ともだち
【下降する過去】
俺には、仲の良い友達の姉弟がいる。
いつも元気で落ち着きの無い姉、インドアで平坦な口調とのんびりとした物腰の弟―――俺はいつもこの三人で遊んでいた。
来る日も来る日も時間も忘れて遊ぶ。近くの川だったり寺だったり森だったり。
俺が先頭を行き、姉が笑顔でついてきて、弟は呆れたようにうなだれながら嫌々ついてくる。
これがいつもの構図、当たり前の景色、普通の出来事、俺たちの過ごす日常だった。
俺が十歳にも満たない頃の思い出の記憶。
淡く儚く今にも忘れて消えてしまいそうな記憶の断片。
仲良し三人でいつまでも楽しく遊べると思っていたし、年月が過ぎても三人の仲は変わらず歩いていけると、信じて思い込んでいた。
子供の小さい世界観なんて淡く容易く崩れ、現実を知らない幼い俺が抱く夢や希望なんてものは、儚く簡単に見失う。
勝手に信じて勝手に失望するだけの独りよがりな事にすら気付かず、信じていればいずれ叶うものだと錯覚していた。
俺が小学五年生になり、友達の姉が小学六年生、その弟が小学四年生になる頃、少しずつ物足りなさを感じるようになっていた。
いくら楽しい事や面白い事を探しても、満足出来ないし不完全な思い。
そして愉快な出来事を体験し経験しても、数日後には思い出となり、記憶から少しずつ消えていく事に気付く。
ゾッと背筋に何かが蠢くような感覚―――その事に気付いた途端、急に怖くなった。
今まで経験した楽しい出来事が消えていく。あの時は驚いていたり共に笑い合っていたはずの友達も、気付けば何事も無かったように毎日を過ごしている。
じゃあ、今まで俺がやってきた事に意味があったのか?
別に無くても何も変わらなかったんじゃ……。
俺の心の中の何かが割れる音がした。
勝手に信じて期待してきたモノが俺の中から消える。
それ以来、俺は仲の良かった里見姉弟と遊ばなくなり、一人で過ごすようになっていく。
自分勝手で、相手の事を何一つ考えていない行為なのは承知の上、だけれど俺にはこの方法しか出来なかった。
何故?―――×××××。
俺は一つの発想に思い至る。
それから俺は、小学校を卒業して中学生になり―――。
俺、いや、《僕》は素敵に愉快で楽しい出来事を、追い求めなくなった。
《現実は小説より奇なり》
この言葉を口にする事は無くなった。
【嘘】
晴れた天気の中、僕は一人で家の近くにある商店街を歩く。
時間が昼頃だからか、商店街はワイワイと賑わっていた。
晴れた天気に賑わう商店街―――僕の気分とは反比例していた。
本当ならすぐにでも家に帰って、何も考えずに寝ていたかったのだが、賑わう商店街に溶け込み気分を紛らわしたかった。
すれ違う人物と通り過ぎる風景、僕の気分と共にモノクロの景色に変わっていく。
そうして色の無い世界を歩いていると、不意に声をかけられる。
「おお、これはこれは真中君じゃないか!」
声のする方を見返すと、両手にギッシリと食材が入っているビニール袋を持った天草がいた。
「こんな所で会うなんて珍しい!君も買い物かい?」
いや、そうじゃないけど天草は?
「はっはー、見ての通り買い物さ。母親に頼まれてね」
そうか、それにしても買い込みすぎじゃないか?
「そうかな?いつもの事だから気にしてなかったよ」
そういうものか。いつもの事、慣れ、普通の出来事。
「おや、険しい顔をしているね?とりあえず買い物も終わったし途中まで一緒に帰ろうじゃないか」
あ、ああ。言われるがまま天草と一緒に帰る事になる。
重そうだから荷物持とうか?
「いやいや、気持ちはありがたいが大丈夫。これは私の使命だからね」
使命って、そんな大それた事か?
「ふふっ、まあ良いじゃないか、なんでも。それにしても、そろそろ春も終わりそうかな?」
そうだな、もうすぐ梅雨の時期か。
「そう、梅雨が来て夏がやって来る。そろそろ衣替えの季節だけれど、真中君は女子の衣服は露出が多い方が好きかい?」
突然どうした?急な質問だな。
「重要な質問だから、真剣に答えてくれると嬉しい」
はぁ、真剣にって言われてもな。
うーん、似合っていれば何でも良いんだけど。
「ハッキリしない答えだね、男らしさは何処へいったのかい?」
僕に男らしさがあるのか甚だ疑問だが―――じ、じゃあ露出が多い方で。
「そうかそうか、真中君は露出が多い方が好みと」
なんだよ、それを聞いてどうするんだ?
「いやいや、別に。なんでもないよ」
何かありそうな予感がビシビシと伝わってくるのだが。
「まあまあ落ち着いてくれたまえ、そんなに気にしなくても大丈夫さ」
さいですか。あ、もしかして好きな男子にでもアピールするのか?
「おお、流石だ真中君!全くもってその通りだよ!」
マジか!?軽いノリで聞いたら正解しちゃった!
「少しでも良く見られたいという浅知恵さ」
そうか、天草に好きな男か。他人との交流を全くしなかった人間が好きになる相手。
「気になるかい?しかし、いくら親愛なる友達の真中君でも、これはまだ教えられない」
『まだ』か―――いつか教えてもらえるのか?
「あぁ勿論、時がきたら誰よりも早く教えるさ!と言っても、他に教えられるような友達が私にはいないのだけれどね」
ははっ、そうか。じゃあ楽しみに待っているよ。
僕は天草に《嘘》をついた。
それから天草とは別れ、互いの帰路へと歩く。
春もそろそろ終わりか―――もうすぐ衣替えの季節。
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