薄暗い道

天草と別れた後の僕はそのまま家に帰り、自分の部屋のベッドに横たわりながら思考を巡らす。

里見姉弟―――紗都未ちゃんに薫君か、懐かしいな。

疎遠になって以来だけど、何年経っても誰だか分かるものだな。

紗都未ちゃんは高校三年生になって大人っぽくなってたし、薫君は相変わらず良い意味で普通だし…あれ、親戚の人みたいな感想だな、お小遣いでもあげようかしら?いや、あげないけども。

みんな少しずつ大人になっていく、いろんな境界線が出来ていく。

僕も大人になっていくんだ―――過去を蔑ろにしたままじゃ駄目だよな。

見て見ぬ振りして知らん振り、白々しくのうのうと過去を置き去りにして、前に進めるのか?

はぁ、面倒は嫌いだけど、ちょっとはケリつけますか。

春も終わりに近付き、もうすぐ衣替えの季節。

僕もそろそろ《衣替え》の時期かもしれない。




「急にどうしました?」

とある日の放課後、僕は里見姉弟の家の近くにある公園に里見薫を呼び出した。高校から少し遠いのと、小学生ぶりにこの付近に来たから少し迷いながらの到着である。

「まさか、実君の方から呼び出すとは思いませんでしたよ」

いやいや、前回は心の整理というか準備が出来ていなかったから、ロクに会話出来なかったろ?だから、今回はしっかり対話するために急に呼び出した訳さ。

「そうですか」

薫君は変わらない平坦な表情のまま続ける。

「対話―――意味分かっていますか?」

僕は静かに薫君を見る。

「会話やら対話は、一人じゃ出来ないんですよ?《今》の実君には無理じゃないですか?あなたは―――」


「あなたは誰と話していようと一人で考えていようと変わらない、『変えない』と言い直した方が良いですか?人との関わりに一定の距離を置いている」


「結局あなたは会話しているのは形だけで、最初から最後まで誰も見ていない、誰にも伝えない、誰の事も相手にしていない―――違いますか?」


流石は薫君、《元》使用者の言葉は含蓄がある。

「いい加減に僕の問いに答えて、僕や姉さんの気持ちに応えて下さい」


しばらくの沈黙の後、僕は口を開く。

あのさ、薫―――。


《素の自分》って何だと思う?


「…はい?あ、あの質問を質問で返されても困るんですが?」

まぁ、ちょっと僕の話を聞いてくれ。


『猫を被る』とか『仮面の装着』でも何でも良いんだけど、簡単に言うところのキャラ作りって少なからず誰でも行っているだろ?

それとは逆に、そんな事しないで『素の自分を晒す』とか『ありのままの自分』って良く聞くんだけど。


《素》って何?オイシイの?


薫は自分の素って何だと思う?

俺は今まで自分の《素》ってヤツを、お前ら姉弟と遊んでいた頃の自分だと思っていたんだけど、それも違うんじゃないかなって思っているんだ。


えっ?「僕達の事、覚えていたの?」って、忘れる訳無いだろ?おいおい、散々遊んだだろ?寂しい事言ってくれる。あぁ、寂しい事したのは俺からだったな、それについては謝るよ。《平凡な僕》っていうキャラ設定では、お前らの事は忘れている事になっているからさ。


まぁそれは置いといて、今言ったみたいなキャラ作りってのを俺は色々やってきた。

《楽しい事を追い求めた俺》《勝手に期待して勝手に失望した俺》《平凡な僕》《特別な何かを求めた僕》ってな具合に、それなりにそれっぽく。

そう考えると、お前らと遊んでいた頃の《楽しい事を追い求めた俺》ってのも、どうだろう?


これも只の《キャラ》だったと言えないかな?

まず《素》っていう不安定で不確定なモノ、誰がどう『これが自分の素です』って証明出来る?

証言は出来ても証拠不十分だし、自己申告は信用に値しない。

勿論、第三者の発言も無力だ。何故って?その第三者と関わる際に、無意識だろうと勝手にキャラを作ってしまう。感情ってヤツが邪魔するからね。

では、感情が邪魔をしない一人の時はどうだろう?

これも駄目、残念ながら不正解、お前の好きな及第点には届かない。

一人で自問自答したって、《自分》っていうフィルターがあるだろ?それじゃ自由に自分を捉える事が出来る。

結局とか《ありのまま》っていうモノは幻想で空想で虚像でしかない、と俺は思うんだ。

それらはあくまでキャラの一つとして考えた方が、健全で妥協点で及第点だと思わないか?

そう考えると誰もが演技派で面白い。


混乱しているか?ははっ、それは仕方がない。受け入れて諦めなさい。

だからこそ、俺は自分の素ってヤツを固定させた。


お前の《平凡》なキャラは都合良く使わせてもらっているよ、感謝感激だ。


平凡って本当に使い勝手良いよな?

楽で良いよ!何に気負いする訳でも無く、荷が重いなら丸投げにして、頼りなさそうにしていたら誰かが助けてくれる。

本当に便利で便利で便利で笑えてくる。

《今の僕》には最高のキャラだ。

ありがとう、お前がこのキャラで助かった。

こんな近くにロールモデルがいたから苦労しなかったよ。


「なんで、そんな事…?」


それは、いずれ分かるんじゃないかな?




俺は呆然としている薫に別れを伝え、公園を後にする。

はぁ、キャラの使い分けは疲れるな。

俺―――いや、僕は薄暗くなった道を歩く。

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