とある姫君の想い

 女が宝石のべにを引く。それは親和を是とする和ノ国では、婚礼に辺り女を飾る以上に特別な意味を持つ。赤は命、赤は守り、赤は光。女を際立たせ美しく、そして魔より遠ざけんとする古くからの願いであり、なのである。

 

 花嫁が纏う装いたる『双ツ併せ』に身を包む深雪ミユキ姫の、細く白い手にある水晶貝も例外ではない。


 かちり。


 貝の併せを開けば、|べにルビーの耀く宇宙そらが広がっていた。和ノ国でも特に貴重な凰玉、中でも赤きに勝るべに凰玉となればその価値は計り知れまい。


「あるじさま……」


 そっと貝の縁を撫でる。夫と成るモノが送ったべにに、お付きの者共は挙って素晴らしさを説いた。

 やれ優れた守護を持つ。やれ命の煌きを持つ。故に『愛されておりますな』と周囲がもてはやした。


 だが深雪は小さく首を振る。


 そうではありません、と鈴のような声で唄うのだ。手に有るべにに篭もるのは守護の力や命の煌きではあり得ない。



――深雪に、似合うと思うてのう。



 ただ美しき君へ贈る、願いはたった一つだけ。愚鈍と称される彼は、深雪が側に居ることをただ真っ直ぐに思う。それが如何なる朱より鮮烈で尊く、そして眩しく胸を焦がした。


 深雪はこの水晶貝を見るたびに嬉しくなって、ついつい頬が緩んでしまう。


 彼はきっと宝石のべにの意味を知ったなら、申し訳なさそうに縮こまるのだろう。すまぬすまぬと、その大身を窮屈にさせながら。


 だがのだ。


 深雪は既に彼が守護っている。生きる意味を貰い、まことの魔は近寄ることすら出来ない。


 だからべにに篭もる願いは、深雪への想いただ一つで良い。


 深雪は鏡を前に化粧筆を手にし、水晶貝のべにを撫でた。輝きを己の薄い桜の唇へと載せ、ひと撫で、ふた撫で、繰り返す。


 濡れた朱へと深雪が込める想いはただ一つ。彼の喜ぶ顔を、ほころぶ顔を、己が手を取る彼の笑顔を。


 想いを込めてべにを引いた。


「……おひぃさま、時間でございます」

「はい、只今……」


 深雪は最後に鏡を見返す。べにの朱を見て微笑む彼女は、そっと立ち上がり、愛しき彼の元へしずしずと歩いていった。




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