月と星と三角形
甲乙丁
月と星と三角形
ある夜、月明かりで青白く照らされた地上から空を見上げると、月が三角になっておりました。三角の月のすぐ隣には、いっとう眩しく輝く星がひとつありました。星は、青から赤へ、赤から青へ、激しく点滅を繰り返しておりました。
私は、これは何か事件だとすぐに気がつき、何事が起こったのか把握をしようと、月と星に問いかけました。
「おやおや、今宵は何かあったのかね」
私が月と星に向かって問いかけると、星が点滅を繰り返しながら問いかけに応じました。
「何かあった、ではない。この月め、我らが同胞である星を喰いおったのじゃ。あの三角の身が何よりの証拠、不逞な輩じゃ!」
星はいまにも月に掴みかからん勢いで声を荒げ、怒気を撒き散らしていました。
「まあまあそんなに怒りなさるな。見てみなさい、そんなに激しく点滅しては、皆眩しくて眠れやせん」
私が星を宥めすかしていると、月がすぐさま反論の声を上げました。
「わたくしは、星など喰うておりません。先ほどから何度も申し上げているのですが、この星は一向に話を聞く気配がございません」
「ならばその三角の身はどう説明するつもりじゃ!」
星はその身を赤く染め上げながら、月に食って掛かっていました。
「それも先ほどから申し上げておりますでしょう。私の身は元々三角なのです」
そう話す月に星は、
「はっ」
と嘲笑を漏らすと、
「何を馬鹿な。わし等を愚弄するにも程がある。お前さんが三角だったことなど、いままでに一度もなかったはずじゃ」
と言いました。
私も、三角の月など今までに見たことがありません。そこで月に問いかけました。
「まあまあ月よ、急にそんなことを言ったところで、信じられるものかね。私にも説明してみなさい」
月が懐から煙草を取り出し「よろしいですか」と聞くので、私が「よろしい」と言うと、月は慣れた手つきでタバコに火を点け、腹の中に煙を溜めて大きく吐き出しました。すると、大きな煙がまるで運河のように夜空に流れました。
「明日は満月の日でございます。しかし、このままだとあなた様に大きな真ん丸を披露することが出来そうにないので、少し休憩を取っていた次第です。」
月は煙草をとんとんと叩き、灰を夜空に撒きました。
熱を帯びた灰は尾を引いて、さながらほうき星のごとく夜空に散りました。
「月が休憩すると三角になるのかね」
私は半信半疑な気持ちで月に問いかけます。
「左様でございます。今まで秘密にしておりましたが、私はいつもぐるぐる回っていたのです」
私は頭の中で月をぐるぐると回してみました。縦に、横に、斜めに、回す速度を上げるにつれて、しだいに月の輪郭が変化してまいりました。
「なるほど合点した。三角も回ると丸になるというわけかね」
「ご理解いただけましたか」
三角の月は、煙草の煙で輪っかを作りながら返事をしました。初めはまるい輪郭を保っていた輪っかも、遠くに流れていくに連れて輪郭が崩れ、最後には夜空に溶けていきました。星は、まだ納得していないのでしょう。月を試すような口調で、
「そんな話が易々と信じられるものか。ならばこの場で回って見せるのじゃ」
と言いました。すると月は首を垂れ、いかにも残念そうに、
「それは叶いません。丸い姿をお見せ出来るのは、明日の日没以降になるでしょう」
と返しました。
「どうしてじゃ、ちゃんと理由を説明せんか!」
星が月に再び食って掛かります。私は、またしても激しく点滅を繰り返す星を宥めようと、言葉をかけました。
「まあまあ、明日になれば分かることではないかね。それまで待ってみようではないか」
無言の了解ということでしょうか、星は何も言わずに黙ってしまいました。ふと月に目を遣ると、いつのまにか煙草を吸い終えて、吸い殻の捨て場所に困っていた様子でした。私は携帯灰皿を地上へ置き、吸い殻をそこへ落としてもらうことにしました。すると、吸い殻は輝く尾を引きながら地上に落下し、小さな携帯灰皿にぴったりと収まりました。月はその様子を見て満足そうに頷くと、
「それより私にも気になることがあります。先ほどからこの星が私に因縁をつけておりますこと、三角の身が星を喰った証拠だという話が、私には理解しかねます」
と言いました。私も月の言葉を聞き、
「ふむ、説明してはくれんかね」
と星に問いかけました。すると星は、
「説明などいらん。わしらは元々三角の身じゃ。丸い月めが、急に三角になったとあらば、星を喰うたに違いなかろう」
と答えました。
「それは驚いた、君たちも三角かね!」
私は目を丸くしていたでしょう。月も目を丸くして驚いた様子でした。
「あなた方は光る点ではないのですか」
月が星に疑問を投げかけます。
「何を言うか月め、点は形ではないわ」
星が答えます。
「星は丸いと聞いたことがあるが、それも違うのかね」
私も星に疑問を投げかけます。
「わし等が丸く見えるのは、わし等がいつも回っておるからじゃ」
星が答えます。
「なんと、それでは君たちは三角の身を持つ者同士じゃあないのかね」
「いいえ、それは違います」
「いいや、それは違うじゃろう」
私の言葉は、即座に否定されてしまいました。
「星は嘘を言っております。星が三角など、聞いたことがありません。よく見えないことをいいことに、出鱈目を言っているのです」
「なにを月め、お前さんこそ三角だったなどと聞いたことがないわ。そこまで言うならば、月が元々三角だった証拠を見せてみるんじゃ!」
「そちらこそ、三角だという証拠を見せて欲しいものです」
私は、何が真実かはっきりしない月と星の不毛な会話に、だんだん頭が痛くなってきました。
「まあまあ、お互い確たる証拠もなしに争うものではない。真実を知る術がない以上、この件は不問としないかね」
月も星も納得していない様子でしたが、「あなたがそう言うならば」と、しぶしぶ従ってくれたようです。私は、今後月と星が面倒事を起こさないよう、お互いに条件を出しました。
「月よ、君の三角は諍いを生むようだから、今後は出来るだけ丸い状態でいなさい」
「星よ、君たちが三角と言うならば、いつかその証拠を私に見せてみなさい」
月も星も了承したようで、その場はなんとか収まりました。
それからどれだけの時間が経過したでしょう。それは一瞬のことだったかもしれませんし、気の遠くなるほどの長い年月だったかもしれません。
それ以降、月が三角の姿を見せることは一度もありませんでした。星はと言うと、なんとかその身が三角だという証拠を見せようと苦心したのでしょう、機会を 探しては星の並びが三角となるように星たちが集まり、皆にアピールしているようです。真ん丸い月も、星たちの三角の並びも、地上の生命とって尊い存在にな りました。
私にとって、月と星との言い争いは、ついこの間のことです。
また月や星が騒ぎ立てぬか冷や冷やしながら、私は今も空を見上げております。
月と星と三角形 甲乙丁 @kouotu_tei
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