幕間と、小さな幕間

26.再び、彼らの周辺にある警戒すべき問題について

「なんだって? 深町くんも、サイ?」


 報告の最後にハルが付け加えた言葉――そして楠見が訊き返した内容に、楠見ばかりでなく伊織も、ソファでクッキーを頬張っていたキョウも、そして琴子も目を見開き動きを止めた。


「うん。そうなんだよ」

「む……ろうゆうころら」


 もごもごとクッキーを二、三枚一度に頬張って、キョウは隣のハルを見る。それからコーヒーでクッキーをごくりと飲み下し、

「深町って誰だっけ。六組にサイなんかいたっけ?」


「信じられないことに、彼は突然サイになった」

 ほかの四人に向けて、ハルは軽く肩を竦めた。


 先ほどのハルの謎の反応は、そのせいだったらしい。「サイが」というのは、ハルやキョウの持つ、神月家の血筋の者の特殊能力なのだそうだ。キョウは神剣を使ってサイの能力を奪うという能力を持っているため、ハルよりも正確にサイを見極めるのだという話だが、ハルのその鑑定眼だって相当のもののようである。


 楠見はキョウと顔を見合わせ、それからハルへと視線を送る。


「潜在的なサイだったのが、顕在化したってことか?」

「そうかもしれない。けど、ぴったり同じ例を見たことがないから、よく分からないんだ。それに、深町くんは――」


 言いながら、考えるようにハルは小さく首を捻った。

 伊織たち一行が体育館に足を踏み入れた時にちょうど成功した、深町のロングシュート。あの時にサイの能力を使った、とハルは言うのだ。ただし――。


「自分でサイの能力を発現したことに、気づいていないかもしれない。ロングシュートだって、サイじゃなくても上手い選手なら出来るようなことだもんね。いつの間にか能力を発現させて、知らないうちに使っているのかも」


 サイの能力というのは、本人でもそうだと気付かずに持っているものもあるのだという。

 思えば伊織のサイコメトリーの能力も、最初はそのようなものだった。「封印」され抑えられていたというが、伊織は幻覚や白昼夢のようなものを見ることが、幼いころからしばしばあった。伊織はそれを、勝手な妄想だと思っていたのであるが、今から思えばそれらのどれかは――ことによると全ては、サイコメトリーの能力によって見たその物や場所の過去の記憶だったのかもしれない。

 超感覚ならば特に、「そう感じたような気がする」程度で済ませてサイだとは本人も周りも気づかない例も多いことだろう。

 サイコキネシスであっても、たとえば「面白い具合にゴールが決まる」などということがあったとしても、それが超能力であるなどとは普通は思わない。それだけなら単に、「ロングシュートの得意な選手」として認識される程度の問題だ。


 おそらくその可能性を考えて、「うーむ」という風に唸る楠見。


みる?」

 先ほどまで、連休明けから再開する予定だったトレーニングに伊織が来なかったことに怒っていた琴子が、怒っている時とまったく変わらない仏頂面で声を上げた。

「深町の意識。自分がサイだって知ってるかどうか。どしてそうなったのかまで分かればいいけど」


「そうだな――」執務机に肘を突き両手を組み合わせて、楠見はぼんやりとした視線で頷く。「それが早いか。琴子、機会を見つけて頼むよ」


「分かった」

 頷いた琴子の向かいで、キョウが釈然としない顔で首を傾げる。


「深町、深町……いたっけ、サイなんて」

「中学校の一年の時、キョウと同じクラスだったよ。覚えてない? ……って言ってもその時はサイじゃなかったし、キョウは覚えてないかもね」


 宙へと目をやったハル。眉を寄せて考え込んでいるキョウ。二人を交互に見比べて、楠見は組み合わせた両手を顎に当て、


「例の、謎の組織と関わって、能力を開発されるようなことがあったのかもしれない」

 楠見は自分の中でも考えをまとめるように、ぽつぽつと言葉を落とした。

「真野さんって子は……組織に入り込んでいる可能性がある。哲也くんと同じように……スカウトとまでは行かなくても、組織の見つけたサイの少年少女に接触しているのかもしれない」


「俺もそうかなと思った。二人が会ったのが、真野さんが入学する前だって聞いて。彼らは学校で自然に出会ったんじゃないんだ。何か作為的なものを感じるよね」


 ハルが気にしていたのは、そのことだったのか。


「だけど、深町くんは中学からこの学校にいるんだし、三年前のことだよ。伊織くんや峰尾くんのケースとはちょっと違うのかもね」

「ああ。そこはどういう繋がりなのか調べてみなきゃならないが――最近になって組織に関わって、それまで潜在的だったサイの能力を急激に引き出されたってことはあるかもしれないぞ」


「それって」キョウが楠見に視線を向けて、ますます眉間のシワを深くする。「『あのDVD』見たとか、そういうことか?」


 哲也の事件で明るみに出た、そして伊織がサイコメトリーの能力を発現する契機となった、サイ能力開発トレーニング用のDVDである。見ると潜在的、あるいは微力なサイの能力を持つ者が発火能力パイロキネシスを発現し、しかも能力を使っていないと具合が悪くなったり、無意識にどこかに火をつけたりしてしまうという、いわくつきの問題ソフトだ。


「いや。それはどうかな」

 楠見はやはり考えながら、というように、椅子の背に深く持たれ顎に手を当てて、


「調べているところだが、あのDVDはやはり試作段階のもののようだよ。分かった限りじゃ、送りつけられた大部分は二十歳前後の潜在的なサイ――中高校生と違って、これから訓練して組織やなんかでサイの能力を使って働くことはないだろうという者たちだ。もしも組織がこれからそこで戦力とするサイを育てるんだとしたら、そんな不確定な方法を使うことはないだろうな。もっと安全に効果が実証されている訓練方法を使うよ」


 そこでわずかに考えるような一瞬の沈黙を置いて、楠見は長いため息を吐きだした。


「ま、ともあれ――」

 四人の高校生に顔を向ける。

「真野さんと深町くんって子の件については、継続調査だ。琴子は機会を見て、ちょっと探ってくれ。それとキョウは、真野さんと同じクラスなんだよな? 少し様子を見守るように」


 するとキョウは、眉を曲げて渋い顔をした。

「えー。俺やんの、それ?」


「ん?」意外な様子で楠見は目を丸くする。「なんだ、問題あるのか?」


「だって、クラスのヤツだし」

「別に積極的に質問しろってわけじゃない。そういう必要が出たら、俺かほかの誰かがやるよ。ただ組織との接触を見張るだけだ」

「けどさ……女子だし。監視とかはさ。しにくいじゃん」


 斜め下へと不満げに目をやって、キョウは口ごもる。


「お前……こないだから仕事の選り好みをするようになったな……」

 少々感心したように、楠見が言う。

「それはいいが――まあ、クラスメイトとしてやりにくきゃ、誰かが協力するさ。ともかく『怪しい組織』との関わりは追わなけりゃならないからな。何かあれば頼むぞ」


「……んー」

 不承不承、と言った様子で、それでもキョウは頷いた。


「で? お嬢はどうした?」

「小早川さんを追いかけて、行っちゃったよ。真野さんのこともまだ話してない」

「ふむ……ハルと――伊織くんは、お嬢があんまり暴走しないように見張っててくれよ」


(俺もっ?)


 伊織は背筋をピンと張る。俺にも仕事が来た!

 お嬢の暴走を止める? 凄く大変そうな仕事だ。こなせるだろうか。でも頑張る。


「ま、深町くんと小早川さんの問題に関しては、俺から何も言うことはないけどね。とりあえず、なんだか話を聞いていると小早川さんが気の毒だ……」

 顔を歪める楠見に、ハルも静かに同意した。


「小早川さんがああいう性格でよかったよ……」







 帰っていった高校生たちを見送って、楠見は思わず腹の底から息を吐き出しながら椅子の背に深く持たれる。

 中学からこの学校にいた生徒にまで、サイ組織が目を付けている? どういうことだ――? 伊織たちが六年ぶりに入れられたのでなく、三年前からそういうことが行われていたという可能性はあるか?

 右手に持っていたボールペンで机をトントンと叩きながら、机上の電話機に目をやった。


 結局――。貴重な連休を二日つぶして会いに行った相手には、翌日も会えず、キョウに海鮮丼を食べさせてそのまま東京に帰ることとなった。


 それから二日。そろそろ「彼」の身辺者から、連絡が来てもいい頃だ。楠見に無駄足を運ばせた謝罪なり弁明なり、開き直った次の提案なり……。

 それに、調査を預けてある、DVDの解析と、その配られた人物たちに関する続報も。先日の「事件」を引き起こした、謎の組織について分かったことも。


 真野美咲という少女は、サイ組織に関わりを持っている。おそらくそれは、先日の「事件」を起こした組織だろう。同時期に緑楠に絡んでくる組織がほかにいくつも存在するとは考えにくい。

 例の組織――相原哲也の所属していた組織。創湘学館という学習塾を通して潜在的なサイを発掘し、相原伊織、峰尾裕介をスカウトして、あるいは唆して緑楠高校に進学させた。この学校の中に、同じようにして入学してきた生徒がほかにもいることは、十分に考えられる。真野美咲もその一人か。

 だが、その目的も実態も、依然不明。中枢にいるのがかつて楠見家の神戸の組織――「本店」にいたサイだということは確認できているが、「本店」とは別の理念を持ち、「本店」を離れて行動していると見られる。


 楠見は「本店」の行きすぎたやり方に反発してそこを離れたが、彼らの行動の根底にあるものが徹底して「サイを守る」というものであることには信用を置いている。サイの秩序を守り、一般人とサイとの距離を守る。

 組織に属さない一般人を巻き込もうとしたり、勝手な能力開発を行い失敗したサイを自分たちの保身のために処分しようとするなど、その「本店」から見ても許されることではない。

 だから、その謎の組織に対する調査と処断を、楠見は「本店」に預けた。


 だが――。あの「事件」の後も、その組織は緑楠の生徒と関わりを持ち、楠見の周りをうろつき、その面談相手の居所を探ろうと動いている。「事件」から半月近く経っても、「本店」の制裁は彼らに対して振るわれていないのだ。


 危険な思想を持ったサイの組織。それも自分たちの組織から生じた一派に対して、制裁が断行されないことなどありえない。とすれば、「本店」の手の届かないところに彼らはいるということなのか?

 いったい、どういうことになっている……?


 電話から視線を外し、また小さくため息をついた。


(いずれにしても――)


 離れた「本店」が何をしようが、そこから派生した別の組織が何を企もうが、楠見の知ったことではない。

 けれど。この学校に。楠見のいる緑楠学園に入り込んできて、なんの関わりもないはずだった一般の生徒たちを巻き込むことだけは、許さない。

 足元に知らぬ組織の息のかかったサイの少年少女が集結しているというのも、不愉快極まりない。

 見ず知らずの組織が単に「サイをひとつの学校のような場所に集めたい」という目的で行動しているのならば、それが緑楠学園である必要はないはずだ。緑楠でそれを行うのだとしたら、楠見やその抱えるサイたちにいずれ関係する不穏な企みが動いているに違いないのである。


 そいつらの好きなようにはさせない。


 実態のない組織を宙に思い描き、楠見はそれを睨みつけていた。

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