Day 3
#27 そして、朝
「プリステスは、シエルがE・J・Mの居場所を知っていると私たちに伝えました。ですが、シエルは記憶を失っている。つまり、E・J・Mの居場所なんて知らない。それは嘘と言えるんじゃないですか」
俺と
「そういうことか」
自分が何故プリステスからシエルのボディ・ガードに選ばれたのか、という本当の理由が、俺にもようやく分かってきた。
「プリステスは俺に、シエルの記憶を取り戻させたかった。E・J・Mの居場所をシエルが思い出せばプリステスは嘘をつかないで済む。取引ができる、ということか」
「プリステスはあなたに期待していたんでしょう。あなたがシエルの記憶をよみがえらせてくれる、と。ですがそうはならなかった。そんなことをしている間に、取引のリミットが近づいてきた」
「だからシエルを連れ去った」
そう考えれば、辻褄は合う。
そして、それ以外に、もう考えられない。
「もしも、E・J・Mの居場所を知らないシエルは、ただの機巧人形。まぁ、完成体ではありますが、それが一体だけいたところで仕方がない。シエルほどではない
ようやく路地を抜ける。貧民街と中心街をつなぐ大通りの近くまで出てきたようだ。気がつけば雨も止んでいて、空には淡い薄明が広がりつつあった。厚いパン生地のような雲はまだ頭上を覆ってはいるが、この分だと夕方には赤い夕陽が望めそうだ。
そういえば、E・J・Mが自分のことをメカニックだ、と言っていた。その自称は正しかったのだ。あの時には気がつかなかったが、あれは彼なりの自己開示だったのかもしれない。
「
「何です? 」
「
その言葉を、俺は今まで知らなかった。だが、なんとなくそれが何かは分かる。サイモン・ガーフレックスが国民に戦わせなければいい、と言ったのはおそらくその機巧人形に関することなのだろう。
プリステスや、
「知らないで、あなたはここまで首を突っ込んでいるんですか?」
驚く
「俺が知っているのは、サイモン・ガーフレックスとE・J・M、それに数百名の
「知らないのなら、教えません、と言いたいところなんですがね。今私はあなたとおの間に、信頼と言うものを築かなければいけないようだ。まだ、E・J・Mのあなたが持つ情報をいただいていませんからね。いいでしょう」
察しがいい。
俺と
「
そう言いながら、
「
俺は小さく首を縦に振る。
「でしたら、こう考えることはできませんか? 全身の全てのパーツを機械に置き換えることができるのではないか、と」
「不可能じゃないだろうが」
「そうです。不可能じゃないんです。右腕が機械にできるのなら、足だってできる。足もできるなら、胴体だって、そんな風に考えていけば、人間の体全てを機械で代替することは不可能じゃない」
ひょい、と俺の手の上から義肢を持ち上げ、
「機械の腕が、意思通りに動くのは何故だと思いますか?」
「さぁな、考えたこともない」
「まぁ、実際のところ私もよくは分かっていないんですが、どうやら
「血液、って人間のか?」
「ええ。人間の、新鮮な。大抵の場合は、その義肢の装着者からもらい、それを加工することで作り出されるんです。私のこの義肢も、そういう作り方です」
「じゃぁ、シエルもそうなのか。彼女の本体はあの体の中心にまだあって、彼女の肉体の全ての部分は、彼女の血液と機巧義肢でできているということか」
「私たちもそうだと思っていたんですよ。ですが、どうやらそうではない。彼女は端から端まで全て機械。一体どうなっているのか、我が国の科学班でもわからない。同じような検体はいくつか発見されているんですが、それらはシエルのように自律して動くことは無い。だから、E・J・Mを求めているんですよ。彼ならその作り方がわかるはずですから」
「そういうことか。プリステスが彼を取引材料にしているのは」
「それじゃぁ聞かせてくれますか、あなたが知っているE・J・Mの情報を」
「なぁ、あの屋敷は一体何だったんだ? 一体何故内部はあんなことになっていた」
「そこまでは私には何とも。前任者がいれば分かったんでしょうが、彼は私が殺しちゃいましたからねぇ」
それは、プリステスとの対立の原因になったあの出来事のことだろうか、と聞こうかとも思ったが、やめておく。
「ですが、素晴らしい情報です」
八本の手を、大きく鳴らし、
「E・J・Mはまだこの街にいる。おそらく彼は顔を変えているでしょうけれども、あなたならもしかしたらそれに気づくことができるかもしれない」
「煙草の吸殻くらいしかわからないがな」
「いいんですよ、それでも。手がかりなんて何一つなかったんですから。ですが、プリステスの動向は気になりますね。彼女だって、このままと言うつもりではないでしょう。何か手を打ってくるはずです」
それはそうだろう。シエルの目が覚めて、E・J・Mの記憶を取り戻せていないと気がつけば、別の方法で彼の居場所を捜そうとするに違いない。
ゴゥン――ゴゥン――。
中心街の方から、鐘の音が聞こえてくる。
人通りも増えてきて、朝餉の支度をする人々の活気が、周囲の建物から漏れてくる。香辛料の嗅ぐだけで唾液が出てくるような匂いも、同じように路上へと漂ってくる。
「プリステスの約束の時間は、今日の夕刻。場所は貧民街の最果て、港湾街です。私は一度本部と打ち合わせをしなければならない。ここでお別れです。では」
情報交換を終えると、
さて、俺はどうするか。
すべきことは分かっている。それはたった一つ。残された依頼をこなす。つまりは、シエルの記憶の手がかりを捜すということだ。シエルはここにはいないが、彼女に再会した時に情報として手渡せるものが、何か一つでもあったほうがいい。
その為には、やはりE・J・Mを見つけることが近道だ。
思い出すのは、シエルが俺に見せてくれた、手紙。差出人はE・J・M。文面から判断するに、彼はシエルの過去を知っている。
ならば、当初の行動通りに物事を運ぶのがいいだろう。クラリスに会い、あの旧貴族街の屋敷が誰のものだったのかを明らかにする。そして、あの惨状。白骨化した遺体が散乱していた理由を探るのだ。
目的の定まった俺は、
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