気配の音

僕は《昔の俺》と決別し昨日にサヨナラをした。

過去の想いに今の想いを真っ正面から衝突させ終幕へ至る。

過去からの贈り物を開封し未来を紡ぐ。

明日に何の期待も出来ないけど、明日を迎えて歩き出す。

平凡な昨日が終わり、有耶無耶な明日がまた始まる。

何にせよ結果は変わらない―――どちらも同じ。

物事の有無とは関係なく、どちらも同じで変化無し。

僕の日常はそういう風に出来ている。

その道を歩くために、代われない替えられない人物になるだけ。


日常を進む僕はそういう風に出来ている。




よし、おはよう。

思考をする事で脳を覚醒させ、身体を無理矢理起こす。

目覚めてすぐは頭が働かないので、こうやって少し考え事をしてから起きるのが今の僕のトレンド。

『トレンド』という言葉に、何故かしら古さを感じるのは僕だけだろうか?

どうしても、八十年代のトレンディードラマなどが連想されてしまう。

バブリーでディスコのアッシーな感じ。

僕はその時代を生きていた訳ではないので、あくまで憶測な想像である。

諭吉さんでタクシーを拾う時代―――とんだ一本釣りもあったものだ。

まぁこんな話はどうでも良いのだが、最近まで僕の周りに漂っていたシリアスな空気が換気され、正常に戻りつつある事に安堵していた。

シリアスな重い雰囲気が緩和されていくのが分かる。

過去に一方的な考えで突き放したのにも関わらず、今になってまた声を掛けて来てくれた里見姉弟を嬉しく思っているのは事実だ。

理由が何であれ、結果がどうであれ。

気分が軽くなった事で、またこうやって本編とは関係無い事柄を考えられるようになってきた。

え、本編って何?

まぁ良い、そういう時もある。

そんな訳で、今日も非日常や日常ではない《日常》を送る時間だ。

シャワーでも浴びて本格的に目覚めようじゃないか。

この時の僕は、まだ自分の身に起こる《日常》の気配に、全く気付く事が出来なかった。




春の終わりを告げる雨の季節。

薄暗い雲に覆われジメジメとした空気を全身で感じながら、僕が通う高校へと歩く。

こんな天気だと気分も下がるな、なんて呟きながら歩いていると―――。

「おっはよー!今日も元気一杯だよぉ!」

この薄暗い雰囲気とは反比例なテンションで登場したのは、ユーモラス女子こと桜花舞香だった。

飼い主が帰ってきた時の犬の如く、目をキラキラと輝かせ全力で接近してくる。

よう、おはよう。返事をして桜花と一緒に登校する事となる。

コイツに元気を吸収されているんじゃないか?と疑いたくなる程の元気な女の子、何がそんなに嬉しいのだろうか?

「一緒に登校出来るなんて!これって周りから見たら恋人に見えるのかな?」

なんかブツブツと呟いている桜花をスルーして、僕は歩く。

独り言が終わったのか、桜花は僕に話題を振ってくる。

「ねぇねぇ、ミノルって昔と比べると大人になったと思う?」

なんか急に深い話題を振られてしまったが、どうだろう?あまり考えた事無かったけど。

うーん、少しは大人になったんじゃないか?

「そっかぁ、ミーは全然変わっている気がしないんだよねぇ」

そうなのか。まぁ自分ではなかなか判断出来なかったりするしな。

「身長とかは勿論成長するしぃ、えっと、その、お、おっぱいも成長したけどぉ―――確かめてみるぅ?」

朝から何言ってんだ!?何をどう確かめるんだよ!!!

そ、そりゃあ、まぁな?確認しないと成長したか判断できないけども。

「ミノルのエッチ」

心外だ!そして誤解だ!まずは僕の話を聞いてくれ!

僕は、おっぱいに興味があって制服越しにおっぱいを見た訳ではなく、現時点でのお前の成長を確認するため仕方なく―――うん、そうだ!仕方なくだぞ、勘違いすんなよな!

「言えば言う程」

僕をムッツリなキャラにすんな!

「まぁそれは置いといてぇ」

置いとかれた、勘弁してくれ。

「昔と比べると、分かりやすく外見の成長はしていると思うんだけどぉ・・・」

「中身の部分―――精神だったり思考だったり心だったりは成長しているのかなぁ?」

人の中身―――本質や軸、人格だったり思考回路だったり。

肉体面の成長は見て取れるが、精神面の成長は判断しづらい。

そう考えると、判断材料が少ない故に自覚が持てない、比較が出来ないのかもしれない。

「ミノルはどう思う?」

どう思うって聞かれても。

「ミーは昔からこんな感じだった気がするし、物事に対する好みも変わっていないと思う。だから、ちゃんと成長しているのかなぁってぇ」

そうか、なかなか難しい問題だ。

でも多少は成長しているんじゃないか?

いくら何でも、昔と何一つ変わらないって事は無いだろ?

「そうかなぁ、そうだと良いねぇ」

僕は曖昧な答えしか持ち合わせていなかった。


そんな事もありつつ、桜花との登校時の会話の記憶が薄くなり始めたその日の放課後、日常の気配が静かに動き出す。

「やぁ真中君、久し振りに一緒に帰らないかい?」

天草からのお誘い。確かに一緒に帰るのは久し振りだ。おう、一緒に帰ろう。

「良い返事だ、では早速行こうじゃないか」

そんな訳で僕は天草の帰宅にお供する事となった。

朝から曇っていた天気だったが、幸いにも雨は降らなそうで何よりである。

傘持って来なかったし、わざわざ買うのは気が引ける。

「その時は、私の折り畳み傘で一緒に帰れば問題無いのでは?」

それは良い提案だが、僕にもそれなりの羞恥心があってだな―――女子との相合い傘は男子的には結構恥ずかしかったりする。

仮に彼女が相手でも多少の抵抗がある。えっ、恋愛経験が少ないって?うっせぇよ!ほっとけ!!!

こういうシチュエーションでは、女子の方が肝が据わっているというか、意識していない場合が多い。いや、でも相合い傘すれば自然とお互いの体が密着する訳で、肩とか当たってしまうだろ?そしたらドキがムネムネして気になるだろ?

女子は気にならないのかね。男子力が試されるイベントだ。

「さっきから何をブツブツ言っているんだい?」

えっ、あ、あぁ!いや何も?靖国参拝について一人で脳内『朝まで○テレビ』してただけだぜ?

「それは非常に興味深いので、今度しっかり拝見しようではないか」

マジマジと見ないで欲しいのだが。

「それはそうと、私の話は聞いていたのかい?」

悪い、もう一回言ってくれるか?

「やれやれ、せっかく久し振りに二人きりで話しているのに困ったものだ」

悪かったよ、謝るからさ。次からちゃんと聞くから!

「そうかい?だけど、まだ足りない」

うん、何が?

「本当に私に謝罪と誠意を示したいのであれば―――」


「今週の日曜、私とデートしなさい」

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