#24 真実
「どうして俺がここにいる? ――お前こそ、何故ここにいるんだ」
扉越しに、俺はそう問い返した。だが、
「ああ、つまりあなたが……そういうことですか」
「答えろ」
「答え? 人の家を尋ねるのに、一体どんな用があるというんです? その家の住人と会うという以外に」
ズバンッ――。
扉が開かれた。いや、吹き飛ばされた、と言う方が近い。ドアノブと鍵はまだ扉の枠にぶら下がっている。
「どいてくれますか? あなたに用はない」
そう言いながら、
八本腕だ。
いや、見るまでもない。彼が扉を破壊した時に状況は判明していたからだ。こいつは今日、力づくで何かを為そうとしている。
その進路の前に、俺は片手を水平に上げて、立ちふさがった。
「なんですか?」
「部屋が汚れる」
雨水と、割れた扉の破片で玄関はぐちゃぐちゃになっていた。
「馬鹿馬鹿しい」
吐き捨てるそのの顔に向かって、俺は尋ねる。
「シエルに何の用があるんだ」
「ボディ・ガードのつもりですか?」
肩の肉に、
だが、そんなものはどうだっていい。
それよりも、
「あのクソアマが漏らしたのか」
頭に浮かぶのは、人を食ったような表情を顔面に張り付けた赤髪の女。シエルと俺の関りを知っているのはあの女だけのはずだ。ということは、彼女がその情報をこいつに渡したに違いない。だが、何故。
こいつとプリステスとの間には確執があったはずだ。
俺の顔に浮かんだ表情を見て、
「あれ、もしかして何も知らないんですか?」
「何をだ」
それには答えず、憐れむように彼は言う。
「……ボディ・ガード失格ですね」
と、アレニェと向き合っている俺の背後から、布がこすれるような音が聞こえた。
「どうしたの?」
シエルの声だった。
そして、
「誰、あなた。それに、その腕」
「どうぞ
俺は判断に迷った。
こいつは俺の知らない事を知っている。恐らくは、E・J・Mに関わる何か。シエルの記憶の糸口になる何か。そして、それは間違いなく、俺の過去にも関わっている。
だが、だめだ。
直感がそれを否定した。
「シエル、こいつの話に耳を貸すな」
俺が背中越しに言うと、
「
気付けば、俺は床に跪いていた。力任せに
「何、なんなのよこれ」
「シエル。警戒する必要はありません。あなたに危害を加えるつもりはありません。少し話をしたいだけです」
「聞くなッ」
俺の叫びは、すぐさま激高した
「黙れ、野良犬風情が」
俺の体は直線的な軌道を描き、隣の建物の壁に激突した。アレニェが扉の外に俺を放り投げたのだ。何かがぐにゃり、と潰れるような音が体の下方から聞こえた。猫か鼠か何かを踏みつぶしたのかもしれない。
痛みをこらえ、視線を上げる。俺を見下ろす双眸は、夜の闇を溶かし込んだような黒。
「そう言えば、あなたには別件で用がありました。驚きましたよ、さっきあの家を見に行ったら、燃えてなくなっているんですから。私はあなたに、あの家に訪れる者がいたら、すぐに連絡をするように、と言ったはずです。家って勝手に燃えたりしないですよね。誰かが来た、なのに、あなたは私に連絡しなかった」
「電話は入れた。だが、お前は出なかった」
「……ほぅ。私に落ち度がある、と」
襟首が強く締め上げられる。呼吸が苦しい。
「それでも何とかするのがプロでしょう? あれだけの金を受け取っておいて、適当な仕事をするとは思っていませんでしたよ。でもあなたは運がいい。私たちにとって、あの家はもう用済みです」
「その代りと言っては何ですが、ここから消えてもらえますか」
「俺はボディ・ガードだ」
「分かってないようですね」
「面倒な人だ。死にますか、ここで」
その時、俺の視界がふさがれた。シエルが俺と
「話ならいくらだってするわ。だから、この人をもう、これ以上傷つけないで」
シエルの背は震えていたが、俺の前からてこでも動かない、という決意がそこから漂っていた。
俺は蹴られた腹を抑えながら、しかし何か良くないことが起きるという予感にさいなまれていた。
そして、それはすぐに現実となった。
「健気ですね。素晴らしい。たった二日しか共に過ごしていないのに、よく自分を犠牲にしてまで」
「何とでも言えばいいわ。この人には、まだ仕事をしてもらってないもの」
フン、と
「自分が殺そうとした相手だというのに」
「私の記憶を……え?」
シエルの言葉が止まった。いや、全ての音が消えた。同時に、とても脆い何かが、自分の内側で音もなく砕けた。
「あれ、聞こえませんでした? あなたが殺そうとした相手だというのに、と私は今言ったんですけどね。……ああ、
シエルの肩越しに、アレニェと目が合った。そこには、壊れた人形を見つめる子供のような、とても無慈悲で無感情な目があった。
「その子があなたの妻を殺したんですよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます