日本系はすぐ酔って脱ぐし、オリンポスは不倫上等口説きまくり死ね。マジ
そいつは災難だ。クツクツと笑えば、女神はフフンと胸を張って偉ぶった。
『そうそう、だからわたしのマトモさに感謝し給えよ? ちゃんと下着も着けてトーガも羽織ってる。まぁ……言うとおり生地は透けてるけど、謎の局部隠しの光と同じ素材だからしかたない』
何だその生地は湯気か。まるで漫画の世界の話ではないか。そう訝しめば、女神はやれやれといった体で肩をすくめた。
『今この状況をしてそれを言うか? それより見ろ、早速捩じれが濃くなってきたぞ』
言葉に体が緊張する。女神の
『運命を歪める
僕は頷き、女神に従い路地へと身を滑り込ませた。
◇◇◇
ぞわり、と背筋が毛羽立った。怖い事は沢山あったけど、こんなに畏ろしいのは初めてだ。怒りに震える女神は『触らぬ神に祟り無し』を体現している。
視線の先には冴えないサラリーマンが1人。手には血濡れたナイフ、足元には黒焦げの襤褸屑が転がっている。
『……わたしの前で猫を殺すとは。クズが』
「な、何だお前ら?!」
つまり彼には女神が見えている。間違いなく
『お前らとは結構だな。君は勝手をした、なら始末屋が現れるのは道理だろう?』
「ひっ」
熱気が渦となり、同時に空気が凍てついて肌が痛い。僕はこんな
けれど僕は前に進まねばならない。
『貴様の願いなぞ木っ端だ。だが然し、手ずから縊り殺すことは出来ん……』
そして目線が僕に向く。女神は極上の微笑みを讃えているが、目は決して笑っていない。金色の瞳は深夜病棟の様に真っ暗だ。
『ではレッスン1だ。我々の扱う
有無を言わさぬ声に僕は身を震わせる。この怒りを断ればどうなるかなど考えたくもない。だからこの冴えない男が最高に運が悪いことだけ理解して、玩具の盾と槍を取り出した。
「そ、そんな物でなにを」
『当然君を始末する。この盾は無敵の壁。この槍は撃滅の矛だからな』
自信満々に女神は矛盾を叫ぶが、正直プラスチックの玩具に何ができるのか。だが手に軽い玩具は何故か『必ず貫く』し『必ず通さない』とわかる。とても不思議な感覚だ。
「おっ、俺は息子を救うんだ!」
『息子? ……なるほど、君の子はあと1時間後に事故で死ぬのか。飛び出してきた猫に驚いた少年、それを避けようとしたトラックが道にそれて撥ねられる。だから直接的な原因をという理屈か』
「ああそうだ! だから――」
『だからこそ君は終わりだ。我々は
「くそお!」
女神の言葉に男が震えるナイフをこちらに向ける。なるほど彼はただの普通の父親で、我が子の命を願っているだけなのか。しかしそれが如何ほど世界を揺るがすのか。
僕には到底理解が及ばないけど、女神には見えているのだろう。だから僕は僕の事情で武器を取る。僕の希望を守る為、女神の元で戦うと決めた。今わかるのはそれだけでいい。
男が手を開いて捩れを産み出し言葉を放つ。
「火を重ねれば炎、更に重ねれば火炎となり何物も燃やし尽くせ!」
男の言葉に応じて炎が散る。先程猫を殺しただろう灼熱の炎だ。僕は堪らず盾を前に掲げると……玩具は確かに僕の身を護り、灼熱を寄せ付けなかった。けど守るだけじゃ勝てない、ここから先どうしたらいいのか。
『そんな君にレッスン2。矛盾は所詮矛盾。複雑なほど弱点は増える。たとえば君の持っている消しゴムで、この炎は消えるよ』
そんなバカなと思いつつ、僕は普段イラスト描きに使っている消しゴムを投げつけた。すると本当に炎はかき消えて、男の驚いた目がよく見えた。
「な、なんで俺の炎が……」
『ばーか、文字は消せるだろうが。
急かされて僕は震える足で前に出る。男は何度も炎を出すが、その度消しゴムが
だから僕は思い切って玩具の槍を男の腹に突き出した。するとどうだろう、思った以上にするりと突き破って、勢い余って壁に縫い付けてしまった。
「が、ぎゃあああ!」
『レッスン3。
「い、いやだ……おれ、は むすこ 」
『ああ、君の息子は実に幸運だ。普通に死ねるのだから。貴様のように
揺らぐ光の残滓に女神は冷酷に見下す。もし僕もやられたらああなってしまうのだろうか。
『そうだよ。君が願う結末を求めるには、この恐怖を乗り越えねばならない』
……だったら怖いことなどなにもない。僕の望み。僕の願い。僕の祈り。全ては彼女のためにあるのなら、僕はただそれだけでいい。
『それでこそ契約したかいがある。だがしかし、だからこそ……『火群結衣』とはなんと罪深い
女神の言葉に、僕は玩具の矛盾をギュッと握りしめた。
==【2日目:探索】==
新宿は面白い街だと思う。なんでもあってなんでも売っている。古くもあり新しくも有る。目新しいものに、何処か心が弾んでしまうのは仕方ないのだが――。
『うわあ、アルタの大型ディスプレイが3Dモデルに?! うわあ、うわあ!!』
女神のほうがはしゃいでいた。今どき3次元ディスプレイなんて珍しくもない、なぜそんなに驚くのだろう。
『いろいろあるんだよォ! それはそうと流石は
楽しそうに頷く女神が言うように、運命の捻れは到るところにはびこり、もはやどれが誰の運命を示すかなど到底判別がつかない……。
そう、僕は途方にくれていた。なまじ街など歩いたことがないし、捜し物なんてはじめての事だ。仕方ないとは言えこのままじゃ間に合わない。
『フフフ、君は生真面目だなァ。その点彼に似ている……が、1つ違うのは頭の使い方かな。彼なら君のように逐一探すなんて馬鹿はしない』
だけどそれ以外にどうすれば良いのか。首を傾げると、女神はフフンと笑顔を浮かべた。
『つまりやり方を変えるべき……より大局を見たほうがいいってことさ』
大局を見る……僕には難しい言葉だ。僕の生きた世界はとても狭くて、世界がこんなにも広いだなんて知らなかったのだから。
『あー、そうだったな……君が居た世界はずうっとそうだった。君の
女神がごめんと頭を下げる。恐るべき化物なのに、こういったところが人じみている。不思議な
『なら詫びに助言をやろう。彼女は替えの効かないピースだ。他の
故に
『『火群結衣』は大きな流れ。雨粒の1つ1つ見ていては全容を掴むことは出来ないんだ。君は自他ともに認める彼女の
嫌味にムッとするが、たしかに言うとおりだ。僕は偏執的に彼女に入れ込んでいた。それこそ事故の真実だって知っている。だからこそ――。
『そう、君は知っている。街頭テレビを見てごらん』
大型のディスプレイには天気予報が流れていた。此処数日は天気が崩れ、雷雨になる予定……のはずだ。ユイちゃんが音を失うその日、街は雨で濡れていたはず。
なのになぜ晴れになっているんだろう? 僕の抱いた疑問に女神は嬉しそうに微笑んだ。
『流れの一端は見えた、ならその中心は一体どこになるのだろうね?』
女神の言葉の通り、僕は集中して天気図を見る。円を描くように晴れ間の広がる東京。そこに僕は灼熱の運命を見出した。向かうべきは赤の尖塔、オールドタイプの電波塔……東京タワーだ。
僕の答えに女神はやんわりと微笑んだ。
==【3日目:大詰】==
100年近く前の鉄塔は吹きすさぶ風の中、威容をもって僕たちを迎えてくれた。上空から見る朱い塔は強風にも揺るがず、ただ泰然としてそこにある。
そんなことよりなぜ僕は飛んでいるのだろう。
『
矛盾というのは何でもありなのだろうか。とても不可思議で理解しがたい力だと思う。
『いや、むしろ分かりやすい。できない事は明確にできない、難解にして明快な理だよ。それより見ろ、凄いのがいるぞ』
古くアンテナとして使われた鉄塔の頂点に、異様な男が踊り狂っていた。紅色のハッピに『ユイ♥ちゃん』と書かれた鉢巻き、そして手には紅いサイリウム……。彼の狂気じみたダンスには女神も引いているようだった。
女神はお気に召さないようだが僕には分かる。あれは相当修練を積んだユイちゃんのファンだ。動作の1つ1つにキレがあって迫力がある。応援する側としては完璧なダンスと言えるだろう。
だが同時に男を中心に捻じれが発生しているのも事実、間違いなく
『はぁ、行くしか無いか……。ちなみにアンチクロスは話が通じる手合じゃないから和解など考えないことだ。初めから殺す気でかかるといい』
女神の言葉に玩具の武器を今一度ギュッと握りしめた。
◇◇◇
先ほどと同じように右足が落ちる前に左足を伸ばし、宙を蹴って男の元へとたどり着く。同時に男の絶叫に近い歌唱が聞こえてきた。
「とぉろけるよおォォなキャアァラメるきっフウウウ!!」
とんでもない絶唱だった。これはユイちゃんのキャラメルキスのフレーズだ……。完全に力任せの歌唱で台無しだけれど、振り付けはしっかりしている。
『っていうか公共の場で全力歌唱ってどうかと思う。ご近所迷惑だろ
男はこちらに気づいて踊りながら振り向いた。それはもう見事なアクセルターンだ。あまりの見事さに僕は一瞬見とれてしまった。
「邪魔しないでくれ、オレは祈祷しているんだ!」
『祈祷……なるほど、『火群結衣』は灼熱の二つ名を持つ。自ずと歌は熱の特性を持つから、この晴天はそれを利用したのか』
「ここでオレが晴れを呼べばユイたんは音を失わない! そうすればもっと、素晴らしく輝くアイドルになるに違いないんだ!」
ああ、これだ。これこそが男と僕を決定的に分かつ。
たしかに音を失わぬ彼女は最高のアイドルになるだろう。それこそ一直線に秋葉原48の頂点に立てるくらい、灼熱として駆け抜けていく。
でも違うんだ。僕が知るユイちゃんは……『灼熱のユイ』は、音を失った程度で輝きを損なうほど弱い
だから僕と彼では相容れない。
「何ぃ……さてはてめーアンチだな?!」
『今以て彼女を捻じ曲げんとする君こそアンチじゃないか?』
「黙れ、ユイたんはオレが守る! ソイヤッ!!」
同時に男がサイリウムを振り回す。描く軌跡が星を形取り、流星となって僕に襲いかかってきた。とっさに構えた盾が弾いてくれるも、綺羅星は思った以上に、重い!
『おう、
女神の言う通り僕を守ってくれる盾はピキリと嫌な音をたてている……所詮玩具、絶対はありえないのだ。やがて盾はバキンと情けない音を立てて割れ壊れてしまった。
『盾がダメなら槍を使うと良いぞ。流星とて穿たれれば死ぬからな。かといって――』
女神の言う通り僕は必死に槍を振るう。だが撃ち落とすごとに槍はひしゃげ、メッキは剥げ落ちていく。これじゃああと数分も持たない! だが女神は余裕綽々でフフンと偉ぶってみせるのだ。
『槍など所詮借り物だよ。なら君は最も信用するものはなんだ? わたしなら玩具の槍なんぞより、君が日々握っていたペンを選ぶだろうね』
僕のペン。手慰みにと絵を描いていた僕の道具。それなら僕も、目の前の男のように
「どうやら年貢の納め時のようだな、アンチめ!」
星が迫る。あれに撃ち抜かれたら、ひ弱な僕などひとたまりもない。だから僕は懐から愛用のペンを取り出す。これで何ができるのか……いや、僕は何をしてきたのか。
それはたった1つのシンプルな答えだ。
僕は片目をつむり、見えている面に向かって斜線を引いた。流星に線が走り、没になって消滅する。
「な、なんだと?!」
驚く男がさらに流星を描くも、僕はそのすべてを斜めに切り捨てた。僕の
なら、こうする事もできる。僕は男の左腕を塗り潰した。
「っ痛ゥああああ!!」
同時に男の腕がかき消えた。しかし断面から血は流れない。カンバスに無いものは、存在しないのだから当たり前だ。それが僕の
「そん、な……?! 出鱈目すぎる」
『そうでもないさ。
女神の解説する間にも、僕は
「ま、まて、止めろ、お前もユイたんのファンなんだろう?! 最高のアイドルを目に焼き付けたいと思わないのか?!」
その時点でもう間違っている。ユイちゃんはすでに最高のアイドルだ。その証明に、僕は彼女に何度も命を救われたのだから。
「や、やめ、や ちががが がが 」
塗りつぶされた男は僕の
『いや、まだ終わりじゃなさそうだ』
どういうことだろうか。アンチクロスを
『晴れ渡る空を見上げてごらんよ。矛盾は必然だけを生み出す。このままでは雨が降るはずもない。これじゃあ『火群結衣』は音を失わず、アンチクロスの望んだ結末を迎えるぞ』
ではどうすれば……いや、答えは既に手の内にある。僕は今一度片目を瞑り、
それは初め、小さな雲の塊だった。しかしすぐに巨大な積乱雲となって雨粒を多量に落として行く。突如変わった空模様に、僕は慌ててフードをかぶった。
『フフフ、君ならすぐ気づくと信じていたよ。なんたって彼に似ているのだからね』
豪雨の中、しかし鈴なりの声は僕の耳によく届いた。
==【最終日:結末】==
僕たちはとあるスタジオのすみっこに居る。加えて矛盾の力故か、誰からも見咎められることはない。
遠く
運命の線は全てに集約して、これからマシンに致命的な障害が発生する。それは完全に事故としか言えない現象で、僕から見たら必然の出来事。
『……今からでも間に合うよ? 機械を壊せば彼女達は助かるかもしれない』
しかし僕は動かない。僕は彼女がこれからどれだけ努力するかを知っている。沢山のものを背負って綺羅星の舞台に立つことを知っている。
それらは全て必要なピースだ。何一つ欠けてはたどり着かない、至高の
『1つ。これは独り言なのだが。神々において奇跡とは起こすものだ』
見守る先でマシンが起動する。そして決められたあらすじを辿り瞬間的に暴走、星は今まさに堕ちた。倒れる2人にスタッフが殺到し、姿が見えなくなる。
『君は真っ直ぐに契約を果たしたからな。故にこれは
同時に頭上の女神は漆黒の大剣と、鈍色の盾剣を出現させた。花の意匠をもつそれらを使い、彼女は何をするつもりだろう。
『我、
彼女は鈍色を打ち鳴らす。それは銅鐘のように重い音を上げた。
『
続いて漆黒を打ち鳴らす。それは鈴鳴のように軽やかな音を奏でた。
『
グワングワンとなる音は、倒れ伏した2人へ届く。
「ミレイ、ちゃん……!」
叫ぶような声が聞こえた。彼女の耳は聞こえぬはずなのに……。
「――ユイ……ちゃん、おね、がい……わたし、の……かわりに、アイドルに、なっ、て……」
囁く様なか細い声が聞こえた。彼女の灯火は既に燃え尽きたはずなのに。
『神はいつだって誰かを見守っている。今回はそれがわたしだったというだけさ』
ふと、スタジオの風景がぼやけていく。契約は果たされ、歪みは修正された。だから僕の旅もここで終わりという事だろう。
『よくできました。わたしは君を誇りに思うよ』
ぼやける視界の中、女神の通る声がやたらはっきりと聞こえた……。
==【XXX:終日】==
ピッ………ピッ………ピッ――だんだん力が抜けていく。
『最後によく頑張ったね』
ピッ……ピッ……ピッ――何もかも薄ぼんやりとして。
『最後に言い残すことはあるかい?』
ピッ……ピッ――なら、思う事は唯一つ。
『ああ、良いだろう。星の下に彼女を守ってやるとも』
ピ――――耳元で流れているのは大好きなヒットソング……。
『おやすみ、名も無き英雄くん』
僕に後悔はなく、僕は永遠のまどろみに落ちていった……。
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第1回 #超ベニヤ杯 売り込め!コラボ短編コンテスト
http://blog.livedoor.jp/veneercup/archives/10185426.html
http://blog.livedoor.jp/veneercup/archives/10278264.html
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