#16 貴族と反乱

「ヨハン・バーミンガム」

 サイモンが、考えるように手を額に当てた。そういった仕草も、なかなか様になっている。

「そうです。殿下の治めるこの土地から、先の戦争へと旅立った若者の名前です」

「いやぁ、申し訳ない。私も努力はしているんだが、一人一人の名前までは憶えていないんだ」

 予想された返答だった。


「ええ。見たところ、お忙しいようで」

 散らかった書類を、俺は眺めまわした。

「それで、その彼が何を。確か、あなたは反乱の機運があるという噂があって、私に会いに来たのだと聞いたが、そのヨハン・バーミンガムという男がそれに関わっているということでしょうか」 


 今度は俺が沈黙する番だった。反乱の機運と言うのは、口からの出まかせである。だが、そう言った噂話であったとしても、貴族が男を邸宅へと招き入れるほどなのだ。サイモンも、反乱については気をもんでいるのだろう。俺はその線で話を進めることにした。

「そのヨハンと言う男は、いくつかの貴族領で反乱に関わったという疑いをかけられておりまして」

 嘘と事実を半分ずつ混ぜながら、俺は話を作っていく。


「その出身地がこの地域である、という噂を聞き訪れた次第です」

 サイモンが、大きく背もたれに体を預け、息をついた。

「……難しい問題だ」

 それは、意外な言葉だった。

「難しい、とは」


「反乱だよ」

 俺の食いついてほしいポイントとはずれていたが、仕方がない。その話をしばらく続けることにする。

「ガーフレックス公はいかがお考えなのですか」

「サイモン」

 俺の言葉を遮るようにして、彼は言った。


「サイモンで構わない。私は堅苦しいのは嫌いだ」

「しかし、そういうわけにも」

「いいんだ。貴族、平民。そういった身分の捉え方も、この戦争までだったんだろう。これからは、平等な世の中になる」

 驚いた。確かに若い貴族だとは思っていたが、これほど進歩的な考え方をするのは珍しい。多くの貴族は、自分の権益を守ることに汲々とするばかりで、世の中を広い視野で見ようとはしない。


 サイモンは、立ち上がり、窓のそばへと歩いていく。そこから、外を眺めると、広い草原が見える。のどかな光景だ。

「この領土は、父から受け継いだものだ。父もまた、その父から、そういう風に、何代も何代も受け継がれてきた。彼らの残した手記を読めば、その時代時代で、多くのことが起きた事が分かる。洪水、日照り、飢饉、疫病。私の先祖たちが、どのようにしてこの土地を守ってきたのか、そういうことが事細かに記されている。もちろん、それは貴族にとって――つまりは私側の視点に過ぎないだろう。税に苦しんだ民もいるに違いない。だが」

 サイモンは振り返る。深い憂いを、その表情にたたえて。


「私たち貴族は、この土地に必要とされていた」

 どこか自己陶酔の香りのする長広舌を、俺は聞いていた。

「領民と、私たちの間には確かに信頼があった。だが、時代は変わった。反乱が増えている、というのはそう言うことなのだろう、と私は考えている。もう貴族は必要とされていないのだ、と。だとすれば、貴族という存在は、自ら幕を引くべきじゃないだろうか」

 サイモンが俺の目を見ていた。

 俺に返答を求めているのだ。


「分かりません」

 余りにも答えにくい質問だった。彼が本当にそう思っているのか分からないからだ。俺の政治的信条を試している可能性もゼロではない。サイモンは、確かに若く聡明だが、それ故に腹の底が見えない。

「私はあくまでも記者です。事実を、事実のまま伝えることが私の仕事です。そこには私の意志が介在してはならない、と考えております」

 サイモンは、大きく一度頷いた。


「見上げた職業意識だ。では質問を変えよう。もしも、私たちが戦争に勝っていたら、どうなっていたと思う」

「何と言いますか、突飛な問いですね」

「考えたことが無いことは無いだろう。それに、これはもう過去の話だ。もしも、という仮定の話だ。君がどんな考えを持っていたとしても、それは問題にはならないはず」

 確かに彼の言う通り、俺はこの質問に個人的な答えを出さなければならない。


「仮定の話など無意味、なんて言葉は聞きたくないな」

 しっかりと抜け穴も塞いでくる。

 そこまでして、何故俺とそんな話をしたいのか、という疑問が生まれる。その答えは、会話を続ければ見えてくるはずだ。


「もしも、勝っていたら。だとしても、何も変わらないでしょう」

 サイモンが目を細めた。だが、俺はもう話し始めてしまった。彼の反応で内容を変えるわけにはいかない。そのことに、彼はすぐに気が付くだろうから。

「私は今、講和会議に出ています。もちろん取材記者として。そこで感じるのは、北部連合もまた、国民から圧力を受けていると言うことです。戦争の規模が大きくなり、国民皆が兵士として国の為に戦ったのは、北部連合も同じです。そして、兵士は戦った見返りを求める。北部連合は、勝利した結果として、国民に大きな借りができてしまったのです」

「なるほど。それが、つまり君の考えなわけだ」

「そうです。ですから、何も変わらない。今の我が国が置かれている状況は、もはや止めようのない時代の流れの一コマに過ぎないのです」


 話し終え、サイモンを見る。座っている俺の位置からは、少し見上げるような角度に彼の顔はある。

「納得できる話だ。それは、君が自分で導いた答えなのか? 」

「いえ。大筋は聞きかじった物の継ぎ接ぎです」

「そうか」

 

 サイモンは一度口を閉じ、何事かを思案している様子だった。だが、すぐに再度口を開いた。

「つまり、国民を戦わせなければいい」

 サイモンはそう言ってにやりと口元をゆがめた。それは、先ほどまでの紳士然とした態度とは違う、狂気の滲んだ顔だった。

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