愛、屋烏に及ぶ

 ひとまず幸之助さんを待ちましょうか。

 そう述べたお咲紀さんが迷いのない足取りで外から縁側に回り込むので私も後に続いた。

 新宮村の一日は禊から始まるらしい。

 毎朝一番に集まって身を清めてからそれぞれの仕事に移るのだそう。

「幸之助さんは村に帰ってきた時だいたいそのことを忘れて寝こけているの」

 きっと今回も例に漏れないだろう、とわざわざ声を掛けに来てくださったのだとか。

 禊のみの字も聞かされていない辺りお咲紀さんの言う通りに違いない……。

 しばらく待ってみても戻って来ない様子なら、他の村人に連れられて禊場に向かっているだろうから私たちも向かいましょうとのことだった。

 素直に有り難い。

「そういえば、名前をお聞きしていなかったわ」

「申し遅れてすみません。若葉と申します」

「お若さんね。私は咲紀。……不躾な態度ばかり取ってしまってごめんなさい」

 好き放題に伸びている草の間を縫うように進んで辿り着いた縁側に腰掛けながらお咲紀さんは目を伏せる。

 不意の謝罪に思わず「いえ」と返した。

 私の言葉を遮るように彼女は続ける。

「でもあなたが悪いのよ……いいえ、あなただけが原因ではないのかもしれないけれど。少なくとも、あなたがいなければ幸之助さんがあんな愚かな男に成り下がることはなかった」

 彼を返して。私から取り上げないで。

 そんな言外の言葉が聞こえてくるようだった。

「ねぇ、あなた、幸之助さんのことをどれくらい知ってる?」

 紫紺の瞳に私が写る。

「……正直に申し上げるならば何も」

「何も? 何も知らない男の手を取ってこんな僻地の村にやって来たの?」

「彼以上に私を思ってくれる相手が他にいませんでしたもので」

 信じられないと言わんばかりだった表情から閉口して唇をへの字に曲げた彼女は存外素直なお人らしい。

 すまし顔の美人かと思いきや。

「あなた、謙虚なように見えていい性格しているのね」

「それ程でも」

「食えない狸」

 なじられているのにどうしてか込み上げてくるのは笑いばかりで思わずふふ、と喉を鳴らしてしまった。

 途端に罰の悪そうな顔になったお咲紀さんが目を泳がせる。

「……何、笑っているの」

「いえ、有り難いものだと思いまして」

「私、あなたに対して暴言を吐いているのだけど」

「知ろうとしてくださっているのでしょう?」

 私がどんな女か。

 真正面から相対して知ろうとしてくれている。

 頭ごなしに否定するでもなく。

 受け入れられないと拒絶するでもなく。

 それはとても有り難いことだ。

「本当に食えない狸ね」

「ありがとうございます」

 私が狸なら菫と揃いで丁度いい。

 褒めていないわ、と呆れ混じりにため息を吐き出したお咲紀さんに微笑みを返す。

 彼女についてを話す時、ぶっきら棒な言葉になるのを避けたがった菫の気持ちが分かった気がした。

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