塞翁が馬
お咲紀が開け放った襖をきっちり閉めていった若葉にああどうしたもんかと考えている俺は割に冷静で。いいのか、追い掛けなくて大丈夫かとしどろもどろに焦っているのは周りの方だった。
掴んでいた手首を離せば隣に腰を下ろし直したお咲紀だけが焦るでもなく視線に期待を滲ませる。
「男女の仲はないって本当?」
「今のところは、な」
狸の俺なんかより……という考えに変わりはない。
だから、若葉の言葉に間違いはなくて。
下手に囃し立てられたら俺に答えを強要する形になってしまうと考えてのことだろう。
穂付姫に相対した時と同じだ。
せっかくの付き合いを自分の存在が壊してしまわぬようにという配慮も含まれていたに違いない。
彼女の言葉に間違いはない。
ただ、それが全てではないだけで……。
追い掛けるべきだった?
そうして言い訳を並べるべきだった?
んなのは腹を括れねぇと進退に悩んでる奴のすることじゃないだろう。
俺に覚悟があるのならあんな言葉、彼女に吐かせちゃいないのだから。
「返事を待たせてんだ」
「……つまり、どういうこと?」
首を傾げたお咲紀にそのまんまだと返す。
今の俺にできるのはそれらしく話を繕って、どう転んでもいいようにまとめておくことくらい。
「一回り違うと色々考えちまって……村には気の良い男が揃ってるし、年の近いところと落ち着いた方がいいじゃないかとかな」
若葉は今年で十五……六だったか?
村で過ごしていた時期と辻褄を合わせると、幸之助としての俺は二十七を数える。
「優柔不断に悩んでる俺を待ってくれるっていうあいつの言葉に甘えてんだ。格好悪い話だが、しばらくは見守っててもらえねーか?」
なんだよそれ、答えは出てるようなもんじゃねーか。そう言って呆れる村の男衆と唇を尖らせて膨れっ面を見せるお咲紀に苦笑を返しておく。
出てるようなもんでも、出てはねぇんだ。
「悪いな弥栄、せっかくの宴だが下がらせてもらっていいか?」
十年が経って親の跡を継ぎ村長となった男を振り返る。
目を瞬かせた彼はこれ見よがしに呆れ果てた顔を作るとささっと行けと言わんばかりに顎をしゃくった。
「謝るんなら連れの彼女にしてやんな。気丈な女は裏でひっそり泣くもんだと昔、
昔の話は耳に痛い。
悪いな、と繰り返してから早々に立ち上がり部屋を出て厨へ向かう……前に言い置いておきゃなきゃならねーことがあった。
「お咲紀」
「……何かしら、幸之助さん」
「お前もいい年になったろう。そろそろ周りに目を向けねーと俺ばかり追い掛けてちゃ行き遅れるぞ」
「私も待ってる」
「生憎、お前に返す言葉は決まってる。他を当たれ」
お咲紀は美人だが狸の俺には関係のない話だし、言ってしまえば世話になってる村の娘の一人。幸せを願うくらいはするが気持ちに応えるつもりはさらさらない。
……悩むのも、笑顔が見てぇなんて阿呆みたいなことばっか考えちまうのも若葉が相手の時だけだ。
後ろ手に手を振ってから今度こそ厨へ向けた足を進める。
追い掛けるのは腹の括れてねぇ奴のすることじゃあないと言ったが、だからと彼女を放ったままにしておくとも言ってない。
俺のことで居辛い空気にさせちまってるだろう厨から連れ出して、そのまま引き上げよう。
そんで、家に帰ったらまずは埃を払わねぇとなあ……。
布団も干さないままじゃ使えねぇし、今夜は何を変わりにするか。
厨に着くと若葉に声を掛ける前に弥栄の女房に詰め寄られて、どういうことだと胸倉を掴まれた。
こういう無駄に好戦的な所作は穂付姫の影響が大きい。
たまに村に出てその辺歩き回ってたり宴会にしらっと混ざってたりするからな、あの姫神さん。
ついでにここで説明してると神社の二の舞を食うハメになるので若葉を休ませたい旨を伝えて後のことは弥栄に押し付けさせてもらった。
あいつの女房だし上手いこといなすだろう。
「ったく、分が悪いとすぅぐそうやってうちの旦那に押し付けんだから。あんまりナメたマネしてっとタダじゃおかないよ」
「分かってるって」
「ちょっと待ってな。いくつか仕上がってる料理を包むから」
「助かる」
森ではその日暮らしで夕餉とするには手持ちの食材が少なすぎるし、埃を被ってるような家に戻っても食えるもんが残ってる訳がねぇ。
乱雑に解放された襟を直しつつ素直に喜べば「ケッ」と唾でも吐き掛けられそうな顔で返された。
……この顔を見るたびに人の子の女ってのは分からねぇ生き物だとしみじみ思う。
惚れた相手の前じゃ借りて来た猫並みにしおらしいってのに。
「変わらねぇなあ」
「そりゃお互い様だよ」
しっかりと包まれた料理を受け取って若葉と共に去り際の挨拶を済ませる。
他に寄る家があるんならと提灯も持たせてくれる辺りが弥栄の女房――お
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