真中 実

「あなたが好きです。だから、また一緒に素敵に愉快で楽しい非日常を探そう?」


今にも泣きそうな顔をしながら、里見先輩は僕に想いを伝える。

―――今度は僕が想いを伝える番だ。

薫から聞いているとは思うけど、俺は《僕》という平凡で普通な人格を模倣して習得して《自分らしさ》という枠に使用した。

使い勝手の良い普通や平凡―――昔の俺や里見先輩が嫌いで抜け出したかったモノ、それを今の僕は求めている。

《非日常》ではなく《日常》を求めたとも言えるのかな?

昔の俺からしたら、理解出来ないし有り得ない光景だろうね。ははっ、今の僕からしても容易に想像出来るよ。

奇妙奇天烈で異常で異質、普通や規則が通用しない未知数の結果をもたらす非日常を捨て、単純な生活と何も起きない平々凡々な暮らし、比較的にマイナスイメージになりやすい日々の連なりである日常を拾う。

今の僕はそういう人間なんだ、強がりでも見栄でもなく。

それは何故か?あれだけ追い求めていたモノを諦めたのは何故だと思う?

「わ、分からないよ」

それはね―――。


《どちらでも同じ》って思い知ったんだよ。


「えっ」

うん、どちらでも同じ。同じなんだよ、結果的にはね。

昔の俺はそれに気付いてしまった。いや、薄々感じていたけど今まで目を逸らしていた部分ってヤツを自覚したって言うのかな?

感じた事はないか?

薄々気付いていないか?

目を逸らしているだけじゃないのか?

例えば、今僕達が非日常な出来事を体験したとしよう、その時その瞬間は楽しくて愉快で素敵な経験が出来る。

しかし何が起きて何を経験しても、次の日には落ち着いて日々の暮らしに戻るだろ?

何が起きて、どんなに記憶に残ったってどんなに記録を残した所で、次の瞬間は何が起きる?


何も起きない、何も無い。


泡のように一瞬の命、ハジけたら終わり。後には何も残らない―――余韻に浸って終了なんだ。

どんなに非日常で異常な出来事が起きたって、世界は変わらないし日々を連ねるだけ。

悲しいよな…異常なんてこんなモノなんだ。この程度のお粗末な結果しか残らないなんて。

昔の俺や今のあなたが追い求めていた非日常なんて、平凡な日常にすら勝てないんだ。

非日常がどれだけ連なる日々だって、気付いた時にはもう慣れ親しんだ日常になってしまう。

そこに続きなんて無い、夢も希望も浪漫もない普通の出来事になる。

有っても無くても埋もれて流され消えてしまう。簡単に非日常の限界が訪れる。

だから、その程度の非日常や異常なんて求めるだけ無駄じゃないか?

価値の無いモノを求めるなんて、生産性の無い只の無駄な行為で時間の無駄。

有っても変わらない無くても変わらない―――それなら、どちらも同じ。

過程がどうであれ結果が同じなら意味がない。

結果が変わらないモノに対して、過程を楽しめる人間じゃないんだ、僕は。

だから、どちらも一緒でどちらも同じ。

《非日常》なんて大した事なく面白味もない虚像。

素敵じゃなければ愉快でもなく楽しさの欠片もない。


それなら、いらない。

僕は求めないし必要も無い。


そう考えるならば、どうだろう。

どんなに些細な出来事だとして、有っても無くても結局は日常なのだとすれば―――。


結局、《日常》って何だろうな?


本当に存在しているのか?

非日常を簡単に呑み込む日常ってモノは、本当に日常なのか?

そんなもの、非日常以上の《異常》ではないのか?

若しくは、今まで日常だと思い込んでいたモノは、実は違うモノという可能性すらある。

答えが無いような気もするけど、僕はこう思う。


非日常の有無とは関係なく日常なら、日常も有ろうと無かろうと《日常》である、と。


当たり前の事だと思うかな?

残念ながらそれは正解だ。僕も当たり前の事だと思っているから。

しかし、この《当たり前》に罠があるのは気付いている?

だって、それが正解で当たり前なら。


日常と非日常は、等しく同一のモノって事なんだから。


似ているのではなく、同じ。

どちらも等しく同様で同質―――錬金術師もビックリの等価交換なんだ。

どちらも変わらない、有ろうと無かろうと何も価値に変化が起きない。

だからこそ、《どちらも同じ》。


少し遠回りな説明になってしまったけど、僕はこのように答えを出してしまった。

気付いてしまった…もう後には退けない。

悲しくて涙が出そうだよ、今までどれだけの時間を無駄に費やしてきた事か。

だから僕は日常を求める。

非日常でも日常でもない、《日常》を求める。


平凡な人格に日常の仮面を貼り付けた人間が、《今の僕》なんだ。

説明下手なのは勘弁してもらえると有り難いですが、納得してくれましたか?そして理解してくれましたか?

まぁそれすら、どちらでも構わないですが。


長々一人語りをしてしまって失礼しました。

ようやく先輩へ返事が出来そうです。


「《昔の俺》は先輩が好きでした―――ですが、《今の僕》はそうじゃない。だから、一緒に価値の無い非日常は探せません」


本当の僕の気持ち、嘘偽りの無い本音を彼女へ伝える。

何年ぶりだろうか、僕が本気で相手に想いを伝えたのは。


「……そっか」

沈黙の後、顔を下へ俯かせたまま里見先輩は呟く。

すいません、想いに応えられなくて。

どんなに俯いていても分かる、先輩の瞳から大粒の涙が零れていた。

すると里見先輩の感情とリンクしたのか、空も泣き始めてしまった。こちらも大粒の雨が勢い良く降り始める。

里見先輩、濡れると大変なんで戻りましょう。

「…いい」

えっ?風邪ひいちゃいますよ?

「……大丈夫だから。先に行って?」

一人で先に行くのは、どうも。

「お願い、一人にして?雨で今の気持ちを洗い流したい気分だから」

―――そうですか。そこまで言うなら先に行きます。先輩も無理しないで下さいね?

「うん。あ、ねぇ…」

はい?どうしました?


「          」


先輩の声は、雨の勢いで露と消えた。

僕は聞き直す事が出来ず、この場を後にする。




静かに咲いていたアネモネも枯れ、僕の初恋も枯れ果てる。

春の終わりを告げる雨が、僕の乾いた心を濡らす。


『初恋は実らない』って、本当なんだな。

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